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お揃いのマグカップ【ゼン】
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「やっぱり都心に出た方がいいんじゃないか? この商店街だと置いてあるものにも限りがあるぞ」
「んー、服とかはネットで注文したから、とりあえず枕と食器とかあれば大丈夫だと思う」
「そっか……ネットか……」
あまりネットで通販することが多くなかった俺は、その手があったかと感心した。
「え、じゃあ、今日の買い出しも必要なかったんじゃ……」
「ゼンとデートしたくて」
「はいはい」
ニヤリと笑うトナミの顔を視界から外す。
分かっているのにまた過剰に反応してしまいそうになり、グッと堪える。いい加減、トナミの軽口には慣れないといけないと思いつつ、デートと言われると少しだけまんざらでもない自分がいて、訳がわからなくなる。
「じゃあー、目的は枕と食器で……」
「帰りにスーパーにも寄ろうよ! 夕飯の材料買いに!」
「おー、いいな」
「何食べたいか考えておいて」
「分かった」
なんだかんだ、トナミとの会話は楽しい。ただ近所を歩いているだけなのに時間が経つのがあっという間だった。
「ゼン、見てこれ! お揃いで買わない?」
「…………え?」
トナミが雑貨屋で嬉々として見せてきたのはTとZがデカデカと印刷された大きめのマグカップだった。色もピンクで中々に派手だ。というかベタだ。
あまりの衝撃に一気に空気を吸い込んでしまい少しだけ咽せた。
「買わない」
「なんでよ!?」
「普通に恥ずかしい」
俺が速やかに却下すると、分かりやすくトナミがむくれた。そしてすぐに口の端を吊り上げた。
「オレが今使ってるマグカップ、さり気なくMって入ってるよね……?」
「気づいて……!?」
「彼女とお揃いのカップ使ってる方がベタで恥ずかしいと思うけどなぁ~」
「あれは! 若気の至りで……」
事実、俺たちはお揃いのマグカップを使っていた。芽依がうちに来るといつもあのカップでお茶を飲んでいた。別れた後もどうしても捨てることが出来ずに、棚の奥に仕舞い込んでいた。
トナミが来て、うちで暮らすことになり、しょうがなくあのカップを使うことになった。トナミには悪いとは思っていたが、少しの間我慢してもらって、使い終わったら捨てようと思っていた。
って、今更言ったところで全部言い訳だよな。
「悲しいなぁー、知らないと思って元カノの私物使わされてたんなんて悲しいなぁー」
「う、」
「悲しいなぁー」
「分かったよ! お揃いのやつ買うから!」
「やったー」
こうなってしまってはもうこちらに勝ち目はないと悟って早めに折れる。トナミはどうも俺の罪悪感につけ込むのが上手い。そもそも罪悪感を抱くような行動をとってしまった自分も悪いのだが。
「じゃあ帰ったらあのマグカップは捨てようね!」
「え、」
「だって、あんなものに縋り付いてる限り、ゼンは前を向けないと思うよ」
確かにトナミの言う通りだと思った。トナミが使い終わったら捨てようと思っていた、なんて都合の良い言い訳でしかない。実際は、何かあった時のために、とか、適当な理由をつけて棚の奥にしまい直していただろう。
「………………分かった」
思い出に縋り付いていてもいいことなんてない。芽依は新しい人生を生きていて、俺は成り行きとはいえトナミと暮らしている。それならば、現実に合わせて生きていかなくてはいけない。
トナミがそばに居ることで、少しずつ、過去に決別出来そうな気がしてきた。
「よし。そうと決まればパパッと買い物済ませて帰ろ! タンスの奥にある女物の手袋とかも捨てないといけないし!」
「え、なんで知って……」
「ほらほら、善は急げ」
トナミは俺の質問は無視して、スーパーの方に歩き出した。
まぁ、いい機会か。
誰かが強引に行動を起こしてくれなかったらこんな前向きな気持ちにはずっとなれなかっただろう。
最初はただの不審者だった。
でも今はトナミにそんな印象を抱いていない。しかし、じゃあ何かと聞かれたら答えられない。
友達のような、弟のような……
ピッタリとはまる関係が見つからず、悩みながら首を捻ると、遠くから俺を急かすトナミの声が聞こえてきて、俺は考えるのをやめた。
「んー、服とかはネットで注文したから、とりあえず枕と食器とかあれば大丈夫だと思う」
「そっか……ネットか……」
あまりネットで通販することが多くなかった俺は、その手があったかと感心した。
「え、じゃあ、今日の買い出しも必要なかったんじゃ……」
「ゼンとデートしたくて」
「はいはい」
ニヤリと笑うトナミの顔を視界から外す。
分かっているのにまた過剰に反応してしまいそうになり、グッと堪える。いい加減、トナミの軽口には慣れないといけないと思いつつ、デートと言われると少しだけまんざらでもない自分がいて、訳がわからなくなる。
「じゃあー、目的は枕と食器で……」
「帰りにスーパーにも寄ろうよ! 夕飯の材料買いに!」
「おー、いいな」
「何食べたいか考えておいて」
「分かった」
なんだかんだ、トナミとの会話は楽しい。ただ近所を歩いているだけなのに時間が経つのがあっという間だった。
「ゼン、見てこれ! お揃いで買わない?」
「…………え?」
トナミが雑貨屋で嬉々として見せてきたのはTとZがデカデカと印刷された大きめのマグカップだった。色もピンクで中々に派手だ。というかベタだ。
あまりの衝撃に一気に空気を吸い込んでしまい少しだけ咽せた。
「買わない」
「なんでよ!?」
「普通に恥ずかしい」
俺が速やかに却下すると、分かりやすくトナミがむくれた。そしてすぐに口の端を吊り上げた。
「オレが今使ってるマグカップ、さり気なくMって入ってるよね……?」
「気づいて……!?」
「彼女とお揃いのカップ使ってる方がベタで恥ずかしいと思うけどなぁ~」
「あれは! 若気の至りで……」
事実、俺たちはお揃いのマグカップを使っていた。芽依がうちに来るといつもあのカップでお茶を飲んでいた。別れた後もどうしても捨てることが出来ずに、棚の奥に仕舞い込んでいた。
トナミが来て、うちで暮らすことになり、しょうがなくあのカップを使うことになった。トナミには悪いとは思っていたが、少しの間我慢してもらって、使い終わったら捨てようと思っていた。
って、今更言ったところで全部言い訳だよな。
「悲しいなぁー、知らないと思って元カノの私物使わされてたんなんて悲しいなぁー」
「う、」
「悲しいなぁー」
「分かったよ! お揃いのやつ買うから!」
「やったー」
こうなってしまってはもうこちらに勝ち目はないと悟って早めに折れる。トナミはどうも俺の罪悪感につけ込むのが上手い。そもそも罪悪感を抱くような行動をとってしまった自分も悪いのだが。
「じゃあ帰ったらあのマグカップは捨てようね!」
「え、」
「だって、あんなものに縋り付いてる限り、ゼンは前を向けないと思うよ」
確かにトナミの言う通りだと思った。トナミが使い終わったら捨てようと思っていた、なんて都合の良い言い訳でしかない。実際は、何かあった時のために、とか、適当な理由をつけて棚の奥にしまい直していただろう。
「………………分かった」
思い出に縋り付いていてもいいことなんてない。芽依は新しい人生を生きていて、俺は成り行きとはいえトナミと暮らしている。それならば、現実に合わせて生きていかなくてはいけない。
トナミがそばに居ることで、少しずつ、過去に決別出来そうな気がしてきた。
「よし。そうと決まればパパッと買い物済ませて帰ろ! タンスの奥にある女物の手袋とかも捨てないといけないし!」
「え、なんで知って……」
「ほらほら、善は急げ」
トナミは俺の質問は無視して、スーパーの方に歩き出した。
まぁ、いい機会か。
誰かが強引に行動を起こしてくれなかったらこんな前向きな気持ちにはずっとなれなかっただろう。
最初はただの不審者だった。
でも今はトナミにそんな印象を抱いていない。しかし、じゃあ何かと聞かれたら答えられない。
友達のような、弟のような……
ピッタリとはまる関係が見つからず、悩みながら首を捻ると、遠くから俺を急かすトナミの声が聞こえてきて、俺は考えるのをやめた。
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