プラチナピリオド.

ことわ子

文字の大きさ
上 下
14 / 36

抱き枕から腕まくら【ゼン】

しおりを挟む
 今日はちゃんと定時に切り上げ、コンビニで適当に夕飯とトナミが食べられそうなものを見繕い、家に帰ると室内は真っ暗だった。

「トナミー?」

 小声で名前を呼んでみる。が、反応はない。
 寝ていたら申し訳ないと思いつつ、何も見えないので部屋の電気をつける。
 トナミはベッドで丸くなって毛布を頭から被り寝ていた。

 …………息苦しそう

 一回起こして体調を確認しようとベッドに近づく。なるべく驚かせないようにベッドの縁に腰を下ろし、優しく声をかける。

「トナミ? 具合はどうだ?」

 こんなに近くから声をかけているのに反応がない。もしかしたら、相当具合が悪くなってしまったのかと思い、一瞬の躊躇の後毛布を捲る。

「トナミ?」

 トナミは起きていた。しかも何故か俺を睨んでいる。俺が捲った毛布をまた頭から被ろうともがいたが、オレが押さえているため叶わなかった。

「そんなに具合悪いのか?」
「ゼンの顔見たら悪くなった」
「ハァ?」

 他人を不快にさせない程度の身だしなみにはなっているはずだ。…………多分。

「オレ個人の問題だからほっといていいよ」
「そういう訳にはいかないだろ……あ、熱測ったか? 体温計は確かこの辺に……」

 机の上の棚から体温計を出し、トナミに差し出す。一応受け取ってくれたが、眉間には深く皺が寄っている。

「なにこれ? ウサギ?」
「え……?」

 言われて体温計を見てみると、確かにピンクのうさぎのシールが貼ってあった。俺が体調を崩すと、芽依がよく看病しに来てくれた。おそらくその時に貼った物だろう。俺も知らなかった芽依の痕跡に少しだけ動揺してしまう。

「別に何が貼ってあってもいいだろ」
「いい、いらない。具合悪くない」
「じゃあなんでそんな態度なんだよ」
「それは……」

 トナミは大きく瞳を泳がせた。

「……あんな紹介のされ方、されるとは思わなかったから……」

 言われてハッとする。あの時は弘也に痺れを切らしていたとは言え、確かに碌な説明もないまま、トナミを見せ物のように紹介してしまった。トナミが気分を悪くするのも無理はない。
 加えてそれを本人の口から説明させるなんて無神経にも程がある。

「ごめん! そんなつもりじゃなかったんだけど……」

 俺が本気で謝ると、トナミはムスッとした顔で俺を見た。細められた目がなんだか怖い。

「それにさ、弘也ってゲイでしょ?」
「え、そうだけど……?」

 思わぬ方向からの質問に呆気に取られる。
 と、同時に俺の中に一つの仮説が持ち上がった。
 もしかしたら、トナミくらい顔が良いと男からも言い寄られた事があるのかもしれない。弘也は本気で言ったわけではなかったが、トナミは男からそういう目で見られるのが冗談でも嫌だったのではないだろうか。
 もしそうなら本当に申し訳ないことをしてしまったと思った。弘也が近くにいる分、そういうことに関して人一倍気をつけているつもりでいたが、配慮が足りなかった。

「本当にごめん! 嫌な思いさせたよな……」
「嫌な思いっていうか……」
「なんでもトナミの言うこと聞いてやるから」
「え、なんでも?」
「ん? うん」

 トナミは途端に機嫌を直し、目を輝かせた。あまりの温度差に置いてけぼりになる。

 ……まずいこと言った気がする。

 もうこうなってしまったら後の祭りだ。自分で提案した以上、発言に責任は持たなくてはいけない。

「じゃあ、枕買いに行くまでオレの抱き枕になって!」
「…………は?」
「やっぱりタオル丸めたやつじゃ疲れが取れないんだよね~オレ、包み込まれるくらい大きな抱き枕を抱えて寝たい派!」
「知るか」
「なんでも言うこと聞くっていうのは嘘だったんですか?」
「う、」

 さすがに撤回はさせて貰えなさそうだと思った俺は、今日の夜だけ許可を出し、明日すぐに枕を買いに行こうとトナミと約束した。



「じゃあ失礼しまーす」

 何故か弾んだ声で、トナミは俺の横に横たわった。
 あの後、食事を終えて、寝る準備を始めたトナミはヤケに上機嫌だった。寝落ちを期待して長風呂をしても、出てきたらしっかりと起きていた。
 これ以上は粘れない。
 俺は覚悟を決め、仰向けになった。

「え、こっち向いてくれないの?」
「向くわけないだろ」

 本当はトナミに背中を向けて寝ようかと思っていたが、背後から抱きつかれたら、それはそれで何とも言えない気持ちになりそうで、結局仰向けに落ち着いた。
 同じシャンプーを使っているはずなのに、どこからか違う匂いがしてくる。

「まぁいいや」

 トナミはゴネたりせずに、俺の脚に自信の脚を絡めてきた。
 驚いて腰が浮くと、笑われた。

「やっぱりゼンの体型憧れるなぁ~」
「え?」
「男! って感じじゃん。オレもこんな感じになりたい」
「それは……どうなんだろうな……」

 俺の身体にトナミの顔がくっ付いているのを想像して微妙な気持ちになる。是非トナミには今のままでいて欲しいと思った。

「なにかスポーツやってた?」
「あー、中学までは野球やってた。高校からは美術部だったけど」
「野球少年似合い過ぎ」

 何が面白かったのか、トナミは笑った。

「でも確かに肩周りもしっかりしてるよね」

 トナミは興味深そうに俺の肩を触った。少しくすぐったくて身を捩る。

「あ、もしかして、ゼンってやっぱりくすぐり弱い?」

 答えるよりも先にトナミの手が容赦なく伸びてくる。隠していた弱点を見破られた俺はなんとか逃れようと抵抗する。しかし狭いベッドの中では俺に逃げ場は無い。

「あーもう!」

 俺はトナミを転がすと背後から腕ごと羽交締めにした。流石のトナミも動きを止める。

「もう寝ろ」
「これじゃどっちかっていうと、オレが抱き枕にされてるんですが……」
「自分のせいだろ」

 暴れられるかと思ったが、まさかのトナミはそのまま俺の腕の中で寝てしまった。

「嘘だろ……?」

 世界中探しても背後から男に羽交締めされたままスヤスヤ眠れるやつはトナミしかいないと思った。
 起こさないように腕を抜こうと試みたが上手くいかず、結局腕枕のような状態で落ち着いてしまった。

 マジか。

 男に腕枕する日が来るなんて。
 俺はなんだか気まずくなって盗み見るようにトナミの顔を見た。
 女の子みたいな可愛い顔。こんなに可愛い顔なら血迷ってしまう男もいるだろなと一瞬考えてしまい、首を振ってかき消す。
 トナミは歴とした男で、いくら可愛くても女の子ではない。男なのに、女なのに、と考えてしまうのは本当によくないな、と俺は考えを改めた。
 体温が低いトナミの脚が、俺の熱が移ったのか僅かに温かみを帯びてきて、それに安心感を覚えた俺はそのまま瞳を閉じた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

ハイスペックED~元凶の貧乏大学生と同居生活~

みきち@書籍発売中!
BL
イケメン投資家(24)が、学生時代に初恋拗らせてEDになり、元凶の貧乏大学生(19)と同居する話。 成り行きで添い寝してたらとんでも関係になっちゃう、コメディ風+お料理要素あり♪ イケメン投資家(高見)×貧乏大学生(主人公:凛)

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

執着攻めと平凡受けの短編集

松本いさ
BL
執着攻めが平凡受けに執着し溺愛する、似たり寄ったりな話ばかり。 疲れたときに、さくっと読める安心安全のハッピーエンド設計です。 基本的に一話完結で、しばらくは毎週金曜の夜または土曜の朝に更新を予定しています(全20作)

エリート上司に完全に落とされるまで

琴音
BL
大手食品会社営業の楠木 智也(26)はある日会社の上司一ノ瀬 和樹(34)に告白されて付き合うことになった。 彼は会社ではよくわかんない、掴みどころのない不思議な人だった。スペックは申し分なく有能。いつもニコニコしててチームの空気はいい。俺はそんな彼が分からなくて距離を置いていたんだ。まあ、俺は問題児と会社では思われてるから、変にみんなと仲良くなりたいとも思ってはいなかった。その事情は一ノ瀬は知っている。なのに告白してくるとはいい度胸だと思う。 そんな彼と俺は上手くやれるのか不安の中スタート。俺は彼との付き合いの中で苦悩し、愛されて溺れていったんだ。 社会人同士の年の差カップルのお話です。智也は優柔不断で行き当たりばったり。自分の心すらよくわかってない。そんな智也を和樹は溺愛する。自分の男の本能をくすぐる智也が愛しくて堪らなくて、自分を知って欲しいが先行し過ぎていた。結果智也が不安に思っていることを見落とし、智也去ってしまう結果に。この後和樹は智也を取り戻せるのか。

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

皇帝陛下の精子検査

雲丹はち
BL
弱冠25歳にして帝国全土の統一を果たした若き皇帝マクシミリアン。 しかし彼は政務に追われ、いまだ妃すら迎えられていなかった。 このままでは世継ぎが産まれるかどうかも分からない。 焦れた官僚たちに迫られ、マクシミリアンは世にも屈辱的な『検査』を受けさせられることに――!?

処理中です...