この噛み痕は、無効。

ことわ子

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花火大会

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「先輩、花火大会行きませんか?」
「誰と?」

 完全に頭が回っていない。

「俺と、です」

 一瞬、きょとんとしたトキは、ふ、と笑いながら息を吐いた。

「なんで……?」

 トキの言う花火大会というのは、夏休みに入ってすぐに行われるお祭りの事だろう。
 開催会場の最寄駅が高校と同じため、この学校の生徒もよく遊びに行く。規模が大きめで、遠方から家族連れも多くやってくるが、なんと言ってもカップルの多さが群を抜いている。
 そんなお祭りに誘われた理由が分からず首を傾げる。

「有料席のチケット貰ったんですけど、一緒に行ってくれる友達がいなくて……」

 トキの発言になぜか落胆する。
 そうか、自分は友達という枠からすら外れているのかと思い知る。
 トキにとって俺は、ただの先輩でそれ以上でもそれ以下でもない。
 卑屈な気持ちになってきて、イライラしてくる。

「…………筧がいるじゃん」

 筧を誘ったら喜んで着いてくるだろう。その方がトキも楽しめるはずだと自分に言い聞かせる。

「ごめんなさい、ずるい言い方しました。先輩と行きたいんですけど、駄目ですか?」
「俺と…………?」

 本当に単純だと思う。
 一瞬前まで暗かった気持ちが嘘のように晴れていく。

「……駄目ですか?」

 答えない俺に、トキは真面目な顔でもう一度聞いてきた。

「…………いいけど」

 自分の気持ちに反して、素っ気ない返事しか出来ない自分が嫌だ。こんな反応をして、トキの気分が悪くなってしまったらどうしようと思うのに、上手く声が出ない。

「やった。嬉しいです」

 僅かに見せた無邪気な笑顔に一層胸が痛くなる。心の底からの笑顔が心臓に悪くて直視できない。いつからトキの笑顔はこんなに凶悪なものになったのか。

「じゃあ、連絡先交換してもいいですか?」
「連絡先……」

 この漠然とした不安感は連絡先を交換していなかったせいか、と妙に納得した。連絡先さえ知っていれば、最悪声をかけることはできる。
 と、そこまで考えて、連絡先を知ったところで声をかける内容が無いことに気がついた。どちらにせよ、トキが花火大会に誘ってくれなかったら、俺たちの関係は終わっていたかもしれない。

「本当はもっと早く聞きたかったんですけど、タイミング逃しちゃって……」
「別にいつ聞いてくれても良かったのに」

 視線を合わせない俺に対して、トキは声を弾ませながらスマホを操作する。

「じゃあまた後で連絡しますね」
「おー」

 悟られないように返事をする。
 少しだけ喜んでいるなんて、バレた日には先輩としての面子が丸潰れになってしまう。
 去っていくトキに軽く手を振ると、自分の席へと戻った。
 一部始終を見ていたらしい翔は黙ったままで、結局俺から口を開いた。

「なんか、トキと花火大会行くことになった」
「ふーん、それで?」
「いや、別にそれだけだけど……」

 翔の反応がやけにあっさりで拍子抜けする。
 他の人からしたら、花火大会に誘われることなんて大したことではないのかもしれない。それなら、自分もあくまで普通の態度でいないと浮いてしまう恐れがある。
 これは、先輩と後輩がただ一緒に花火大会に行くだけの話だ。
 そう肝に銘じて、俺は再び菓子パンに齧り付いた。
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