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拭いてもいいですか?
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碌に髪も拭かないまま、リビングに向かうとトキたちはテーブルを囲みながら座って談笑していた。
そのあまりの平和な絵に拍子抜けしてしまう。てっきり、俺の恥ずかしい話で盛り上がっているかと思っていたが、母さんは熱心にスマホを構えている。
「………………何してんの?」
我慢できなくなって声をかける。聞かなくてもおおよそ分かったが、ちゃんと確かめておきたかった。
「トキくんに写真撮らせてってお願いして撮らせてもらってたの!」
…………予感的中。
「いや、いくらなんでもそれはやりすぎだろ!」
「だってトキくんの顔いつでも見れるようにしておきたいんだもん」
「大丈夫ですよ。俺の顔で良ければいつでも撮っていただいて」
「トキくん優しいー!」
引くほど完璧な笑顔を向けられた母さんはのぼせたように手でパタパタと顔を扇いだ。
トキが甘やかすから母さんが完全に調子に乗っている。
これ以上の家庭の崩壊を防ぐべく、俺は母さんのスマホを取り上げた。画面には笑顔のトキが写っている。
俺だってトキの写真持ってないのに。
「とにかく! もう撮影会はおしまいにして、次のやつ風呂入れよ!」
「え、あ、そうね、確かに! 次は誰が入る?」
「巳波、お先にどうぞ」
「でも、トキくんが先に……」
筧は何か言いかけたが、結局先に風呂に入ることになった。筧と母さんがリビングから出て行き、トキと二人きりになる。今まで騒がしかった分、時計の音しかしないこの空間の時間の流れがやけに遅く感じた。
「先輩、随分お風呂早いですね」
「いつもこんなもん」
母親が何を言い出すか分からなくて早く出てきたなんて言えない。
「いつも頭乾かさないんですか?」
「え、いや、今日はたまたま……」
言われてみれば、髪から水が滴っていて、首にかけたタオルが濡れ始めている。
「拭いてもいいですか?」
「えっ」
「いや、なんか、昔飼ってた犬が雨で濡れた時を思い出して落ち着かなくて」
「犬…………」
「ダメですか?」
どう考えても断る一択なのに、口から出た答えは、好きにすれば、だった。
トキは椅子から立ち上がり、俺の目の間に立った。俺の首にかけられたタオルを持ち上げ、丁寧に拭いていく。
他人に頭を拭かれたのなんていつぶりだろう。少しの心地よさを感じて目を閉じそうになる。トキの手付きは優しくて、そのせいで心地よさを通り越してなんだか眠たくなってくる。
うとうととして、一瞬瞼が落ちる。
トキの手が後頭部に近づいた瞬間、俺は覚醒して身を引いた。
今、一瞬でもうなじの痕の存在を忘れていたことにショックを受ける。
きょとん顔のトキは、いきなり離れた俺を不思議そうに見ながら、かける言葉を探していた。
「あのさ、」
トキが何かを発する前に俺が声を出す。何か話題をと考えて頭の中に浮かんできたのはトキの怪我の事だった。明らかにタイミングがおかしいが、それ以外の話が思い付かなかった。
「トキの──」
「巳波くんが着れそうな服があって良かったぁ~」
母さんの呑気な声が割って入る。
「何してんの千秋」
「なんでもない!」
息子の不審な態度に訝しむ目を向けた母さんだったが、俺の挙動が不審なのはいつもの事で慣れているのか、すぐに表情が切り替わった。
「トキくん、巳波くんの好きなものとか嫌いなもの知ってる?」
「巳波は…………野菜が嫌いですね」
「え~~それは困っちゃうなぁ……」
「でも大丈夫だと思います。美羽さんのご飯美味しいから」
美羽さん!?
ナチュラルに俺の母親の名前を認識していて、更には名前呼びしている事実に驚く。
「やだ嬉しい! じゃあ今日も頑張って作るから期待しててね!」
「楽しみにしてます」
息子である俺は蚊帳の外で、楽しそうに話す二人を見ながら、この空間キツいな、とため息を吐いた。
そのあまりの平和な絵に拍子抜けしてしまう。てっきり、俺の恥ずかしい話で盛り上がっているかと思っていたが、母さんは熱心にスマホを構えている。
「………………何してんの?」
我慢できなくなって声をかける。聞かなくてもおおよそ分かったが、ちゃんと確かめておきたかった。
「トキくんに写真撮らせてってお願いして撮らせてもらってたの!」
…………予感的中。
「いや、いくらなんでもそれはやりすぎだろ!」
「だってトキくんの顔いつでも見れるようにしておきたいんだもん」
「大丈夫ですよ。俺の顔で良ければいつでも撮っていただいて」
「トキくん優しいー!」
引くほど完璧な笑顔を向けられた母さんはのぼせたように手でパタパタと顔を扇いだ。
トキが甘やかすから母さんが完全に調子に乗っている。
これ以上の家庭の崩壊を防ぐべく、俺は母さんのスマホを取り上げた。画面には笑顔のトキが写っている。
俺だってトキの写真持ってないのに。
「とにかく! もう撮影会はおしまいにして、次のやつ風呂入れよ!」
「え、あ、そうね、確かに! 次は誰が入る?」
「巳波、お先にどうぞ」
「でも、トキくんが先に……」
筧は何か言いかけたが、結局先に風呂に入ることになった。筧と母さんがリビングから出て行き、トキと二人きりになる。今まで騒がしかった分、時計の音しかしないこの空間の時間の流れがやけに遅く感じた。
「先輩、随分お風呂早いですね」
「いつもこんなもん」
母親が何を言い出すか分からなくて早く出てきたなんて言えない。
「いつも頭乾かさないんですか?」
「え、いや、今日はたまたま……」
言われてみれば、髪から水が滴っていて、首にかけたタオルが濡れ始めている。
「拭いてもいいですか?」
「えっ」
「いや、なんか、昔飼ってた犬が雨で濡れた時を思い出して落ち着かなくて」
「犬…………」
「ダメですか?」
どう考えても断る一択なのに、口から出た答えは、好きにすれば、だった。
トキは椅子から立ち上がり、俺の目の間に立った。俺の首にかけられたタオルを持ち上げ、丁寧に拭いていく。
他人に頭を拭かれたのなんていつぶりだろう。少しの心地よさを感じて目を閉じそうになる。トキの手付きは優しくて、そのせいで心地よさを通り越してなんだか眠たくなってくる。
うとうととして、一瞬瞼が落ちる。
トキの手が後頭部に近づいた瞬間、俺は覚醒して身を引いた。
今、一瞬でもうなじの痕の存在を忘れていたことにショックを受ける。
きょとん顔のトキは、いきなり離れた俺を不思議そうに見ながら、かける言葉を探していた。
「あのさ、」
トキが何かを発する前に俺が声を出す。何か話題をと考えて頭の中に浮かんできたのはトキの怪我の事だった。明らかにタイミングがおかしいが、それ以外の話が思い付かなかった。
「トキの──」
「巳波くんが着れそうな服があって良かったぁ~」
母さんの呑気な声が割って入る。
「何してんの千秋」
「なんでもない!」
息子の不審な態度に訝しむ目を向けた母さんだったが、俺の挙動が不審なのはいつもの事で慣れているのか、すぐに表情が切り替わった。
「トキくん、巳波くんの好きなものとか嫌いなもの知ってる?」
「巳波は…………野菜が嫌いですね」
「え~~それは困っちゃうなぁ……」
「でも大丈夫だと思います。美羽さんのご飯美味しいから」
美羽さん!?
ナチュラルに俺の母親の名前を認識していて、更には名前呼びしている事実に驚く。
「やだ嬉しい! じゃあ今日も頑張って作るから期待しててね!」
「楽しみにしてます」
息子である俺は蚊帳の外で、楽しそうに話す二人を見ながら、この空間キツいな、とため息を吐いた。
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