この噛み痕は、無効。

ことわ子

文字の大きさ
上 下
14 / 25

お宅訪問

しおりを挟む
「あ、もしかしてトキくんってα?」

 夕食が終わり、トキが手伝うと言って母さんの隣で皿洗いをしていた。隣でイケメンが皿洗いをしていることに浮かれていた母さんは、脈絡なく爆弾を投下してきた。
 今最もセンシティブな話題を、俺の気なんか知らない母親はするっと口に出す。
 そもそも世の中的にも第二の性の話題はとてもプライベートなもので、出会って数時間の人間が聞くなんて失礼極まりない。合コンで初手で年収を聞くような、いや、それより遥かにタチの悪い暴挙に俺は思わず座っていたソファから立ち上がった。

「──は? 母さん、何言って……!?」
「そうですけど……」

 あっさりとトキが答える。俺は驚いてトキの方を向いた。

「あぁ、やっぱり! 最近ね、アイドルの子とかもαだって公表してる子が多くてね、その子たちになんとなく雰囲気が似てたのよ」

 絶対的に人口が少ないαは、当たり前のようにβやΩよりも優れた能力を持つ。社長や教授、アーティストや俳優など、実績を残している人が蓋を開けてみればαだったということがままあった。
 後からバレると世間の印象は悪い。αと言えど、生まれ持った能力なのだから、公表しようがしまいが関係ないと思うのだが、"隠していた"という事実に人は噛み付く。
 それなら最初から公表して、ありのままの自分を受け入れてもらおうと考える若者が増えてきた。そんな訳で、比較的若いαの間では自分の素性を隠さない動きが広まりつつあった。
 それにしたって、トキがそうとは限らない。
 今は無理をして答えてくれただけかもしれない。
 俺は自分の母親のデリカシーの無さに少しだけ苛立ちを覚え、唇を噛んだ。

「そうなんですね。俺、テレビとかあまり見なくて……」
「あら、そうなの? 勿体無い! トキくんくらいのイケメンなら絶対アイドル会で天下取れるのに!」
「そうですかね……?」

 母さんに悪気がないことは俺が一番よく分かっている。母さんは良くも悪くも差別をしない。だからセンシティブな話題もそうとは捉えてない事が多く、時々危うい発言をしがちだった。

「トキ! 手伝い終わったなら俺の部屋行くぞ」
「え……?」

 だから、トキを守るために、母さんを守るために、俺は立ち上がった。

「あんたの部屋、散らかってなかった?」
「今から片付ける! トキ行くぞ」

 トキを取られて膨れている母さんをリビングに残し、二人で階段を上がる。ドアの前まで行くと、そこで一回トキを止める。

「部屋の中、汚いから30秒だけ待ってて」
「っ、分かりました……」

 笑いを堪えるのを必死なトキにバツが悪くなりながら、俺は自室のドアを開ける。そしてトキに見られる前に素早く身体を滑り込ませる。

 とりあえず、見られたら困るものだけを早急に移動して──は?

 確かに、部屋の中は汚い。しかし、俺が想像していたよりは綺麗になっている。具体的に言うとゴミが捨てられていた。
 誰が、というより犯人は一人しかいない。
 サァーと血の気が引く。
 母さんは俺の部屋に全く興味がなく、片付けろとは言うものの、強行手段に出たことは今まで無かった。
 そう言えば、と思い返す。さっき、母さんは、散らかってなかった? と聞いてきた。俺の部屋の現状を知っているということは、つまり、直前に俺の部屋に入ったというわけで。
 俺は気力を振り絞って部屋の中を確認する。
 ゴミは捨てられたかもしれない。だけど、その他がノータッチならまだ正気を保てる気がする。
 俺は恐る恐るベッドの上を確認した。
 そこには完全に気が緩んでいたせいで、登校前に読んでいてそのまま投げ出されていた"そういう本"がきちんと重ねられていた。
 膝から崩れ落ちる。
 朝からそんなものを読む自分が悪いのは分かっている。分かっていてもやり切れない。
 いつもは注意深く隠しているのに、なんで今日に限ってこんなことになったのか。
 それもこれも全部トキが家に来ることになったからだ。

「あ!」

 トキの存在を忘れていた俺は大きな声を出してしまった。

「何? どうしたんですか?」

 何かあったのかと、トキが部屋に入ってこようとする。

「なんでもない!」

 俺は慌てて、きちんと重ねられた本をベッドの下に滑り込ませると、床に落ちていた洗濯物を拾い上げドアを開けた。

「悪い、時間かかった……」
「大丈夫ですけど……」

 さっきの声の原因は? と聞きたげなトキを無視して部屋の中に招き入れる。
 手にしていた洗濯物を丸めて部屋の隅に置くと、トキが小さく笑った。

「…………たまたま洗濯に出し忘れてただけで、いつもはちゃんとやってる」
「分かってます」

 大嘘ではあったが、トキもそれ以上追求してこようとはせず、この話は終わった。

「その辺座って。…………座布団とかないけど」
「先輩ってあんまり人を家に呼ばないタイプですか?」
「あー、友達は数えるくらいしか呼んだことないかも。翔はしょっちゅう来てるけど」
「へぇ……」

 自分で言っておいて、翔を友達にカウントしていないことが可笑しくなる。翔はどちらかというと兄弟のようなイメージで、取り繕う必要が無いため、部屋が荒れ放題になっていた。
 トキは言われた通り、汚れが目立たないからと母親に無理矢理敷かれた茶色いラグマットの上に腰を下ろした。背後にあるベッドを背もたれにしているが、身長が身長のため少し窮屈そうだった。
 俺もそれに倣い、丸いテーブルを挟んで向いに座る。

「…………」
「…………」

 勢いで部屋に連れて来てしまったが、家まで二人で歩いた道中が嘘のように会話が思い付かない。
 いっそ、また質問タイムでも突入するか、と芸のないことを考えていると、トキが口火を切ってくれた。

「ご飯、美味しかったですって伝えてもらえたら嬉しいです。言いそびれちゃってたので」
「そういうのはトキの口から言ってやって。その方が絶対喜ぶから」
「分かりました」

 トキは少しだけ恥ずかしそうに、でも嬉しそうな顔で頷いた。
 これはチャンスかもしれないと思った。
 帰り道に開催していた質問タイムだったが、ほとんどがトキから俺への質問で埋め尽くされていて、俺は碌に質問出来なかった。
 今この空間には俺たち二人しかいない。
 もしかしたら、もう少しだけプライベートな内容まで踏み込んで聞いてもいいんじゃないかと、大丈夫そうなラインを考える。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

前世から俺の事好きだという犬系イケメンに迫られた結果

はかまる
BL
突然好きですと告白してきた年下の美形の後輩。話を聞くと前世から好きだったと話され「????」状態の平凡男子高校生がなんだかんだと丸め込まれていく話。

僕の追憶と運命の人-【消えない思い】スピンオフ

樹木緑
BL
【消えない思い】スピンオフ ーオメガバース ーあの日の記憶がいつまでも僕を追いかけるー 消えない思いをまだ読んでおられない方は 、 続きではありませんが、消えない思いから読むことをお勧めします。 消えない思いで何時も番の居るΩに恋をしていた矢野浩二が 高校の後輩に初めての本気の恋をしてその恋に破れ、 それでもあきらめきれない中で、 自分の運命の番を探し求めるお話。 消えない思いに比べると、 更新はゆっくりになると思いますが、 またまた宜しくお願い致します。

家事代行サービスにdomの溺愛は必要ありません!

灯璃
BL
家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。 何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。 仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。 思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。 みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。 ※完結しました!ありがとうございました!

ガラス玉のように

イケのタコ
BL
クール美形×平凡 成績共に運動神経も平凡と、そつなくのびのびと暮らしていたスズ。そんな中突然、親の転勤が決まる。 親と一緒に外国に行くのか、それとも知人宅にで生活するのかを、どっちかを選択する事になったスズ。 とりあえず、お試しで一週間だけ知人宅にお邪魔する事になった。 圧倒されるような日本家屋に驚きつつ、なぜか知人宅には学校一番イケメンとらいわれる有名な三船がいた。 スズは三船とは会話をしたことがなく、気まずいながらも挨拶をする。しかし三船の方は傲慢な態度を取り印象は最悪。 ここで暮らして行けるのか。悩んでいると母の友人であり知人の、義宗に「三船は不器用だから長めに見てやって」と気長に判断してほしいと言われる。 三船に嫌われていては判断するもないと思うがとスズは思う。それでも優しい義宗が言った通りに気長がに気楽にしようと心がける。 しかし、スズが待ち受けているのは日常ではなく波乱。 三船との衝突。そして、この家の秘密と真実に立ち向かうことになるスズだった。

君はアルファじゃなくて《高校生、バスケ部の二人》

市川パナ
BL
高校の入学式。いつも要領のいいα性のナオキは、整った容姿の男子生徒に意識を奪われた。恐らく彼もα性なのだろう。 男子も女子も熱い眼差しを彼に注いだり、自分たちにファンクラブができたりするけれど、彼の一番になりたい。 (旧タイトル『アルファのはずの彼は、オメガみたいな匂いがする』です。)全4話です。

噛痕に思う

阿沙🌷
BL
αのイオに執着されているβのキバは最近、思うことがある。じゃれ合っているとイオが噛み付いてくるのだ。痛む傷跡にどことなく関係もギクシャクしてくる。そんななか、彼の悪癖の理由を知って――。 ✿オメガバースもの掌編二本作。 (『ride』は2021年3月28日に追加します)

春風の香

梅川 ノン
BL
 名門西園寺家の庶子として生まれた蒼は、病弱なオメガ。  母を早くに亡くし、父に顧みられない蒼は孤独だった。  そんな蒼に手を差し伸べたのが、北畠総合病院の医師北畠雪哉だった。  雪哉もオメガであり自力で医師になり、今は院長子息の夫になっていた。  自身の昔の姿を重ねて蒼を可愛がる雪哉は、自宅にも蒼を誘う。  雪哉の息子彰久は、蒼に一心に懐いた。蒼もそんな彰久を心から可愛がった。  3歳と15歳で出会う、受が12歳年上の歳の差オメガバースです。  オメガバースですが、独自の設定があります。ご了承ください。    番外編は二人の結婚直後と、4年後の甘い生活の二話です。それぞれ短いお話ですがお楽しみいただけると嬉しいです!

【完結】幼馴染から離れたい。

June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。 βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。 番外編 伊賀崎朔視点もあります。 (12月:改正版)

処理中です...