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相槌を打たなかったキミへ【12‐1】

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 苗加が俺の家にいるという事実に緊張して喉が渇く。コップ三杯の水を飲み干してようやく落ち着く。
 その間苗加はテーブルの前に座っており、一言も発さなかった。

「え、と……傷口はとりあえず洗ったほうがいいんだっけ……? なんか拭くものいる? あ、それとも風呂入る? 髪とかぐちゃぐちゃだし――」

 言葉を並べてから余計なことを言い過ぎたと気付く。慌てて取り繕おうとしたが先に苗加が口を開いた。

「なんで、心広くんはあそこにいたの?」
「え? あー……なんとなく新宿で飲みたい気分で……」
「一人で?」
「うん、まぁ……」

 嘘はついていない。が、本当のことも言っていない。苗加から話題を振ってくれた今が切り出すタイミングだったと悔やみながら内心頭を抱える。

「みっともないとこ見せちゃったな……」
「みっともないっていうか……なんであんなことになってたんだよ……?」

 俺の問いに苗加は答えない。
 このままでは苗加がここを出て行った日と同じになってしまう。
 俺は腹を括ると苗加をまっすぐ見据えた。

「ごめん、嘘。苗加と話がしたくて探しに行ってた。もしかしたら会えるかもしれないって」
「え」
「苗加はもう俺と会うの嫌かもしれないけど、俺はちゃんと話したかった。もし、何か怒らせるようなこと言っちゃったんなら謝りたい」
「謝るとか……大体あれはおれの八つ当たりだって――」
「八つ当たりでも、俺の言葉にきっかけがあったのは事実だろ」

 苗加がかわそうとする気配を感じながら、俺はジリジリと詰め寄った。その分、苗加が後ろに下がる。

「本当に心広くんは関係ないから。気にしないで」

 関係ない。
 苗加にとってはそうなのかもしれない。
 ナイフで刺されたような鋭い痛みを感じながら唇を噛んだ。

「苗加には関係ないかもしれないけど、俺には関係あるんだよ!」

 大きい声が出た。
 何を言っているのか自分でも分からないほど、情緒がぐちゃぐちゃになる。

「苗加のことが好きだから、だから関係ないって突き離されると苦しいんだよ! 関係ないならせめて、俺の前から急にいなくならないでくれよ!」

 これこそ八つ当たりだと思う。
 しかし正常じゃない俺の脳内は自分の気持ちを吐き出すことしかできない。

「嫌なんだよ、苗加が俺の知らないところで苦しんでんのは! せめて友達でもいいから、近くに――」

 続きの言葉は苗加に飲み込まれた。
 キスをされたと分かるよりも先に、乱暴に苗加の後頭部に手を回す。
 誘うように伸ばされた舌を吸うと苗加の背筋が反った。追い討ちをかけるように徐々に体重をかけていく。
 もうどうなってもいい。
 苗加のことだけを考える。

「い、た……」

 苗加が不意に漏らした声に我に返る。口を離すと苗加の口の端に血が滲んでいた。
 サァーっと血の気が引いていくのが自分でも分かる。

「ご、ごめん! 怪我してんのに……! しかもいきなり、こんな……!」

 慌てる俺とは正反対に、苗加は色のある手つきで自身の傷口に触れると目を細めた。

「……江草さんとは付き合ってない」
「………………へ?」
「おれは江草さんの恋人じゃない」
「でも……」

 思い返してみれば、確かに恋人だと明言されたことはないような気がしてきた。
 ただ二人の距離はいつでも近く、完全にそういう間柄のものだった。江草さんは苗加に愛情を注いでて、苗加もそれに応えているように見えた。

「江草さんはおれのことをペットぐらいにしか思ってないよ」
「ペット…………?」

 もはや人間の枠ですらない。

「その証拠に、今日は客と寝てこいって言われた。おれの売り上げが落ちたから、だって」
「え……?」

 自分の恋人を店の客と寝させたいと思うだろうか。もしかしたら、そういう性癖人も世の中にはいるかもしれないが、少なくとも俺は思わない。

「それだけは勘弁してくださいってお願いしたけどダメだった。売り上げ上げれないおれに価値は無いんだって」
「…………」

 言葉が出なかった。
 それと同時に江草さんへの怒りが募り始める。

「なんで、苗加は……そんなやつのところに……」
「他に居場所が無かったからだよ。江草さんだけがおれのことを見つけてくれた……」

 それでも、と反論しかけてやめる。
 正論だけが、正解じゃない。

 「…………違う。違った。もっと前におれのこと、見つけてくれた人がいた」

 誰だよ、と名前も知らない相手に嫉妬しそうになる。
 苗加の腕が俺の背中に回される。
 優しく抱きしめられ、力が抜ける。

「高校の時、心広くんに見つけてもらってた」

 苗加に再会した日を思い出す。
 俺にとっては友人の言葉を諌められなかった苦い過去。苗加がそんな風に思ってくれているとは思わず罪悪感が生まれる。

「でも、あの時、俺は……」
「相槌を打たないでくれただけで、おれは舞い上がるほど嬉しかったよ」

 そうだったのか。
 あの時の苗加は、嬉しかったのか。
 どんな状況であれ、好きな人が喜んでいてくれた事実が嬉しい。
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