相槌を打たなかったキミへ

ことわ子

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相槌を打たなかったキミへ【11‐2】

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 俺は深く息を吐き、苗加が所属している店『Lucida』の方へ歩き出した。時間的には丁度いい。もしかしたら仕事終わりの苗加に会えるかもしれない。
 この先の通りを曲がれば店に着く、そう思った時に不意に足止めを食らった。いつもなら他人に興味を示さない都会の人々が遠目から何かを見ている。中にはスマホで動画を撮っている人もいて、なんだか落ち着かない様子だ。
 その人の群れに行手を阻まれた俺は、唇を噛みながら迂回しようと踵を返す。
 足止めの原因となっているものに恨みがましい視線を向けながら通り過ぎようとすると、何故かそこに苗加がいた。

「え……」

 人々がサークル状に囲む円の中、丁度ラブホテルの入り口の前で、苗加とどこかで見た顔の女の子が揉めていた。
 苗加が小さい声で何か言うたび、女の子が張り手を上げる。非力そうな女の子の暴力は、段々過激になっていく。

「今すぐあたしと寝ろっていってんでしょ!!!! アンタにいくら使ったと思ってんだよ!!!!」

 苗加の前髪を鷲掴みにし、強引に顔を上げさせる。苗加は抵抗する気が無いのかされるがままになっている。
 と、俺の隣に居た大学生くらいの酔っぱらいの集団が笑いながら動画を撮り始めた。
 瞬間、頭に血が上る。動画を撮っている手を強く握ると唸るような声が出ていた。

「やめろ」

 一瞬怯んだ学生たちだったが、気が大きくなっているのか反撃してきた。

「ハァ? なんの権限があってそんなこと言ってるんですかぁ? お兄さんも撮って欲しいんですかぁ?」

 そう言いながら俺の方へスマホを向けてこようとする。

「いい加減にしろよ!」

 今まで出したことのないような大声で怒鳴る。
 苗加の方を見ていたギャラリーも俺の方を振り返る。いつもの俺ならここで怯んでいる。しかし今は何ふり構っていられない。
 俺のことを捉えた苗加の瞳が大きく揺れたのが分かった。

「なに、どうしたの?」

 タイミングよく、通りかかった警察官が声をかけてきた。動画を撮っていた大学生たちはそそくさと逃げ出し、周りにいた人たちも散り散りになっていった。

「……なんでも無いです」
「そう? 喧嘩はやめてねー」
「はい。すいません」

 おそらくこれが日常なのだろう。警察は大事にせず、すぐに立ち去った。
 俺は苗加に駆け寄ると、未だに苗加の襟首を掴んでいる女の子の手を引き離した。

「はぁ? あんた誰?」
「俺はこいつの……」

 なんなんだろう。

「そっちこそ、何やってんの? 自分がしてること分かってる?」

 俺に言われ、鬱血した苗加の顔を見た女の子は表情を引き攣らせ少し距離を置いた。それでもまだ腹の虫が収まっていないのか、食い下がってくる。

「ヒロムが悪いんだよ!? 枕してくれるって約束してたのに、ドタキャンしようとするから!」
「こいつが……?」

 何かの間違いじゃないかと思ったが、苗加は目を伏せたまま何も言わなかった。

「あたしが頑張って沢山お金使ったから今のヒロムがあるって分かってなさすぎ! 調子乗ってんじゃねぇよ! 女の金で生きてるホストのくせに!」

 本当にこの子は苗加のことが好きなんだろうか。……いや、好きだったんだろうか。
 愛情とは程遠い、屈折した感情に言葉を失う。

「ちょっと言い過ぎじゃ……」
「黙ってろよブサイク!」

 俺が落ち着かせようと声をかけると、背負っていた小さなリュックを思い切り投げつけられた。幸い中に重たいものは入っていないようだったが、外側に付いていたスタッズが顔に当たった。血が出るほどでは無かったが、不意打ちの痛みに眉を顰める。
 すると、今までされるがままだった苗加が女の子のことを睨んだ。

 「……おれのやり方に不満があるならもう来なくていいよ」
「…………は?」
「そのままの意味。もういらないって言ってる」

 すっと冷たく目を細めた苗加は俺の手を引くと歩き出そうとした。が。

「待って! ヤダヤダ! あたしにはヒロムしかいないもん! そんなこと言わないでよ! ねぇ!」

 苗加は追い縋る女の子を突き離し、俺たちは無言でその場を去った。背後から女の子の泣き声が聞こえ続けたが、苗加は振り返らなかった。

「…………」
「…………」

 せっかく苗加と話をしようと気合を入れてきたのに、タイミングを見失ってしまった。何気なく、俺の指に絡まり続ける苗加の指を振り解くことが出来ないまま、無言の時間が続く。

「あのさ、」

 今切り出すのはどう考えても違うだろうと、悩みながら言葉を探す。
 俺を見た苗加の口の端から少しだけ血が滲んでいた。

「とりあえずうちに来い」
「え?」
「いいから」

 不思議そうな顔を向けられ、バツが悪くなった俺は、近くに停まっていたタクシーに近寄った。

「ほら乗って」

 苗加が何か言い出す前に車内に押し込む。
 続いて俺も乗り込むと、逃げられないように手を繋ぐ。嫌がる素振りを見せない苗加は、家に着くまでずっと窓の外を眺めていた。
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