相槌を打たなかったキミへ

ことわ子

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相槌を打たなかったキミへ【10‐2】

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 朝。
 目を開けるとすぐ近くに苗加の顔。
 幸せな気持ちで手を伸ばそうとして一瞬で我に返る。
 夢かと思ったが、これは夢じゃない。現実だ。
 そう言えば、昨日苗加と一緒に寝たんだったと思い返すと、我ながら思い切ったことを言ったなと思った。
 相変わらずの朝の弱さを発揮している苗加はもぞもぞと動きながら俺にくっついてくる。
 マズいと思った俺は、慌ててベッドから抜け出した。
 熱の方は下がったようで、嘘みたいに身体が軽くなっていた。悪寒も頭痛もしない。
 両腕を上げ、固まってしまっていた身体を大きく伸ばす。関節のなる音がいつもより多かった。
 苗加はまだ起きる気配がない。
 寝ているうちにシャワーを浴びてしまおうと、俺は静かに部屋を出た。

 俺がシャワーから出ても、簡単な朝ごはんを作り終わっても苗加は起きてこなかった。
 流石に心配になり始めた頃、苗加に動きがあった。

「起きた?」
「ん? 心広くん? おはよー」

 ふわふわとした返答にいまいち様子が分からない。

「具合悪くなったりとかしてない? 大丈夫?」
「なんでおれがー……? それより……」

 苗加は一旦区切って、ぱっちり目を開ける。いきなりの覚醒に少し驚く。

「それより、心広くんは大丈夫? もう具合悪くない!?」
「俺はこの通り熱も下がったし元気になった。ありがとな」
「そっか、良かったー……」

 幸い、苗加は今のところは元気で、俺も回復することができた。色々あったが、結果オーライだ。

「あ、朝飯作ったんだけど食べる?」
「え……? え!?」
「いや、料理ぐらい作れるって…………簡単なものだけだけど」
「そうじゃなくて、病み上がりなのにそんなことさせちゃって……!」
「病み上がりって言ってももう元気だし。お腹も空いたからついでにと思って。まぁ大したもんじゃないんだけど」

 ここまで驚かれると逆に出しづらくなる。
 なんの変哲もない豆腐の味噌汁に卵焼きとウインナーだから尚更だ。

「言っとくけど、店出てるみたいな料理は想像すんなよ。ごく一般的な独身男の料理だからな」
「全然嬉しい!」

 ちゃんと釘を刺したつもりだったのに、なぜか余計に期待させてしまった気がする。
 これ以上余計なことを言ってドツボにハマってしまう前に料理を運んでくる。
 テーブルの前で何故かキチンと正座して待っていた苗加が瞳を輝かせた。

「すごい……! 健康的な朝ごはんって感じする……!」
「健康的なって……普段どんな食生活してるんだよ……」
「んー? 朝は基本食べないし、昼もカロリーバーとかで済ますかな~。ほら、夜にいっぱい食べないといけないからお腹空けとかなきゃいけなくて」

 想像以上の過酷さにドン引きする。
 今まで健康を崩さなかったのが奇跡のような生活だ。

「久しぶりの味噌汁沁みる~卵焼きもウインナーもご飯も美味しい……!」

 理由はどうあれ、自分の手料理を美味しそうに食べる苗加に気分が紛れる。
 冷めないうちに、と自分も味噌汁を啜る。

「そう言えばさ」

 俺はほんの少し気掛かりだったことを苗加に聞くために声をかけた。

「江草さんとかって大丈夫だった……?」
「……え?」
「いや、ほら、そのー……恋人が違う男の家に二連泊もしたら、やっぱり良い気しないんじゃないかと思って……」

 男女のカップルの場合、男が男の家に何泊しようが、そういう疑念は持たれないだろう。しかし苗加はゲイで、もし江草さんがそのことを知っていたら良からぬ想像をしてしまうかもしれない。
 俺の頑張りの結果、何事も無かったのに、苗加が、糾弾されてしまうのは避けたい。

「もしまずそうなら俺は絶対に苗加が泊まった事言わないし、苗加も無かったことにしてくれれば……」
「無かった……ことにしたいのは、心広くんの方なんじゃない……?」
「へ……?」

 急に声色が変わった苗加は、食べるのをやめた。

「おれが……おれ、は……」

 何かを言いかけ、下を向く。
 一体どうしてしまったのかと、様子を伺っていると、パタ、とテーブルに水滴が落ちたような気がした。

「ごめん、八つ当たりだから忘れて」

 顔を上げないまま、苗加はそう言い、手近に置いてあった自身の財布とスマホを拾い上げた。
 そしてそのまま、俺に顔を向けることなく家から出ていってしまった。
 あと少しで完食されたはずのご飯が寂しげに皿の上に残っている。
 急な出来事にどうすることもできず、ただ忘れてと言葉を残された俺は、テーブルの上の滲んだ水滴を見つめた。
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