相槌を打たなかったキミへ

ことわ子

文字の大きさ
上 下
22 / 27

相槌を打たなかったキミへ【10‐1】

しおりを挟む
 心地良い匂いがする、そう思い目を開くと苗加の顔があった。
 心底驚いたが、リアクションを出せるだけの体力がなく、表面上は静かにできた。

「ん……?」

 俺は僅かに身体を起こし、暗い室内で手探りに近くにあったスマホを見た。
 丁度午前一時を過ぎたあたりだった。
 少しだけ身体の怠さは抜けており、俺のおでこには熱冷ましのシートが貼られていた。
 ベッドにもたれ掛かるようにして寝ている苗加の手には市販の風邪薬の箱が握られている。家に買い置きの薬は無かったはずなので、俺が寝落ちだ後に買いに行ってくれたのだろう。
 ありがたく飲ませてもらおうかと思ったが、薬を動かすと苗加が起きてしまうかもしれないと思い躊躇する。
 だいぶ良くなってきているし、このまま寝ていれば治るかもしれないと、二度寝しようとした時、苗加が目を開けた。

「心広くん……、心広くん!? 大丈夫!?」

 苗加の勢いに持っていた箱がぐしゃっと潰れる。

「あ、……これ、……薬、なんだけど……」

 申し訳なさそうに握りつぶされた箱を差し出す苗加に笑ってしまう。

「ありがと。ありがたく飲ませてもらうわ」
「うん。あ、待ってて今水持ってくる!」
「ゆっくりで大丈夫だから」

 転げそうなくらいの勢いで立ち上がる苗加にハラハラしながら声をかける。苗加はすぐに水の入ったコップを持ってくると手渡してくれた。

「悪い。買い物もそうだし、こんな時間まで付き合わせちゃって――」

 はた、と止まる。
 今は夜中の一時過ぎ。丁度ホストクラブが終わるくらいの頃合いだ。

「え、ちょっと待って、もしかして仕事……」
「心配だったから休んじゃった」

 苗加は俺の言葉の続きを、申し訳なさそうな顔で言う。

「いや、いやいやいや、俺のことなんて放って置いて大丈夫だったのに……!」
「もし、心広くんが逆の立場だったら放っておける?」
「う……」

 それでも俺は一応成人男性で自分のことは自分でできるつもりでいる。いざとなったら誰かに助けを求めることも出来る。そんな俺に付き添うためだけに仕事を休ませてしまったなんて、罪悪感がどんどん積もっていく。

「それに、おれが付いていたかったんだよね」
「え、俺ってそんなに頼りない……?」
「そうじゃなくてさ、」

 俺の返しに苗加は、あはは、と笑い、熱冷ましシートの上から再び手を当てた。

「もうだいぶあったまっちゃってるね。かえよっか」
「え? あーうん……お願いします……」

 苗加にお世話されている事実に急に背中がむず痒くなり、尻すぼみな返事になってしまう。
 苗加はまた小さく笑うと、替えのシートを持ってきてくれた。

「もう電車もないだろうし、もう一泊していけば? ……って言うかしていってください」
「うん、助かる。じゃあお言葉に甘えて」

 言いながら苗加はベッド脇の床に寝転んだ。
 一応カーペットは敷いてあるが、それでも床だ。朝起きたら身体が大変なことになっているだろう。

「え、ちょっと、流石にそこじゃ……」
「でも他に寝る場所ないし……」

 確かに、俺の部屋にはソファというものは無かった。寝られるような場所はベッドのみで、他の選択肢は全て床になる。
 苗加にベッドを譲ることを考えたが、きっと苗加は了承しないだろう。
 俺は覚悟を決めて苗加を見た。

「苗加が……、嫌じゃなかったら、ベッド半分にして寝るか……?」
「へ?」
「いやだから、看病してくれた苗加を床で寝かせるのは忍びないし、かと言って俺が床で寝るって言っても苗加に反対されそうだし……」

 疑問の声に言い訳じみた言葉を並べてしまう。

「………………心広くんは嫌じゃないの?」
「俺が提案してるんだから、嫌じゃないってことだろ……!」

 段々恥ずかしくなってきた。サラッと苗加が了承して、ノリで二人で布団に入り、そのまま何事もなく朝まで逃げ切りたいと思っていたのに。

 俺の気持ちの確認とか、してくんなよ……

 本音を言ってしまえば、俺は苗加が好きで、好きな人と一緒のベッドで寝るなんて、思春期に戻ったみたいに緊張している。嫌とか嫌じゃないとか以前に俺の色々が持つか分からない。
 それでも今はそんなことを言っている場合じゃないことも理解している。だから必死に自分を抑えて切り出したのに。

「……心広くんが嫌じゃないなら、」

 静かに苗加がそう言いながらベッドに入ってきた。

「あ、待って、俺こっち向くから、背中合わせになって。もし風邪移しちゃ悪いから」

 仰向けで寝ていた俺は外を向くように苗加に背中を向けた。今更かもしれないが、二人で仰向けで寝るよりはマシな気がする。

「分かった」

 苗加の背中が俺の背中にあたる。
 少し触れるだけで、そこに意識が集中してしまう。
 俺は固く目を瞑り、頭の中に今までに受けた理不尽なクレームを思い浮かべた。いつもならすぐに思考が切り替わって不快な気持ちになるのに、今日は中々上手くいかない。
 眉間に皺を寄せながら、どんどん思い返していると、脳が疲れてしまったのか、いつの間にか眠りに落ちていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

先生と俺

春夏
BL
【完結しました】 ある夏の朝に出会った2人の想いの行方は。 二度と会えないと諦めていた2人が再会して…。 Rには※つけます(7章)。

まさか「好き」とは思うまい

和泉臨音
BL
仕事に忙殺され思考を停止した俺の心は何故かコンビニ店員の悪態に癒やされてしまった。彼が接客してくれる一時のおかげで激務を乗り切ることもできて、なんだかんだと気づけばお付き合いすることになり…… 態度の悪いコンビニ店員大学生(ツンギレ)×お人好しのリーマン(マイペース)の牛歩な恋の物語 *2023/11/01 本編(全44話)完結しました。以降は番外編を投稿予定です。

[完結]閑古鳥を飼うギルマスに必要なもの

るい
BL
 潰れかけのギルドのギルドマスターであるクランは今日も今日とて厳しい経営に追われていた。  いつ潰れてもおかしくないギルドに周りはクランを嘲笑するが唯一このギルドを一緒に支えてくれるリドだけがクランは大切だった。  けれども、このギルドに不釣り合いなほど優れたリドをここに引き留めていいのかと悩んでいた。  しかし、そんなある日、クランはリドのことを思い、決断を下す時がくるのだった。

【完結】遍く、歪んだ花たちに。

古都まとい
BL
職場の部下 和泉周(いずみしゅう)は、はっきり言って根暗でオタクっぽい。目にかかる長い前髪に、覇気のない視線を隠す黒縁眼鏡。仕事ぶりは可もなく不可もなく。そう、凡人の中の凡人である。 和泉の直属の上司である村谷(むらや)はある日、ひょんなことから繁華街のホストクラブへと連れて行かれてしまう。そこで出会ったNo.1ホスト天音(あまね)には、どこか和泉の面影があって――。 「先輩、僕のこと何も知っちゃいないくせに」 No.1ホスト部下×堅物上司の現代BL。

彼の至宝

まめ
BL
十五歳の誕生日を迎えた主人公が、突如として思い出した前世の記憶を、本当にこれって前世なの、どうなのとあれこれ悩みながら、自分の中で色々と折り合いをつけ、それぞれの幸せを見つける話。

いつも優しい幼馴染との距離が最近ちょっとだけ遠い

たけむら
BL
「いつも優しい幼馴染との距離が最近ちょっとだけ遠い」 真面目な幼馴染・三輪 遥と『そそっかしすぎる鉄砲玉』という何とも不名誉な称号を持つ倉田 湊は、保育園の頃からの友達だった。高校生になっても変わらず、ずっと友達として付き合い続けていたが、最近遥が『友達』と言い聞かせるように呟くことがなぜか心に引っ掛かる。そんなときに、高校でできたふたりの悪友・戸田と新見がとんでもないことを言い始めて…? *本編:7話、番外編:4話でお届けします。 *別タイトルでpixivにも掲載しております。

太陽に恋する花は口から出すには大きすぎる

きよひ
BL
片想い拗らせDK×親友を救おうと必死のDK 高校三年生の蒼井(あおい)は花吐き病を患っている。 花吐き病とは、片想いを拗らせると発症するという奇病だ。 親友の日向(ひゅうが)は蒼井の片想いの相手が自分だと知って、恋人ごっこを提案した。 両思いになるのを諦めている蒼井と、なんとしても両思いになりたい日向の行末は……。

ふたりの距離

春夏
BL
【完結しました】 予備校で出会った2人が7年の時を経て両想いになるまでのお話です。全9話。

処理中です...