相槌を打たなかったキミへ

ことわ子

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相槌を打たなかったキミへ【4‐2】

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 そもそも、ことの発端は数日前に来た苗加からのメールにあった。
 あの外ロケをした日から数週間、苗加からの連絡は一切無かった。なんとなく、気まずかった俺はこれ幸いと思うのと同時に、すぐにお礼の連絡が無いことを不思議にも思った。
 前回の時はすぐに返事が返ってきたため、なんだか腑に落ちなかったが、苗加も忙しいのだろうと思うことにした。
 それから数日。苗加への妙な気まずさも薄れてきた頃にいきなり爆弾は投下された。
 
 『良かったら、今度店に遊びに来て』
 
 反射的に、俺は『断る』と返したが、次の返事がかなり厄介だった。

 『オーナーも是非来て欲しいって』
 
 江草さんの名前を出されたら断れない。なにせ未来の太客候補だ。
 俺は迷いに迷って了承する旨を返信した。
 ただ、客が多い時間帯は流石に気まずい……というか、周りの視線が刺さっていたたまれなくなりそうな気がするため、まだ客が少ない早い時間に設定してもらった。
 それなのに。

 *
 
 あの時の自分を選択を恨めしく思う。
 やろうと思えばいくらでも嘘をついて断われたはずなのに、昔からどうもその辺が器用に立ち回れない。
 上機嫌に俺の前を歩く苗加の後輩に俺は無心でついて行く。外観はどちらかと言えばシックな色合いだったのに、扉を開けたそこはギラギラの異世界だった。俺たちが今通っている廊下は床は、レッドカーペットのように真っ赤なベロアで統一され、壁は全面鏡張り。まるで遊園地にあるミラーハウスのような内装に目が回り若干気持ち悪くなってくる。
 助けを求めて鏡以外の場所を探して視線を彷徨わせると、ある一角が目に入った。
 噂には聞いたことがあるが、本物を見たのは初めてだった。
 
「これ……」
「あ、この写真って都井さんが撮ったんですよね? ヒロムさんが自慢してました!」

 おそらく苗加はそこまで大っぴらに自慢してはいないだろう。それでも、この後輩の目にはそう映ったようで、何だか気恥ずかしくなった。
 俺は、自分が撮った苗加の顔を見上げた。
 豪勢な額に入ったそれには、No..2の文字が飾られている。

「ナンバー……ツー…………No.2!?!?」
「え、そうですよ! 知らなかったんですか!?」

 煽りと取られてもおかしくないくらい、苗加の後輩は大きな声で驚く。その声に自分中にあった驚きが少しだけ削がれてしまったが、それでも充分驚いた。
 確かに苗加は自分を"そこそこ売れている"と評していた。俺としては、せいぜい、苗加目当ての客が二、三人いる程度かと思っていたが、どうやらそんな比ではないらしい。

「グループ全体から見ても、ヒロムさんは上位常連ですよ! すごいですよね! 憧れです!」
「へぇー……」

 頷く以外何も出来なくなった俺は、ヒートアップする後輩の力説に耳を傾けた。

「オレ的には、枕とか……せめてアフターすればもっと上にいけると思うんですけどね」
「あ、それ」

 何となく気になった話題に食いついてみる。

「ヒロムってなんでアフターしないんだろうな……?」
「それが分からないんですよ! ヒロムさんのスペックなら絶対に営業の掛け方だって色恋にした方が儲かるのに……!」
「いろこいって……?」
「あ、恋人みたいな接客スタイルってことです」

 まぁ、確かにあの顔に迫られて嫌な気持ちになる女の子は少ないだろうなと思う。男の俺でも嫌な気はしないのだから。

 …………いや、正気になれよ俺……

 ナチュラルに血迷った妄想を繰り広げてしまい、複雑な気持ちになる。苗加は俺のことを元同級生、現カメラマンとして接してくれているのに、一瞬でもよからぬことを考えてしまい申し訳ない気持ちが膨らむ。

「そのー、色恋って面倒くさそうじゃねって素人は思うんだけど?」
「面倒くさい? あぁー、確かに扱い上手くやらないと刺されたりしますもんね!」

 苗加が面倒くさいから、枕もアフターもしないと言っていたのを思い出し、適当に話を振ってみたらとんでもない返事が帰ってきた。

「刺……え、刺され……?」
「ここは歌舞伎町ですから」

 全く答えになっていないのに、何故か説得力を感じてしまう。
 元々、苗加の仕事に口を出すつもりは無かったが、話を聞けば聞くほど、苗加は今の営業スタイルを貫いていて欲しいと心から思った。

「じゃ、そろそろ行きましょうか!」

 苗加の後輩はニッ、と笑って再び廊下を歩き出した。
 もう既に疲労感を感じているのにまだ始まってすらいないなんて……と軽く絶望しながら、後輩の後をついて行く。
 黒の革張りの扉の前で後輩は立ち止まった。

「ようこそLucidaへ!」

 そう言いながら、重く分厚い扉を開いた。
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