相槌を打たなかったキミへ

ことわ子

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相槌を打たなかったキミへ【4‐1】

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 ホストクラブ『Lucida』の金色の看板が目の前に迫る。
 思わず仰け反ってしまいそうになるのを必死で堪え、出来るだけ挙動不審にならないように周囲を確認する。
 時刻は十九時。歌舞伎町は仕事帰りのサラリーマンやホスト通いの女の子たちで、徐々に活気が出はじめている。そんな道行く人の目を気にしながら、俺は一歩、また一歩と恐る恐る目的地まで近寄った。
 他の店舗に比べると黒と金を基調にしたLucidaの外観は比較的大人しい部類に入るだろう。むしろ、辺り一面が派手なネオンと看板でごちゃごちゃとしているため、上品な佇まいにも見えてくる。
 しかし、これが他の土地にあったらと考えると、どこに行っても浮いてしまうのが現実で、空気に飲まれて自分の認知が歪みそうになっているのを慌てて正す。
 一瞬でも気を抜けば、街全体に取り込まれてしまいそうな雰囲気に、俺は早々に降参することにした。

 …………後で、急用ができたって断りの連絡入れておこう……。

 勇気を出して踏み出した足を、元来た道の方へと向ける。
 苗加と江草さんには申し訳ないが、俺には敷居が色んな意味で高すぎる。
 むしろここまで来たことを褒めてもらいたい、と開き直って情けない自分を誤魔化そうとするが、余計に恥ずかしくなってきた。
 すごすごと撤退しようとすると、突然背後から腕を掴まれた。

「え!?」

 間抜けな声が出て恥ずかしいと思うよりも先に言葉が出なくなる。
 振りかえった先には俺よりも若い、下手をしたらまだ未成年のような顔をした男の子が立っていたからだ。
 染めていない髪は天然パーマなのか若干爆発気味に乱れていて、服装もどこにでもいるような大学生のような出で立ちだった。

「もしかして、都井さんですか?」
「え?」
「あ、オレ、ヒロムさんに言われて迎えに来ました!」

 ハキハキと愛想よく喋る声がどんどん遠のく。逃げようと思っていたのに一歩遅かったらしい。

「あー、えーと……用事が出来たから帰るって伝えといて貰っていい?」
「え! 困ります!」
「困る…………?」

 間髪入れずにはっきりとそう言われ困惑する。
 ここで俺が帰ってからといって、男の子が困るようなことにはならないだろう。
 そう思うのだが、男の子は俺の袖を引っ張ってくる。この強引な雰囲気はまごうことなき苗加の店の従業員だろう。
 小柄なせいで、俺を動かすまでには至っていないが、中々鬱陶しい。

「迷ってると困るから、ってヒロムさんにお願いされたんです……! オレ、ヒロムさんからお願い事されたのなんか初めてで、嬉しくなっちゃって、絶対に連れてきますって約束しちゃったんです……!」
 
 苗加は客の女の子だけじゃなく、後輩にまで好かれているのか、と思う。
 良いことだとは思うが、若干男の子の目が怖いのが気になる。なんというか、必死すぎる。
 
「分かったから、とりあえず袖離して貰っていいか?」
「あ、ごめんなさい……!」

 男の子はすぐに離れると申し訳なさそうに上目づかいで俺を見た。その目から悪気がなかったのは充分伝わった。
 俺は脱力しながらため息を吐くと、引っ張られて伸びていた襟ぐりを直した。
 そもそも、今日の誘いを受けたのは他でもない自分の責任だ。だったら腹を括るしかない。
 
「じゃあ、案内してもらえる?」
「勿論です!」

 男の子の全開の笑顔がまぶしくて、これ以上まぶしいものを浴びたら消えてしまうかもしれないと本気で思った。
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