相槌を打たなかったキミへ

ことわ子

文字の大きさ
上 下
6 / 27

相槌を打たなかったキミへ【3‐1】

しおりを挟む
「ここ……?」

 苗加が戸惑うのも当然だろう。
 俺たちが足を止め、見上げた先には大きな朱色の鳥居が堂々と鎮座している。神社仏閣特有の厳かな雰囲気に少しだけ背筋が伸びる。
 とは言いつつも、毎年夏祭りの会場になっている神社だけあって、大人から子供までみんな躊躇なく鳥居をくぐっていく。地元の人にとっては馴染みのある場所だ。

「でも、勝手にロケしたらマズいんじゃ……」
「ああ、大丈夫。ここの神社、よくお宮参りでロケに使わせて貰ってて顔馴染みだから、すぐに許可貰えると思う」
「そうなの……?」

 一応は納得したようだが、苗加の気が進まなさそうな顔に首を傾げる。

「やっぱりイメージ違った? 場所変えようか」

 俺としては良いアイデアだと思ったが、苗加が気乗りしないならしょうがない。他の候補を思い浮かべながらそう言うと、苗加が小さく声を出した。

「だっておれ、ホストだし……」

 苗加の意図が掴めず、思わず眉間に皺が寄る。

「なんとなく、こういう場所に来たらマズいかなって」
「? いや、全く意味が分からん」
「神社ってさあ、神聖な場所って感じがするじゃん……!」
「するけど、それと苗加がホストなことと何か関係あるか? ってか、他のホストだって普通に初詣とかするだろ」
「それはそうなんだけど……」

 煮え切らない苗加に焦れた俺は少し言葉が強くなる。
 俺に任せてくれると言ったのはそっちなのに。

「苗加が何を気にしてるのか知らないけど、俺は別に問題無いと思ってる」

 言い切ってから、あ、と口を噤む。そして周囲を確認する。
 幸い、ホストに行きそうな女の人は見当たらなかったが、人は見た目で判断出来ない。もし今ので苗加の本名がバレてしまったらと思うと、自分の失言を猛烈に反省する。

「ごめん……!」

 苗加が何かを言う前に手を合わせて謝る。

「名前、呼んじゃった……」

 一人でスタジオを運営するようになってから、顧客の個人情報の取り扱いには細心の注意を払っていたつもりだったが、迂闊だった。

「大丈夫だから顔上げて。おれもグズグズ言ってごめん。ホストやってると色々感覚が麻痺してくるから、せめて善良な一般人とは線引きしないとって思いが強くなっちゃって」
「なんだそれ。じゃあ俺は"善良な一般人"じゃないわけ?」
「心広くんは善良な一般人でしょ」

 俺の質問の意図が分からないのか、苗加は不思議そうな顔をする。

「じゃあ、ヒロムは俺と一線引いて接してた訳だ? サミシイナァー」

 当てつけのように片言でそう付け加えると想像以上に苗加は慌てた。

「い、や、そんなつもりじゃなくて! だから、その、おれが言いたいのは……!」
「ヒロムがそうしたいなら俺は止めないけど、俺は気にしない、とだけはっきり言っとくから」

 さっきまで、苗加を"違う世界の人間"だと決めつけていたのも忘れて、意識するよりも前に言葉がするすると流れ出た。
 しかし、今の俺の感情に偽りはない。苗加と接すれば接するほど、数少ない俺の中にある昔の苗加の面影が蘇ってくる気がする。

「………………どうする? やめる?」

 俺は静かに聞いた。

「……ここにする」

 そう答える苗加の顔が少し赤い。
 その意味を探るように自分の発言を思い返し、少し熱血過ぎたかと思うと、途端に恥ずかしくなってきた。
 高校生の時ならまだしも、大人になってこのやり取りは気恥ずかしい。

「じゃ、じゃあ、とりあえず許可貰ってくるわ……」

 大の大人の男が二人、神社の鳥居の前でモジモジしている絵面に耐えられなくなり、俺は早口にそう言うと、ひと足先に鳥居をくぐった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうか溺れる恋をして

ユナタカ
BL
失って、後悔して。 何度1人きりの部屋で泣いていても、もう君は帰らない。

六日の菖蒲

あこ
BL
突然一方的に別れを告げられた紫はその後、理由を目の当たりにする。 落ち込んで行く紫を見ていた萌葱は、図らずも自分と向き合う事になった。 ▷ 王道?全寮制学園ものっぽい学園が舞台です。 ▷ 同室の紫と萌葱を中心にその脇でアンチ王道な展開ですが、アンチの影は薄め(のはず) ▷ 身代わりにされてた受けが幸せになるまで、が目標。 ▷ 見た目不良な萌葱は不良ではありません。見た目だけ。そして世話焼き(紫限定)です。 ▷ 紫はのほほん健気な普通顔です。でも雰囲気補正でちょっと可愛く見えます。 ▷ 章や作品タイトルの頭に『★』があるものは、個人サイトでリクエストしていただいたものです。こちらではいただいたリクエスト内容やお礼などの後書きを省略させていただいています。

まさか「好き」とは思うまい

和泉臨音
BL
仕事に忙殺され思考を停止した俺の心は何故かコンビニ店員の悪態に癒やされてしまった。彼が接客してくれる一時のおかげで激務を乗り切ることもできて、なんだかんだと気づけばお付き合いすることになり…… 態度の悪いコンビニ店員大学生(ツンギレ)×お人好しのリーマン(マイペース)の牛歩な恋の物語 *2023/11/01 本編(全44話)完結しました。以降は番外編を投稿予定です。

彼の至宝

まめ
BL
十五歳の誕生日を迎えた主人公が、突如として思い出した前世の記憶を、本当にこれって前世なの、どうなのとあれこれ悩みながら、自分の中で色々と折り合いをつけ、それぞれの幸せを見つける話。

思い出して欲しい二人

春色悠
BL
 喫茶店でアルバイトをしている鷹木翠(たかぎ みどり)。ある日、喫茶店に初恋の人、白河朱鳥(しらかわ あすか)が女性を伴って入ってきた。しかも朱鳥は翠の事を覚えていない様で、幼い頃の約束をずっと覚えていた翠はショックを受ける。  そして恋心を忘れようと努力するが、昔と変わったのに変わっていない朱鳥に寧ろ、どんどん惚れてしまう。  一方朱鳥は、バッチリと翠の事を覚えていた。まさか取引先との昼食を食べに行った先で、再会すると思わず、緩む頬を引き締めて翠にかっこいい所を見せようと頑張ったが、翠は朱鳥の事を覚えていない様。それでも全く愛が冷めず、今度は本当に結婚するために翠を落としにかかる。  そんな二人の、もだもだ、じれったい、さっさとくっつけ!と、言いたくなるようなラブロマンス。

代わりでいいから

氷魚彰人
BL
親に裏切られ、一人で生きていこうと決めた青年『護』の隣に引っ越してきたのは強面のおっさん『岩間』だった。 不定期に岩間に晩御飯を誘われるようになり、何時からかそれが護の楽しみとなっていくが……。 ハピエンですがちょっと暗い内容ですので、苦手な方、コメディ系の明るいお話しをお求めの方はお気を付け下さいませ。 他サイトに投稿した「隣のお節介」をタイトルを変え、手直ししたものになります。

目標、それは

mahiro
BL
画面には、大好きな彼が今日も輝いている。それだけで幸せな気分になれるものだ。 今日も今日とて彼が歌っている曲を聴きながら大学に向かえば、友人から彼のライブがあるから一緒に行かないかと誘われ……?

王子様から逃げられない!

白兪
BL
目を覚ますとBLゲームの主人公になっていた恭弥。この世界が受け入れられず、何とかして元の世界に戻りたいと考えるようになる。ゲームをクリアすれば元の世界に戻れるのでは…?そう思い立つが、思わぬ障壁が立ち塞がる。

処理中です...