4 / 27
相槌を打たなかったキミへ【2‐2】
しおりを挟む
***
次に会う時はご飯に行くものだと勝手に思っていた。
しかし俺はカメラ機材を担いで、何故かご機嫌な苗加の隣を歩いている。平日の昼間に大荷物を持った男と人目を引く容姿の男が並んで歩いている様子は、傍目から見たら少しだけ浮いて見えるかもしれない。
相変わらず派手な格好の苗加は、それでも外をふらつく事を考慮したのか、この前よりはぱっと目に付くハイブランドのロゴの数が減っていた。
季節は秋。まだ少し暑さも残るが、外で撮影をするには最適な気候だ。
それでも全部で十キロ以上ある機材を持っての移動は中々骨が折れる。
「おれも少し持とうか……?」
「いや、客に荷物持ちなんかさせられない……」
断られた苗加は小さな声で分かったと頷いたが、その顔は申し訳なさそうだった。
「なんか、ごめん。調子乗っちゃって」
「別に。これも歴とした仕事だし」
「そうなんだけど……でもあまりにも急だったかなって」
「それはそう」
「だよね……」
段々と声が小さくなっていく苗加の様子に堪え切れずに噴き出す。少しいじわるしてやろうと思っただけだったが、反応が面白くてやり過ぎてしまった。
「いや、こんな機会じゃないと外ロケなんかしないし、俺も良い気分転換になってるから気にすんな」
「本当……?」
「本当」
そうフォローすると、苗加は子どものような顔で笑った。客の前でもこんな風に笑うんだろうか、と考えると、益々苗加がホストとして振る舞ってる姿を見てみたいと思った。
「そう言えば、今から撮る写真を誕生日のイベントで使うんだっけ?」
「うん。面倒くさいし、宣材写真使い回しで良いかなーって思ってたんだけど、この前撮ってもらった写真がめちゃくちゃ評判良くて、バーイベの写真も同じカメラマンにお願いしたらどうかってオーナーが」
「マジか。確かによく撮れてたもんな、あの写真」
「心広くんもそう思う!?」
「え、……うん、まぁ」
いきなり食いつかれ、驚くと共に一歩引く。
いくら男とはいえ、綺麗な顔が予告なく近付いてくるのは心臓に悪い。
「でも良かったのかよ、外ロケって時間で料金発生するから納得いくまで粘ったら結構金額かかると思うけど」
誤魔化すように話を振ると、苗加は不思議そうな顔で俺をみた。そして一拍置いて納得したように声を出した。
「お金の心配? 大丈夫、バーイベで元取れるどころか、多分何百倍になって返ってくるから」
「何百倍…………」
桁が違うお金の動きにさっきとは別の意味で引いてしまう。きっと俺には想像もできないような世界で生きているだと思うと、苗加が違う世界の人間のように思えた。
「誕生日のイベントって、あの……なんだっけ、シャンパンタワー? みたいなのすんの?」
好奇心ついでに聞いてみる。
今まで撮ってきたホストたちとはプライベートな話はしないようにしていたので、苗加の話はどれも新鮮だ。
「勿論タワーも入れて貰うつもりでいるよ~。あ、ほらこんな感じで」
言いながら苗加は自身のスマホの画面を俺に見せてきた。
天井まで届きそうな迫力のシャンパンタワーにカラフルで派手なライト。周りは薔薇で囲まれていて見ているだけで胸焼けしそうになる。
ヘラヘラとした顔で笑う苗加の隣にはピンクのヒラヒラした服を着た所謂地雷系と呼ばれているような女の子がピースで顔を隠している。
「……………………薔薇好きなのか?」
何か感想を言わないと、と絞り出した結果、世界一どうでもいい質問をしてしまった。
「別に? エースの子が……あ、その写真に写ってる子が、おれには薔薇が似合うって飾ってくれたんだけど、正直匂いがキツくて吐きそうだった」
「うわ……」
当時の室内の匂いを想像して、更に人の好意に対して吐きそうだったと発言する苗加の無神経さも加わって二重の意味でドン引きしてしまう。
「あ、でも、勿論本人には伝えてないよ? それがおれの仕事だし」
俺が引いているのが伝わったのか、苗加は慌てて弁明してきた。一応、まだ人の心が残っているんだと分かって少し安堵する。
昔からの……と言うには浅い関係だが、同級生が性格まで嫌な方向に様変わりしていなくて良かった。
「そう言えば、誕生日イベントってことは、そろそろ誕生日なの?」
「え、誕生日? 二月だけど」
「そんなに前から準備するもんなのか……?」
今は九月の頭。いくらホストとはいえ、言ってしまえば個人のお誕生日会の準備に半年近くもかけるものなんだろうか。
「俺の誕生日は二月二日だけど、ヒロムの誕生日は十一月の二日」
「え……?」
「誕生日も一応個人情報だから、なんでもない日を誕生日に設定してるんだよね」
想像していたよりも何もかもが嘘まみれですごい世界だと慄く。嘘の名前に嘘の誕生日、嘘の表情に嘘の感情。
こんな世界で暮らしていて、自分を見失わないのかと心配になったが、余計なお世話だよな、とすぐに忘れることにした。
「だから、お祝いは二月にして欲しいな」
「なんで俺が、な……ヒロムの誕生日祝わないといけないんだよ」
「えー友達じゃん」
俺と苗加が友達だったことは一度もない、と断言すると俺が冷たいやつみたいになる。返事に詰まり眉間に皺を寄せていると、苗加の指がそこに触れた。
「ごめんごめん、冗談。だからそんな顔しないで」
ヒヤリと冷たい苗加の指に灯る光金属の鈍い輝きに目を奪われる。高そうなそれは今の苗加に似合っている。
それが何だか寂しかった。
「二月二日だな。覚えた」
「え?」
「友達の誕生日くらい、いくら無頓着な俺でも祝うから! 薄情なやつだと思われたくないし……!」
「本当……?」
またあの無邪気な笑顔。
ヘラヘラ笑っているよりこっちの方がよっぽどいいと思う。
次に会う時はご飯に行くものだと勝手に思っていた。
しかし俺はカメラ機材を担いで、何故かご機嫌な苗加の隣を歩いている。平日の昼間に大荷物を持った男と人目を引く容姿の男が並んで歩いている様子は、傍目から見たら少しだけ浮いて見えるかもしれない。
相変わらず派手な格好の苗加は、それでも外をふらつく事を考慮したのか、この前よりはぱっと目に付くハイブランドのロゴの数が減っていた。
季節は秋。まだ少し暑さも残るが、外で撮影をするには最適な気候だ。
それでも全部で十キロ以上ある機材を持っての移動は中々骨が折れる。
「おれも少し持とうか……?」
「いや、客に荷物持ちなんかさせられない……」
断られた苗加は小さな声で分かったと頷いたが、その顔は申し訳なさそうだった。
「なんか、ごめん。調子乗っちゃって」
「別に。これも歴とした仕事だし」
「そうなんだけど……でもあまりにも急だったかなって」
「それはそう」
「だよね……」
段々と声が小さくなっていく苗加の様子に堪え切れずに噴き出す。少しいじわるしてやろうと思っただけだったが、反応が面白くてやり過ぎてしまった。
「いや、こんな機会じゃないと外ロケなんかしないし、俺も良い気分転換になってるから気にすんな」
「本当……?」
「本当」
そうフォローすると、苗加は子どものような顔で笑った。客の前でもこんな風に笑うんだろうか、と考えると、益々苗加がホストとして振る舞ってる姿を見てみたいと思った。
「そう言えば、今から撮る写真を誕生日のイベントで使うんだっけ?」
「うん。面倒くさいし、宣材写真使い回しで良いかなーって思ってたんだけど、この前撮ってもらった写真がめちゃくちゃ評判良くて、バーイベの写真も同じカメラマンにお願いしたらどうかってオーナーが」
「マジか。確かによく撮れてたもんな、あの写真」
「心広くんもそう思う!?」
「え、……うん、まぁ」
いきなり食いつかれ、驚くと共に一歩引く。
いくら男とはいえ、綺麗な顔が予告なく近付いてくるのは心臓に悪い。
「でも良かったのかよ、外ロケって時間で料金発生するから納得いくまで粘ったら結構金額かかると思うけど」
誤魔化すように話を振ると、苗加は不思議そうな顔で俺をみた。そして一拍置いて納得したように声を出した。
「お金の心配? 大丈夫、バーイベで元取れるどころか、多分何百倍になって返ってくるから」
「何百倍…………」
桁が違うお金の動きにさっきとは別の意味で引いてしまう。きっと俺には想像もできないような世界で生きているだと思うと、苗加が違う世界の人間のように思えた。
「誕生日のイベントって、あの……なんだっけ、シャンパンタワー? みたいなのすんの?」
好奇心ついでに聞いてみる。
今まで撮ってきたホストたちとはプライベートな話はしないようにしていたので、苗加の話はどれも新鮮だ。
「勿論タワーも入れて貰うつもりでいるよ~。あ、ほらこんな感じで」
言いながら苗加は自身のスマホの画面を俺に見せてきた。
天井まで届きそうな迫力のシャンパンタワーにカラフルで派手なライト。周りは薔薇で囲まれていて見ているだけで胸焼けしそうになる。
ヘラヘラとした顔で笑う苗加の隣にはピンクのヒラヒラした服を着た所謂地雷系と呼ばれているような女の子がピースで顔を隠している。
「……………………薔薇好きなのか?」
何か感想を言わないと、と絞り出した結果、世界一どうでもいい質問をしてしまった。
「別に? エースの子が……あ、その写真に写ってる子が、おれには薔薇が似合うって飾ってくれたんだけど、正直匂いがキツくて吐きそうだった」
「うわ……」
当時の室内の匂いを想像して、更に人の好意に対して吐きそうだったと発言する苗加の無神経さも加わって二重の意味でドン引きしてしまう。
「あ、でも、勿論本人には伝えてないよ? それがおれの仕事だし」
俺が引いているのが伝わったのか、苗加は慌てて弁明してきた。一応、まだ人の心が残っているんだと分かって少し安堵する。
昔からの……と言うには浅い関係だが、同級生が性格まで嫌な方向に様変わりしていなくて良かった。
「そう言えば、誕生日イベントってことは、そろそろ誕生日なの?」
「え、誕生日? 二月だけど」
「そんなに前から準備するもんなのか……?」
今は九月の頭。いくらホストとはいえ、言ってしまえば個人のお誕生日会の準備に半年近くもかけるものなんだろうか。
「俺の誕生日は二月二日だけど、ヒロムの誕生日は十一月の二日」
「え……?」
「誕生日も一応個人情報だから、なんでもない日を誕生日に設定してるんだよね」
想像していたよりも何もかもが嘘まみれですごい世界だと慄く。嘘の名前に嘘の誕生日、嘘の表情に嘘の感情。
こんな世界で暮らしていて、自分を見失わないのかと心配になったが、余計なお世話だよな、とすぐに忘れることにした。
「だから、お祝いは二月にして欲しいな」
「なんで俺が、な……ヒロムの誕生日祝わないといけないんだよ」
「えー友達じゃん」
俺と苗加が友達だったことは一度もない、と断言すると俺が冷たいやつみたいになる。返事に詰まり眉間に皺を寄せていると、苗加の指がそこに触れた。
「ごめんごめん、冗談。だからそんな顔しないで」
ヒヤリと冷たい苗加の指に灯る光金属の鈍い輝きに目を奪われる。高そうなそれは今の苗加に似合っている。
それが何だか寂しかった。
「二月二日だな。覚えた」
「え?」
「友達の誕生日くらい、いくら無頓着な俺でも祝うから! 薄情なやつだと思われたくないし……!」
「本当……?」
またあの無邪気な笑顔。
ヘラヘラ笑っているよりこっちの方がよっぽどいいと思う。
11
お気に入りに追加
27
あなたにおすすめの小説
もしかして俺の人生って詰んでるかもしれない
バナナ男さん
BL
唯一の仇名が《 根暗の根本君 》である地味男である< 根本 源 >には、まるで王子様の様なキラキラ幼馴染< 空野 翔 >がいる。
ある日、そんな幼馴染と仲良くなりたいカースト上位女子に呼び出され、金魚のフンと言われてしまい、改めて自分の立ち位置というモノを冷静に考えたが……あれ?なんか俺達っておかしくない??
イケメンヤンデレ男子✕地味な平凡男子のちょっとした日常の一コマ話です。
君のことなんてもう知らない
ぽぽ
BL
早乙女琥珀は幼馴染の佐伯慶也に毎日のように告白しては振られてしまう。
告白をOKする素振りも見せず、軽く琥珀をあしらう慶也に憤りを覚えていた。
だがある日、琥珀は記憶喪失になってしまい、慶也の記憶を失ってしまう。
今まで自分のことをあしらってきた慶也のことを忘れて、新たな恋を始めようとするが…
「お前なんて知らないから」
完結·助けた犬は騎士団長でした
禅
BL
母を亡くしたクレムは王都を見下ろす丘の森に一人で暮らしていた。
ある日、森の中で傷を負った犬を見つけて介抱する。犬との生活は穏やかで温かく、クレムの孤独を癒していった。
しかし、犬は突然いなくなり、ふたたび孤独な日々に寂しさを覚えていると、城から迎えが現れた。
強引に連れて行かれた王城でクレムの出生の秘密が明かされ……
※完結まで毎日投稿します
【完結】遍く、歪んだ花たちに。
古都まとい
BL
職場の部下 和泉周(いずみしゅう)は、はっきり言って根暗でオタクっぽい。目にかかる長い前髪に、覇気のない視線を隠す黒縁眼鏡。仕事ぶりは可もなく不可もなく。そう、凡人の中の凡人である。
和泉の直属の上司である村谷(むらや)はある日、ひょんなことから繁華街のホストクラブへと連れて行かれてしまう。そこで出会ったNo.1ホスト天音(あまね)には、どこか和泉の面影があって――。
「先輩、僕のこと何も知っちゃいないくせに」
No.1ホスト部下×堅物上司の現代BL。
十七歳の心模様
須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない…
ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん
柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、
葵は初めての恋に溺れていた。
付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。
告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、
その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。
※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。
完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました
美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!
生徒会長の包囲
きの
BL
昔から自分に自信が持てず、ネガティブな考えばっかりしてしまう高校生、朔太。
何もかもだめだめで、どんくさい朔太を周りは遠巻きにするが、彼の幼なじみである生徒会長だけは、見放したりなんかしなくて______。
不定期更新です。
しば犬ホストとキツネの花屋
ことわ子
BL
【相槌を打たなかったキミへ】のスピンオフ作品になります。上記を読んでいなくても理解できる内容となっています。
とりあえずビッグになるという目標の元、田舎から上京してきた小太郎は源氏名、結城ナナトと名乗り新人ホストをしていた。
ある日、店の先輩ホストであるヒロムが女の人と歩いているのを目撃する。同伴もアフターもしないヒロムが女の人を連れていることが気になり、興味本位で後をつけることにした小太郎だったが──
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる