相槌を打たなかったキミへ

ことわ子

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相槌を打たなかったキミへ【1‐2】

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「意外と天職みたいでさ、それなりに人気あるんだよ?」
「え、マジか……!」
「うん。ほら、女の子のこと"そういう対象"にみれないから、流されちゃうこともないし」
「流されちゃう……?」
「性欲湧かないからいつも正常な判断が出来るってこと」
「あ、あぁ……」

 綺麗な顔から発せられるあけすけな物言いに俺の方が怯んでしまう。
 学生時代、どちらかと言うと……と言うより、圧倒的に下ネタで盛り上がっていたのは俺たちのグループだった。あまりにも下世話な会話に辟易したこともあったが、俺だってそれなりに発言していた。
 何故かそのノリが楽しくてしかたなかったのだが、社会人になって急激に興味が薄れていった。まだ二十代なのに、もう枯れてしまったのかと自問するほど人に関心が無くなり、気づけば彼女も数年いないような草食系になっていた。

「でもさ、お客さんたちは──その、やっぱ、そういうの求めてくるんじゃねーの……?」
「んー、基本友営徹底してるから他のホストよりは少ないけど、やっぱり新規で指名してくれた子はそういう感じが多いかも」
「ともえい……?」
「あ、ごめん。友達みたいな接客する営業のこと」

 つまり、俺が想像しているような荒れた様子ではないらしい。それを聞いて何故かホッとする。

「おれ、面倒くさくて枕もアフターもしないから、そういうガチ恋客は大体自然と離れていくかな」

 枕……はともかく、アフターは殆どのホストが売上に繋げるためにやるものだと思っていた。それをやらなくても自分で"それなりに人気がある"と言い切ってしまえるほどの自信があるらしい。
 話せば話すほど今の苗加に興味が湧いてきた。

「ちなみに、なんて店で働いてるの?」
「え、もしかして興味ある? おれのこと指名してくれるなら教えるけど……」
「行かねーよ! ちょっと気になっただけ!」

 俺がムキになると、苗加はいたずらっ子のように笑った。

「えー、残念。都井くんが来てくれるならサービスするのに」

 サービスってなんのだよ……? とツッコミたくなったが、また変な空気になったら困るのでやめておく。

「うそうそ冗談。これ、おれの連絡先。良かったら今度ご飯でも行こ」

 そう言って苗加は名刺を取り出し渡してきた。ギラギラの派手な名刺を想像していた俺は、少し光沢のある滑らかな紙に、黒文字で名前と連絡先とお店の名前だけが書いてあるシンプルな名刺に、なんだか拍子抜けした。

「ヒロム……?」

 名刺には苗加の名前は無く、ヒロムと書かれていた。
 
「そ。それがおれの源氏名」
「へー、なんか俺の名前と似て――なんでもない」
「あ、確かに! 心が広い心広(みひろ)くんと似てる!」

 触れるなという空気を出したのに、苗加は察してはくれなかった。
 学生時代、散々名前について揶揄われてきたため、自分の名前が話題に上がることが嫌になっていた。社会人になってようやく話の種として流せるようにはなったが、それでもあまり気分の良いものではなく、自分で墓穴を掘ったとはいえ、反射的に少しムッとしてしまう。

「そういえば、学生時代ちっとも笑わなかった笑也(えみや)くんはよく笑うようになったよなぁ」

 大人気ないとは分かっているが、言い返してやった。
 たっぷりと嫌味を込めたはずなのに、苗加は一瞬固まると、今、嫌味を言われたばかりの笑顔を俺に向けた。

「おれの名前、覚えててくれたんだ?」
「え? あー、なんとなく」

 言われてみれば、自分でも不思議だった。
 名字ですらさっき初めて呼んだのに、なんで名前まで覚えていたんだろうか。

「そっか……でもやっぱり嬉しい」

 何がそんなに嬉しいのか、少しも理解できない俺は怪訝な顔で苗加を見た。すると、視線を泳がせながらまた俺の名前を呼んだ。

「心広……くん、って呼んだら駄目かな」
「へ?」
「あ、嫌……だよね、ごめんね急に」

 嫌、というよりは、驚きの感情の方が大きかった。
 俺は自分の名前が嫌と言うより、名前を揶揄われるのが嫌だった。そうしないのであれば、別に名前を呼ばれても気にならないのだが、それよりも苗加の真意が分からず、返事に困る。

「嫌って言うか……別に名字のままでもよくね? 俺たち同級生だったけど別に仲良くなかったし…………」

 言い切ってしまってから、マズイと思った。
 今の言い方はいくらなんでも突き放し過ぎた。
 案の定、苗加はガックリと肩を落とし、あからさまに悲しそうな顔をしている。こんなに喜怒哀楽がはっきりした奴じゃなかったはずだが、これも人を惹きつけるためのテクニックなんだろうか。
 そう冷静に考えていたはずなのに、気付けば声が出ていた。

「いや、今度飯行こうって約束した奴に言う言葉じゃなかったよな。ごめん。名前に関してずっと揶揄われ続けてたから過敏になってたわ。好きなように呼んでくれていいから」

 なんでこんなに慌ててフォローしているのか、自分でも分からなかったが、再び笑顔になった苗加の顔を見て、安堵した途端納得した。

 やっぱ苗加の術中にハマってね……?

 苗加は今ホストをしている。しかも人気があるらしい。人を自分のペースに飲み込むことなんて造作も無いだろう。
 いくら高校時代に大人しかったとしても、今の苗加を侮ってはいけないと心に誓う。

「え? ほんと? ありがと~。あ、おれのことは源氏名で呼んでほしいんだよね。本名が客にバレると色々厄介で」
「あー、そういうもん? なのか……」

 半ば強制的に俺も苗加の名前を呼ぶことになってしまった。
 まぁ、名前で呼び合うくらい良いか……とぼーっとしていると、急に苗加が大きな声を出した。

「あ、ヤバいこんな時間!」

 言われて慌てて振り返ると、壁に掛かった時計が十七時近くを指している。

「今日のミーティングは絶対に出ろって言われてたんだ……!」
「え、何、仕事遅れそう……?」
「ちょっと急がないとマズイかも……」
「うわ、マジか。ごめん、俺がもっとちゃんとしてれば……」
「いや、最初に心広くんに声掛けちゃったのおれだし」

 何でもないように名前を呼ばれてドキッとする。まるで、学生時代からこう呼ばれていたかのような説得力を感じて、改めて苗加の距離の詰め方の腕に脱帽する。

「数枚、撮ったやつあるよね? そこから選んで送っておいて貰えると助かる」
「え、でも自分で選んだ方が──」
「人から見て、かっこよく撮れてるやつの方がいいでしょ?」

 確かに、と納得すると頷く。
 苗加はにこっと笑うと、慌ただしく荷物をまとめた。

「じゃあまた連絡する!」
「あー、分かった」

 そう言うと、苗加は扉を開けて忙しなく部屋を出ていった。
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