14 / 23
謝罪要求
しおりを挟む俺はカイの部屋の前に仁王立ちし、大きく息を吸い込んだ。カイの部屋は特別でみんなの部屋から少し離れた場所にある。それをちゃんと把握している俺はボリュームの加減をしっかりと合わせた。
「カァァァァァァアアイ!!!!」
有名な、御用改めである! と同じノリで名前を叫び、戸を一切の躊躇なく開け放つ。中でカイがどんな恥ずかしい格好をしていたとしても今の俺に一切の非はない。
バン、と大きな音を立てて戸が全開になると、中で布団に寝っ転がりながら本を読んでいたカイが口をぽかんと開けて俺を見ていた。
「俺に言いたいことあるなら聞いてやる!」
花魁だろうが、何だろうが、許されないことをした人間に対してお行儀良くすましていられるほど俺は人間出来ていない。名前も呼び捨てにするし、タメ口だってきいてやる。
俺の勢いに押されたのかカイは固まったまま動かなくなった。
俺がカイの部屋に襲撃しようと思い付いたのは部屋の片付けの終盤だった。頭を空っぽにして始めたはずの掃除も、時間が経てば経つほど悩みが湧き上がってきて、掃除程度では紛らわせない状態にまでなってしまった。
客に襲われて怖かった。楼主にキスされて腹が立った。一人で悩んでいても解決出来ないような悩みの数々に、俺はふと、悩みの元凶を考え始めた。
そもそも、カイが俺に嫌がらせをしなければ。
俺はカイの名代で座敷に上がることはなく、客に襲われることもなく、楼主がこの部屋に来ることはなかった。
全部カイのせいだと思い当たると、怒りが全てカイに移った。そして、幸か不幸か、俺はカイの弱みを握っていた。だから少しだけ気が大きくなった。
そんなわけで、文字通り御用改めをしにきたわけだが、肝心のカイは今だに状況を飲み込めていないようだった。
俺の言葉が理解出来ないようで怪訝な顔をしている。
「俺に言いたいことあるよな!?」
「ハァ……? そんなの――」
この期に及んでしらばっくれるつもりでいるのか、はたまた本当に心当たりがないのか、カイは不機嫌そうな顔をして俺に向かって吐き捨てようとした。が、俺はそれを遮って自分の言葉を続ける。
「今日の客について、本当に俺に言うことない?」
少しだけ具体的に言葉を付け加えると、ようやくカイは僅かに顔を引き攣らせた。よく観察しないと分からない程度なのは、流石花魁だと感じた。思ったことが全て表情に現れていたら、花魁になんてなれなかっただろう。
カイの口から自発的に謝罪を引き出そうとしたのは俺の温情のつもりだったが、カイは口を割る気は無いようで、読んでいた本を閉じ身体を起こした。
この状況で俺を睨むのは胆力があると思った。
「何のことだかさっぱり」
シラを切り通すつもりなのだと、カイの態度全てから感じた。
それなら、こちらも手段は選んでいられなくなる。例え卑怯だと言われても、最初に卑怯なことを仕掛けてきたのはカイの方だ、と自分を鼓舞する。
「…………じゃあ、今日のこと、ニコラに相談するしかないね」
「な…………!」
ニコラの名前を出した途端、カイの目の色が変わった。身を乗り出したカイはすぐに元の位置に戻ったが、明らかに目が泳いでいて落ち着きがなくなっている。
「カイの馴染みに襲われそうになったんだって。どうしらいいか相談できる相手なんてニコラくらいしかいないし」
「やめてくれ! ……それだけは、本当に……」
必死な形相でカイは叫び、俺の言葉を止めた。
例え、馴染みが一人で暴走したとトカゲの尻尾切りをしたところで、花魁にもなって客一人御しきることが出来ないなんて恥以外の何ものでもない。見放された客が暴露を始める危険性もあり、どちらに転んでもニコラの中でカイのイメージは地に落ちる。
カイにもう逃げ場はないのだと、俺は冷たく理解させた。
「………………悪かった」
観念したように、ほとんど息を吐くような儚さで、カイはそう口にした。
俺は短く息を吐くと、部屋に入り戸を閉めた。この先の話はカイの沽券に関わってくる。誰かに聞かれないように、俺はカイに近づき座り込んだ。
俺が近づいてきてもカイは文句の一つも言わず、ただひたすら俯いて顔を上げようとしなかった。
「こういうの、許すのは今回だけだからな。俺だってすごい怖い思いしたし」
おまけに何故か楼主にキスされたし、とは流石に言えなかったが、この一言だけで、それなりに俺の心情は通じたようだった。
カイは勢いよく顔を上げ、縁が赤くなった瞳で俺のことを見た。
「なん、……許す……?」
「許すか許さないかを決めるのは俺なんだから別にいいでしょ」
許さない、という選択肢も勿論あるとは思うが、理由が理由だけにそこまで鬼にはなれなかった。
完全なとばっちりであることは事実だが、項垂れているカイの姿から反省の色が見えたので、お人好しだと思われるかもしれないが、この話はここで終わりにしようと思った。
「じゃあ、俺もう行くから」
謝罪と反省をしてもらえたら、もう俺がここにいる理由はない。
「は? これ終わりにすんのかよ!?」
「だってもうカイに用ないし……」
「オレはある!」
「えぇ……」
若干、面倒くさいことになりそうな雰囲気を察して俺が身体を引くと、詰めるようにカイが近付いてきた。あの、彫刻のように無機質に整っていた顔が崩れていくのを間近で見ることになり新鮮な気持ちになる。
俺が引いていた身体を戻すと、距離を取るようにカイも戻った。自分の取り乱しように恥ずかしくなったのか、表情を整えようと頑張っているが戻しきれていない。
そんな様子に思わず笑ってしまうと、カイの表情はまた崩れてしまった。鬼の様な形相で詰め寄ってくる。
「…………これ!」
カイが懐から何かを取り出し俺の手の上に無理矢理乗せた。見ると、ニコラと撮った写真が以前見た時より寄れた状態で乗っていた。
(あー……なるほど)
カイが手段を選ばなくなった理由がようやく分かった。ただの目障りだった人間が明確な敵になったのはこの写真のせいなのだろう。
でも、よりにもよってこの写真を拾ってしまうなんて俺も、そしてカイも運がない。
「どういうことだよ!?」
「どうって言われても……。ニコラと一緒に町に行った時に撮っただけだし……」
「オレだって撮ったことないのに!」
写真どころか、最近はまともに話したこともないんじゃ……、と思ったが口には出さないでおいた。一々突っ込んでいては話が進まない。
「一緒に写真撮りに行こうって誘えば?」
「それが出来たらこんな思いしてない!」
それもそうだ、と思ったが、だからと言って俺に八つ当たりするのはやめて欲しい。
しかし、明らかに拗らせているカイを見ていると不憫というか、可哀想な気持ちになってきてしまい、結局少しだけ話を聞いてやるかという気になった。
「…………いつからこんな状態なの?」
「こんな状態って言うな」
「…………いつからニコラのこと好きなの?」
「はっきり言葉に出すな!」
(ダメだやっぱり面倒くさい……)
少しも進展しなさそうなやり取りに俺は今すぐに帰りたくなった。いつもすました顔をしていたカイからは想像もつかない厄介さだ。
しかし、これが本来のカイなのだとしたら、気の良いニコラと相性は悪くないような気がする。この拗らせ具合をどうにか出来れば友達に戻るくらいにはなれると思った。
(元々はニコラが面倒見てたって言ってたし)
俺は、姿勢を正すと神妙な顔でカイを見た。
「カイはさ、ニコラのことが好きなんだよね? あ、『はい』か『いいえ』で答えて。じゃないと俺すぐ帰るから」
また面倒くさそうな返事が返ってくるのを察して先に封じる。カイは大きく口を開いた後、ぐぬぬ、という顔をして、渋々「はい」と答えた。
「昔みたいに仲良くしたいと思ってる?」
「………………いいえ」
「え、違うんだ!?」
この答えは意外だった。てっきり仲直りしたいのかと思っていたが、カイの胸の内はもっと複雑らしい。
「もう……昔みたいな目でニコラのこと見れない……友達じゃ……嫌なのに、それにすらなれない……」
思っていたよりもカイの思いは深刻で、軽い気持ちで相談に乗ってしまった自分を恥じた。
「…………もし、俺がニコラと話す機会を作るって言ったら、カイは素直になれる?」
「え……?」
俺の言葉にカイは戸惑っているようだった。
それもそうだろう。詳しい年数は分からないが、長年片思いをしている相手といきなり話せると言われても、どうしたらいいのか分からない気持ちは十分理解できる。
しかし、どこかで勇気を出さない限り、この思いをズルズルと引き摺り続け、しなくてもいい嫉妬に自分を擦り減らしていくことになる。
正直、俺以外にも被害者はいるかもしれないし、これから増えるかもしれない。全部カイが悪いのは大前提だが、いらぬトラブルを未然に防げると思ったら良い機会かもしれないと思った。
「機会を作るって……?」
聞き返してくると言うことは少しは前向きに心が揺れているということだ。俺は慎重に言葉を選んだ。
「だからそのまんまの意味だよ。勿論、今日のことはニコラには言わないし、適当な理由も考える。もしカイが乗り気なら、俺はちゃんと約束は守る」
俺の言葉をカイは真っ直ぐ受け取ったようで、下唇を軽く噛んだ。
「なんで、そこまでしてくれるんだよ……?」
「…………ただの気まぐれ」
と、いうことにしておく。カイとニコラの仲を取り持つことが巡り巡って自分のためになるなんて、口に出してしまった日にはカイはヘソを曲げかねない。
カイは険しい顔をして十分な時間をかけて悩んだ。その間、俺は一言も発さずに返事を待った。
「…………分かった。頼む」
ニコラはそう言って、意外なことに頭を下げた。
カイもそこまで悪い人間じゃないのかもしれない。よく考えたらニコラだって第一印象は最悪だった。もしかしたら似たもの同士なのかもしれないと思ったら、何だか上手くいくような気がしてきた。
「分かった。じゃあ決まったら声かけるから」
カイは静かに頷いた。
おそらく、これからカイは長年の思いを整理しながら色々なことを考えるのだろう。そこに俺がいたら確実に邪魔だと思い、すぐに立ち上がった。
戸を開け、出て行こうとすると後ろから声をかけられた。
「アリス…………ありがとう」
「…………どういたしまして」
お礼を貰うのは事が丸く収まってからがいいなぁ、と少しだけ思いながら、俺は応えるように手を振ってカイの部屋を後にした。
0
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説
学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語
紅林
BL
『桜田門学院高等学校』
日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ
しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ
そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である
少年ペット契約
眠りん
BL
※少年売買契約のスピンオフ作品です。
↑上記作品を知らなくても読めます。
小山内文和は貧乏な家庭に育ち、教育上よろしくない環境にいながらも、幸せな生活を送っていた。
趣味は布団でゴロゴロする事。
ある日学校から帰ってくると、部屋はもぬけの殻、両親はいなくなっており、借金取りにやってきたヤクザの組員に人身売買で売られる事になってしまった。
文和を購入したのは堂島雪夜。四十二歳の優しい雰囲気のおじさんだ。
文和は雪夜の養子となり、学校に通ったり、本当の子供のように愛された。
文和同様人身売買で買われて、堂島の元で育ったアラサー家政婦の金井栞も、サバサバした性格だが、文和に親切だ。
三年程を堂島の家で、呑気に雪夜や栞とゴロゴロした生活を送っていたのだが、ある日雪夜が人身売買の罪で逮捕されてしまった。
文和はゴロゴロ生活を守る為、雪夜が出所するまでの間、ペットにしてくれる人を探す事にした。
※前作と違い、エロは最初の頃少しだけで、あとはほぼないです。
※前作がシリアスで暗かったので、今回は明るめでやってます。
ハイスペックストーカーに追われています
たかつきよしき
BL
祐樹は美少女顔負けの美貌で、朝の通勤ラッシュアワーを、女性専用車両に乗ることで回避していた。しかし、そんなことをしたバチなのか、ハイスペック男子の昌磨に一目惚れされて求愛をうける。男に告白されるなんて、冗談じゃねぇ!!と思ったが、この昌磨という男なかなかのハイスペック。利用できる!と、判断して、近づいたのが失敗の始まり。とある切っ掛けで、男だとバラしても昌磨の愛は諦めることを知らず、ハイスペックぶりをフルに活用して迫ってくる!!
と言うタイトル通りの内容。前半は笑ってもらえたらなぁと言う気持ちで、後半はシリアスにBLらしく萌えると感じて頂けるように書きました。
完結しました。
陰キャ系腐男子はキラキラ王子様とイケメン幼馴染に溺愛されています!
はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。
まったり書いていきます。
2024.05.14
閲覧ありがとうございます。
午後4時に更新します。
よろしくお願いします。
栞、お気に入り嬉しいです。
いつもありがとうございます。
2024.05.29
閲覧ありがとうございます。
m(_ _)m
明日のおまけで完結します。
反応ありがとうございます。
とても嬉しいです。
明後日より新作が始まります。
良かったら覗いてみてください。
(^O^)
平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです
おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの)
BDSM要素はほぼ無し。
甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。
順次スケベパートも追加していきます
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる