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休業日
しおりを挟む「はぁ~久しぶりに昼間の外の空気吸った~」
「………………」
「なんだよ、俺と一緒じゃ不満かよ?」
「そういうわけじゃないけど」
俺は見世を出るときに感じた殺気を思い出し、身震いする。
この間の一件から、常に誰かに見られているような気がして落ち着かない日々を過ごしていたが、今日は一段と酷かった。犯人の目星はついているものの、決定的な証拠はなく、俺に危害を加えるつもりも無さそうなので放っている。しかし、徐々に疲れを感じ始めているのは事実で、なるべく早くどうにかなって欲しいと願っていた。
そんな中、見世が二週間に一度の休業日になった。この日は外に遊びに出かける遊女も多いらしく、シャロニカさんが町を案内してくれると言っていた。
しかし、当日になりシャロニカさんは謎の腹痛を訴え始めた。とても遊びに出かけられるような状態ではなく、今日の予定は白紙になるはずだった。が。
「どこ行く? 美味しい団子の店があるから昼飯はそこな」
どことなくウキウキ顔のニコラは声を弾ませた。
たまたま通りかかったニコラが、たまたま外に出たいと言い始め、たまたま俺の予定が白紙になり、そして一緒に出かけることになった。
本当に全てたまたまだったのだが、もちろん気に入らない人間もいるだろう。しかし、恨むのならそういうタイミングにした神様を恨んで欲しいと思う。俺は悪くない。
「あのさ、」
「んー?」
とりあえず、ニコラの気持ちを確かめようと、さりげなく会話を始める。見世の前の大通りは人で混雑していて真っ直ぐ歩きにくい。俺はなるべくニコラから離れないように、早足になりながら声を出した。
「ニコラは花魁になりたいと思う?」
「花魁? めんどいから嫌だな」
あまりにもニコラらしい答えが返ってきた。
「でも、ニコラはこの町の外に出るのが夢って言ってたでしょ? 花魁になったらその夢も近付くんじゃ……」
「それ以上に面倒ごとが多過ぎるからナシだな」
「そんなに花魁って大変なんだ……」
「そりゃ大変だろ。ウチのやつらはそうは見えないけど」
確かに、と思ってしまった。
現状、ペトラさんとカイしか知らないが、俺の中の二人のイメージは『すごい』より『濃い』だ。
大変なことを大変そうに見せないのはすごいことかもしれないが、それ以上に色々なところが尖り過ぎていて、肝心のすごさが掻き消されていた。
「じゃあその大変なことをこなしてる花魁は尊敬する?」
俺の質問にニコラは少しだけ首を捻った。即答ではない様子にもしかしたら前向きな答えが返ってくるかと思ったが、ニコラはニコラだった。
「どっちかっていうと、変態だと思ってる」
「えっ?」
「花魁っていう地位のために努力する変態。俺だったらそこそこの地位でチョロい客から巻き上げる方が良いしな。地位とか名誉とか興味ねぇ」
何に重きを置くかは人それぞれだ。ニコラの言い分も十分理解できる。だからこそ頭を悩ませた。
「この前……俺が座敷に上がった時の花魁ってどんな人……?」
こうなったら仕方ないとストレートに聞いてみる。ニコラに疑う様子はないため、多分大丈夫だろう。
「カイか? アイツはいけ好かねー」
(いけ好かない)
絶望的な返答に、何故かカイに対して申し訳ない気持ちになる。しかし聞いてしまったものは仕方ない。俺への殺気を少しでも和らげられるような糸口はないかと開き直る。
「その、いけ好かないっていうのはなんで……?」
「アイツさ、子どもの頃にいきなりウチに来たんだよ。親に売られたんだろうって。歳も同じだったし、俺の方が先輩だったから色々教えてたりしたんだけど、あっという間に人気遊女になって、それで今ではお高くとまった花魁だろ? やってらんねぇよ」
事情は分かった。確かにこんな世界で生きているとそういう亀裂は入ってしまうかもしれないと思った。
「それにさ、」
ニコラは一瞬迷ったような顔をした後、ヤケクソ気味に口を歪めた。思い出したくもないという表情に妙な緊張感が走る。
「アイツ、俺の客ばっか寝取るんだよ!」
「寝取――エッ?」
「そこが一番ムカつくんだよな! 浮気は御法度なのに、売り上げが良いからって見逃されてて! だから俺のところには、お高くとまったカイじゃ満足できないような変態しか残んねぇの!」
だからなのか、とこの前暴れたニコラの客を思い出す。あれだけのことをしたのに出禁にしなかったのはニコラの温情ではなく、逃すには惜しい客だったからなのだと理解する。
「…………花魁よりニコラの方が好きって人もいるんじゃない?」
このニコラの言い分ではカイのあまり物を仕方なく相手していると言っているようなものだ。
本当にそうなのか? と疑問に思った。少しでもニコラの努力が報われていると信じたかった。
「…………お前は?」
「お前は俺とカイどっちが好きなんだよ?」
「そりゃあ、ニコラだけど」
そもそも友達のニコラと俺に殺気を向けてくるカイとじゃ比べものにならない。俺が即答すると、ニコラは満面の笑みを浮かべた。
「やっぱお前見る目あるわ」
いつ見る目がある判定を出されたのかは分からないが、俺も悪い気はしなかった。
屈託なく笑ったニコラは少女のようで、俺たちの横を通りすぎようとした町人の男が思わず立ち止まるほど可愛らしい。しかし、着物の裾を広げ、大股で歩く姿に、その男は目を白黒させていた。
「お、着いた」
ニコラが歩き出したのでそれについて歩いていたが、どうやら目的の場所に着いたらしい。お昼の時間にはまだ早い気がして建物を見ると、明るい今は光っていないが、大きなネオン看板が掲げられていた。
『ゲーム屋はなまる』
(ゲーム屋って……)
何があっても驚かない。
そう覚悟を決めてニコラに続いて店の暖簾をくぐる。そこには、俺の想像とは少し違っていたが、それでも世界観から少し浮いた光景が広がっていた。
建物外観よりも存外広い店内にはテーブルがいくつも並べられていて、沢山の人がそのテーブルを囲み色々なゲームに興じていた。想像していたゲームセンターのような場所ではなかったが、元の世界で言うとボードゲームカフェのような場所だと思った。一度、Y0uTubeのネタになるかと思い行ってみたことはあったが、なんとなくそれ以降行くことはなかった。
(そんな場所にまた来ることになるなんて)
元の世界との違いを探そうとキョロキョロ観察していると、ニコラは一番奥の席まで進み俺を手招きした。
誘われるままに椅子に座ると、俺たちのテーブルに二人の男がやってきた。
「ニコラ、久しぶりだな」
「また巻き上げられに来たのかよ?」
二人とも柄は少し悪いがやけに親しげに話しかけてくる。ニコラは目をすっと細めると口の端を持ち上げた。
「そう言ってられるのも今のうちだ。後で泣いても許してやんねぇぞ?」
喧嘩が始まりそうな雰囲気ではないが、双方言っていることがかなり物騒だ。何がはじるのかと緊張していると、ニコラはテーブルの中央に金貨を数枚置いた。
「おい、今日は枚数多いじゃねぇか」
「どうしたんだ? 臨時収入の客でも来たか?」
あからさまな挑発にも乗らず、ニコラは余裕の笑みを湛えたまま自身が金貨を置いた近くのテーブルを指でトントンと叩いた。
「今日は時間が無いからな。一発勝負でいこうと思ってな」
ニコラのこの言葉に二人の男はやる気を出したのか、自分たちの金貨もテーブルの上に置いた。
(これって……)
一連の作業を眺めていて気が付いたことがある。
ここは、ボードゲームカフェではなく、所謂カジノではないかと。
全くもって『ゲーム屋はなまる』なんてゆるい名前の店ではないと思っていると、いつの間にかゲームはスタートしていた。
男がカードを配り始めたが、どう見てもトランプだった。そして、やっているのはババ抜きだ。
あまりにも馴染み深すぎるゲームの登場に加わりたくなる気持ちを抑える。ゲームには参加してみたいが、賭け事をするのは気が引けるからだ。
あっという間にトランプは三人の間をぐるぐると周り、そしてニコラが負けた。それもそうだろうと思う。ニコラは顔に出過ぎだった。
「今日は勝てる気がしたんだよ!」
無言で見ていた俺にニコラは悔しそうにそう言った。周りの誰が見ても分かるような様子なのに、今まで誰も教えてくれなかったのか。分かっていて、あえて教えてもらえず、カモにされ続けていたのかもしれないと思うとニコラが不憫に思えた。
「…………俺もやってもいい?」
「え? やり方分かんのかよ?」
「あー、うん。今見てたから」
最初から知っていたが、そこはまぁいいだろう。
ニコラは頷きかけたが、あ、という顔をした。
「もう金少ししか残ってねぇ」
俺は自分の懐から麻の袋を取り出した。まだ正式に給料は貰っていなかったが、シャロニカさんが持たせてくれた金貨をテーブルに置く。
「さっきの三倍賭けませんか?」
「………………は?」
ニコラと、男二人の声が重なる。
正直、俺はトランプに自信があった。特にババ抜きは、嫌というほど施設の子どもたちとしてきたお陰で、はっきり言って負けナシ状態だった。
人の目線の些細な動きからババの位置を特定するのは容易だったし、自分の表情を隠すのも上手かった。それだけ自信があったからこそこの提案ができた。
新入りの爆弾発言に男二人はすぐに食い付いた。
ニコラが俺に掛けた心配の声を聞き逃さなかったのだろう。いいカモが増えたと喜んで乗ってきた。
カードが配られゲームが始まる。
ニコラは何故か自分の時より緊張した面持ちで、俺の一挙一動を見守っている。そんなに穴が空きそうなくらい見られると逆に緊張すると思いながら、どんどん引いては捨ててを繰り返していく。
そして、簡単に一番に抜けた。
「……は? 嘘だろ?」
ニコラの顔が呆然としたものから歓喜のものに変わっていく。俺の肩に手を置き激しく揺するので目が回る。
男二人もショックを隠しきれない様子で、まだ残っている自分の手札を凝視しながら動かなくなってしまった。
「アリスは遊女やるよりこっちで稼ぐ方が向いてるんじゃね!?」
興奮気味に言うニコラに一瞬なるほど、と思ってしまった。しかし、今日は相手が油断していたから勝てたが、次はどうか分からない。それにニコラやシャロニカさんたちと滅多に会えなくなってしまうことを考えると見世を出る気にはなれなかった。
「どうしよう……またカミさんに怒られる……」
「食費が……」
絶望の仕方がまるでダメな大人代表のようだと感じる。年下のニコラから巻き上げた時はあんなに意気揚々としていたのに。
俺は短く息を吐き、ニコラが賭けた分を差し引いた枚数をそれぞれの場所に戻した。
「…………え?」
「ゲームは楽しんでやるものだと思います。俺はもう十分楽しめました。次ニコラがゲームをする時は、今日よりもっと楽しめるようになっているといいなと思います」
少し回りくどかったかなと思ったが、男二人はきょとんとした後、少しバツが悪そうな顔をした。大丈夫だ通じたらしい、と分かると、俺はテーブルの上に置かれたままになっている金貨を手に取り、そしてニコラに渡した。
「……これ?」
「ニコラの分。今日に懲りたら賭け事はほどほどにした方がいいと思うよ。正直、ニコラ顔に出過ぎだし」
「はぁ!? えっ、顔に出過ぎ……?」
「やっぱり分かってなかった」
俺の忠告にニコラは一瞬大きな声を出したが、身に覚えがあったのか、尻すぼみな声で呟いた。
少なくとも、ニコラは自分の弱点に気がつけたし、今後ニコラがカモにされることもないだろう。そこから先はニコラの運次第なので何とも言えないが、とりあえず今日のところは丸く収まったと思った。
「じゃあ、もうそろそろ行こうか。おすすめの団子屋があるんでしょ?」
「おー……、あ、ちょっと待て!」
俺が席を立ち、出口の方に向かおうとすると、ニコラが慌てたように引き留めてきた。
そして、俺の袖を掴んだまま、無言で更に店の奥まで引っ張った。店奥には衝立で仕切られたスペースがあり、どうやらこの中に用事があるらしい。
何故かニコラは少し恥ずかしそうにモジモジしていて、少しだけ気味が悪かった。
「この中に用事があるんだよね? 入らないの?」
「あー……、えっと、そう、なんだけど……」
「……?」
煮え切らない態度を不思議に思い、俺は一人で衝立の中を覗いた。そこには一台の大きなカメラが置いてあった。現代のものより随分大きく、かなり古典的な造りをしていそうなのにコードが繋がれていた。つまり電気で動くということだ。
「これは……?」
「写真機」
「それは見れば分かるよ。なんでここに用があったの?」
「それは……」
はっきりとしないニコラの声に被せるように背後から大きな声がした。
「あ、写真撮ってく? 今ならすぐに出来るよ!」
「え? あー俺たちは――」
「撮ります!」
さっきまでの煮え切らなさから一変、大きな声で返事をしたニコラに驚き、顔を見るとすぐにそっぽを向いてしまった。
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