一途な猫は夢に溺れる

ことわ子

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一途な猫は夢に溺れる

雨降って

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 水に濡れた身体は冷え切っていて、思い通りに動かない。
 俺は震える足で立ち上がると暖炉に火をつけ、タオルを持ってお師匠さんの元に戻った。

「お師匠さん、どうしたらいいですか?」

 薬を盛られたということは解毒する薬もあるに違いない。しかし俺には検討もつかないため、お師匠さんに指示を仰ぐしかない。お師匠さんは尚も苦しそうに息を吐きながら、震える手で窓際の戸棚を指差した。

「二番目の……薄い黄色い液体」

 俺は急いで薬を取ってくると、お師匠さんに手渡した。が、力が入らないのかビンを持つことさえ困難ですぐに落としてしまう。
 俺はビンの中身を全部口に含むと、お師匠さんを抱き寄せ口付けた。力なく簡単に開く唇を割って、促すように液体を流し込む。少しずつ飲み込み、全部飲みきる頃にはお師匠さんの身体の震えも収まり始めた。
 ほっと一息つく。と、ここでようやく自分がとんでもないことをしていることに気がついた。今までは無我夢中だった。下心もなければ、お師匠さんを助けたい一心だった。しかし、自分の腕の中に居るお師匠さんのとろんとした目つきに我を忘れそうになる。

「おししょ……」

 誤魔化そうと名前を呼ぼうとした瞬間、今度はお師匠さんに唇を塞がれた。誘うように下唇をなぞられる。びりびりと源流が走ったかのように身体が熱くなって、頭の中が真っ白になる。歓喜に身を任せ、欲望のまま行動したくなるのをぐっと抑え、俺はお師匠さんを引き剥がした。

「どうしたんですか!? まさかまだ薬が効いていないとか!?」

 お師匠さんは先程とは違う荒い呼吸ではなく、深く長い呼吸を繰り返している。額には汗が滲み、何かを我慢しているように見える。

「薬は効いたよ……僕を誰だと思ってるの……」

 いつもの茶化した口調に戻ったお師匠さんを見るに、本当に薬は効いているらしい。だが、何かがおかしい。いつもより瞳は潤んでいて、甘い匂いがする。

「身体の自由を奪う薬の他に、媚薬も盛られたみたい」
「媚薬……?」
「僕の可愛いマオにはまだ早いかな……」
「ふざけてる場合じゃないです!」
「あれ? マオはいつの間に媚薬なんて知ったんだか……」

 ふざけた声を出してるのとは対照的に、お師匠さんの呼吸は速くなってきている。

「どうしたら──」

 言いかけて息を飲む。お師匠さんが俺の手首を掴み手の平に唇を寄せてきた。

「ごめんねマオ。手だけ、貸してくれる?」

 俺は迷わず頷いた。お師匠さんのためなら何でもしてあげたいと思った。
 お師匠さんは大きくなったそこに自身の手と共に俺の手をあてがった。水に濡れた服越しだったが熱を持っているのが分かって顔が熱くなる。お師匠さんはゆっくりと俺の指を押し当てた。形をなぞるように何回も何回も。繰り返していく内にお師匠さんが僅かに腰を揺らし始めた。俺はされるがままだった自身の手を急に自分の意思で動かした。

「あっ」

 お師匠さんが甘い声を上げた。どうしてももう一度その声が聞きたくなった俺は、お師匠さんのベルトに手をかけた。

「待って! そこまでしなくていいから!」

 お師匠さんの制止を無視して、一気に下半身を露にする。片手でお師匠さんの肩をベッドに押し倒し、収まりきらない熱を持つ部分に指を滑らせる。手にねばつく液体がつく感触がした。
 お師匠さんの顔を見ると、両腕で覆い隠していて表情が分からない。
 困った。経験の無い俺はこれが気持ちいい時の反応なのか判断できない。
 俺はおもむろに熱の付け根に顔を近づけた。途端にお師匠さんが大きな息を吐き出した。

「ここですか」

 ただ確認をしようとしただけなのだが、お師匠さんはまた小さく声を発し、首を横に振った。お師匠さんは自分の弱点を隠そうとすることがある。
 俺は舌で下から上へと舐め上げた。堪らないというようにお師匠さんの腰が浮く。手と同時に舌で刺激を与えると、段々とお師匠さんが声を出すようになってきた。それがなんだか嬉しくて、調子に乗って速度を速める。

「んんっ」

 お師匠さんの堪えた声がした後、俺の顔に温かい液体が飛んできた。口の端についたそれを舐めとると甘い味がした。

「あー! そんなことしないで!」

 お師匠さんは俺が持ってきたタオルで俺の顔を拭き取ると、泣きそうな顔で俺を見た。

「こんなこと、させちゃいけなかったんだ……」

 誰宛でもない後悔の吐露だったが、俺は口を挟んだ。

「俺は嬉しかったです」
「……へ?」
「だってずっとお師匠さんのことが好きでしたから」

 お師匠さんは訳が分からないと言う顔で俺を見た。

「それは家族って意味で……」
「違います。お師匠さんに婚約者がいると知った時、酷く落ち込みました。お師匠さんがフェリシー様と並んでいるのを見るのが苦痛でした。それに」

 俺は一旦言葉を切って、乱れたお師匠さんの金色の髪の毛に触れた。水分を伴った髪の毛は俺の指に絡み付いてくる。

「自分が使い魔じゃないとお師匠さんにばれたら一緒にいられないと思い、ずっと隠し続けてきました」

 お師匠さんは俺から顔を逸らさずに質問してきた。

「いつから……?」
「もうずっと昔から」

 お師匠さんは目を伏せた。

「俺からもいいですか?」

 お師匠さんは下を向いたままだったが構わず続けた。

「お師匠さんはなんで俺が使い魔だと嘘をつき続けたんですか?」

 俺の言葉にぴく、と身体を揺らしたお師匠さんは気まずそうに顔を背けた。

「本当のことを知ったら……マオが僕の傍から離れていってしまう気がして」
「俺が? お師匠さんの傍から?」

 俺はお師匠さんの腕を掴み引き寄せる。

「俺はずっとお師匠さんと一緒にいたいと思ってます」

 安心させるようにお師匠さんの頭を撫でると、短く息を吐き出した。

「いいのかな……僕はマオの親代わりなのに……」
「どうせ変わり者と名高い魔法使いとその使い魔なんです。今更他人からどう思われても構わないでしょう」

 俺はお師匠さんの唇にそっと触れた。お師匠さんは俺の首に腕を回し目を瞑った。
 お師匠さんが受け入れてくれたことが嬉しくて、俺は溺れるくらいキスをし続けた。
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