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一途な猫は夢に溺れる
マリエナとニニ
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***
「あら? アーネスト?」
ヴェシフート家の玄関に入ってすぐ、派手な格好の女性に声をかけられた。傍らには長い毛の灰色の猫が寄り添っていて暇そうに大きなあくびをしている。
「叔母……マリエナさん。お久しぶりです」
丁寧にお辞儀をするお師匠さんに合わせて俺もお辞儀をする。少しだけぎこちない動きになってしまったが、最初よりは靴にも慣れてきて所作に余裕が出てきた。気がする。
「そちらの方は……えーっと……?」
お師匠さんのお兄さんから感じた侮蔑を含んだ視線をマリエナ様からは感じなくて少しだけほっとする。
「マオと申します」
格式ばったお辞儀をもう一度すると、マリエナ様は笑いながら俺の肩に触れた。
「そんな堅苦しい挨拶は私の前では結構よ。ただでさえここは堅苦しい人間ばかりで疲れちゃってるのに、可愛いアーネストとその恋人さんにも同じような接し方をされてしまったら、私、堅苦死しちゃう!」
マリエナ様がお茶目にウインクする姿を見て、思わずお師匠さんの方を振り向いた。いつものように穏やかに微笑む姿を見て、この人はお師匠さんの敵ではないのだと安堵する。
が、マリエナ様の発言の内容を思い返して肝が一気に冷えた。
「なんで私があなたが恋人だって分かったかって?」
間違いない。心を読まれている。そう理解した瞬間に愕然とする。作戦のことも既に見透かされているのだろう。
「ふふ、そんなに絶望的な目をしないで。可愛いお顔が台無しよ?」
一人で焦っている俺を尻目に、お師匠さんはふは、と吹き出した。
「マオ、落ち着いて。この人は大丈夫だから」
「でも」
「元々マリエナさんに隠し事は通用しないしね。それで幼い頃は何回もいたずらを阻止されたっけなぁ」
「あら、懐かしい。あの頃、アーネストはまだこのくらいの背で──」
「あ、あの」
会話に割り込む事が無粋であることは重々承知しているが、どうしても二人の間で和やかに会話が進んでいる理由が知りたかった。
「マリエナ様は大丈夫って……」
俺は答えを求めるようにお師匠さんの方を向いた。
「そのままの意味だよ」
お師匠さんはマリエナ様に視線を送る。
「あなたの言葉を借りるなら、私はあなたたちの敵ではないってことね」
ふふ、と頬笑みながら、少しだけからかいを含んだ声色に少しだけ顔が熱くなる。
「安心した?」
お師匠さんも悪ノリしたようにからかってくる。
「……はい」
俺は短く答えると、話を逸らすようにマリエナ様の足元にいる猫を見た。マリエナ様は俺の視線に気がつくと、猫を抱き上げて頭を撫でた。
「この子の名前はニニっていうの。可愛い私の娘よ」
ニニと呼ばれた猫は相変わらず眠そうな瞳で俺を見た。
「ニニ、ご挨拶は?」
「い や」
ニニははっきりとそう言った。マリエナ様の娘というのは比喩表現かと思っていたが、もしかしたら魔法で姿を変えているだけなのかもしれない。
「相変わらず、口が減らない猫だなぁ」
「相変わらず、生意気なガキだなぁ」
お師匠さんの発言にイラついたのか、ニニはすかさず応戦する。お師匠さんは、ははっと笑うと嫌がるニニの頭を無遠慮に撫でた。少しだけ羨ましいと思ってしまい、バツが悪くなる。
それにしても、軽く百年以上は生きているお師匠さんに向かって生意気なガキだなんて、一体ニニは何歳なんだろう。
「その疑問に答えてあげたいのは山々なんだけどねぇ。そうすると私の年齢もバレちゃうから、ここは乙女の秘密ってことで許してちょうだいな」
またしても心の中を読まれてしまい俺は焦る。
「え、なになに? マオは何を考えていたの?」
「それは秘密よ」
「マリエナさんだけずるいなぁ。僕だってマオの中を覗いてみたい」
「プライバシーの侵害なのでやめてください」
そんなことをされたらたまったもんじゃない。
「やっぱりマオが冷たいよ~」
泣きまねをするお師匠さんをニニは鼻で笑い、マリエナ様は無視して話題を変えた。
「そういえば、アーネスト、あなたちゃんと今回の件、お断りしたの?」
「したよ。それに今日のパーティーに恋人を連れて行くってちゃんと……あ」
「パーティーって……なんの?」
不意に発せられた新しい情報に、俺は声を低くしてお師匠さんの顔を見た。お師匠さんは顔を背けると、わざとらしく咳払いした。
「お……アーネスト、答えてください」
俺は詰め寄った。
「パーティーなんて聞いてないんですが。お、わたしはただアーネストのお父さんに顔を見せるだけで良いって」
道理でお師匠さんは堅苦しい正装をしているし、俺には高そうなドレスを着せたわけだ。
「だって言ったら嫌がったでしょ」
「当たり前です」
ここにいるのはせいぜいヴェシフート家の人たちと使用人くらいだと思っていた。しかしパーティーとなればきっと沢山の魔法使いがいるのだろう。そんな場所にノコノコと人間の俺が入っていったら大問題だ。
「ばれたらどうするんですか!」
「アーネストの魔法は優秀だから、まず『本当の姿』がばれることはないと思うわ」
マリエナ様はお師匠さんの肩を持つように笑った。腕の中ではニニがもう下ろして欲しそうに目を細めている。
「そ、そうだよ! 僕の魔法を破れる魔法使いなんでここにはいないって!」
お師匠さんは強く発言するが、一回騙されたこともあっていまいち信用できない。
「アーネストに何かない限りは大丈夫よ。もし万が一そんな事があったら、私が守ってあげる」
「……分かりました」
マリエナ様にそこまで言われてしまっては引くしかない。俺はしぶしぶ了承すると、マリエナ様にお辞儀した。
「いいのよ。可愛い甥っ子のためだもの」
穏やかに笑う様子はお師匠さんにそっくりで安心する。
「あ、そうそう、話が途中になってしまったのだけれど、さっきフェリシーを見かけたのよ」
「はぁ? なんでフェリシーが?」
「だからちゃんと話が伝わっていないんじゃないかと思って」
お師匠さんは顎に手を当てたまま考え込んでしまい、俯いてしまった。こうなってしまうといくら声を掛けても上の空なので待つしかない。
俺はこっそりとマリエナ様に声を掛けた。
「あの、フェリシー……様って……?」
「あー、のね、フェリシーは……」
「僕の幼馴染で婚約者」
会話に割って入ったお師匠さんがはっきりと言った。
「え……」
「でも断ったし、もう何年も会ってない」
あまりの衝撃に頭の中が真っ白になった。
「聞いてる? もう何年も会ってないんだよ? それなのに勝手に婚約者にされていい迷惑だよ」
心の底から迷惑そうなお師匠さんの顔に、何故だか胸が痛くなる。
「フェリシーがいたって関係ないよ。僕の恋人はマオだけなんだから」
突然お師匠さんが力強く肩を抱き寄せてくるから心臓がうるさくなる。
「そうは言っても向こうにも都合があるだろうし……」
マリエナ様は困ったような声を出した。
「こっちだって都合がある。誰が呼んだのか知らないけど、フェリシーとは会わないよ」
きっぱりと断言するお師匠さんに罪悪感を抱きながらもほっとする。婚約者と顔を合わせるお師匠さんをとてもじゃないが平穏な気持ちで見ていられない。
しかし、マリエナ様の難しそうな表情を見る限り、そう簡単に片付く問題ではないようだ。
「アーネスト、ちゃんと会って話した方がいいと思います」
お師匠さんは瞳を見開き、マリエナ様は意外そうな顔で俺を見た。
「でも」
「やっぱり大切なことですし、ちゃんと言葉で伝えた方がいいです」
俺の説得に、お師匠さんは苦虫を噛み潰したような顔をして分かったと答えた。
「どう転ぶかは小僧次第だねぇ」
若干不機嫌になったお師匠さんの肩をニニが馬鹿にするかのように叩いた。
「こらニニ! ごめんねアーネスト」
マリエナ様は軽くニニの頭を小突くとニニを床へと放してやった。これ幸いとニニは小走りで走り去った。
「今更だけどこんなところで立ち話もなんよね。中に入りましょうか」
そう言うと、マリエナ様は大きな扉の前で短く呪文を唱えた。すると触ってもいないのに扉が勝手に開いた。
「今日は魔法使いのパーティーだからね。ちょっと入るのにコツがいるのよ」
お師匠さんが僕の手を引いて歩き出した。釣られて俺も歩き出す。扉の前まで来ると、お師匠さんは俺の手を強めに握った。
「いい? 絶対に僕から離れちゃ駄目だからね」
久しぶりに交わしたお師匠さんとの約束に懐かしさを感じながら頷いた。
扉の中にはには暗闇が広がっている。目を瞑って促されるまま足を踏み出すと、あたりは一瞬にして陽気な空気に変わった。
広い室内には沢山の人がいた。大人や子ども、更にはニニと同じ猫やカラスも沢山いて、頻繁に小競り合いが起きていた。飼い主だろうか、止めに入る魔法使いやそれを見て泣き出す子どもがいたりと、中々に騒がしい。高貴な貴族のパーティーを想像していた俺は面食らった。これが魔法使い流なんだろうか。
よく見れば奥には楽団がいて音楽を奏でている。こういう部分はいかにも、という感じがする。壁際を覆っている大きな窓からは明らかにお屋敷の外から見た景色とは違う、深い森が見えた。
「私たちの故郷の森に繋がっているの。後で案内するわね」
マリエナ様は疑問に答えてくれると、ぱん、と手を叩いた。するとどこからともなくニニが姿を現した。口には魚の挟まったピンチョスを銜えていて、一口で平らげて串を投げ捨てた。
「こら、行儀悪いでしょ!」
「カラス共なんて散らかし放題だったぞ」
「あなたは私の可愛い娘なんだから、お行儀良くして欲しいのよ」
「親の勝手なエゴだな」
はん、と鼻で笑いながら吐き捨てたニニだったが、おもむろに投げ捨てた串を拾い上げると、ふ、と息を吹きかけ消してしまった。
「どの家も色々あるんだねぇ」
お師匠さんはニニと俺を見比べ笑った。俺はムッとしてお師匠さんを目を細めて見た。
「ちょっと私は用があるから外すわね」
ニニの態度に満足したのか、マリエナはニニの頭を撫でるとそう言った。
「今日こそあのすかしたカラスを負かしてやるんだからな」
ニニがなにやら物騒なことを言い出す。マリエナ様はすかさずニニの口を塞ぐと、誤魔化すように笑った。
「マオが楽しめることを祈ってるわ」
マリエナ様は優しく声を掛けてくれた後、ニニと共に喧騒の中に消えていった。
「あら? アーネスト?」
ヴェシフート家の玄関に入ってすぐ、派手な格好の女性に声をかけられた。傍らには長い毛の灰色の猫が寄り添っていて暇そうに大きなあくびをしている。
「叔母……マリエナさん。お久しぶりです」
丁寧にお辞儀をするお師匠さんに合わせて俺もお辞儀をする。少しだけぎこちない動きになってしまったが、最初よりは靴にも慣れてきて所作に余裕が出てきた。気がする。
「そちらの方は……えーっと……?」
お師匠さんのお兄さんから感じた侮蔑を含んだ視線をマリエナ様からは感じなくて少しだけほっとする。
「マオと申します」
格式ばったお辞儀をもう一度すると、マリエナ様は笑いながら俺の肩に触れた。
「そんな堅苦しい挨拶は私の前では結構よ。ただでさえここは堅苦しい人間ばかりで疲れちゃってるのに、可愛いアーネストとその恋人さんにも同じような接し方をされてしまったら、私、堅苦死しちゃう!」
マリエナ様がお茶目にウインクする姿を見て、思わずお師匠さんの方を振り向いた。いつものように穏やかに微笑む姿を見て、この人はお師匠さんの敵ではないのだと安堵する。
が、マリエナ様の発言の内容を思い返して肝が一気に冷えた。
「なんで私があなたが恋人だって分かったかって?」
間違いない。心を読まれている。そう理解した瞬間に愕然とする。作戦のことも既に見透かされているのだろう。
「ふふ、そんなに絶望的な目をしないで。可愛いお顔が台無しよ?」
一人で焦っている俺を尻目に、お師匠さんはふは、と吹き出した。
「マオ、落ち着いて。この人は大丈夫だから」
「でも」
「元々マリエナさんに隠し事は通用しないしね。それで幼い頃は何回もいたずらを阻止されたっけなぁ」
「あら、懐かしい。あの頃、アーネストはまだこのくらいの背で──」
「あ、あの」
会話に割り込む事が無粋であることは重々承知しているが、どうしても二人の間で和やかに会話が進んでいる理由が知りたかった。
「マリエナ様は大丈夫って……」
俺は答えを求めるようにお師匠さんの方を向いた。
「そのままの意味だよ」
お師匠さんはマリエナ様に視線を送る。
「あなたの言葉を借りるなら、私はあなたたちの敵ではないってことね」
ふふ、と頬笑みながら、少しだけからかいを含んだ声色に少しだけ顔が熱くなる。
「安心した?」
お師匠さんも悪ノリしたようにからかってくる。
「……はい」
俺は短く答えると、話を逸らすようにマリエナ様の足元にいる猫を見た。マリエナ様は俺の視線に気がつくと、猫を抱き上げて頭を撫でた。
「この子の名前はニニっていうの。可愛い私の娘よ」
ニニと呼ばれた猫は相変わらず眠そうな瞳で俺を見た。
「ニニ、ご挨拶は?」
「い や」
ニニははっきりとそう言った。マリエナ様の娘というのは比喩表現かと思っていたが、もしかしたら魔法で姿を変えているだけなのかもしれない。
「相変わらず、口が減らない猫だなぁ」
「相変わらず、生意気なガキだなぁ」
お師匠さんの発言にイラついたのか、ニニはすかさず応戦する。お師匠さんは、ははっと笑うと嫌がるニニの頭を無遠慮に撫でた。少しだけ羨ましいと思ってしまい、バツが悪くなる。
それにしても、軽く百年以上は生きているお師匠さんに向かって生意気なガキだなんて、一体ニニは何歳なんだろう。
「その疑問に答えてあげたいのは山々なんだけどねぇ。そうすると私の年齢もバレちゃうから、ここは乙女の秘密ってことで許してちょうだいな」
またしても心の中を読まれてしまい俺は焦る。
「え、なになに? マオは何を考えていたの?」
「それは秘密よ」
「マリエナさんだけずるいなぁ。僕だってマオの中を覗いてみたい」
「プライバシーの侵害なのでやめてください」
そんなことをされたらたまったもんじゃない。
「やっぱりマオが冷たいよ~」
泣きまねをするお師匠さんをニニは鼻で笑い、マリエナ様は無視して話題を変えた。
「そういえば、アーネスト、あなたちゃんと今回の件、お断りしたの?」
「したよ。それに今日のパーティーに恋人を連れて行くってちゃんと……あ」
「パーティーって……なんの?」
不意に発せられた新しい情報に、俺は声を低くしてお師匠さんの顔を見た。お師匠さんは顔を背けると、わざとらしく咳払いした。
「お……アーネスト、答えてください」
俺は詰め寄った。
「パーティーなんて聞いてないんですが。お、わたしはただアーネストのお父さんに顔を見せるだけで良いって」
道理でお師匠さんは堅苦しい正装をしているし、俺には高そうなドレスを着せたわけだ。
「だって言ったら嫌がったでしょ」
「当たり前です」
ここにいるのはせいぜいヴェシフート家の人たちと使用人くらいだと思っていた。しかしパーティーとなればきっと沢山の魔法使いがいるのだろう。そんな場所にノコノコと人間の俺が入っていったら大問題だ。
「ばれたらどうするんですか!」
「アーネストの魔法は優秀だから、まず『本当の姿』がばれることはないと思うわ」
マリエナ様はお師匠さんの肩を持つように笑った。腕の中ではニニがもう下ろして欲しそうに目を細めている。
「そ、そうだよ! 僕の魔法を破れる魔法使いなんでここにはいないって!」
お師匠さんは強く発言するが、一回騙されたこともあっていまいち信用できない。
「アーネストに何かない限りは大丈夫よ。もし万が一そんな事があったら、私が守ってあげる」
「……分かりました」
マリエナ様にそこまで言われてしまっては引くしかない。俺はしぶしぶ了承すると、マリエナ様にお辞儀した。
「いいのよ。可愛い甥っ子のためだもの」
穏やかに笑う様子はお師匠さんにそっくりで安心する。
「あ、そうそう、話が途中になってしまったのだけれど、さっきフェリシーを見かけたのよ」
「はぁ? なんでフェリシーが?」
「だからちゃんと話が伝わっていないんじゃないかと思って」
お師匠さんは顎に手を当てたまま考え込んでしまい、俯いてしまった。こうなってしまうといくら声を掛けても上の空なので待つしかない。
俺はこっそりとマリエナ様に声を掛けた。
「あの、フェリシー……様って……?」
「あー、のね、フェリシーは……」
「僕の幼馴染で婚約者」
会話に割って入ったお師匠さんがはっきりと言った。
「え……」
「でも断ったし、もう何年も会ってない」
あまりの衝撃に頭の中が真っ白になった。
「聞いてる? もう何年も会ってないんだよ? それなのに勝手に婚約者にされていい迷惑だよ」
心の底から迷惑そうなお師匠さんの顔に、何故だか胸が痛くなる。
「フェリシーがいたって関係ないよ。僕の恋人はマオだけなんだから」
突然お師匠さんが力強く肩を抱き寄せてくるから心臓がうるさくなる。
「そうは言っても向こうにも都合があるだろうし……」
マリエナ様は困ったような声を出した。
「こっちだって都合がある。誰が呼んだのか知らないけど、フェリシーとは会わないよ」
きっぱりと断言するお師匠さんに罪悪感を抱きながらもほっとする。婚約者と顔を合わせるお師匠さんをとてもじゃないが平穏な気持ちで見ていられない。
しかし、マリエナ様の難しそうな表情を見る限り、そう簡単に片付く問題ではないようだ。
「アーネスト、ちゃんと会って話した方がいいと思います」
お師匠さんは瞳を見開き、マリエナ様は意外そうな顔で俺を見た。
「でも」
「やっぱり大切なことですし、ちゃんと言葉で伝えた方がいいです」
俺の説得に、お師匠さんは苦虫を噛み潰したような顔をして分かったと答えた。
「どう転ぶかは小僧次第だねぇ」
若干不機嫌になったお師匠さんの肩をニニが馬鹿にするかのように叩いた。
「こらニニ! ごめんねアーネスト」
マリエナ様は軽くニニの頭を小突くとニニを床へと放してやった。これ幸いとニニは小走りで走り去った。
「今更だけどこんなところで立ち話もなんよね。中に入りましょうか」
そう言うと、マリエナ様は大きな扉の前で短く呪文を唱えた。すると触ってもいないのに扉が勝手に開いた。
「今日は魔法使いのパーティーだからね。ちょっと入るのにコツがいるのよ」
お師匠さんが僕の手を引いて歩き出した。釣られて俺も歩き出す。扉の前まで来ると、お師匠さんは俺の手を強めに握った。
「いい? 絶対に僕から離れちゃ駄目だからね」
久しぶりに交わしたお師匠さんとの約束に懐かしさを感じながら頷いた。
扉の中にはには暗闇が広がっている。目を瞑って促されるまま足を踏み出すと、あたりは一瞬にして陽気な空気に変わった。
広い室内には沢山の人がいた。大人や子ども、更にはニニと同じ猫やカラスも沢山いて、頻繁に小競り合いが起きていた。飼い主だろうか、止めに入る魔法使いやそれを見て泣き出す子どもがいたりと、中々に騒がしい。高貴な貴族のパーティーを想像していた俺は面食らった。これが魔法使い流なんだろうか。
よく見れば奥には楽団がいて音楽を奏でている。こういう部分はいかにも、という感じがする。壁際を覆っている大きな窓からは明らかにお屋敷の外から見た景色とは違う、深い森が見えた。
「私たちの故郷の森に繋がっているの。後で案内するわね」
マリエナ様は疑問に答えてくれると、ぱん、と手を叩いた。するとどこからともなくニニが姿を現した。口には魚の挟まったピンチョスを銜えていて、一口で平らげて串を投げ捨てた。
「こら、行儀悪いでしょ!」
「カラス共なんて散らかし放題だったぞ」
「あなたは私の可愛い娘なんだから、お行儀良くして欲しいのよ」
「親の勝手なエゴだな」
はん、と鼻で笑いながら吐き捨てたニニだったが、おもむろに投げ捨てた串を拾い上げると、ふ、と息を吹きかけ消してしまった。
「どの家も色々あるんだねぇ」
お師匠さんはニニと俺を見比べ笑った。俺はムッとしてお師匠さんを目を細めて見た。
「ちょっと私は用があるから外すわね」
ニニの態度に満足したのか、マリエナはニニの頭を撫でるとそう言った。
「今日こそあのすかしたカラスを負かしてやるんだからな」
ニニがなにやら物騒なことを言い出す。マリエナ様はすかさずニニの口を塞ぐと、誤魔化すように笑った。
「マオが楽しめることを祈ってるわ」
マリエナ様は優しく声を掛けてくれた後、ニニと共に喧騒の中に消えていった。
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