僕は花を手折る

ことわ子

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花を手折るまで後、1日【3】

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 不意に、どこからともなく流れてきた花の香りが鼻腔をくすぐった。それが開け放たれた外へと続くドアから来ていると気付き、僕はなんとなくそこへ近寄った。
 外はもう夜の帳が下りていて、鳥の鳴き声がする以外、生き物の気配は無かった。
 だけど、僕は外へと足を踏み出した。きちんと整備された背の高い生垣の壁をいくつも超えると、その先に小さな東屋がある。そこにシセルはいた。
 夜でも存在感を失わない白のコートはまるで僕にシセルの場所を教えてくれているかのように光り輝いて見える。
 シセルがこちらに気づかないことをいい事に僕は足を進めた。

「……シセル?」

 背後から小さく声をかけると、シセルは身体を揺らしながら振り返った。そしてすぐに気まずそうな顔をする。

「あの、会場に居なかったから……」
「悪い」

 僕が責任を放棄したことを責めにきたと思ったのか、シセルは短く謝り、顔を伏せた。

「どこか具合でも悪い?」
「…………別に」

 もしかしたら体調不良になっているのではないかと思ったが、そうではないらしい。
 それだけ確認したのなら、もう僕がここに居ていい理由はない。
 シセルはちゃんと約束は守ってくれる。一度失敗してしまったが、僕もシセルに自由を与えるという約束を違えるわけにはいかない。

「そっか。良かった。じゃあ僕はもう戻るね」

 少しだけ後ろ髪を引かれる思いで、その場を去ろうとする、が。

「リシュ」

 名前を呼ばれた。そんなありきたりな出来事で僕の胸はいっぱいになる。

「な、何……?」
「話がある」

 シセルは自身が座っている横を指差して僕を見た。
 シセルの雰囲気からして、絶対に良い話ではない事は明らかで、僕は逃げたい気持ちをなんとか抑えてシセルの隣に座った。

 やっぱり、花の契りは結べないって言われるのかな。

 そう言われても仕方がないことをした自覚はある。本当に酷いことをしたとも思っている。
 それでもまだシセルと一緒にいたいと思っている自分は本当に強欲だと思う。

「あのさ、お前の気持ちだけど」

 言いづらそうに、しかしはっきりとシセルは声に出した。

「俺のことが好きって」
「え……あ、うん」

 我ながら間抜けな返事をしてしまった。
 僕にとってシセルへの気持ちは今更な感情で、そこに特別感はなかった。だから緊張感もなく滑るように口から肯定の言葉が出てしまった。

「いつから?」
「ずっと昔から」
「………………………………パメラ様より?」
「えっ!?」

 長い空気を充分に含んで発せられた言葉は僕にとって意外なものだった。
 そう言えば、まだパメラとの仲を誤解されたままなのだと、思い出すのにしばらくかかってしまった。その間にシセルの懸念は大きくなったようで、二人の間の空気が重たくなる。

「パメラのことは好きだけど、それは家族としての好きで…………」
「でも、さっき」
「あれは……」

 シセルをその気にさせるために特訓していたなんて、恥ずかしくてとてもじゃないが言えない。だけど、これ以上話がややこしかなるのは勘弁したかった。

「あれは……パメラが、自分をシセルに見立てて練習しろって…………」
「練習……?」
「だから、その……告白の、」

 勢いでそこまで言い切って、顔に熱が集中してくるのを感じた。暗がりでシセルには分からないだろうが、きっとすごい顔をしているに違いない。

「じゃあ、本当に、俺のことが好きなのか?」
「だからそう言ってるでしょ!」

 ヤケになって大きな声を出すと、シセルは安堵したように息を吐き出した。シセルの周りのひりついた空気は一変し、穏やかな印象に変わる。

「そうだったのか……」
「そうだよ! 僕はずっとシセルのことが好きでシセルだけを追いかけてきた! この先もシセルの隣にいたい!」

 特訓とは何だったのか。雰囲気のカケラもない勢い任せの告白に僕は無我夢中になる。シセルが自分の話を聞いてくれている、こんなチャンスはもう二度とないかもしれない。そう思うと恥も外聞もなく言葉が溢れてきた。

「………………俺も」
「へ?」

 ぼそりと呟かれた言葉を興奮していた僕は聞き逃した。
 シセルは奥歯を強く噛み締めると、もう一度口を開いた。

「俺も、ずっと、リシュのことが好きだった」
「え……嘘でしょ……?」

 動揺しすぎて思わず否定の言葉が出てしまう。慌てて口を押さえるが、シセルはムッとしたような顔をした。

「嘘じゃない。ずっと前からお前のことが好きだった。パメラ様が婚約者に決まったときは気が狂いそうだった」
「そんなこと一言も……」
「言えるわけないだろ。そもそも俺とお前はただの友達でそれ以上でもそれ以下でもないんだから」

 それは確かにそうなのだ。僕もシセルを友達として無理矢理にでも強く認識してしないといけないと思い込んでいたのだから。

「ずっと、隠し通せるはずだったんだ。なのに」

 幸か不幸かシセルは僕の花に決まってしまった。気持ちを押し殺すことが出来なくなったのはお互い様だったのだ。

「どうしたらいいのか分からなくなって、お前に冷たく当たる自分が嫌になって、挙句の果てにパメラ様と親密そうにしているお前を見て、もう限界だなって思った」
「シセル……」
「その気もないのに無理に笑顔作って、パメラ様との仲を応援して。それなのに二人でいるのを見ると嫉妬して。本当に俺、どうしようもないよな」

 自虐のように話すシセルにどうしようもなく愛おしさが込み上げてくる。
 シセルの思いの吐露は全て僕への愛の言葉だ。いつものシセルならとっくに気づいて羞恥心から口を閉ざしてしまうだろう。
 つまり、こんな雰囲気になれることはこの先ないかもしれない。
 シセルの思いをもっと聞いていたい気持ちを抑えて、僕はシセルの手を握った。
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