17 / 21
花を手折るまで後、1日【2】
しおりを挟む
***
「なに暗い顔してるのー? 今日の主役なんだから笑ってなきゃ!」
隣を歩くパメラにつつかれるが、とてもじゃないが笑顔になんてなれそうもない。
僕は前を歩くシセルを盗み見た。いつもよりキチンと整えられた髪に、花だけが着ることを許されている白いコートを着ている。胸元には赤い薔薇が飾られ、誰が見ても立派な僕の花として凛とした佇まいをしている。
あんなことがなければ、この姿のシセルを僕はどれほど喜んだだろう。今となっては後悔から顔を見ることすら憚られるが。
結局、あれからシセルが部屋に戻ってくることはなく、顔を合わせる暇もなく、なし崩しの雰囲気のまま僕の花の契りの前夜祭が始まってしまった。
今はシセルとパメラと連れ立って、来賓に挨拶をしている最中なのだが、空気が重い。
案の定、パメラは何かを察した様子だったが、気付かないふりをして空気を明るくしようとしてくれている。
が、そんな努力も虚しく、シセルと僕の距離はどんどん開いていった。当たり前と言えば当たり前なのだが、来賓に挨拶するときはにこやかなシセルの顔を見ると泣きたくなってくる。
その度にシセルの涙を思い出し、自己嫌悪に陥る。
「おや、パメラ様じゃないですか」
唐突に背後から声をかけられた。パメラはビクッと肩を震わせ、顔を取り繕うと振り向いた。
パメラが予感した通り、声の主はフレーゲル侯爵だった。
「お、お久しぶりです……」
パメラはぎこちなく頭を下げる。それを見たフレーゲル侯爵は悪意のある笑みを浮かべ、頭の先から爪先まで舐めるように視線を這わせた。
「見ない間に随分と女性らしくなられましたな」
「ええ……」
「まぁ、うちの小鳥には敵いませんが」
フレーゲル侯爵には可愛がっている末娘がいる。歌の上手い彼女を侯爵は小鳥と呼んで溺愛しているが、正直、小鳥というよりは猛禽類の類に似ていて、僕は苦手だった。
そんな猛禽類姫とパメラが僕の婚約者候補に上がった時には生きた心地がしなかった。結局、母上の口添えもあり、パメラが婚約者に決まったが、侯爵はそれをずっと根に持ち、事あるごとに嫌味をぶつけてくるようになった。
僕とパメラが結婚すれば、パメラの地位は侯爵よりも高くなる。そうなる前に最後の追い込みと言わんばかりに嫌味を言いに来たのだろう。パメラも覚悟はしていただろうが、やはり気分は良さそうではなく、今にも猫被りが剥がれそうになっている。
「しかしまぁ、リシュ様の婚約者に決まった途端、海外に留学とは。さすが未来の王族さまはやることが違いますなぁ」
「リシュと一緒になればわたしは国のことを第一に考えねばなりません。その前に世界を知りたかったのです」
大真面目に答えたパメラだったが、侯爵は大笑いをしながら、だらしなく飛び出した自身の腹を押さえた。
「女のあなたが世界を知って何になるんです?」
「え、」
「知ったところで何の役にも立たないでしょう?」
パメラが怒り出すよりも先に、僕の手がパメラを制止させた。
「フレーゲル侯、パメラは僕の婚約者だとご存じですよね?」
「え、……はい」
急に侯爵の勢いが鈍った。
「パメラへの侮辱行為は僕への侮辱行為と捉えられかねません。ご自身の身を案じるなら、この辺で引き下がっていただくのが賢明かと」
侯爵はオロオロと周りを見渡し、会話を誰かに聞かれてはいないかと恐れながら、挨拶もそこそこに逃げていってしまった。
「パメラ、大丈夫?」
「一発、殴ってやろうかと思ってたのに」
パメラは拳を握って見せ、気丈にそう答えた。
「そうすると思ったから止めたんだよ。パメラが悪者になることなんてない」
「リシュのくせに生意気」
照れ隠しなのか、パメラは握っていた拳を僕の腕に軽くぶつけた。
「でも、ありがとう」
「どういたしまして」
僕は笑うと挨拶回りの途中だったことを思い出し、シセルを探した。少し離れたところで待っていてくれているかと思ったが、姿は見えない。
「パメラ、シセルどこに行ったか知ってる?」
「あ、あれ? 確か前を歩いていて……」
「ちょっと探してきてもいい? もし一人が嫌なら姉さんを呼んで──」
言いかけるとパメラに背中を押された。
「わたしの心配はいいから早く探しに行ってあげて」
「分かった」
僕はパメラと一旦別れると、シセルを探しに人混みを掻き分けてテーブルを回った。
シセルはこの会場で一人だけ白いコートを着ている。目に入ればすぐに見つかるはずなのに、それらしい人物は見当たらない。
もしかして、花の契りが嫌になって逃げ出してしまったのだろうか。
一瞬、そう考えたが、責任感の強いシセルが一度結んだ約束を違えるはずはないことを僕はよく知っている。
「なに暗い顔してるのー? 今日の主役なんだから笑ってなきゃ!」
隣を歩くパメラにつつかれるが、とてもじゃないが笑顔になんてなれそうもない。
僕は前を歩くシセルを盗み見た。いつもよりキチンと整えられた髪に、花だけが着ることを許されている白いコートを着ている。胸元には赤い薔薇が飾られ、誰が見ても立派な僕の花として凛とした佇まいをしている。
あんなことがなければ、この姿のシセルを僕はどれほど喜んだだろう。今となっては後悔から顔を見ることすら憚られるが。
結局、あれからシセルが部屋に戻ってくることはなく、顔を合わせる暇もなく、なし崩しの雰囲気のまま僕の花の契りの前夜祭が始まってしまった。
今はシセルとパメラと連れ立って、来賓に挨拶をしている最中なのだが、空気が重い。
案の定、パメラは何かを察した様子だったが、気付かないふりをして空気を明るくしようとしてくれている。
が、そんな努力も虚しく、シセルと僕の距離はどんどん開いていった。当たり前と言えば当たり前なのだが、来賓に挨拶するときはにこやかなシセルの顔を見ると泣きたくなってくる。
その度にシセルの涙を思い出し、自己嫌悪に陥る。
「おや、パメラ様じゃないですか」
唐突に背後から声をかけられた。パメラはビクッと肩を震わせ、顔を取り繕うと振り向いた。
パメラが予感した通り、声の主はフレーゲル侯爵だった。
「お、お久しぶりです……」
パメラはぎこちなく頭を下げる。それを見たフレーゲル侯爵は悪意のある笑みを浮かべ、頭の先から爪先まで舐めるように視線を這わせた。
「見ない間に随分と女性らしくなられましたな」
「ええ……」
「まぁ、うちの小鳥には敵いませんが」
フレーゲル侯爵には可愛がっている末娘がいる。歌の上手い彼女を侯爵は小鳥と呼んで溺愛しているが、正直、小鳥というよりは猛禽類の類に似ていて、僕は苦手だった。
そんな猛禽類姫とパメラが僕の婚約者候補に上がった時には生きた心地がしなかった。結局、母上の口添えもあり、パメラが婚約者に決まったが、侯爵はそれをずっと根に持ち、事あるごとに嫌味をぶつけてくるようになった。
僕とパメラが結婚すれば、パメラの地位は侯爵よりも高くなる。そうなる前に最後の追い込みと言わんばかりに嫌味を言いに来たのだろう。パメラも覚悟はしていただろうが、やはり気分は良さそうではなく、今にも猫被りが剥がれそうになっている。
「しかしまぁ、リシュ様の婚約者に決まった途端、海外に留学とは。さすが未来の王族さまはやることが違いますなぁ」
「リシュと一緒になればわたしは国のことを第一に考えねばなりません。その前に世界を知りたかったのです」
大真面目に答えたパメラだったが、侯爵は大笑いをしながら、だらしなく飛び出した自身の腹を押さえた。
「女のあなたが世界を知って何になるんです?」
「え、」
「知ったところで何の役にも立たないでしょう?」
パメラが怒り出すよりも先に、僕の手がパメラを制止させた。
「フレーゲル侯、パメラは僕の婚約者だとご存じですよね?」
「え、……はい」
急に侯爵の勢いが鈍った。
「パメラへの侮辱行為は僕への侮辱行為と捉えられかねません。ご自身の身を案じるなら、この辺で引き下がっていただくのが賢明かと」
侯爵はオロオロと周りを見渡し、会話を誰かに聞かれてはいないかと恐れながら、挨拶もそこそこに逃げていってしまった。
「パメラ、大丈夫?」
「一発、殴ってやろうかと思ってたのに」
パメラは拳を握って見せ、気丈にそう答えた。
「そうすると思ったから止めたんだよ。パメラが悪者になることなんてない」
「リシュのくせに生意気」
照れ隠しなのか、パメラは握っていた拳を僕の腕に軽くぶつけた。
「でも、ありがとう」
「どういたしまして」
僕は笑うと挨拶回りの途中だったことを思い出し、シセルを探した。少し離れたところで待っていてくれているかと思ったが、姿は見えない。
「パメラ、シセルどこに行ったか知ってる?」
「あ、あれ? 確か前を歩いていて……」
「ちょっと探してきてもいい? もし一人が嫌なら姉さんを呼んで──」
言いかけるとパメラに背中を押された。
「わたしの心配はいいから早く探しに行ってあげて」
「分かった」
僕はパメラと一旦別れると、シセルを探しに人混みを掻き分けてテーブルを回った。
シセルはこの会場で一人だけ白いコートを着ている。目に入ればすぐに見つかるはずなのに、それらしい人物は見当たらない。
もしかして、花の契りが嫌になって逃げ出してしまったのだろうか。
一瞬、そう考えたが、責任感の強いシセルが一度結んだ約束を違えるはずはないことを僕はよく知っている。
0
お気に入りに追加
75
あなたにおすすめの小説
【BL】こんな恋、したくなかった
のらねことすていぬ
BL
【貴族×貴族。明るい人気者×暗め引っ込み思案。】
人付き合いの苦手なルース(受け)は、貴族学校に居た頃からずっと人気者のギルバート(攻め)に恋をしていた。だけど彼はきらきらと輝く人気者で、この恋心はそっと己の中で葬り去るつもりだった。
ある日、彼が成り上がりの令嬢に恋をしていると聞く。苦しい気持ちを抑えつつ、二人の恋を応援しようとするルースだが……。
※ご都合主義、ハッピーエンド
君に望むは僕の弔辞
爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。
全9話
匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意
表紙はあいえだ様!!
小説家になろうにも投稿
【完結】オーロラ魔法士と第3王子
N2O
BL
全16話
※2022.2.18 完結しました。ありがとうございました。
※2023.11.18 文章を整えました。
辺境伯爵家次男のリーシュ・ギデオン(16)が、突然第3王子のラファド・ミファエル(18)の専属魔法士に任命された。
「なんで、僕?」
一人狼第3王子×黒髪美人魔法士
設定はふんわりです。
小説を書くのは初めてなので、何卒ご容赦ください。
嫌な人が出てこない、ふわふわハッピーエンドを書きたくて始めました。
感想聞かせていただけると大変嬉しいです。
表紙絵
⇨ キラクニ 様 X(@kirakunibl)
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました
美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる