僕は花を手折る

ことわ子

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花を手折るまで後、1日【2】

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「なに暗い顔してるのー? 今日の主役なんだから笑ってなきゃ!」

 隣を歩くパメラにつつかれるが、とてもじゃないが笑顔になんてなれそうもない。
 僕は前を歩くシセルを盗み見た。いつもよりキチンと整えられた髪に、花だけが着ることを許されている白いコートを着ている。胸元には赤い薔薇が飾られ、誰が見ても立派な僕の花として凛とした佇まいをしている。
 あんなことがなければ、この姿のシセルを僕はどれほど喜んだだろう。今となっては後悔から顔を見ることすら憚られるが。

 結局、あれからシセルが部屋に戻ってくることはなく、顔を合わせる暇もなく、なし崩しの雰囲気のまま僕の花の契りの前夜祭が始まってしまった。

 今はシセルとパメラと連れ立って、来賓に挨拶をしている最中なのだが、空気が重い。
 案の定、パメラは何かを察した様子だったが、気付かないふりをして空気を明るくしようとしてくれている。
 が、そんな努力も虚しく、シセルと僕の距離はどんどん開いていった。当たり前と言えば当たり前なのだが、来賓に挨拶するときはにこやかなシセルの顔を見ると泣きたくなってくる。
 その度にシセルの涙を思い出し、自己嫌悪に陥る。

「おや、パメラ様じゃないですか」

 唐突に背後から声をかけられた。パメラはビクッと肩を震わせ、顔を取り繕うと振り向いた。
 パメラが予感した通り、声の主はフレーゲル侯爵だった。

「お、お久しぶりです……」

 パメラはぎこちなく頭を下げる。それを見たフレーゲル侯爵は悪意のある笑みを浮かべ、頭の先から爪先まで舐めるように視線を這わせた。

「見ない間に随分と女性らしくなられましたな」
「ええ……」
「まぁ、うちの小鳥には敵いませんが」

 フレーゲル侯爵には可愛がっている末娘がいる。歌の上手い彼女を侯爵は小鳥と呼んで溺愛しているが、正直、小鳥というよりは猛禽類の類に似ていて、僕は苦手だった。
 そんな猛禽類姫とパメラが僕の婚約者候補に上がった時には生きた心地がしなかった。結局、母上の口添えもあり、パメラが婚約者に決まったが、侯爵はそれをずっと根に持ち、事あるごとに嫌味をぶつけてくるようになった。

 僕とパメラが結婚すれば、パメラの地位は侯爵よりも高くなる。そうなる前に最後の追い込みと言わんばかりに嫌味を言いに来たのだろう。パメラも覚悟はしていただろうが、やはり気分は良さそうではなく、今にも猫被りが剥がれそうになっている。

「しかしまぁ、リシュ様の婚約者に決まった途端、海外に留学とは。さすが未来の王族さまはやることが違いますなぁ」
「リシュと一緒になればわたしは国のことを第一に考えねばなりません。その前に世界を知りたかったのです」

 大真面目に答えたパメラだったが、侯爵は大笑いをしながら、だらしなく飛び出した自身の腹を押さえた。

「女のあなたが世界を知って何になるんです?」
「え、」
「知ったところで何の役にも立たないでしょう?」

 パメラが怒り出すよりも先に、僕の手がパメラを制止させた。

「フレーゲル侯、パメラは僕の婚約者だとご存じですよね?」
「え、……はい」

 急に侯爵の勢いが鈍った。

「パメラへの侮辱行為は僕への侮辱行為と捉えられかねません。ご自身の身を案じるなら、この辺で引き下がっていただくのが賢明かと」

 侯爵はオロオロと周りを見渡し、会話を誰かに聞かれてはいないかと恐れながら、挨拶もそこそこに逃げていってしまった。

「パメラ、大丈夫?」
「一発、殴ってやろうかと思ってたのに」

 パメラは拳を握って見せ、気丈にそう答えた。

「そうすると思ったから止めたんだよ。パメラが悪者になることなんてない」
「リシュのくせに生意気」

 照れ隠しなのか、パメラは握っていた拳を僕の腕に軽くぶつけた。

「でも、ありがとう」
「どういたしまして」

 僕は笑うと挨拶回りの途中だったことを思い出し、シセルを探した。少し離れたところで待っていてくれているかと思ったが、姿は見えない。

「パメラ、シセルどこに行ったか知ってる?」
「あ、あれ? 確か前を歩いていて……」
「ちょっと探してきてもいい? もし一人が嫌なら姉さんを呼んで──」

 言いかけるとパメラに背中を押された。

「わたしの心配はいいから早く探しに行ってあげて」
「分かった」

 僕はパメラと一旦別れると、シセルを探しに人混みを掻き分けてテーブルを回った。
 シセルはこの会場で一人だけ白いコートを着ている。目に入ればすぐに見つかるはずなのに、それらしい人物は見当たらない。
 もしかして、花の契りが嫌になって逃げ出してしまったのだろうか。
 一瞬、そう考えたが、責任感の強いシセルが一度結んだ約束を違えるはずはないことを僕はよく知っている。
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