僕は花を手折る

ことわ子

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花を手折るまで後、2日【3】

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「大好きなシセルへ。僕はずっと前からシセルのことが好きでした。シセルが僕の花に選ばれて──」
「や、やめて!!!!」

 僕は慌ててパメラの手から書きかけの手紙を引ったくると背後へと隠した。
 パメラはふぅ、と短く息を吐くと僕の目を見た。

「こんなことじゃないかと思って帰国して正解だったわ」
「え……」

 パメラはジリジリと僕との距離を詰めた。顔がなんだか怖い。

「特訓よ! シセルをその気にさせる特訓!」
「それってどういう……」
「どうせ、シセルは花になることは承諾してくれたけど、反応はイマイチ……なんなら舌打ちでもされなかった?」
「すごい。なんでわかるの?」
「やっぱり……リシュも相変わらずだけどシセルも相変わらずなのね……」

 難しそうに眉根を寄せるパメラを唖然と見つめる。

「手紙を書くのは悪いことじゃないけど、今やるべきなのは話し合いね」
「話し合い」
「そう、話し合い。リシュたちのことだから花に決まってからろくに会話もしてないんじゃない?」
「う、」
「シセルにはやけに冷たい態度をとられるし、これ以上嫌われたくないから無闇に話しかけられないし、ってぐるぐるしてるでしょ」
「…………はい」
「本当に二人ともお子さまなんだから」

 二人とも?
 パメラの言い方が引っかかる。

「パメラだって同い年でしょ」
「一緒にしないで。リシュたちとは見てきた世界が違うの」
「それは……そうかもしれないけど」
「とにかく、この様子だと話し合いの特訓も必要そうね」

 スイッチが入ったパメラは昔から誰も止められない。僕は抵抗することは諦めて、素直にパメラに従うことにした。
 シセルとの関係を改善したいと思っていたのは事実なのだ。パメラが助言を申し出てくれて助かった。

「じゃあ、まずね、シセルと二人きりになって。絶対に他の人が居るようなところで喋ってちゃダメ」
「なんで?」
「他の人がいると『シセルが』ダメになるから」

 シセルが……?

「それに大事な話をするんだから、二人きりの方がいいでしょ?」
「それは……うん」
「じゃあ、わたしのことをシセルだと思って喋りかけてみて」
「えっ!?」

 パメラは無理難題を平然とした顔で出してきた。
 いくらパメラ相手でもシセルへの言葉を紡ぐのは気恥ずかしい。それに何と言ったらいいのか分からないのが現状で、思うように言葉をが出てこない。

「シセル、僕は君のことがずっと好きで、それで、あの……………」

 なんとか絞り出した声はすぐに入ったパメラの静止によって止められてしまった。穴があったら入りたいくらい恥ずかしい。

「ストレートなのは良いと思うわ。でも雰囲気が全然ダメ」
「雰囲気って……」
「リシュはシセルのことが大好きなのよね? シセルが花に選ばれて嬉しいのよね? だったらそれを体でも表現しなきゃ」
「どうやって?」

 はぁー、とさっきよりも大きなため息をつかせてしまった。徐々に呆れ顔になるパメラの視線が刺さって痛い。

「もっとこう近寄って、ちゃんと目を見て、手も握って」

 言われるがままにパメラに近寄り手を握る。
 当たり前だがシセルとは何から何まで違い、逆に少し落ち着いてきた。
 せっかくパメラがこんな練習に付き合ってくれているのだ。真剣にやらないともったいない。
 僕は頭を切り替えて、片手をパメラの腰に伸ばした。そして更に引き寄せる。

「君のことがずっと好きだった」

 耳元でそう囁く。
 が、急にパメラは身体を固くした。
 あれだけ特訓だと息巻いていたのに、反応がないパメラに不信感が増す。

「ねぇ……」

 不服を声に滲ませながら身体を離すと、パメラはゆっくりと腕を上げた。そして、僕の背後を指差した。

「パメラ?」

 僕はパメラが指差す方に視線を動かした。

「あ、」

 拳ほどに開いたドアの隙間から、揺れる水色の瞳が見えた。

「シセル!」

 僕が声をかけると、水色の瞳は驚いたように見開かれ、すぐに姿を消してしまった。

「部屋に来たんなら、声、かけてくれればいいのに…………」
「いやいやいやいやそうじゃないでしょ!?」
「え?」
「え? じゃない! 状況分かってないの!?」
「状況……? パメラと特訓してたってこと……?」
「じゃなくて! 絶対にシセル勘違いしてるわよ!」

 そこまで言われてやっと思い至る。さっき自分がなにを言ったのかを思い出し、頭を抱える。

「ど、どうすれば……」

 僕は困惑しながらパメラを見た。

「早く追いかけて! ちゃんと説明して!」
「分かった!」

 パメラに背中を押され、僕は走って部屋を出た。廊下に出て左右を見渡すがシセルの姿は勿論影も形もない。
 僕と違って運動神経がいいシセルに追いつけるなんて全く思っていない。行く当ても分からないのならまたしらみ潰しに探すしか無い。
 そう思うのに足は勝手にシセルの部屋の方へと向かっていた。

 シセルは僕のことをどう思っているんだろう。
 走りながら不意にそんな疑問が浮かんできた。

 僕は昔からシセルのことが大好きだった。幼い僕が大好きなシセルの隣にいることを望んでしまったがために、シセルは僕の友達としての責務を負うことになった。そこに拒否権はなかったはずだ。
 その責務を僕は見ないふりをした。自分の感情を優先した。そうまでしてもシセルと一緒にいたかった。
 成人を迎える年齢になっても、僕はシセルを手放さないどころか、花に選ばれたことによって一方的に喜んだ。
 いつまで経ってもシセルの気持ちを考えられない自分に吐き気がした。

 じゃあシセルの気持ちって?

 面と向かって聞くのが怖かった。嫌い、なんて言われた日には立ち直れないと思った。
 怖がって聞けないでいた気持ちのせいで八方塞がりになっているのは事実だ。
 正直、僕はシセルをどうしたら良いのか分からない。パメラに付き合ってもらった特訓も、手紙に込めた思いも、シセルの気持ちを聞かない限りはただの押し付けで身勝手な感情だ。

「このままじゃダメだ」

 僕はシセルの部屋の前で足を止めた。
 何故だかシセルはこの中にいるという確信があった。ノックをしたら部屋に入れてくれなくなるだろうことを見越して、強引にドアを開いた。
 案の定、部屋の中には目を見張ったシセルが棒立ちでこちらを見ていた。
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