僕は花を手折る

ことわ子

文字の大きさ
上 下
1 / 21

花を手折るまで後、6日【1】

しおりを挟む
「ふざけんな!」

 僕は手にしていたバラの花束をショックのあまり床に落とした。
 こんな反応が返ってくるなんて考えてもみなかった。
 僕の大好きなシセルは顔を赤くして僕を睨んでいる。

「シセルは嫌だった……?」

 僕の問いかけに、シセルは言葉を詰まらせた。それが答えだとでも言うように、小さく舌打ちして顔を背ける。

 綺麗な金髪の髪が乱れるのも構わず額を押さえた。
 シセルの苦痛に歪む表情に僕は言葉を失った。
 なにか言葉を掛けなければ。そう思えば思うほど、声を出すのが難しくなってくる。

 シセルは僕が声を掛ける前に、乱暴に部屋のドアを開け、こちらを一度も振り返らずに出て行ってしまった。

 僕は床に落ちた花束を拾った。シセルの瞳の色とお揃いにしたくて巻いた水色のリボンはよれてしまっていて解けかけている。

 やっぱり僕がやったから駄目なんだ、と一気に自虐的な気持ちになってくる。赤いバラは幸い無事だったが、受け取って貰えなかった悲しさから少し色褪せたように見えてくる。

「僕は嬉しかったんだけどな」

 花に顔を近づけると痛いくらい良い香りがした。


***


 僕の一族が治めるこの国には王族だけに伝わる奇習がある。
 王族に生まれたものたちは、二十歳の誕生日に、『王国の花』と呼ばれる貴族の中から選ばれた同性の伴侶と、一夜を共にしなくてはならないのだ。花の契りと呼ばれるその行為をもってようやく成人と認められる。
 そして命を分けた伴侶を腹心として一生傍に置いておくことが国の繁栄に繋がるとも信じられていた。

 伴侶に選ばれた人間は王族の傍で一生裕福な生活を約束され、更には伴侶の一族までもが重役に取り立てて貰えるなど、多大すぎる恩恵を受けることになる。

 その為、自分の子どもを『王国の花』にしたがる貴族は山のようにいた。しかし、『王国の花』になるには才能や容姿が優れていることが条件であり、それらを満たせる人物は多くはなかった。

 この国の第三王子であるリシュ・シャリエ=カルベス──つまり僕の『花』候補には三人の貴族がいた。

 僕より年上で面倒見が良いイヴェル、僕より年下だが優秀なエルート、そして同い年のシセル。三番目の候補のシセルは僕の幼馴染で初恋だった。

 大きくなって『王国の花』のことを聞かされたときもシセルが自分の『花』だったらいいな、と妄想したりもした。

 だけど『花』は自分では選べない。神託により選び出され、その決定には国王ですら抗えない。僕はそれでも構わないと思っていた。自分の人生は自分で決める、などと、我が儘を言える地位ではないと理解していたからだ。

 それでも、もし、奇跡を願うことくらい許されるのなら、僕の隣にはシセルがいてほしい。

 そんな微かな奇跡が現実となって僕に降り注いだ。シセルが僕の『花』に選ばれたのだ。あまりの嬉しさに僕は直ぐに庭に行き、庭師に頼んでバラを切り分けて貰った。
 女性への贈り物は花にしておけば間違いないと、昔聞いたことがあったが、男性の場合でも嬉しいんだろうか。

 僕はシセルから貰えるものならなんでも嬉しいと感じてしまい、自分の基準が全く当てにならないことに気づく。

 それでもこの喜びを少しでもシセルに伝えたくて、バラの花束を持ってシセルがいる部屋へと走っていった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

別れの夜に

大島Q太
BL
不義理な恋人を待つことに疲れた青年が、その恋人との別れを決意する。しかし、その別れは思わぬ方向へ。

【BL】こんな恋、したくなかった

のらねことすていぬ
BL
【貴族×貴族。明るい人気者×暗め引っ込み思案。】  人付き合いの苦手なルース(受け)は、貴族学校に居た頃からずっと人気者のギルバート(攻め)に恋をしていた。だけど彼はきらきらと輝く人気者で、この恋心はそっと己の中で葬り去るつもりだった。  ある日、彼が成り上がりの令嬢に恋をしていると聞く。苦しい気持ちを抑えつつ、二人の恋を応援しようとするルースだが……。 ※ご都合主義、ハッピーエンド

君に望むは僕の弔辞

爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。 全9話 匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意 表紙はあいえだ様!! 小説家になろうにも投稿

【完結】オーロラ魔法士と第3王子

N2O
BL
全16話 ※2022.2.18 完結しました。ありがとうございました。 ※2023.11.18 文章を整えました。 辺境伯爵家次男のリーシュ・ギデオン(16)が、突然第3王子のラファド・ミファエル(18)の専属魔法士に任命された。 「なんで、僕?」 一人狼第3王子×黒髪美人魔法士 設定はふんわりです。 小説を書くのは初めてなので、何卒ご容赦ください。 嫌な人が出てこない、ふわふわハッピーエンドを書きたくて始めました。 感想聞かせていただけると大変嬉しいです。 表紙絵 ⇨ キラクニ 様 X(@kirakunibl)

オメガなパパとぼくの話

キサラギムツキ
BL
タイトルのままオメガなパパと息子の日常話。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました

美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!

【完結】悪役令息の役目は終わりました

谷絵 ちぐり
BL
悪役令息の役目は終わりました。 断罪された令息のその後のお話。 ※全四話+後日談

処理中です...