僕は花を手折る

ことわ子

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花を手折るまで後、6日【1】

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「ふざけんな!」

 僕は手にしていたバラの花束をショックのあまり床に落とした。
 こんな反応が返ってくるなんて考えてもみなかった。
 僕の大好きなシセルは顔を赤くして僕を睨んでいる。

「シセルは嫌だった……?」

 僕の問いかけに、シセルは言葉を詰まらせた。それが答えだとでも言うように、小さく舌打ちして顔を背ける。

 綺麗な金髪の髪が乱れるのも構わず額を押さえた。
 シセルの苦痛に歪む表情に僕は言葉を失った。
 なにか言葉を掛けなければ。そう思えば思うほど、声を出すのが難しくなってくる。

 シセルは僕が声を掛ける前に、乱暴に部屋のドアを開け、こちらを一度も振り返らずに出て行ってしまった。

 僕は床に落ちた花束を拾った。シセルの瞳の色とお揃いにしたくて巻いた水色のリボンはよれてしまっていて解けかけている。

 やっぱり僕がやったから駄目なんだ、と一気に自虐的な気持ちになってくる。赤いバラは幸い無事だったが、受け取って貰えなかった悲しさから少し色褪せたように見えてくる。

「僕は嬉しかったんだけどな」

 花に顔を近づけると痛いくらい良い香りがした。


***


 僕の一族が治めるこの国には王族だけに伝わる奇習がある。
 王族に生まれたものたちは、二十歳の誕生日に、『王国の花』と呼ばれる貴族の中から選ばれた同性の伴侶と、一夜を共にしなくてはならないのだ。花の契りと呼ばれるその行為をもってようやく成人と認められる。
 そして命を分けた伴侶を腹心として一生傍に置いておくことが国の繁栄に繋がるとも信じられていた。

 伴侶に選ばれた人間は王族の傍で一生裕福な生活を約束され、更には伴侶の一族までもが重役に取り立てて貰えるなど、多大すぎる恩恵を受けることになる。

 その為、自分の子どもを『王国の花』にしたがる貴族は山のようにいた。しかし、『王国の花』になるには才能や容姿が優れていることが条件であり、それらを満たせる人物は多くはなかった。

 この国の第三王子であるリシュ・シャリエ=カルベス──つまり僕の『花』候補には三人の貴族がいた。

 僕より年上で面倒見が良いイヴェル、僕より年下だが優秀なエルート、そして同い年のシセル。三番目の候補のシセルは僕の幼馴染で初恋だった。

 大きくなって『王国の花』のことを聞かされたときもシセルが自分の『花』だったらいいな、と妄想したりもした。

 だけど『花』は自分では選べない。神託により選び出され、その決定には国王ですら抗えない。僕はそれでも構わないと思っていた。自分の人生は自分で決める、などと、我が儘を言える地位ではないと理解していたからだ。

 それでも、もし、奇跡を願うことくらい許されるのなら、僕の隣にはシセルがいてほしい。

 そんな微かな奇跡が現実となって僕に降り注いだ。シセルが僕の『花』に選ばれたのだ。あまりの嬉しさに僕は直ぐに庭に行き、庭師に頼んでバラを切り分けて貰った。
 女性への贈り物は花にしておけば間違いないと、昔聞いたことがあったが、男性の場合でも嬉しいんだろうか。

 僕はシセルから貰えるものならなんでも嬉しいと感じてしまい、自分の基準が全く当てにならないことに気づく。

 それでもこの喜びを少しでもシセルに伝えたくて、バラの花束を持ってシセルがいる部屋へと走っていった。
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