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仮病と手紙【sideリエナ】

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「リエナ! 聞いて!」

 寮に着いて自室に戻るなり、ふわふわな空気を纏ったフィリーネに抱きつかれた。小動物のような愛くるしい瞳で顔を覗き込まれる。目が合うと花が咲いたように笑う。この無垢な笑顔が大好きだった。恵まれた容姿に、恵まれた地位、誰とでも分け隔てなく接することが出来る性格、リエナから見たフィリーネは完璧で、リエナはフィリーネになりたかった。

 リエナはわざとらしく目を逸らした。自分の真っ黒な瞳がフィリーネの宝石のようなエメラルドグリーンの瞳を映し続けることを拒んだからだ。

 こんな時でも同室のフィリーネとは顔を合わさないといけないことが心底辛かった。実際のところ、距離を置いていると思っているのはリエナだけで、空気の読めないフィリーネはリエナの想いには気付くことなく変わらない態度を取り続けていて、なるべく関わりたくないと思っている今でさえ明るく声を掛けてきた。

「後にして」

 普通の同級生ならこの冷たい一言で黙るだろう。しかし相手は長年この態度に接してきたフィリーネだ。これくらいでは気にも留めない。フィリーネの言わんとしていることが分かるから、余計に言葉尻がきつくなるが、察してはもらえない。

「あのね、今日カルヴィン様にクリスマスパーティーのお誘いのお手紙を頂いたの!」

 知ってる。

 聞きたくなかった現実を直接親友から聞かされてとどめを刺された気分になる。ガンガンと頭の中から打ち付けられているような痛みが走り眩暈がする。

 毎年、ここエールマー校ではクリスマスに盛大なパーティーが催される。クリスマスは家族と過ごすもの、というのが一般的な話だが、エールマー校では違う。この学校がクリスマスに創立されたことから、クリスマスを創立記念日とし、生徒が一丸となってパーティーを盛り上げることになっている。

 そしてエールマー校のクリスマスパーティーにはある言い伝えもあった。創立から百年以上も変わらない形を残してきたエールマー校はしばしば永遠の象徴とされ、創立記念日に結ばれると永遠を約束されるというものだった。

 そんな言い伝えを真に受けている生徒は少ないが、クリスマスパーティーが格好の告白タイムになっていることは事実なのである。

 つまり、クリスマスパーティーに誘われるということは『そういうこと』なのだ。

「それで?」

 これ以上無いくらい冷たい声を出した。否、出てしまった。しまった、と思ったが、一刻も早くこの状況から逃れたくて冷たい態度を取り続ける。さすがのフィリーネも少し焦ったような顔になり、不意に額に手の平を押し付けてきた。

「何?」
「具合悪いのかと思って……」

 フィリーネは普段は穏やかそうに弧を描いている眉を八の字にして顔を歪めた。本気で心配しているのが分かるから何も言えなくなる。リエナは軽く手を払うと俯いて首を振った。今顔を上げたら泣いてしまう。フィリーネに悟られたくない負けん気と心配させたくない思いが混ざり合って心がざわつく。

「今日はもう休むから」

 なんとか震えないように声を出したリエナは、分厚いカーテンだけで仕切られた自分のスペースへと入った。背中に心配そうに見つめるフィリーネの視線を感じたが、今はそれすら鬱陶しく、なんだか惨めな気分になり、振り切るようにカーテンを閉めた。

 そして全てを投げ出したい気持ちでベッドに潜る。

 後悔が頭の中を駆け巡る。

 噂話をする同級生たちも、こちらの気持ちに気付かないフィリーネも、全部が全部嫌になってくる。でも一番嫌なのは変わろうとしなかった自分を棚に上げている自分自身。他人のせいにするなんて見当違いにも程がある。

 知らない内に涙が頬を伝っていた。止めようと思うほど、湧き出てくる雫の量は増し、シーツを濃く染めていった。

 悟られないように飲み込んだ嗚咽は何度もリエナの中で暴れ続けた。


 薄く目を開けると、カーテンの隙間から光が漏れている。頭で理解する前に反射で身体が起き上がった。慌ててカーテンを開けるとそこにフィリーネはいなかった。どうやらあのまま寝てしまっていたらしい。

 無機質に音を刻んでいる柱の時計に目をやると、とっくに授業開始の時間を過ぎていた。

 今まで遅刻はおろか、欠席したことすらなかった。どんなに辛いことを言われても、規則正しく生きてきた。なのに、まさかの失恋でこんな失態を犯してしまうなんて、過去に遡って全てをやりなおしたい。

 リエナは急いで支度をしようと立ち上がる。が、制服の長いスカートの裾を踏んで思いきりよろけて、前に置いてあった小さいテーブルに頭から突っ込んだ。

 そういえば、制服のまま寝てしまっていたせいで、スカートには無残な折り目がいくつも重なってついている。壁に掛かっている鏡を見れば目を腫らした見たことないような顔の自分がいる。失態の上塗りで頭の中が真っ白になる。

「馬鹿みたい……」

 力のない独り言はどこにも響くことなく、部屋の空気に掻き消えた。

 床に手を着き、立ち上がろうとすると、手の下に手紙があることに気がついた。誰宛だろうと宛名を見ると綺麗な字で『リエナ・ベンクトソン』と書かれていた。
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