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その後の話「友達とはこんなことしないでしょ」
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「いや、そうだけど……その後特に進展もなかったし…………」
進展、と口にして、一瞬進展している俺と久城を想像しそうになり、すぐに掻き消そうと頭を振る。
「嘘でしょ……」
愕然とした表情の久城に俺と久城はとんでもないすれ違いをしていたのだと悟った。
「え、じゃあ俺、遊ばれてたの?」
とんでもない久城の発言に驚きすぐに否定する。
「いや! そういうわけじゃないけど……!」
「俺は付き合ってると思ってた」
キッパリと言われてしまい勢いに押される。勿論、その可能性も少しは考えた。けれど、どうしてもこの状況で付き合うということがどういうことなのか分からずに、考えないようにしていた。
「付き合うって言っても……俺たち男同士だし、友達と変わらないんじゃ……」
言いかけると、思い切り両手で顔面を掴まれ、強引に引き寄せられた。いつもいきなり触れる感覚に心の準備はしようがない。軽く音を立てて離れると、至近距離で目が合った。
「友達とはこんなことしないでしょ」
耳元でゆっくり言葉を紡がれ、ぞくぞくと背筋が伸びる。
「それに」
久城は俺の後頭部に腕を回すと、上から下へなぞるように指を滑らせた。指は頭から始まり、首筋を通り開いたシャツから見える鎖骨で止まった。身動きが取れなくなっている俺は、久城の動きを目で追うことしか出来ない。
「もっと先だってしたいと思ってるんだけど」
投げやりな言葉とは裏腹に、熱っぽい瞳を向けられて、思考が止まり始める。まとまらない考えの中で、このまま、流されてしまってもいいかもしれないとさえ思ってしまった。が。
「あ、の! 初心者だからお手柔らかにお願いします!」
情けない声と共に俺は懇願した。すると久城は立ち上がっていた席に腰を下ろし、吹き出すように笑った。
「初心者って……!」
声をあげて笑う久城は珍しい。それだけ突拍子もないことを言ってしまったんだと自覚させられて恥ずかしくなる。
「大丈夫、俺も初心者だから」
「え、でも楠井先輩──」
口に出してから後悔する。久城は楠井先輩──楠井祐士に過剰な束縛をされていた。幼い頃から続けられていたその行為は久城の心を蝕み、感情すらも操られていた。
最近は先輩も大人しくなり、こうして久城と過ごすこともできるようになった。しかし依然として久城の心の中にはまだ先輩がいるような気がしていた。
俺が気まずい雰囲気を出していると久城は短くため息をついて薄く笑った。
「先輩とは、付き合ってないから」
「え?」
俺は思わず素っ頓狂な声を出してしまった。先程までの微妙な空気は吹き飛び、思わず聞き返す。
「え、だって──」
俺は久城と先輩は付き合っていたと思っていた。現にそういう現場にも出会したこともある。あれで付き合っていないというのはどういうことなのだろうか。
「流れでそういうことをすることもあったけど、その時にはもう俺の心は死んでたし」
心が死ぬ。この言葉を口にするのにどれだけ勇気がいるだろう。
俺は久城の告白に胸の内がジリジリと焼け付くような感覚なった。
「もしかして妬いてくれた?」
何も言わない俺に、久城は勘違いしたのか、それとも沈みそうになる空気を気遣ってからか明るい声でそう言った。
「うん、まぁ」
焼いた、というよりは許せない気持ちの方が大きかった。それでも少なからず、モヤモヤとしたものが胸の中にあって、これを言葉にするならヤキモチなのだろうと思う。
思わぬ返事だったのか、久城は大きく息を吐いた。
「はぁーーーーーー、好き」
「えっ」
久城はため息に混ぜてとんでもないことを言うと、俺の左手に自身の手を重ねてきた。俺より細くて長い指がスルスルと絡みつくように指の間に割って入ってくる。意味深な久城の行動に、全神経が左手に集中する。
「俺と付き合って」
指を絡ませたまま久城は俺の目を見た。久城の瞳には今、俺しか写っていない。真っ直ぐな言葉に動揺よりも心が勝つ。
「…………よろしく、お願いします……」
消えるか消えないかの声に久城は嬉しそうに笑った。これからどうなるかは分からないが、今はこの笑顔を見ていたいと、強く思う。
「あ、初心者同士だから手加減はするけど、あんまり待つのは難しいかも」
「え、」
それは初心者“同士”だと思っている人間が言う言葉ではない。どう考えても自分が押されている状況に謎の危機感を感じて思わず固まる。
「まっ、待つのは難しいって……!?」
「あと、いい加減名前で呼んで欲しいんだけど」
俺の疑問はあっさりと無視され、完全に久城のペースに巻き込まれる。
「名前?」
「そう、名前」
今更改まって名前呼びを要求されるとなんだが恥ずかしい。もっと早いうちに呼んでおけばよかったなぁ、などと後悔するがもう遅い。
「俺はマリって呼んでるのに、マリが久城のままじゃおかしくない? 不公平」
何が不公平なのかは分からない。正直、まだ久城にマリと呼ばれることに慣れていない俺は、平然と久城の名前を呼べるかどうか怪しい。
「……………望?」
「なんで疑問系?」
あまりの恥ずかしさに言葉尻が上がってしまった。
「でも…………嬉しい」
久城は目を細めながら顔を背けるように窓の外を見た。その横顔を今までで一番愛おしく感じてしまい、毒されてるなぁと再び思った。俺は短く息を吐くと、望と同じ景色を見るべく、視線を窓の外に向けた。
fin
進展、と口にして、一瞬進展している俺と久城を想像しそうになり、すぐに掻き消そうと頭を振る。
「嘘でしょ……」
愕然とした表情の久城に俺と久城はとんでもないすれ違いをしていたのだと悟った。
「え、じゃあ俺、遊ばれてたの?」
とんでもない久城の発言に驚きすぐに否定する。
「いや! そういうわけじゃないけど……!」
「俺は付き合ってると思ってた」
キッパリと言われてしまい勢いに押される。勿論、その可能性も少しは考えた。けれど、どうしてもこの状況で付き合うということがどういうことなのか分からずに、考えないようにしていた。
「付き合うって言っても……俺たち男同士だし、友達と変わらないんじゃ……」
言いかけると、思い切り両手で顔面を掴まれ、強引に引き寄せられた。いつもいきなり触れる感覚に心の準備はしようがない。軽く音を立てて離れると、至近距離で目が合った。
「友達とはこんなことしないでしょ」
耳元でゆっくり言葉を紡がれ、ぞくぞくと背筋が伸びる。
「それに」
久城は俺の後頭部に腕を回すと、上から下へなぞるように指を滑らせた。指は頭から始まり、首筋を通り開いたシャツから見える鎖骨で止まった。身動きが取れなくなっている俺は、久城の動きを目で追うことしか出来ない。
「もっと先だってしたいと思ってるんだけど」
投げやりな言葉とは裏腹に、熱っぽい瞳を向けられて、思考が止まり始める。まとまらない考えの中で、このまま、流されてしまってもいいかもしれないとさえ思ってしまった。が。
「あ、の! 初心者だからお手柔らかにお願いします!」
情けない声と共に俺は懇願した。すると久城は立ち上がっていた席に腰を下ろし、吹き出すように笑った。
「初心者って……!」
声をあげて笑う久城は珍しい。それだけ突拍子もないことを言ってしまったんだと自覚させられて恥ずかしくなる。
「大丈夫、俺も初心者だから」
「え、でも楠井先輩──」
口に出してから後悔する。久城は楠井先輩──楠井祐士に過剰な束縛をされていた。幼い頃から続けられていたその行為は久城の心を蝕み、感情すらも操られていた。
最近は先輩も大人しくなり、こうして久城と過ごすこともできるようになった。しかし依然として久城の心の中にはまだ先輩がいるような気がしていた。
俺が気まずい雰囲気を出していると久城は短くため息をついて薄く笑った。
「先輩とは、付き合ってないから」
「え?」
俺は思わず素っ頓狂な声を出してしまった。先程までの微妙な空気は吹き飛び、思わず聞き返す。
「え、だって──」
俺は久城と先輩は付き合っていたと思っていた。現にそういう現場にも出会したこともある。あれで付き合っていないというのはどういうことなのだろうか。
「流れでそういうことをすることもあったけど、その時にはもう俺の心は死んでたし」
心が死ぬ。この言葉を口にするのにどれだけ勇気がいるだろう。
俺は久城の告白に胸の内がジリジリと焼け付くような感覚なった。
「もしかして妬いてくれた?」
何も言わない俺に、久城は勘違いしたのか、それとも沈みそうになる空気を気遣ってからか明るい声でそう言った。
「うん、まぁ」
焼いた、というよりは許せない気持ちの方が大きかった。それでも少なからず、モヤモヤとしたものが胸の中にあって、これを言葉にするならヤキモチなのだろうと思う。
思わぬ返事だったのか、久城は大きく息を吐いた。
「はぁーーーーーー、好き」
「えっ」
久城はため息に混ぜてとんでもないことを言うと、俺の左手に自身の手を重ねてきた。俺より細くて長い指がスルスルと絡みつくように指の間に割って入ってくる。意味深な久城の行動に、全神経が左手に集中する。
「俺と付き合って」
指を絡ませたまま久城は俺の目を見た。久城の瞳には今、俺しか写っていない。真っ直ぐな言葉に動揺よりも心が勝つ。
「…………よろしく、お願いします……」
消えるか消えないかの声に久城は嬉しそうに笑った。これからどうなるかは分からないが、今はこの笑顔を見ていたいと、強く思う。
「あ、初心者同士だから手加減はするけど、あんまり待つのは難しいかも」
「え、」
それは初心者“同士”だと思っている人間が言う言葉ではない。どう考えても自分が押されている状況に謎の危機感を感じて思わず固まる。
「まっ、待つのは難しいって……!?」
「あと、いい加減名前で呼んで欲しいんだけど」
俺の疑問はあっさりと無視され、完全に久城のペースに巻き込まれる。
「名前?」
「そう、名前」
今更改まって名前呼びを要求されるとなんだが恥ずかしい。もっと早いうちに呼んでおけばよかったなぁ、などと後悔するがもう遅い。
「俺はマリって呼んでるのに、マリが久城のままじゃおかしくない? 不公平」
何が不公平なのかは分からない。正直、まだ久城にマリと呼ばれることに慣れていない俺は、平然と久城の名前を呼べるかどうか怪しい。
「……………望?」
「なんで疑問系?」
あまりの恥ずかしさに言葉尻が上がってしまった。
「でも…………嬉しい」
久城は目を細めながら顔を背けるように窓の外を見た。その横顔を今までで一番愛おしく感じてしまい、毒されてるなぁと再び思った。俺は短く息を吐くと、望と同じ景色を見るべく、視線を窓の外に向けた。
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