きせかえ人形とあやつり人形

ことわ子

文字の大きさ
上 下
18 / 18

その後の話「友達とはこんなことしないでしょ」

しおりを挟む
「いや、そうだけど……その後特に進展もなかったし…………」

 進展、と口にして、一瞬進展している俺と久城を想像しそうになり、すぐに掻き消そうと頭を振る。

「嘘でしょ……」

 愕然とした表情の久城に俺と久城はとんでもないすれ違いをしていたのだと悟った。

「え、じゃあ俺、遊ばれてたの?」

 とんでもない久城の発言に驚きすぐに否定する。

「いや! そういうわけじゃないけど……!」
「俺は付き合ってると思ってた」

 キッパリと言われてしまい勢いに押される。勿論、その可能性も少しは考えた。けれど、どうしてもこの状況で付き合うということがどういうことなのか分からずに、考えないようにしていた。

「付き合うって言っても……俺たち男同士だし、友達と変わらないんじゃ……」

 言いかけると、思い切り両手で顔面を掴まれ、強引に引き寄せられた。いつもいきなり触れる感覚に心の準備はしようがない。軽く音を立てて離れると、至近距離で目が合った。

「友達とはこんなことしないでしょ」

 耳元でゆっくり言葉を紡がれ、ぞくぞくと背筋が伸びる。

「それに」

 久城は俺の後頭部に腕を回すと、上から下へなぞるように指を滑らせた。指は頭から始まり、首筋を通り開いたシャツから見える鎖骨で止まった。身動きが取れなくなっている俺は、久城の動きを目で追うことしか出来ない。

「もっと先だってしたいと思ってるんだけど」

 投げやりな言葉とは裏腹に、熱っぽい瞳を向けられて、思考が止まり始める。まとまらない考えの中で、このまま、流されてしまってもいいかもしれないとさえ思ってしまった。が。

「あ、の! 初心者だからお手柔らかにお願いします!」

 情けない声と共に俺は懇願した。すると久城は立ち上がっていた席に腰を下ろし、吹き出すように笑った。

「初心者って……!」

 声をあげて笑う久城は珍しい。それだけ突拍子もないことを言ってしまったんだと自覚させられて恥ずかしくなる。

「大丈夫、俺も初心者だから」
「え、でも楠井先輩──」

 口に出してから後悔する。久城は楠井先輩──楠井祐士に過剰な束縛をされていた。幼い頃から続けられていたその行為は久城の心を蝕み、感情すらも操られていた。
 最近は先輩も大人しくなり、こうして久城と過ごすこともできるようになった。しかし依然として久城の心の中にはまだ先輩がいるような気がしていた。
 俺が気まずい雰囲気を出していると久城は短くため息をついて薄く笑った。

「先輩とは、付き合ってないから」
「え?」

 俺は思わず素っ頓狂な声を出してしまった。先程までの微妙な空気は吹き飛び、思わず聞き返す。

「え、だって──」

 俺は久城と先輩は付き合っていたと思っていた。現にそういう現場にも出会したこともある。あれで付き合っていないというのはどういうことなのだろうか。

「流れでそういうことをすることもあったけど、その時にはもう俺の心は死んでたし」

 心が死ぬ。この言葉を口にするのにどれだけ勇気がいるだろう。
 俺は久城の告白に胸の内がジリジリと焼け付くような感覚なった。

「もしかして妬いてくれた?」

 何も言わない俺に、久城は勘違いしたのか、それとも沈みそうになる空気を気遣ってからか明るい声でそう言った。

「うん、まぁ」

 焼いた、というよりは許せない気持ちの方が大きかった。それでも少なからず、モヤモヤとしたものが胸の中にあって、これを言葉にするならヤキモチなのだろうと思う。
 思わぬ返事だったのか、久城は大きく息を吐いた。

「はぁーーーーーー、好き」
「えっ」

 久城はため息に混ぜてとんでもないことを言うと、俺の左手に自身の手を重ねてきた。俺より細くて長い指がスルスルと絡みつくように指の間に割って入ってくる。意味深な久城の行動に、全神経が左手に集中する。

「俺と付き合って」

 指を絡ませたまま久城は俺の目を見た。久城の瞳には今、俺しか写っていない。真っ直ぐな言葉に動揺よりも心が勝つ。

「…………よろしく、お願いします……」

 消えるか消えないかの声に久城は嬉しそうに笑った。これからどうなるかは分からないが、今はこの笑顔を見ていたいと、強く思う。

「あ、初心者同士だから手加減はするけど、あんまり待つのは難しいかも」
「え、」

 それは初心者“同士”だと思っている人間が言う言葉ではない。どう考えても自分が押されている状況に謎の危機感を感じて思わず固まる。

「まっ、待つのは難しいって……!?」
「あと、いい加減名前で呼んで欲しいんだけど」

 俺の疑問はあっさりと無視され、完全に久城のペースに巻き込まれる。

「名前?」
「そう、名前」

 今更改まって名前呼びを要求されるとなんだが恥ずかしい。もっと早いうちに呼んでおけばよかったなぁ、などと後悔するがもう遅い。

「俺はマリって呼んでるのに、マリが久城のままじゃおかしくない? 不公平」

 何が不公平なのかは分からない。正直、まだ久城にマリと呼ばれることに慣れていない俺は、平然と久城の名前を呼べるかどうか怪しい。

「……………望?」
「なんで疑問系?」

 あまりの恥ずかしさに言葉尻が上がってしまった。

「でも…………嬉しい」

 久城は目を細めながら顔を背けるように窓の外を見た。その横顔を今までで一番愛おしく感じてしまい、毒されてるなぁと再び思った。俺は短く息を吐くと、望と同じ景色を見るべく、視線を窓の外に向けた。

fin
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

ごめん、他担

ぽぽ
BL
自分の感情に素直になれないアイドル×他担オタク ある日、人気アイドル様がバイト先に握手しに来た話。

まさか「好き」とは思うまい

和泉臨音
BL
仕事に忙殺され思考を停止した俺の心は何故かコンビニ店員の悪態に癒やされてしまった。彼が接客してくれる一時のおかげで激務を乗り切ることもできて、なんだかんだと気づけばお付き合いすることになり…… 態度の悪いコンビニ店員大学生(ツンギレ)×お人好しのリーマン(マイペース)の牛歩な恋の物語 *2023/11/01 本編(全44話)完結しました。以降は番外編を投稿予定です。

後輩に嫌われたと思った先輩と その先輩から突然ブロックされた後輩との、その後の話し…

まゆゆ
BL
澄 真広 (スミ マヒロ) は、高校三年の卒業式の日から。 5年に渡って拗らせた恋を抱えていた。 相手は、後輩の久元 朱 (クモト シュウ) 5年前の卒業式の日、想いを告げるか迷いながら待って居たが、シュウは現れず。振られたと思い込む。 一方で、シュウは、澄が急に自分をブロックしてきた事にショックを受ける。 唯一自分を、励ましてくれた先輩からのブロックを時折思い出しては、辛くなっていた。 それは、澄も同じであの日、来てくれたら今とは違っていたはずで仮に振られたとしても、ここまで拗らせることもなかったと考えていた。 そんな5年後の今、シュウは住み込み先で失敗して追い出された途方に暮れていた。 そこへ社会人となっていた澄と再会する。 果たして5年越しの恋は、動き出すのか? 表紙のイラストは、Daysさんで作らせていただきました。

どうか溺れる恋をして

ユナタカ
BL
失って、後悔して。 何度1人きりの部屋で泣いていても、もう君は帰らない。

君の想い

すずかけあおい
BL
インターホンを押すと、幼馴染が複雑そうな表情で出てくる。 俺の「泊めて?」の言葉はもうわかっているんだろう。 今夜、俺が恋人と同棲中の部屋には、恋人の彼女が来ている。 〔攻め〕芳貴(よしき)24歳、燈路の幼馴染。 〔受け〕燈路(ひろ)24歳、苗字は小嶋(こじま)

失恋したのに離してくれないから友達卒業式をすることになった人たちの話

雷尾
BL
攻のトラウマ描写あります。高校生たちのお話。 主人公(受) 園山 翔(そのやまかける) 攻 城島 涼(きじまりょう) 攻の恋人 高梨 詩(たかなしうた)

溺愛系とまではいかないけど…過保護系カレシと言った方が 良いじゃねぇ? って親友に言われる僕のカレシさん

まゆゆ
BL
潔癖症で対人恐怖症の汐織は、一目惚れした1つ上の三波 道也に告白する。  が、案の定…  対人恐怖症と潔癖症が、災いして号泣した汐織を心配して手を貸そうとした三波の手を叩いてしまう。  そんな事が、あったのにも関わらず仮の恋人から本当の恋人までなるのだが…  三波もまた、汐織の対応をどうしたらいいのか、戸惑っていた。  そこに汐織の幼馴染みで、隣に住んでいる汐織の姉と付き合っていると言う戸室 久貴が、汐織の頭をポンポンしている場面に遭遇してしまう…   表紙のイラストは、Days AIさんで作らせていただきました。

初恋はおしまい

佐治尚実
BL
高校生の朝好にとって卒業までの二年間は奇跡に満ちていた。クラスで目立たず、一人の時間を大事にする日々。そんな朝好に、クラスの頂点に君臨する修司の視線が絡んでくるのが不思議でならなかった。人気者の彼の一方的で執拗な気配に朝好の気持ちは高ぶり、ついには卒業式の日に修司を呼び止める所までいく。それも修司に無神経な言葉をぶつけられてショックを受ける。彼への思いを知った朝好は成人式で修司との再会を望んだ。 高校時代の初恋をこじらせた二人が、成人式で再会する話です。珍しく攻めがツンツンしています。 ※以前投稿した『初恋はおしまい』を大幅に加筆修正して再投稿しました。現在非公開の『初恋はおしまい』にお気に入りや♡をくださりありがとうございました!こちらを読んでいただけると幸いです。 今作は個人サイト、各投稿サイトにて掲載しています。

処理中です...