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第18話
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まるで本当の家族のような時間は、長くは続かなかった。
以前は朝・夕の食事をともにしていたのが、今では朝だけになり会話することも減ってしまった。
きっかけは、あの日。
アーネスト様とネイサンと私の3人で一緒にお茶会をしようとした、あの日から変わってしまった。
あの日、私とネイサンは先に温室へ到着して一緒にアーネスト様を待っていた。
けれど現れたのは執事のリチャードだけだった。
「申し訳ありません、エレン様、ネイサン様。アーネスト様は急用のためお出かけになりました。」
「急用ですか?いったい何が?」
「・・・。急な報せが入り、グレイバック公爵家へ向かわれました。」
「え!?もしかしてアリス様がっ!?」
「申し訳ありません、詳しい状況は分かりかねますが・・・おそらく・・・。」
「・・・それなら仕方ありませんね。」
もしかしたら、アリス様がお目覚めになられたのかもしれないわね。
きっとそうね。
ついに終わるのね。この穏やかな日々が。
「・・・私は身の回りの整理をした方が良さそうね。」
「!!!」
リチャードは驚いた様子で私を見たあとに、ひどく辛そうな顔をした。
「ごめんなさい、ネイサン。私は先に戻りますね。」
何も分かっていないのか、ネイサンはキョトンとした顔をしていた。
ネイサンの事はリチャードに任せて、私は自室へ戻る。
「エレン様・・・」
アンが心配そうにしている。
「大丈夫よ。いつかこんな日が来るのは分かっていたもの。ただ・・・つい。ついね。もう少しこのままで・・・なんて思ってしまっていたのよ。大丈夫。とりあえず、いつでも出て行けるように準備しておくわ。」
「そんな・・・」
「そんなに悲しそうな顔をしないで。まだ、そうだとハッキリ決まった訳では無いのだし。ね?」
「はい・・・」
私はここを出て行くための身支度を始めた。
いつかアリス様がお目覚めになって、私は離縁して出て行く。
これは最初から決まっている未来だったのに、覚悟が足りなかったわね。
ここでの日々が幸せすぎたのよ。
家族ができたような・・・そんな気になっていたのよ・・・。
これから、どうしたらいいのかしら。
ここを出たら・・・とりあえず実家に帰るしかないわね。
アーネスト様が戻ってきたら、まず離縁届にサインをして。
その後は・・・ネイサンに挨拶はできるかしら。
トーマスにもお礼を言わないと。
出て行く準備をしながらも、身動きがとれないまま悶々と過した。
アーネスト様が戻ってこられたのは、その3日後のことだった。
○○○
「お帰りなさいませ、アーネスト様。」
「あぁ、先日は突然予定を取り消して申し訳なかった。」
かなり疲れた顔をしていらっしゃるわ。
てっきり嬉しそうに戻ってこられると思っていたのに。
「いいえ。アリス様の事でしょう?何よりも優先されるべきです。」
「あぁ、そう言ってもらえると助かる。」
・・・?一瞬顔がこわばったような。
「それで、離縁届にサインをするのですよね。身支度もできているので、すぐに出て行くことができます。ただ、できればーー」
そこでアーネスト様に遮られた。
「待ってくれ。離縁届にサインとは?出て行くとはどうして・・・」
「え?アリス様が目覚められたのでは?それで急いで公爵家へ行かれたのだと思っていたのですが。」
「いや、アリスはまだ目覚めていない。ただ・・・急に容態が悪化してしまったんだ。それでしばらく付き添っていたのだが、回復したので戻ってきた。」
「そうだったのですか。」
あ、そうだったの・・・。それなら、まだ。まだここに居ても良いということ?
ホッとしてしまった自分に罪悪感を覚える。
「あぁ。それで・・・これからは今よりもアリスの所へ行く時間が増えると思う。これからは夕食はともにできなくなる。すまない。」
・・・。
悲しくなるなんて、本当に私は身の程知らずね。
「分かりました。では、私からお願いしたいことが一つあるのですが。」
「なんだ?」
「離縁届にサインをしておきたいのです。」
「は?」
「今回、思ったのです。アリス様が目覚められたら、アーネスト様は直ぐには戻って来られないのではないかと。その場合、戻って来られるまで私はどうすることもできません。でも前もって離縁届にサインをしておけば、一報頂くだけで身動きが取れますから。」
「そうかもしれないが・・・何もそんなに慌てて出て行かずとも・・・」
「いいえ、アリス様をお迎えする準備もありますし、使用人達の気持ちを切り替えるためにも私はすぐに出た方が良いのです。ですから、お願いします。」
「・・・そこまで言うのなら、そうしよう。」
そうして、私は離縁届にサインをした。
これで良かったのよ。
これ以上アーネスト様に心を許してはいけない。
私は代役で、今の私達は偽物の家族。
私は、いつか出て行かなければならない。
その時に、未練がましく縋り付かないために。
以前は朝・夕の食事をともにしていたのが、今では朝だけになり会話することも減ってしまった。
きっかけは、あの日。
アーネスト様とネイサンと私の3人で一緒にお茶会をしようとした、あの日から変わってしまった。
あの日、私とネイサンは先に温室へ到着して一緒にアーネスト様を待っていた。
けれど現れたのは執事のリチャードだけだった。
「申し訳ありません、エレン様、ネイサン様。アーネスト様は急用のためお出かけになりました。」
「急用ですか?いったい何が?」
「・・・。急な報せが入り、グレイバック公爵家へ向かわれました。」
「え!?もしかしてアリス様がっ!?」
「申し訳ありません、詳しい状況は分かりかねますが・・・おそらく・・・。」
「・・・それなら仕方ありませんね。」
もしかしたら、アリス様がお目覚めになられたのかもしれないわね。
きっとそうね。
ついに終わるのね。この穏やかな日々が。
「・・・私は身の回りの整理をした方が良さそうね。」
「!!!」
リチャードは驚いた様子で私を見たあとに、ひどく辛そうな顔をした。
「ごめんなさい、ネイサン。私は先に戻りますね。」
何も分かっていないのか、ネイサンはキョトンとした顔をしていた。
ネイサンの事はリチャードに任せて、私は自室へ戻る。
「エレン様・・・」
アンが心配そうにしている。
「大丈夫よ。いつかこんな日が来るのは分かっていたもの。ただ・・・つい。ついね。もう少しこのままで・・・なんて思ってしまっていたのよ。大丈夫。とりあえず、いつでも出て行けるように準備しておくわ。」
「そんな・・・」
「そんなに悲しそうな顔をしないで。まだ、そうだとハッキリ決まった訳では無いのだし。ね?」
「はい・・・」
私はここを出て行くための身支度を始めた。
いつかアリス様がお目覚めになって、私は離縁して出て行く。
これは最初から決まっている未来だったのに、覚悟が足りなかったわね。
ここでの日々が幸せすぎたのよ。
家族ができたような・・・そんな気になっていたのよ・・・。
これから、どうしたらいいのかしら。
ここを出たら・・・とりあえず実家に帰るしかないわね。
アーネスト様が戻ってきたら、まず離縁届にサインをして。
その後は・・・ネイサンに挨拶はできるかしら。
トーマスにもお礼を言わないと。
出て行く準備をしながらも、身動きがとれないまま悶々と過した。
アーネスト様が戻ってこられたのは、その3日後のことだった。
○○○
「お帰りなさいませ、アーネスト様。」
「あぁ、先日は突然予定を取り消して申し訳なかった。」
かなり疲れた顔をしていらっしゃるわ。
てっきり嬉しそうに戻ってこられると思っていたのに。
「いいえ。アリス様の事でしょう?何よりも優先されるべきです。」
「あぁ、そう言ってもらえると助かる。」
・・・?一瞬顔がこわばったような。
「それで、離縁届にサインをするのですよね。身支度もできているので、すぐに出て行くことができます。ただ、できればーー」
そこでアーネスト様に遮られた。
「待ってくれ。離縁届にサインとは?出て行くとはどうして・・・」
「え?アリス様が目覚められたのでは?それで急いで公爵家へ行かれたのだと思っていたのですが。」
「いや、アリスはまだ目覚めていない。ただ・・・急に容態が悪化してしまったんだ。それでしばらく付き添っていたのだが、回復したので戻ってきた。」
「そうだったのですか。」
あ、そうだったの・・・。それなら、まだ。まだここに居ても良いということ?
ホッとしてしまった自分に罪悪感を覚える。
「あぁ。それで・・・これからは今よりもアリスの所へ行く時間が増えると思う。これからは夕食はともにできなくなる。すまない。」
・・・。
悲しくなるなんて、本当に私は身の程知らずね。
「分かりました。では、私からお願いしたいことが一つあるのですが。」
「なんだ?」
「離縁届にサインをしておきたいのです。」
「は?」
「今回、思ったのです。アリス様が目覚められたら、アーネスト様は直ぐには戻って来られないのではないかと。その場合、戻って来られるまで私はどうすることもできません。でも前もって離縁届にサインをしておけば、一報頂くだけで身動きが取れますから。」
「そうかもしれないが・・・何もそんなに慌てて出て行かずとも・・・」
「いいえ、アリス様をお迎えする準備もありますし、使用人達の気持ちを切り替えるためにも私はすぐに出た方が良いのです。ですから、お願いします。」
「・・・そこまで言うのなら、そうしよう。」
そうして、私は離縁届にサインをした。
これで良かったのよ。
これ以上アーネスト様に心を許してはいけない。
私は代役で、今の私達は偽物の家族。
私は、いつか出て行かなければならない。
その時に、未練がましく縋り付かないために。
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