よくある悪役令嬢の話

よしたけ たけこ

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よくある悪役令嬢のよくある話

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「イザベル、王太子殿下との婚約が決まった。これから妃教育が始まる。誠心誠意努めるように。」

ある日、そう父に言われた。
あれは10歳になったばかりの頃だった。

その2ヶ月前に王城で行われたお茶会で、私は初めて王太子殿下にお会いした。
とても優しそうな笑顔が印象的で、憧れを抱いた。

そして婚約が決まったと聞いて、王太子殿下も私を気に入ってくれたのだと思って本当に嬉しかった。

そしてすぐに妃教育が始まった。
毎日毎日王城に通って、王妃様から厳しい妃教育を受けた。
とても大変だったけれど、時々行われる王太子殿下とのお茶会を楽しみに頑張った。

私と王太子殿下との関係は良好だった。
いつも優しい笑顔で私の話を聞いてくれた。
いつも優しく励ましてくれた。

そんな穏やかな時間が、王太子殿下と過ごす時間が、私は大好きだった。
この方を支えられる人間になりたいと、そう思って毎日頑張った。

そうして月日は流れ、私達は16歳になった。
私達は同じ学園に通っている。
相変わらず、私達の関係は良好だった。

変化は、16歳になった年の秋に起こった。

季節外れの転入生がやってきたのだ。
彼女の名前はアンナ・ルード。
最近、伯爵家の婚外子だったことが分かって、平民から伯爵令嬢となり学園に転入してきたのだ。

ある日、殿下と食堂から教室へ戻る途中で彼女と出くわした。

「あなた、そんなことも知らないなんて、信じられないわ。それでも伯爵令嬢なの?」

「この間まで平民だったのですもの。分かるわけないですわよ。」

「ふふふ。そうね、所詮平民上がりですものね。」

そんな、聞くに堪えない言葉をかけられている彼女。
見かねて助けようとしたけれど、先に動いたのは殿下だった。

「何をしているんだい?」

「「「!!!お、王太子殿下!」」」

そうして殿下はアンナさんを庇う。
さすが殿下ね。優しいだけではなくて、頼りになる方だわ。
そう思っていると、アンナさんに絡んでいた令嬢達は慌てて立ち去っていった。

「あ、あの!ありがとうございました!!」

「大変な目にあったね。君は、この間転入してきたんだったかな?」

「は、はい!アンナ・ルードです!お、王太子殿下!」

「ふふふ。そんなに緊張しなくて大丈夫だよ。ここでは私達は同級生なのだから。」

胸がチクリと痛む。
その表情は、私にだけ向けられていたものだった。
私だけが知っている表情だったのに。

「・・・殿下、そろそろ教室へ戻らなければなりません。」

おずおずと殿下に声をかける。

「ああ、そうだな。それじゃ、ルード嬢、失礼するよ。」

「あ、は、はい!本当に、ありがとうございました!」

また胸がチクリと痛む。
嫌な予感がする。
だけど教室へ向かう間、私は何も言葉が出なかった。


私は17歳になった。
そしてアンナさんが私達と同じクラスになった。

私達のクラスは、伯爵以上の貴族家で成績優秀でなければ入れない。
アンナさんの成績はどんどん上がり、今年からこのクラスに入ったのだ。

最初は何も変わらなかった。
私と殿下は一緒に昼食をとっていたし、いつもどおりだった。

だけど、少しして殿下が生徒会長となってから少しずつ変わっていった。

学年で殿下に次ぐ成績のアンナさんは生徒会役員になった。
私も学年で3番目の成績だったけれど、放課後は妃教育で王城へ行くため生徒会には入れなかった。

そして気がついたときには。

「アンナ、急ぎの案件があるから、昼食は一緒に生徒会室でとってもらえるかな?」

「分かったわ、ウィリアム。」

二人は名前で呼び合っていた。

「イザベル、すまないが、そういうわけなんだ。」

急ぎの案件?本当に?

「ええ、分かっていますわ、殿下。私のことなど、どうかお気になさらずに。」

心と全く違う表情なんて、私には容易い。
厳しい妃教育を何年も受けていれば当然のこと。

私はただ、去っていく二人の姿を見つめる事しかできない。

そうやって、私には何もできないまま時は流れる。

私は18歳になった。
この一年が終われば、学園を卒業して王太子妃になる。
・・・本当に?

今ではもう、アンナさんと殿下は公然の秘密とも言えるほど親密となっていた。

そして、今日も親切な誰かが教えてくれる。

「イザベル様、殿下とあの女が中庭のベンチにいます!」

・・・知りたくなどないのに。どうして放っておいてくれないの?

「イザベル様!見てください!あんなに近寄って座って!許されるのですか!?」

どうしても私に見せたいのね。
仕方なく視線を向ける。

親しげに寄り添う二人。
あんな姿など、見たくないのに。

かつては私にだけ向けられていた、あの表情。
今は彼女にだけ向けられている。

本当は泣き崩れてしまいたい。
どうしてと叫びたい。

私はあなたが好きだと、そう叫んで縋り付きたい。
私があなたの婚約者だと、そう叫んで縋り付きたい。

あなたのために、辛く厳しい妃教育にも耐えてきた。
少しでも間違えれば棒で叩かれた日々もあったわ。
それでも、あなたの傍に居られる人間になりたくて、毎日毎日頑張ってきたのに。

プツっと何かが切れる音がした気がした。

それから私は、アンナさんに辛く当たるようになってしまった。
いつの間にか、私の取り巻きのようになっていた令嬢達がアンナさんに嫌がらせをするようになった。

だけど私は止めなかった。
いえ、止めようとしても止められなかった。
思うように言葉が出ないし、思ってもみない言葉を口にした。

日に日に殿下が私を見る目が、冷たくなり、怒りがこもるようになった。

だけど、それでも変わらなかった。
私の心はもう、痛みすら感じなくなってしまった。
私は、おかしくなってしまったのかもしれない。

そして、卒業パーティーの日。

殿下の迎えが無かったため、しかたなく一人で入った会場の真ん中で、殿下に睨まれている。
殿下の隣にはアンナさんが寄り添っている。

その瞬間、急に頭の中に映像が流れ始める。

・・・ああ、そうか。そうだったのか。

私は前世なのかなんなのか、別の世界の記憶を思い出した。

ここは乙女ゲームの世界。
私は所謂、悪役令嬢という存在。

そしてアンナさんがヒロイン。
これは王太子ルートの断罪シーンだわ。

全てを理解したけれど、もう遅い。

「イザベル・アンダーソン、君にはアンナ・ルード嬢に対して悪質な嫌がらせの数々を行ってきた証拠がある。」

もしも、もしもずっと前に思い出していたら、違う今があったのかしら。
例えば、殿下と婚約しなかったとしたら?
そうしたら、きっとこんな目には合わなかったわね。

だけど・・・

「聞いているのか!?何か申し開きは無いのか!」

私は思わず微笑む。

「何を笑っている!自分がしたことを分かっているのか!?」

私はきっと、それでも貴方に恋をしたと思うわ。
ううん、貴方に恋をしたい。

貴方に恋をしたから、私は強くなれた。
貴方の隣に相応しい人間になりたくて、辛いことにも耐えてこれた。

だけど、ある時から私はおかしくなった。
あれは悪役令嬢として役割を全うするよう、強制力が働いたのかもしれない。

「私が何か間違ったことをしました?そこの伯爵令嬢が恐れ多くも王太子殿下に付きまとっているから、立場を分からせようとしたまでです。」

たしか、こんな台詞だったわね。

「なんという・・・!とても未来の王太子妃に相応しいとは思えない!君との婚約は解消させてもらう!」

そうね、こういう展開だった。
だけど不思議ね。あんなに優しかった殿下が、こんな事をするなんて。

これも強制力なのかしら。
貴方は今、アンナさんのことが好きなのよね。
私のことなど、憎いのでしょうね。

それでも私は、今も貴方のことが好きです。

「そんな事、勝手にできると思っているのですか?」

どうしようもなく、貴方が好きです。

「既に国王の許可は得ている!処分は追って伝える!衛兵、その者を捉えてアンダーソン家へ連れて行け!」

本当はずっと、貴方の傍にいたかった。


どうか、お幸せに。



後日、私は北の果てにある修道院へ送られた。
そこは、修道院とは名ばかりの、幽閉するための塔がある場所だ。
妃教育を完了していた私は、秘密を漏らさぬように、話すことも見ることも出来なくされた。

耳は聞こえていたが、聞きたくない事ばかりを聞かせる親切な人に嫌気が差して、自分で聞こえないようにしてしまった。

だから今は、あの頃の、幸せだった頃の殿下の笑顔と優しい声だけが浮かぶ。

私は今も、貴方に恋をしている。

願わくば、この命が尽きるその時まで、ずっと。
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