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19.救いたいもの2~アルファver.~

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いっそう大きな爆音が響いた。
背の高い木々が倒れて黒煙を上げている。
つづら折りの道を完全に無視し、私は宙に浮いたまま一直線にログハウス前に着いた。

まるで獣の咆哮のような荒い息が口から漏れ、私の身体には小旋風を纏ったように、絶え間なく流れる風が幾重にも巻きついている。

「あ、うあああああぁ!!」

勇猛で知られるロンダルの兵士が、武器を地面に落とし、風が空中を切り裂いた轟音に腰を抜かした。
吹き荒れる風の勢いに圧されている。
兵士たちの怯えた瞳に、私の赤い眼光が映っていた。

「はががが⋯⋯」

「⋯⋯誰だ!?」

「⋯⋯女⋯⋯?」

それでも兵士らは私の正体が気になるのか、鬼か魔物でも観察するかのように恐る恐るこちらを見ていた。

「⋯⋯漆黒の髪でクセ毛」

「凛々しく⋯⋯美しい」

「⋯⋯聖女⋯⋯?」

兵士の言葉に風が反応したのか──
不思議と突風が黒いローブの布地を煽り、太ももまで見え、押しつけるように張り出した胸と腰回りを強調している。
下着が見えそうになるので裾をキュッと押さえた。

「戦意がない人は退いてください」

穏やかな言葉とは真逆で強大な魔力の急激な高まり──
制御不能なほどの魔力が身体から溢れた。足元から円を描き、赤みがかった光の柱となり宙へと放出される。

また森の木々が激しく揺れ、突風が吹き荒れ、大量の葉が散った。

「「「うわああァァァ!!」」」

ユマの家を取り囲むようにいた兵士たちが、中腰や四つん這いのまま走って逃げ出していった。
東から朝陽が眩しく輝いてユマの家を照らしている。


──私は見張りの兵士たちがいなくなったログハウスの扉を開けた。
ノブを握る手に汗が滲んでいるのを感じた。

外の澄んだ芳香とはうって変わり、室内には鼻にツンとする生臭い匂いが漂ってくる。
私は素早く中の様子を見渡す。
綺麗にしてあった室内には物が散乱していて、まるで泥棒にでも押し入られたようだった。リビングの床にも布切れや革靴や軍服などがいたる所に散らかっていた。

「⋯⋯ユマ!!」

リビングの奥にユマの姿を見つける。
彼女は無惨にも服を引き裂かれ、乳房や秘部を露出したまま、気を失ったように倒れていた。

「おぉ、何だァ? 聖女がいるじゃあないか」

「はっ!? あなたは⋯⋯私を王太子の寝室へ誘導した親衛隊員⋯⋯」

「これはこれは、俺の顔を覚えてもらえて光栄だな」

全裸に白い豹柄の毛皮コートを羽織る変態。栗色の髪の危険人物は、ニヤニヤと微笑みながら頷く。
片手に持ったトマトにがぶりと噛みつくと、残りを流しに投げ捨てた。 

「ホント、いい女だ。そんなローブで身体を隠すなよ」

スーッと男に気づかれないような、自然に魔法が付与された風が流れてく。
距離的にギリギリ範囲内で効果が低いかもしれないけど、私はユマに風の癒やしの精霊回復魔法をかけた。
冷えた部屋の温度が、熱い温風が流れるように上昇していくのが分かる。

「なんだ? 急に、暑いなァ」

部屋の片隅にいた裸にコート姿の男がぼそりと言った。
いかにもサイズの合わない小さめな雪豹のコートを、脱ごうとしていてまごまご戸惑っている。
やはり、ユマのコートを無理やり着たのか、着丈があっていないようだった。
私は親衛隊員の男から距離を取る。

「へっ、やっと脱げたぜ」

全裸になった男は長剣ロングソードを持ち、贅肉ひとつない鍛えた肉体を見せつけてくる。それに加え、股の間にぶら下がるモノをわざわざ揺らしていた。

「こっちに、来ないで⋯⋯変態!」

「ふっ、聖女はバカ王子が未遂なので初もの。さっきの女も初ものだ。今日はツイてるなァ」

大袈裟に両手を広げた親衛隊員の男が私に寄って来る。
遠くでも間近でも見たくない敵の全裸姿だった。
怒りがこみ上げてくる。
フラッシュバックする悪夢のような出来事。
しかも、私が婚約破棄となった運命の夜にいた親衛隊の男。

私のことは後回しにしても、ユマのために一矢報いたいのに──前衛もいけるのに、今の貧弱な装備に悔し涙が出てくる。
鎚矛メイスと呼ぶには頼りなくて、金属部分が少ない右手に持った棍棒。

さらに、全裸変態なのにほぼスキのない男の佇まい。
頼りの魔法ですら発動する前に斬られてしまうイメージが、何度も何度も頭に浮かんでは消えた。

「ははは、どうした聖女様? 俺の肉体美に惚れたか? 武器なんか捨てて、こっち来いよ、優しくしてやるからさ」

「見た目通りの、自惚れ屋なのね」

冷静になればなるほど、あれだけ溢れていた魔力が、潮が引くように身体から無くなっていくのが分かった。

(⋯⋯ユマの家に戻って来るまでに、発散し過ぎたのかな?)


男は明らかに挑発してきていた。
わざと、私との間合いを詰めるためなのか、脅そうとしてか長剣ロングソードをブンブンと素振りしている。


しかし──


──その素振りの数回目。


キィィィイイイン!!


親衛隊員が振り下ろした長剣ロングソード
それを──ドアを開けるやいなや、小剣ショートソードで払う男が現れた。

私をいち早く追ってきていたレオナールだった。

「な、聖女の護衛か!? 男は邪魔だ!」

親衛隊員は顔を歪めて叫びながら、左から右へと薙いだ。
レオナールは軽やかに後ろに跳んでかわす。
彼がパージ団長代行たちに日々鍛えられて、強くなっているのは知ってる。けれど、ド近眼なのではらはら心配する。

「はぁああ!」

今度は右から左、首元への鋭い斬り込みを、レオナールが勢いを逸らして流す。

「くそっ、弱者の剣技め!」

親衛隊員は単純に脇腹を突こうとする。レオナールは剣を払い、返す刀で切り上げ、左肩の肉を切り裂いた。

「ぐああぁっ!」

「お前の方が邪魔だ。この全裸野郎!!」

「なぜ、お前が俺の名前を知っている? 殿下は部下の名すら覚えようとしないのに⋯⋯」

「知らん。まさか、本当に⋯⋯ゼンラなのか?」

「ネイホフ・ゼンラが正解だぁああああ!!」

名前を言い当てられ、ネイホフは興奮気味に長剣ロングソードを振りかぶる。パワーごり押しに切り換えたよう。

でも、大きな刃が柱に当たって引っかかる。

「くそっ!!」

「お前は終わりだ!」

両手を上げたままの、ガラ空きの身体。
一瞬、レオナールは屈み、素早く斜めに切り上げた。
ネイホフの横腹から肩へ直線の傷が駆け上がり、鮮血が吹いた。

「お前⋯⋯の名は⋯⋯」

「悪党に名乗る名はない。それに俺は手加減できるほど器用でもない」

名前を尋ね終わる前に長剣ロングソードが床に落ち、ネイホフは膝をついて倒れた。

「レオナール、ありがとう。怪我はない?」

「どういたしまして。それよりユマの治療が先だ。パージ団長代行たちには外で警備してもらおう」

レオナールは私に微笑み、頷く。
先程の戦闘などなかったかのような爽やかさだった。
彼に治療を協力してもらう。
床に毛布を敷き、ユマを寝かせた。

「⋯⋯ごめんなさい⋯⋯私がもっと早く、おじいさんの言葉に気付けば⋯⋯」

身体には擦り傷や青痣だらけだった。彼女が激しく抵抗したのだろう。
巻き込んでしまった、間に合わなかったことに涙が溢れた──。


「──いやぁ、長い牢屋生活で掃除が得意になったんだ」


掃除クリーンの生活魔法をかけた後、レオナールが独り言を呟いた。
確かに、床もユマの身体もキラキラに綺麗になっている。

「⋯⋯⋯⋯そう」

青痣も薄れ、擦り傷も唇の血も止まった。首や乳房の指跡も、お尻の指跡も回復魔法で治した。
野戦病院や戦場ではよくあることの治療なのに、私は冷静ではいられなかった。

「治療行為でも⋯⋯あまり、彼女の裸をじろじろ見ないであげてください」

「ああ」

ユマの身体の外側だけではなく、体内もキレイにするため、レオナールは洗濯ウォッシュ除菌サニタイザーと生活魔法を数種施している。

私はユマの身体を拭く手を止めた。お湯の入ったボウルにタオルを浸す。うっすら湯は赤く染まってきていた。
ミネルーセの王子なのに魔法や医術を学び、他人を助けるのがやぶさかでない優しいレオナール。

「⋯⋯ごめん⋯⋯悪いのは私なのに、強くあたって⋯⋯ごめんなさい⋯⋯」

涙がとめどなく流れた。
膝とスカートにポタポタと涙粒が落ちて染みていく。
彼なりの場を和ませる言葉と分かりながら、別の何かに心が引っかかった。

「全然そんなことない。俺の方こそ、すまない。でも、これも君の加護だろう」

「え!? 加護って⋯⋯何のです?」

「その、ユマの膣内には傷などなく、もちろん処女膜⋯⋯も無事だ。〈貞操壁ファイナル・バリア〉⋯⋯君の能力ちからか?」

「いえ⋯⋯って⋯⋯あぁ、もう、いつの間にじっくり膣内を見たの? たぶん女神の力よ。それと、魔法や専門用語は、まず先に説明してね。ロンダルにはないわ」

「あぁ、そうだね。女性のための神聖魔法だ⋯⋯あと、なんか、また新たに俺に怒ってる?」

レオナールは頷いたあと、不思議そうに首を傾げた。

「⋯⋯⋯⋯」

「誤解しないで聞いてくれ⋯⋯ごにょごにょごにょ」

私が無言のままユマに毛布をかけると、彼が耳もとで囁く。

女神官が淑女に施す神聖魔法で、元々は医療用とのこと。今のミネルーセ王国の貴族では、身体に負担のかかる避妊薬より普段使用してるらしい。

正直、夜の宴や一夜の火遊びはいまいちよく分からない。
けれど、改めてロンダル王国よりも魔法が優れているのを感じた。

「柔らかな風、傷を包み込む、癒やしの抱擁、風の回復ウィンドヒール!」

「ん、どうした?」

「おかしいの、体力は回復してるはずなのに、生命力がどんどん低下してる」

ちゃんと何度も、精霊回復魔法は発動しているのに、ユマが意識を取り戻さなかった。
外傷も無くなりながら体温低下まで起こしている。

「もしかして、奴に魔力を精力を吸われたんだ」

「それは、魔霊障! ネイホフは何らかの呪いを受けていたことになるわ」

【魔霊障】
高位の魔王や魔人に操られている者。
霊的な存在に憑依された者。
魔術師に呪いをかけられた者。
偶然に他人の魔力を吸収し、魔力喰いの呪いにかかった者などなど多岐にわたる。

「やむを得ない、俺がアレで治療しよう」

「わ、わ私がやります。直接、肌に触れての回復法だから⋯⋯遠慮して、その⋯⋯レオナールは治療が済むまで、絶対に覗いたり、入って来ないでね」

一度、魔導書物に目を通したことは、だいたい覚えていた。よほど複雑で高位じゃないかぎり、効果の大小があっても実践できた。
まして、治療術がアレなだけに、教会では聖女候補生や見習い修道女まで興味津々。図入りの魔導書を片手に、女の子同士で講習以外でも実践して合体っこしていた。

(⋯⋯私が別の意味で、心配だったとか⋯⋯レオナールには言えないな)

焦る気持ちを表に出さないよう名乗り出た。
けれど、レオナールがこの治療術を知っていて誰かに施したとか、そっちの方もすごく気になっていた。

「ああ。なら、パージ団長代行たちに家の周囲を警備してもらうよ。それにこいつも外に出しとく」

「いろいろ、ありがとう」

「何言ってるんだ。仲間だろう。でも、一時間くらいで回復しない時は⋯⋯⋯⋯諦めてくれ。君の生命に関わる」

「⋯⋯⋯⋯分かった。絶対、ユマを助けるわ」

レオナールがネイホフを引きずりながら出ていったあと、扉の打掛錠カギをかけた。窓のカーテンをチェックする。どこからも覗かれないのを確認してから、黒いローブを脱いだ。

「あっ!?」

シャツとショーツだけの姿になってから、思い出すように、慌てて暖炉に火を入れて室内を暖かくする。
薪の爆ぜるぱーんが届かない所に、毛布ごとユマを移動させた。
シャツも脱ぐと黒髪がサラリと揺れる。私の乳房とお尻は、飾り気の少ないレースの白い下着に包まれている。

「愛の女神、喜びの女神、運命の女神よ。私に力をお貸しください。愛に溢れ喜びに満ち運命を希望へ。たとえ私が天の園へ誘われようとも⋯⋯」

ユマの毛布をはぐり、柔らかな身体に密着していく。集中して湧き上がる魔力を熱に変換し、彼女を包み込む。
甘い香りがしてきて、太ももを触るとぷにぷにな感触。
けれど、肌が冷たくなりかけだった。

彼女の白くなだらかな腹部に手をそっと置き、小声で呪文を詠唱する。
ユマの腹部が波打った。
ゆっくり私は唇を重ねていく。


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