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10.不思議な出会い3ごはん
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「失礼します」
ガチャリと鍵を開ける音がし、黒髪を束ねた牢メイドが食事を運んできた。
ほっそりとしているけど、胸もとはふくよかな円錐形に盛りあがっている。
ドアの隙間からは警備の兵士らが室内を覗いていた。
私は胸のドキドキを隠し、平静を装い笑顔で返す。
「何か必要な物がありましたら、お申し付けください」
「大丈夫よ。ありがとう」
牢メイドは食事をテーブルに置くと膝を折り、お辞儀をして退っていく。
ぐううぅ──
まるで危険が去ったタイミングを見計らうように音がした。ベッドの下に隠れていた、男のお腹かが鳴っている。
「⋯⋯いい匂いについ、タハハ」
伏せた姿勢で照れ笑い。
レオナールは、ほふく前進でベッド下から出てくる。
テーブルの上には──
パンが二つに野菜スープ。
蒸し芋三本に厚切りベーコン。
トマトソースパスタ。
あと、ひと口サイズの干し牛肉が数個ある。
「よかったら食べて」
「いや、君の分だろう」
「いいの。半分こ、しましょ。ね」
ちらちら視線を私と交互に移す。言葉より正直者だ。
「気にしないで、食事は多過ぎるぐらいなの。減らすように伝えても変わらないので⋯⋯」
「無理して食べてるのか?」
「そう⋯⋯残すなんて贅沢できないから」
「量は誰かの指示だな。俺の少ない飯と冷たい老メイド。えらい違いだ」
待遇の差なのか、完食の量に驚いたのか、瞬きを忘れたように、レオナールはじっと私を見つめた。
その後、困ったように頭を下げる。
「でも、やっぱり、人のご飯を食べるのは気が引けるな」
「聖女は万人を助けるものと教わっております。ふふふっ、これならいいでしょ」
「ははは、じゃあ聖女様。遠慮なく食べるよ」
彼は顔を上げると、満面の笑顔で牛肉を頰張った。
「噛むほどに肉の旨味が広がる」
もぐもぐと少しシワそうな肉にも頰を動かし、味わって食べている。
また美味しそうに微笑んだ。
「ふふ、ゆっくりでいいですよ」
唇から滴る肉汁をハンカチで拭くと、レオナールの頰が少し赤くなった。
「ありがとう。すごく久しぶりで⋯⋯肉が特に美味い」
「よかった」
よっぽど彼は、お腹が空いてたのか──パン、蒸し芋、干した牛肉などをぺろりと平らげた。
「もう少し、いいかな?」
「うん。トマトソースパスタもどうぞ」
まだ湯気を立てているパスタに、厚切りベーコンを乗せてあげる。
私が皿を渡すとき、パッと目が合った。彼は恥ずかしそうに目を逸す。
「はぁ、こんな有り様、とても兄上には見せられないな」
「まぁ、お兄様がいるんですね。私にも兄が⋯⋯」
私が口ごもると同時に、レオナールの笑みも消えた。
「⋯⋯やはり、君には話すよ」
しばしの沈黙後──
「俺はミネルーセ王国の第二王子なんだ」
「ままままま、まさか⋯⋯そんな⋯⋯大変、ご無礼を、お許しくださいっ」
「いや、囚われの同じ身の上、何より君は命の恩人だ。気にせずに接してくれ」
突然の正体の打ち明けに慌てる。
(囚われの王子、それもミネルーセの第二王子だったなんて⋯⋯)
いろいろ物知りなので学者や魔術師かと思っていた。
何か無許可の研究をしていて、拘束はよくある話だった。
でも、王子とは全然、想像していなかった。
レオナールと話していると、新鮮な気持ちになる。彼にはただの暇つぶしかもしれないけど、不思議と心が軽くなっていた。
「どうした?」
「きゃっ!?」
物思いに浸っていた私は突然声をかけられ、タオルをお手玉してしまう。
「ごめん。驚かした? 考え事?」
「うん。近すぎ⋯⋯ます」
彼は床に落ちる前にタオルを受け止めた。片目をつむり謝ると、私の近くに座った。
確かにレオナールのことを考えていたけれど、恥ずかしくて教えるわけない。
「君の顔をハッキリ見たいんだ」
「えっ、私?」
「そう」
長い指で顎をなぞられ、私は慌てて顔をそむける。
「それより、私たちは敵国同士⋯⋯何と言えば⋯⋯」
「停戦中、俺はロンダルに短い間だが、留学していたんだ。ミネルーセと同じく平和を望む穏やかな人々が多い」
「そうです。私の所属する教会も、早期終戦を望んでいます」
両国を平等に見れる器の広さ、見識の高さに深く心を揺さぶられた。
私は彼の言葉に大きく頷く。
「二度目の留学中、まぁ人質みたいなものだが⋯⋯不意討ちで拘束された」
「やりそう、王太子や側近なら⋯⋯」
「やはり元凶は王家、アレイシらの主戦派だ。それに長年の戦いに辟易し、騎士たちも戦いを望んではいないことを知った」
彼は首を横に振る。戦いを止めれないのも、人質になってしまったのも、自分の力不足だと嘆く。
王子なのに頭を下げることを厭わない。
「あの今現在、ミネルーセの指揮を執るのは⋯⋯うら若き王女殿下と聞きました。けど、ご兄妹では?」
「い、も、い、も、妹が!?」
そう、ミネルーセの王女は危険を顧みず、自ら戦場に立つ魔術師と聞いていた。
さらには、兄の仇とばかりに、しばしば最前線にも立つことがあるという──のはレオナールの激しい動揺を見れば言えなかった。
「なぜ妹が軍の指揮を? 兄上はどこに?」
「⋯⋯噂ですが、戦死されたと⋯⋯」
「くっ、兄上⋯⋯幽閉の間も耳を澄ましながら、外界の動きすら把握しきれなかった⋯⋯」
「レオナール。自分を責めすぎないで、あなたは悪くないわ」
「⋯⋯⋯⋯ありがとう」
彼の気持ちが晴れるのなら、私は言葉を紡ぐ。例え論理的ではなくても、レオナールを励ますのが責務だと感じた。
ガチャリと鍵を開ける音がし、黒髪を束ねた牢メイドが食事を運んできた。
ほっそりとしているけど、胸もとはふくよかな円錐形に盛りあがっている。
ドアの隙間からは警備の兵士らが室内を覗いていた。
私は胸のドキドキを隠し、平静を装い笑顔で返す。
「何か必要な物がありましたら、お申し付けください」
「大丈夫よ。ありがとう」
牢メイドは食事をテーブルに置くと膝を折り、お辞儀をして退っていく。
ぐううぅ──
まるで危険が去ったタイミングを見計らうように音がした。ベッドの下に隠れていた、男のお腹かが鳴っている。
「⋯⋯いい匂いについ、タハハ」
伏せた姿勢で照れ笑い。
レオナールは、ほふく前進でベッド下から出てくる。
テーブルの上には──
パンが二つに野菜スープ。
蒸し芋三本に厚切りベーコン。
トマトソースパスタ。
あと、ひと口サイズの干し牛肉が数個ある。
「よかったら食べて」
「いや、君の分だろう」
「いいの。半分こ、しましょ。ね」
ちらちら視線を私と交互に移す。言葉より正直者だ。
「気にしないで、食事は多過ぎるぐらいなの。減らすように伝えても変わらないので⋯⋯」
「無理して食べてるのか?」
「そう⋯⋯残すなんて贅沢できないから」
「量は誰かの指示だな。俺の少ない飯と冷たい老メイド。えらい違いだ」
待遇の差なのか、完食の量に驚いたのか、瞬きを忘れたように、レオナールはじっと私を見つめた。
その後、困ったように頭を下げる。
「でも、やっぱり、人のご飯を食べるのは気が引けるな」
「聖女は万人を助けるものと教わっております。ふふふっ、これならいいでしょ」
「ははは、じゃあ聖女様。遠慮なく食べるよ」
彼は顔を上げると、満面の笑顔で牛肉を頰張った。
「噛むほどに肉の旨味が広がる」
もぐもぐと少しシワそうな肉にも頰を動かし、味わって食べている。
また美味しそうに微笑んだ。
「ふふ、ゆっくりでいいですよ」
唇から滴る肉汁をハンカチで拭くと、レオナールの頰が少し赤くなった。
「ありがとう。すごく久しぶりで⋯⋯肉が特に美味い」
「よかった」
よっぽど彼は、お腹が空いてたのか──パン、蒸し芋、干した牛肉などをぺろりと平らげた。
「もう少し、いいかな?」
「うん。トマトソースパスタもどうぞ」
まだ湯気を立てているパスタに、厚切りベーコンを乗せてあげる。
私が皿を渡すとき、パッと目が合った。彼は恥ずかしそうに目を逸す。
「はぁ、こんな有り様、とても兄上には見せられないな」
「まぁ、お兄様がいるんですね。私にも兄が⋯⋯」
私が口ごもると同時に、レオナールの笑みも消えた。
「⋯⋯やはり、君には話すよ」
しばしの沈黙後──
「俺はミネルーセ王国の第二王子なんだ」
「ままままま、まさか⋯⋯そんな⋯⋯大変、ご無礼を、お許しくださいっ」
「いや、囚われの同じ身の上、何より君は命の恩人だ。気にせずに接してくれ」
突然の正体の打ち明けに慌てる。
(囚われの王子、それもミネルーセの第二王子だったなんて⋯⋯)
いろいろ物知りなので学者や魔術師かと思っていた。
何か無許可の研究をしていて、拘束はよくある話だった。
でも、王子とは全然、想像していなかった。
レオナールと話していると、新鮮な気持ちになる。彼にはただの暇つぶしかもしれないけど、不思議と心が軽くなっていた。
「どうした?」
「きゃっ!?」
物思いに浸っていた私は突然声をかけられ、タオルをお手玉してしまう。
「ごめん。驚かした? 考え事?」
「うん。近すぎ⋯⋯ます」
彼は床に落ちる前にタオルを受け止めた。片目をつむり謝ると、私の近くに座った。
確かにレオナールのことを考えていたけれど、恥ずかしくて教えるわけない。
「君の顔をハッキリ見たいんだ」
「えっ、私?」
「そう」
長い指で顎をなぞられ、私は慌てて顔をそむける。
「それより、私たちは敵国同士⋯⋯何と言えば⋯⋯」
「停戦中、俺はロンダルに短い間だが、留学していたんだ。ミネルーセと同じく平和を望む穏やかな人々が多い」
「そうです。私の所属する教会も、早期終戦を望んでいます」
両国を平等に見れる器の広さ、見識の高さに深く心を揺さぶられた。
私は彼の言葉に大きく頷く。
「二度目の留学中、まぁ人質みたいなものだが⋯⋯不意討ちで拘束された」
「やりそう、王太子や側近なら⋯⋯」
「やはり元凶は王家、アレイシらの主戦派だ。それに長年の戦いに辟易し、騎士たちも戦いを望んではいないことを知った」
彼は首を横に振る。戦いを止めれないのも、人質になってしまったのも、自分の力不足だと嘆く。
王子なのに頭を下げることを厭わない。
「あの今現在、ミネルーセの指揮を執るのは⋯⋯うら若き王女殿下と聞きました。けど、ご兄妹では?」
「い、も、い、も、妹が!?」
そう、ミネルーセの王女は危険を顧みず、自ら戦場に立つ魔術師と聞いていた。
さらには、兄の仇とばかりに、しばしば最前線にも立つことがあるという──のはレオナールの激しい動揺を見れば言えなかった。
「なぜ妹が軍の指揮を? 兄上はどこに?」
「⋯⋯噂ですが、戦死されたと⋯⋯」
「くっ、兄上⋯⋯幽閉の間も耳を澄ましながら、外界の動きすら把握しきれなかった⋯⋯」
「レオナール。自分を責めすぎないで、あなたは悪くないわ」
「⋯⋯⋯⋯ありがとう」
彼の気持ちが晴れるのなら、私は言葉を紡ぐ。例え論理的ではなくても、レオナールを励ますのが責務だと感じた。
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