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第31話 山の悪神8

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「うん、もう大丈夫そうかな」

 穴だらけの山の地面を見ながら俺は肩の力を抜いた。
妙な気配はもう感じない。恐らくこの土地を支配していた存在が消えたのだろう。
数日程度の戦闘は覚悟していたのだが、まさかあの程度の攻撃で沈むとは思っていなかった。
一応土砂崩れなどは大丈夫だろう。木々の根を破壊しないように、攻撃した魔法はすべて厚さ数センチ程度しかない。
土砂崩れの主な原因は木を伐採しすぎた結果、土を拘束するものがなくなり、移動してしまう現象だと漫画で読んだ気がする。
まぁ誤った知識の可能性も十分にあるが、多分大丈夫だろう。
後の事はそれこそ神のみぞ知るという奴だ。



「まぁ自称神は殺してしまったけどな」

 しぶとかったが大したことはなかった。
精々無限湧きするオークっていうところだろうか。
だが、お守り代わりに持たせていた指輪がまさかただのマーキング代わりにしかならないとはね。今後、そういうアイテムを作ったほうがいいのだろうか。
もっとも、俺にそういう才能はないからなぁ
とりあえず、これで依頼完了だ。さっさと戻ってシャワーでも浴びるとしよう。



 事務所兼自宅に魔法で移動し、シャワーを浴びる。
本当に安定して水浴びが出来るというのは素晴らしいと思う。
以前は川や湖を見つけ水浴びをしようと思っても、周囲の警戒をしなければならないし、魔物だって現れる。
そのため水場を見つけても油断が出来ないのが冒険者の常という状態だった。
まぁ俺の場合は襲ってくる魔物なんてそうそういなかったから安全だったけどね。


 髪をタオルで拭き、スマホを見ると震えている。
どうやら、栞からの着信のようだ。


「栞か、そっちは今どこだい?」
『こっちはもうすぐ事務所に着くよ! 礼土君はどう? 大丈夫? 愛奈ちゃん預けてから急にまた行っちゃうんだもん。びっくりしたよ』
「ああ、俺ももう事務所にいるから待ってるよ。そこで話そう」
『はぁ!? 幾らなんでも早過ぎるでしょ!? おかしくないかな!?』
「おかしくないさ、気をつけてね」

 そういって通話を切った。





Side 千時武人

 愛奈と手を繋ぎ、勇実心霊相談所へ戻ってきた。
玄関を開けると、勇実氏がソファーに座りこちらを待っていたようだ。
本当に驚いた。
彼は間違いなく、あの山に置いて来たはずだ。
いや、置いてきたというのは正しくない。
彼は今回の元凶を片付けると行ってまた山へ向かったのだ。
本当に勇敢な方だ。
あの怪物相手に、向かっていくなど俺では到底できやしない。

「武人さん、そして愛奈ちゃん。お疲れ様でした。さぁ座ってください。疲れている所悪いけど、栞はお茶をお願いしてもいいかな」
「わかったわ」

 そうして促されるように俺と愛奈はソファーに座った。
自分の体重をソファーに沈め、改めて勇実さんの様子を見る。
怪我などしている様子はない。結局その元凶というのはどうなったのだろうか。

「まず、結果からお話しましょう。今回の依頼にありましたあの猿の化け物ですが、完全に祓いましたので、もうお二人の前に現れることはないでしょう」
「ほ、本当ですかッ!?」

 思わずソファーから立ち上がり、大声を出してしまう。
すぐに冷静になり、謝罪してもう一度ソファーに座った。

「ええ、本当です。念入りに潰し――いや、祓ったのでもう現れないでしょう。ただあの山にはあまり近付かない方がいいでしょう。人間を喰う山の神という事でしたが、いなくなった結果、どういう影響が出るか分かりませんからね」
「では、他の山は? 実は近々愛奈が遠足で山に行く予定なんです」

 思った以上にスピード解決したため、これなら愛奈の遠足に間に合うかもしれない。

「他の山ですか? ええ。何も問題ありませんよ。俺から見ても愛奈ちゃんに特別な何かはありません。また同じようなことに巻き込まれる心配もないでしょう。ですが、念のため、お渡ししているお守りはそのままお持ちください。とはいえ、一度は愛奈ちゃんを危険な目に合わせてしまい、申し訳ありませんでした」
「本当にごめんなさい」

 いつのまにか栞さんが勇実さんの後ろにおり、一緒に頭を下げている。
確かに、娘はあの化け物に攫われた。
だが、勇実さんが霊能力を使い、すぐに助けてくれたのだ。
そのことをいつまでも責めても仕方ない。

「顔を上げてください。娘は無事だった。それだけで満足です。依頼料のお支払いは何時頃までにすればよろしいですか?」
「そう言っていただけると助かります。依頼料ですが、可能であれば来週中にお振込みいただければと思います。もし何かお困りのことがあれば、また勇実心霊相談所をよろしくお願いします」

 そう言って差し出された手に自身の右手を出し握手した。

「はい、本当にありがとうございました」
「おにーちゃん、ありがとー!」

 隣に座る愛奈の頭を撫でる。
久々に見る愛娘の笑顔だ。本当に嬉しい。

「あぁ、そうでした。一応伺っておきたかったのですが、愛奈ちゃんが持っていた札のことを武人さんはご存知でしたか?」
「札? あぁ浅見さんから護符として預かっていたものですね。それがどうかされましたか?」

 そういうと勇実さんは険しい顔で何か考えごとをしている様子だ。
でもそうだな、一応浅見さんにも解決したと連絡した方がいいだろうな。


「――その浅見さんという方ですが、どういった方なのですか?」
「ええっと、そうですね。浅見さんはオヤジの田舎にある神社の神主です。あの辺じゃ結構有名で、初詣とかもよく行くんですよ。そういう事もあり、あの化け物に襲われた時は最初に頼らせていただきました。それがどうかされましたか?」
「……これを言うのは大変心苦しいのですが、恐らく愛奈ちゃんがあそこまで執拗に狙われていた原因はその浅見という人でしょう」
「なッ! そんな馬鹿な……」

 浅見さんが? どうしてだ。
そもそも神社の神主がそんな事をするなんて考えられない。

「愛奈ちゃんが持っていた札ですが、僅かにあの猿と同じ気配を感じました。恐らくその札が発信機のようになり、そのため都会まであの猿は追ってこれたのでしょう。もしその札を渡した人物がいるとすれば、悪意がなかったとは考えにくい」
「そう、ですか……」

 どうして、浅見さんは愛奈にそんなものを?
そうだ、そういえば電話で話したときも札を愛奈に持たせるように言っていた。
そうすればあの化け物が襲うと知っていたから?
だとすれば、これは裏切りだ。
決して許すことは――


「ですが、その方も既に亡くなっております。ちょうど俺が駆けつけた時にはあの猿に襲われた後でした。もう亡くなった方です。ですから、もう忘れた方がいいでしょう。そういう意味もあり、あの場所にはもう近付かない方がいいと思います」





 事務所を後にする。
どうなるかと心労を重ねていたが、結果無事に終わったのだ。
愛奈は五体満足で怪我もしていない。
それどころか、魔法を見たんだといつも以上に元気な様子だ。


 それにしても魔法か。
勇実さんの霊能力を魔法と勘違いしているようだけど、本物っているんだな。
そうだ、今度知り合いにこういった事で困っている奴がいれば紹介しよう。
まるで魔法使いみたいな凄腕の霊能力者の存在を。


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