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第30話 山の悪神7

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Side ■■■

 明確な意思があったわけではない。
ただ、そうしようと思っただけだ。
そこに深い意味はない。ただ、そこで育ったモノをただ食べたい。
血を肉を、魂を、感情を、それを取り込み、時代の環境へ合わせ適合していく。
ただ、そんなことを繰り返しおこなっていた。
森の動植物の捕食は常だ。
だが、時代が変わり、以前いた動物が消えていく。
熊や猪、犬や猫、食べるのに困らなかったが、段々とその数は減っていった。
植物を食べてもそこに求めているものはない。
昆虫を食べてもそこに喜びはない。
だから、動物をもっと育てないといけないと思った。

 いつからだろう。
人間という生き物がこの土地に住み始めた。
他の動物に比べ数も多く、また魂の純度が他の生き物よりも圧倒的に多いのが素晴らしい。
試しに目に付いた人間を捕まえ、食べた。
泣き叫び、痛みを訴え、感情をここまで露にする動物は他にいない。
すっかり、人間のとりこになった。


 人間を育てよう。
求めている食料が増えるように恵みを増やそう。
病魔がはやらないようにこの辺りを自分の力で覆うとしよう。
少しの手間で人間は増え、その質も上がっていく。
素晴らしい、素晴らしい。


 人間は多く食べる必要はない。
それこそ、森の色が変わる頃に一人食べられれば十分だ。
だが、何時からだろう。
人間がこちらの存在に気づくようになってきた。

 それからは楽だった。
恵みを与えるだけで、人間から進んで同胞を差し出すようになったのだ。
とても気分がよかった。
人間はこちらを“神”と言い、崇めるようになってきた。
食事以外で自分に力が増えていくという不思議な感覚に戸惑いはしたが、悪い気はしない。
そのまま人間に恵みを与え続けようと思った。





 時代が変化し、状況も変化した。
以前であれば人間が自ら差し出していた贄がなくなったのだ。
何故だと思った。
初めて怒りを感じた。
自分の中に芽生えた初めての感情に戸惑いながらも、それに身を任せてみようと思った。




 失敗した。
自分の初めての怒りという感情に身を任せた結果、がんばって育成していた人間の住処の一つを潰し、そこに住む人間も全員食べてしまった。
失敗した、失敗した。
せっかく育てていた人間を台無しにしてしまった。
残った人間の住処はあと1つ。
そこへの干渉は極力避けるようにし、今まで通り自分で調達する方法へ切り替えた。



 また時代が変わった。
山へ住む人間の数は減った。
まだ住んでいる人間もいるが、以前に比べれば魂が弱く、質が低い。
それでも全滅させないように、大切に、大切に。
大切に一人ずつ食べた。
人間だけではなく、以前のように動物や昆虫なども食べ始めた。
だが、味を覚えてしまった今の自分の身体では、それでは満足できない。
その中で変わった人間が現れた。
その人間は自分と人間の間に立ち、こちらに差し出す人間を調整すると申し出た。
それからは以前より数は減ったが、安定して人間が手に入るようになった。
ただし、質が悪い。既に魂が消えかけているような存在ばかりだ。
死にかけの人間、寿命が残り少ない人間
でも、我慢してそれを食べるようにした。




 人間だ。
久しぶりに魂の質が高い人間が来た。
我慢できず、すぐに攫おうとしたが、別の人間が邪魔をしてきた。
擦り切れた魂を持つ人間なんてどうでもいい。
それよりも目の前に、魂の鮮度が高い人間がいる。
食べたい、食べたい、食べたいッ!



 逃げられた。
自身の土地の外へ逃げられた。
だが、目印がある。それを辿ればいい。
あの人間もそういっていた。

「山の神よ、貴方様への贄に印をつけております。どうか、どうか、お怒りを静めてくだされ、そして変わらぬ恵みをどうか、我らに」


 力を消耗するが、もう我慢出来なかった。
土地を離れ、目印を辿って進む。
道中人間が多くいた。
だが、今食べたいのはソレではない。
違う、違う、違う。
我慢した、我慢した。
アレが食べたい、あの人間が食べたい。
ただその気持ちだけが肥大化していく。





 なんだあれは。
初めて遭遇する存在に自身の力が大きく揺らいだのを感じた。
あの人間が逃げた先、人間の建物の中にいる。
ここであの人間を食べるわけにはいかない。
自分の土地で食べてなければ意味がない。
だからこそ、出来るだけ身を潜め、道中、動物だけを食べて潜んでいた。
だと、いうのに……なんあのだアレは。
人間ではない、こんな力を持つ人間なんて居やしない。
あそこに近付けば間違いなく自身は消える。
そんな確信があった。
だが、諦めるという選択肢はない。強行できないのであれば、誘い出せばいい。
あの人間がもっとも聞きたい音を出し、外へ誘い出す。
以前使っていた手だが、今も人間には有効のようだ。
あの人間の親族が近づけないように細工し、アレがいない今のうちに実行しようと考えた。





 危なかった。
アレに見付かったときは覚悟したが、何とか目的の人間を攫うことが出来た。
ようやくだ。ようやく食事の時間だ。
もう我慢できない。
あぁ、ようやく――だというのにッ!


 アレが邪魔をする!
なんなのだ!? 人間の形をしたナニカだ!
不可思議な力で自分が切り裂かれるのを感じる。
身体を走る不快な感情。
これが“痛み”なのか?
自分の身体を作っては潰され、作っては切り刻まれ、作っては消される。
確かに恐ろしい存在だ。
だが、この土地であれば別だ。この場所は自分の力そのもの。
いくら自分の身体を破壊しようと絶対に、絶対に、その人間を食べてやる。


 だが、その願いも潰えた。
空に集まる不可思議な光。
それが地面に落ち、自分を、自分という存在を貫いた。


 先ほどまでのような身体を切られる痛みと比べるまでもない、明らかな自身の存在が消えてしまうと思えるほどの嘗てないほどの衝撃と恐怖。
無理だ。もうアレにかかわらない方がいい。
逃げよう。逃げよう。
でも、どこへ?
自分はここから動けない。
動く身体はあっても存在は移動できない。
どうすればいい、なんでこうなった?
あいつだ。
あの人間。
いつも自分を神の調停者と名乗っていたあの人間。
あいつのせいだ。あいつのせいで今こんなに苦しんでいる。



 場所は分かる。
あいつがいる場所はすぐに分かる。
喰ってやる、喰ってやる、喰ってやる、喰ってやる。
身体をあいつのいる場所で再構成する。
こちらの存在に気づいた様子のあの人間は驚いた様子でこちらを見ている。


「なッ! なぜ、貴方がここに……」

 恐怖で顔が引きつっている。
その感情の波がここちよい。ついついもっと味わいたくなってしまう。

「ま、まさか! 本当に大蓮寺に依頼できたのか!? あの守銭奴が満足するほどの金を積んだと!? 馬鹿なッ! か、神よ! どうか怒りを静めたまえ、すぐに変わりの贄をッ! だからどうか、私は、私だけはッ! い、いやだ。死にたくない。私が死んだら、この村を管理する者がいなくなるのだぞ! そうすればすぐにここに住む人々はいなくなる。それでいいのですか!? い、いやだぁぁああ!!!」


 叫び声が心地良い。
そうだ、感情が一番発露するこの瞬間に食べるのがもっとも美味いのだ。
腕を千切り、腸を外に出し、泣き叫ぶ姿を見ながら久しぶりの食事をする。
自分は馬鹿だ。いつから質にこだわってしまったのだろう。
質が低ければ、こうして感情を煽ればいい。
よし、今からでも人間の住処へ行って――


「あちゃー遅かったか」

 声が聞こえた。
身体が震える、ゆっくりとその声のする方へ目を向けた。
奴だ。
この辺りの人間とは違う変わった髪をした人間。
おおよそ人とは思えない膨大すぎる力をもったニンゲン。
その姿を、力を感じただけでこちらが震えてしまうようなナニカ。



 逃げた。自分の住処へ。
どうすればいい、どうすればいい。
どうすれば助かる? どうすればアレは諦める?


「逃げられると思ってるのか? 生憎、俺は得物を逃がしたことはない。あぁ例外もあったかな」

 なんなのだ、アレはなんだのだッ!
なぜ追ってくる、何故放っておいてくれないッ!
こちらは一方的に人間を食べているわけではない。
恵みを与えたッ!
食物も育ちやすくしたし、病魔が流行らないように人間に害を与えるものは遮断した。
一方的な搾取ではないッ! これは正当なッッ!!



「御託はいいんだ。お前がいると、依頼人が安心して眠れない。だから消えてくれ」


 上空を見上げる。
そこには先ほどのような光の集合体がある。
だが、数が異常だ。数十、いや数百だろうか。
たった一発の光であそこまでの恐怖を受けたのだ。
アレが落ちてきたら、もうひとたまりも……



「俺は敵対者には容赦しないんだ。それにこれでも元勇者だからな。一応人間を守るさ。知らない世界の人間であってもな」


 光が降り注ぐ。
いつかみた流星のように眩い光が雨のように落ちてきた。



 あぁ、最後に人間をもっと食べたかった。
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