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ミラの宿を出て、まず向かった先は楽器屋だった。これはカルが案内してくれた。
しかし、やはりセインテの物価は高い。弦一本ですら、私の小遣いでは買えそうになかった。
「それが必要なのか?」
弦を見て溜め息をつく私に、カルが話しかけてきた。
「なんだ。すぐに見つかったじゃないか。別にオレが護衛になる必要もなかったんじゃ……」
「これはただの代用品だ」
カルの誤解をすぐに解く必要があった。天馬琴の弦は本来なら天馬の尻尾の毛だ。入手が難しい代物ではあるが、普通の弦よりも数倍丈夫で、簡単に切れたりするものでもない。だが、長い旅の間に弾いてきただけあって、さすがに耐久力も落ちたのだろう。切れてしまったものは仕方がないが、不思議な力を持つのはやはり天馬の尾毛以外にはありえないのだ。私たちはそれを探しに旅に出るのだ。
しかし、当面の間は普通の弦で代用する必要がある。なぜなら、私は歌をうたうことでしか、金を稼ぐ手段を知らないからだ。カルに護衛の報酬を支払う必要もある。とにかく金が必要なのだ。
そういう事情を丁寧に説明すると、カルは「ふーん」とつまらなそうな顔をした。
「じゃあ、オレが買ってやるよ。その代わり貸しだからな。利息はふんだくる」
驚いた。カルは金を持っていたのか……。私も一応、ミラから餞別としていくらかはもらっているが、弦を買えるほどではなかった。
カルに貸しを作るのはなんだか癪だが、背に腹は代えられない。私は頭を下げた。
「お願いします。買ってください」
プライドも何もあったものではないが、私はもう貴族ではないのだ。仕方のないことだ。
カルに弦を買ってもらい、私は先日醜態を晒してしまった広場に向かった。
カルにはついてきてもらったが、しばらく別行動で良いと別れた。
広場の空いている場所を見つけ、弦を張り直した天馬琴で曲を奏で始めると、徐々に人が集まってきた。
私が先日の吟遊詩人だとわかる者はいない。なにせ、広場で歌をうたう吟遊詩人など珍しくもないのだ。
ある程度人だかりができたところで、私は歌い始めた。
今日は喉ができている。心配ない。そう自分に言い聞かせ、私は高らかに歌った。
* * * * *
銀貨が降り注ぐ音で、我に返った。
あの日の評価が嘘のように、今日の私は喝采を受けていた。
久々に感じる達成感。そうだ、私が求めていたものはこれだった。
たかだか数日認められなかっただけで、私は自信を失っていた。そもそも吟遊詩人になった理由は、私の歌声に自信を持っていたからなのに。更に、家にあった天馬琴。これで私の吟遊詩人生活に死角はない……と思っていた。
しかし、風邪をひくとは……。風邪ごときで私の美声が失われるとは……。だが、それで私の流浪の旅に目的ができたのだから、不幸中の幸いと言っても良いかもしれない。
「お兄ちゃん、もう一回歌って」
どこからか摘んできた野草の花を差し出しながら、子どもが言った。四、五歳だろうか。女の子だ。私はその子から花を受け取り、笑顔で礼を言った。
「ありがとう。じゃあまた歌うよ」
そして、私はまた天馬琴を弾きながら歌い始めた。うっとりしながら私の演奏に耳を傾ける人々に、得も言われぬ感動で胸がいっぱいになった。
* * * * *
しかし、やはりセインテの物価は高い。弦一本ですら、私の小遣いでは買えそうになかった。
「それが必要なのか?」
弦を見て溜め息をつく私に、カルが話しかけてきた。
「なんだ。すぐに見つかったじゃないか。別にオレが護衛になる必要もなかったんじゃ……」
「これはただの代用品だ」
カルの誤解をすぐに解く必要があった。天馬琴の弦は本来なら天馬の尻尾の毛だ。入手が難しい代物ではあるが、普通の弦よりも数倍丈夫で、簡単に切れたりするものでもない。だが、長い旅の間に弾いてきただけあって、さすがに耐久力も落ちたのだろう。切れてしまったものは仕方がないが、不思議な力を持つのはやはり天馬の尾毛以外にはありえないのだ。私たちはそれを探しに旅に出るのだ。
しかし、当面の間は普通の弦で代用する必要がある。なぜなら、私は歌をうたうことでしか、金を稼ぐ手段を知らないからだ。カルに護衛の報酬を支払う必要もある。とにかく金が必要なのだ。
そういう事情を丁寧に説明すると、カルは「ふーん」とつまらなそうな顔をした。
「じゃあ、オレが買ってやるよ。その代わり貸しだからな。利息はふんだくる」
驚いた。カルは金を持っていたのか……。私も一応、ミラから餞別としていくらかはもらっているが、弦を買えるほどではなかった。
カルに貸しを作るのはなんだか癪だが、背に腹は代えられない。私は頭を下げた。
「お願いします。買ってください」
プライドも何もあったものではないが、私はもう貴族ではないのだ。仕方のないことだ。
カルに弦を買ってもらい、私は先日醜態を晒してしまった広場に向かった。
カルにはついてきてもらったが、しばらく別行動で良いと別れた。
広場の空いている場所を見つけ、弦を張り直した天馬琴で曲を奏で始めると、徐々に人が集まってきた。
私が先日の吟遊詩人だとわかる者はいない。なにせ、広場で歌をうたう吟遊詩人など珍しくもないのだ。
ある程度人だかりができたところで、私は歌い始めた。
今日は喉ができている。心配ない。そう自分に言い聞かせ、私は高らかに歌った。
* * * * *
銀貨が降り注ぐ音で、我に返った。
あの日の評価が嘘のように、今日の私は喝采を受けていた。
久々に感じる達成感。そうだ、私が求めていたものはこれだった。
たかだか数日認められなかっただけで、私は自信を失っていた。そもそも吟遊詩人になった理由は、私の歌声に自信を持っていたからなのに。更に、家にあった天馬琴。これで私の吟遊詩人生活に死角はない……と思っていた。
しかし、風邪をひくとは……。風邪ごときで私の美声が失われるとは……。だが、それで私の流浪の旅に目的ができたのだから、不幸中の幸いと言っても良いかもしれない。
「お兄ちゃん、もう一回歌って」
どこからか摘んできた野草の花を差し出しながら、子どもが言った。四、五歳だろうか。女の子だ。私はその子から花を受け取り、笑顔で礼を言った。
「ありがとう。じゃあまた歌うよ」
そして、私はまた天馬琴を弾きながら歌い始めた。うっとりしながら私の演奏に耳を傾ける人々に、得も言われぬ感動で胸がいっぱいになった。
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