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I can’t imagine my life without you.

◆ 15 ◆

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「……ッ、」
「は、ぁっ……」

 硬い蕾がほころびたような隘路はしとどに潤っているとはいえ、限界まで膨張した肉槌を滑らかに受け入れるにはほど遠い。いきりたった怒張のきっさきの大きな膨らみをきつく締め付ける蜜窟に眉根を寄せた瞬哉は、荒く息を吐きながら薄目で結ばれた箇所を視認する。瞬哉自身がゆっくりと飲み込まれていく光景はなんとも卑猥、で。想像以上の破壊力を持った生々しい景色は筆舌に尽くしがたく、ぞくぞくと瞬哉の背筋を震わせた。と同時に焼け焦げた思考回路の隅で未来が破瓜の苦痛をこらえているのではと思い立った瞬哉はふと視線をあげ――恍惚とした未来の表情に、ごくりと喉を鳴らした。
 未来の唇からは苦痛ではなく甘く切ない陶酔の吐息が落ちていく。生身の屹立に徐々に徐々にと内側から押し広げられていく独特の感覚に強張る腕と脚。未来は無意識のうちにぎゅうとシーツを握り締めた。それでもぬるりとした粘液に助けられながら自らを犯していく熱い塊。それが蕩けた蜜道を余すことなく擦り上げていく感覚に未来の脳髄が焼かれていく。
 先ほどまでのしなやかな指とは違う圧倒的な質量に未来は快楽の合間で仄かに喘ぐ。息苦しさを覚えた身体は小さく痙攣を反芻させていた。だが、それすらもまごうことなく、瞬哉が生きている証。生命の灯火が吹き消されることなく、終わりの見えない昏睡状態から自我を取り戻し、こうして目覚めてくれたという――何よりの。心の奥から込み上げてくる激情を堪えきれず、未来はどことなく目を伏せて声帯を震わせる。

「シュ、ン……」

 未来の眦からこめかみを滑り落ちていく透明な雫。未来が浮かべている表情と流れ込んでくる彼女の感情に瞬哉は思わず息を詰めた。歓喜や安堵にも似た感情の奥に潜む、僅かな恐怖の破片。そこで瞬哉は改めてこれまでの状況を振り返った。任務中に想定外の事柄が発生し、強制的なガイディングを施されチカラを暴走させて昏倒した。そばにいた未来への心労はいかばかりだったろう。そのうえで人生最大の決断を未来ひとりに背負わせ、自分の全てを賭ける覚悟を、ともすれば茨の道へと足を踏み入れることになるであろう選択をさせた。

「……俺は。ミクじゃなきゃ、駄目だった。ミクしかいらねぇ。ミク以外は……欲しく、ねぇ」

 彼女の覚悟に応えるにはどれほどの言葉を、どれほどの時間を、どれのほどの想いを尽くせばよいのか。瞬哉にはわからなかった。触れることすらを躊躇っているかのような優しい手つきで瞬哉は未来の髪を撫でる。コップから溢れ滴り落ちる水のようにホロホロと落ちていく言葉たち。それを瞬哉はどこか遠い世界で響く音のように感じていた。

「俺は、ミクがそばにいなきゃ生きられねぇ。まじでそー思う。……俺の隣で、わらってろ。この先もずっと。だからもう泣くなって……頼むから」

 落とされた言葉は未来の鼓膜を震わせ、身体の芯まで響いていく。切なさと甘さ、喜びと苦しさを共存させたその言葉に未来はひとひらの涙と吐息をちいさく落とし、自らの髪を撫で続ける瞬哉へと顔を寄せ深く唇を重ねた。
 唐突な未来の行動に瞬哉は一瞬目を瞠った。未来の熱を帯びた舌が瞬哉の唇を割り、咥内を彷徨う。まるで未来から、是の意志とともに「ぜんぶあげるからぜんぶちょうだい」と言われているよう、で。瞬哉は脳内を支配する激情に任せ、獣欲のままに舌を絡め返した。
 片時も唇を離すことなく乱雑にシャツを脱ぎ捨て、瞬哉は引き締まった肉体を白日に晒し――無言のままぐっと腰を進め、最奥まで一気に貫いた。

「ひ、ぁああっ!!」

 下腹からダイレクトに脳に伝わる鈍い電撃に未来の意識が集中する。一気に脳天へと突き抜けていった甘美な衝撃に、未来は合わせた唇を振り払い、喉を仰け反らせて快感を瞬哉へと訴えた。
 瞬哉の全てを飲み込んだ蜜窟が細やかな蠕動を繰り返す。額を未来の鎖骨にあて、奥歯をギリっと噛みしめて襲い来る吐精感をやり過ごした瞬哉は間髪入れず腰を引き、そこに弾みをつける。

「あ、ぁっ、は、ぁんっ!」

 隧道からとめどなく溢れる銀色の蜜がとろとろとした感触を持って瞬哉の恥骨を濡らし、シーツへと侵食しその場所の色を変えていく。そのたび、ふたりの口から艶めいたため息がこぼれ落ちる。

「ミ、クっ……ミク」
「ふあっ、あぅっ……ん、シュ……ンっ!」

 未来は寡黙であまり感情を表に出さない。だというのに、普段の様子からは想像できないほどの甘く掠れた嬌声がこの空間に反響して紛れていく。愛しい女が自らの手で乱されていくのを目の当たりにして――昂ぶりをおさえることが出来る男など、この世に存在するのだろうか。間髪入れず、いるわけが無いと脳内でちいさく反語を落とした瞬哉は欲望のままにただただ未来の身体を貪り続ける。激しく軋むスプリングの音色とじゅぐじゅと響く淫猥な旋律を背に、瞬哉は小さく彼女の名前を囁き未来の唇を甘やかに奪った。
 全身を冒す熱に浮かされ、飢えに飢えたふたりは互いの小さな吐息にすら過剰に反応し、酩酊状態に陥っていく。感情が混ざりあったふたりの脳内は痺れるような幸福と絡み合う情欲の色に埋め尽くされ、なにもかも忘れて瞬哉と未来は深く深く溺れていった。啄ばむように触れ合う唇の幕間で「あいしてる」と紡いだのはどちらだったのだろうか。もうそれすらも互いに判別できなくなっていた。

「はぁ、あ……っん、シュ……ぁ、はぁっ!」
「く、……ミクッ」

 ガツガツと強く腰を突き上げられ、未来は呼吸すらうまくできなかった。だが、酸欠の苦しさでさえも昂った未来にとってはとてつもない快感へと挿げ変わっていく。未来はただひたすらに瞬哉を求めて名前を呼び、ない力を振り絞って瞬哉の肩にしがみついた。
 熱く乱れる吐息と結合部のいやらしさを孕んだ大きな蜜音が激しさを増し、ふたりの思考がスパークする。まぶたの裏をちらつく色とりどりの眩い光を追いかけるように未来の腰が揺らめいた、刹那。

「あ、あっ、――――ッ!!」
「くっ……!」

 未来の隘路が吐きだされるはずの白濁を惜しみなく搾り取ろうと瞬哉の滾った肉欲を締め付ける。未来が淫らに自らの腰を擦りたてる仕草に腹の奥から急激な勢いで迫り上がる絶頂感に抗う術もなく、瞬哉は性急に腰を引いた。歯を食いしばり顔を歪ませ、痙攣する未来の下腹へと欲望の飛沫をぶちまける。

 ふたりの荒い呼吸が重なる室内。未来の胸腔が激しく上下する。瞬哉の額から雫がぽたりと落ち、シーツへと吸い込まれていった。どれほどの時間、ふたりはそのままの体勢でいただろうか。

 脳がくらくらするほどの圧倒的な快楽の余韻をやりすごした瞬哉は薄らと目を開けた。室内を照らす照明の眩さに目を細め顔をあげた瞬哉の視界に映るのは、情事の残滓を強烈に示している風景だった。くたりと弛緩した未来の身体には下腹からデコルテにかけて白濁が散っている。瞬哉が未来の胸元に残した朱華とのコントラストにふたたび熱を持ちそうな自分を瞬哉は無心で宥めた。
 箍が外れていたとはいえ最後の最後で踏みとどまれたということに瞬哉は安堵する。避妊せずに行為になだれ込んだ以上は、が無いわけではないことも瞬哉は重々承知してはいるが――瞬哉は肩で息をしながらベッドサイドのティシュボックスに手を伸ばした。手にしたティシュで自らの飛沫を拭い取っていくと、未来は緩慢な動作で腕持ち上げて顔を隠しちいさく声を震わせた。

「べつ、に……、で……なくて……も、」

 ともに果てたかった。一抹の淋しさを抱きながらそう未来は言葉を落とす。自分は瞬哉の相棒ガイドなのではなかったのだろうか。全ての運命を共にする、たったひとりの。だからこそ身体を重ねることを許したというのに。交わった先になにがあっても構わないという想いで――瞬哉は、違うのだろうか。
 先ほどまでとは違い淡々と流れこむ未来の感情に瞬哉は一瞬瞠目し、ぐったりと力を失い途切れ途切れの言葉を紡ぐ彼女をそろりと掻き抱いた。額を未来の耳元に寄せ言葉を探しながらも、指先でやんわりと未来の頬に汗で貼り付いた黒髪を散らしていく。汗ばんだ肌が合わされる心地良さを味わいながら、瞬哉は指先に絡めた髪に口づけを落とした。

「なん、つーか……契約ボンドまでしちまって今更なのはわかってっけど……親御さんに、ちゃんと許可貰わねーとって……」
「……」

 契約ボンドを交わして生涯離れられない関係となったとはいえ、先ほどの判断は誤りだっただろうかと瞬哉は思う。瞬哉とともに現役で任務に就いている未来の身体的負担を慮ったと同時に、果てる瞬間に瞬哉の脳裏を過ったのは未だ見ぬ彼女の実の家族のことだった。本来であれば契約のことも事前に話を通すべき事柄だっただろう。契約が成立してしまったことで、未来は生涯に渡って瞬哉のそばにいることを運命づけられてしまった。それは彼女が本来持っていたはずの生きる自由を奪ったことと同意義だ。彼女の両親にとってそれがどのような意味を持つか――半日前の自分が無茶をしたばかりにという自責の念が彼を重く苛んでいた。
 鼓膜に染み込む瞬哉の言葉に未来はわずかに驚きながらもふっと目尻を下げる。込み上げる愛おしさを噛み締めながら顔を隠した腕をそっと退け、しっとりと汗ばんだ瞬哉の背中に腕を回した。

「意外、です」
「……は?」

 ぽつ、と落とした未来の言葉にわずかばかり上擦った音が耳元で返される。彼の顔は見えないが、10年も彼のそばにいた自分でさえも見たことが無い素っ頓狂な顔をしているのだろうと想像し、内心で苦笑いをこぼしつつ未来は「意外だと言いました」とふたたび言葉を重ねた。

「シュンは、なんでもそつなくこなすから……意外と不器用なところも、あるのだなと」

 これまで、誰に対しても無遠慮で驕慢な態度を取るうえに辛辣とも毒舌ともいえる振る舞いを見せてきた瞬哉の異なる一面を目にし、未来は感情の表面に浮かぶものを隠しきれずにいた。心に生まれたじっくりと暖められた温石のような不可思議な感触を慈しむように、未来はゆっくりと瞬哉の背中を撫でる。

「……おめーは俺を買いかぶりすぎだ。あの日から10年も……踏み出せねぇでずっと燻ってたくれぇには不器用だよ。悪かったな」

 未来が瞬哉に囁いた言葉は、瞬哉の胸の中へ喩えようのない幸福感とわずかな気恥ずかしさを連れてくる。乱雑な口調で隠していた格好のつかない鄙俗な自分を見透かされたようで、面映ゆい。それらを覆い隠すように瞬哉は白いシーツに沈む“あの日”が切り取られた写真立てに視線を向け、仏頂面を浮かべた。
 自分に対してぶっきらぼうに言葉を投げるのは、きっと照れくさいからだ。視線を合わせようとしない瞬哉にどこまでいってもこの人は不器用なひとなのだ、と――そんな事をつらつらと考えた未来はちいさく言葉を落とす。

「私も。……シュンのご両親に……会ってみたい、です」

 己の耳元でとろりと溶けた未来の言葉に、瞬哉はわずかに返答を躊躇った。記憶に蘇るのは眉を弓なりにした身内の面影。母の目がきつく吊り上がる――モノクロの世界。

『------、----』

 不意に瞬哉の心に込み上げる哀愁。ノアに所属するための上京にあたり生家を出る時でさえも、ひとりきりで邸宅に頭を下げた過去の記憶の幻影を見つめ――瞬哉はわずかに目を細めた。

「……やめとけ。いー思いはしねぇから」

 じわりと泣きたくなるような感情が瞬哉の脳内を支配する。あの家に未来を近づけたくない。思い返すだけで気分がふさぐ幼少期ではあったが、それでも空腹で野垂れ死ぬこともなく最低限の教育は受けさせてもらえた。――だと、しても。
 不意に、パチンと瞬哉と未来の脳内で小さな音が鳴る。瞬哉の背中に回された未来の腕が穏やかに彼をつつんだ。未来の手によって繋がっていたガイディングが解除されたことを理解した瞬哉は彼女の意図を察して苦笑しながら小さく眉を下げる。

「別に、そこまで気ぃ遣わねぇでいいっつの」

 好意を持った人間のことを深く知りたいという感情は誰しもが持ち合わせるものだろう。幼少期の頃の話やどんな景色を見て育ったのかだとか。自分のことを知ってもらう以上に、好きだからこそ全てを知って全てを受け入れたいと思う心情を瞬哉は理解していた。だからこそ、瞬哉は未来が望むのならば自分が生きてきたこれまでの路径を包み隠さず伝えるつもりでいた。
 生涯をともにする契約関係にあるとはいえ自分に触れられたくない部分過去もあるだろう。人間、語りたくないことのひとつやふたつがあるのが当たり前だ、と、未来はそう考えている。それが彼がこれまで口にしてこなかった『家族』の話ならなおさらだ。胸の中に流れ込んでくるモノクロな感情の感触にガイディングを解いた未来はちいさく吐息を落とす。

「……全部、晒さなくても。シュンがそばにいてくれさえすれば。私もそれで……いい、ですから」

 瞬哉が目覚めた瞬間、身勝手な判断への後悔と昏睡から目覚めてくれたという安堵が綯い交ぜになった未来の感情を解きほぐしてくれたのは、紛れもなく瞬哉だ。その時に彼がくれた言葉は未来にとっての宝物。これから先、何があっても揺らぐことはない――かけがえのない、言霊。
 目覚めたあとの自分が投げかけた言葉をそっくりそのまま返された瞬哉は瞳を丸くした。と同時に、コイツには絶対に勝てない、と。瞬哉はそう心の中で独り言ちる。緩やかに頭を上げ、汗ばんだ互いの額をくっつけた瞬哉は視線を絡めた先にある未来の瞳にふっと笑みをこぼした。
 あの日のように。瞬哉が未来に恋に落ちた、あの瞬間のように。やわらかく微笑む未来がそこにいる。焦がれて焦がれた笑顔が、この手の中に。瞬哉がそう認識すると同時に、熾火のようにじりじりと灯されていく――積年の情火。

「ミク、」
「え? え、ちょっ、中條医師とかにれんらッ……ふ、ぁんっ!」

 未来の甘く切ない啼き声は、太陽が地平線と溶け合い姿を隠すまで――途切れることはなかった。
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