【R18】焦がれた麻痺の限界値

春宮ともみ

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I can’t imagine my life without you.

◇ 11 ◇

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「それが、彼のガイドである私にできる唯一のことなら――なにも厭うことはありません」

 未来は静かな口調で、視線を外したままの中條に言葉を投げかけた。瞬哉と契約ボンドを結ぶことで彼が目覚めてくれるのならば自分が彼に一生嫌悪されても構わない。その覚悟を中條に示すかのように、未来は殊更に目尻を落として微笑んでみせた。
 自らの全てを瞬哉に捧げる――未来の微笑みはそれを雄弁に物語っていた。その表情を視界の端で見つめながら中條は緩慢な動作で視線を戻し、小さな嘆息とともに躊躇いがちに口を開く。

「契約を結んでも必ずシュンの意識が戻るかは確約できない。一か八かの賭けに自分の人生を棒に振る可能性だってあるんだぞ。……ミク。少し眠って、よく考えて答えを出したらどうだ」
「考えても私の答えはきっと一緒です。彼に……どんな形であれ、生きていてほしい、から」

 中條の予想の通り、未来は穏やかな笑みを崩さなかった。それが彼女の本心であるのか、動揺する心を隠しているだけなのか。中條には咄嗟に判断がつけられなかった。彼の目には、未来はノアのメンバーにいつもみせている自然体で振舞っているように見えていたからだ。
 それでも。未来の覚悟を踏みにじるつもりは毛頭持ち合わせてはいなかった。中條はゆっくりと未来の肩から手を離し、そっと彼女の髪を撫でる。

「……勝率を上げよう」
「勝、率……?」

 きょとんとしたような未来の表情を眺め、中條は「そう、勝率」と小声で付け加えた。中條が未来へと返した言葉に、未来の脳内には数多の疑問符が浮かぶ。
 瞬哉と未来がパートナー契約を結ぶことでゾーニングに対しての対抗力を上げる。そういう話だったはずだが、パートナー契約を結ぶほかに何かできることがあるのだろうか。

「ミクは、シュンの部屋に入ったことはある?」

 未来の頭から手を引き上げた中條は白衣を翻し、ガチャリと医療管理室の扉を開いた。未来も慌ててその背中を追う。

「い、いえ……私たちは互いの生活に干渉しないことを約束していたので、私は彼の部屋には入ったことはなくって」
「なるほど。ちなみにだが、各々の部屋には鍵がついていたりするかい?」
「いえ……ない、はずです」

 中條の質問の意図を掴めないでいる未来は、それでも自分の部屋の扉を脳裏に浮かべ返答を続けた。その間にも、中條は足を踏み入れた医療管理室の隅に立てかけられていたストレッチャーをがちゃんと軽快な音をさせて開いていく。

「好都合だ。よかった」
「え……えっと、すみません。中條医師の仰っていることがいまいち理解出来ていないのですが」

 何かの準備を進めているようだが、未来は中條が何をしようとしているのか全く把捉はそくすることが出来ずにいた。彼女の問いかけに、中條はニヤリと口の端をつり上げた。

「言ったろう? 勝率を上げる、と。忘れがちだが人間は動物だ。身体的構造も原始的なもので嗅覚はこういう時でもはっきりしていたりする。特にシュンは五感が鋭いセンチネルだ。自分の部屋の香りを捕捉することで意識が浮上するかもしれない。だから――――今からシュンを彼の部屋に戻す」

 奥のガラス窓の向こうに眠る瞬哉の姿を見つめ、中條はふたたび笑みを落とした。


 ***


 しんと静まり返った空間。瞬哉の部屋のベッドサイドに伏せられた一枚の写真立て。それを手にした未来は、その写真から視線を外せずにいた。
 自分の僅かな呼吸音だけが未来の耳朶を震わせる。時計が時を刻む音すらしない、瞬哉の部屋。五感が鋭いセンチネルである瞬哉にとって、時計の秒針が動く音は不快な音色でしかない――そんなことを、彼は10年前のあの日の夕食で言っていた気がする。未来は脳内で流れていく追憶を混乱ままに眺めていた。

(どう……し、て)

 視線を向けたままの写真は、あの日の夕食のメニューまでを未来に思い出させた。18歳の誕生日を迎え正式にノアのメンバーとなった未来に、龍騎をはじめとする能力者たちがお祝いをしてくれたのだ。チカラを覚醒させる以前は料理人を志していた蓮が腕によりをかけて作ってくれた食事を囲み、会の最後に写真を撮った。その時の一枚は未来も大切に部屋に飾っている。

「……なん、で……私、だけ」

 瞬哉の部屋に飾られていたその一枚。その写真は――あの日の写真の中から、未来が写っている箇所だけを綺麗に抜き取った写真だ。


 中條が「勝率を上げる」と言った通り、眠ったままの瞬哉は日々過ごしている彼の自室に戻された。契約の結び方はコンビによって様々。それでも互いの魂と精神を混ぜ合わせる行為、ここから先はふたりだけの時間だと言わんばかりに、「契約を交わし終えたら医療管理室に連絡を」と言い残した中條は、連れてきた医療スタッフとともに瞬哉と未来が住まう部屋から引き上げていった。
 目覚めたら連絡を、と言わないあたりに、未来は中條の優しさを感じていた。契約を結んでも瞬哉が確実に昏睡状態から目覚めるとは限らない、むしろその可能性の方が大きい。そう口にしていた、中條の配慮。ありがたさを噛みしめて眠ったままの瞬哉から視線を外した未来の目に留まったのが、この伏せられた写真立て、だった。


 なぜ、自分の写真だけがここに。未来はただただ混乱していた。自分は、瞬哉に嫌われていたのではないのだろうか。能力の相性がいいからそばに置かざるをえなかっただけ、ではなかったのか。

『ミク!! 走れッ……!!』
『もう、少し……このまま、で』

 ぐるぐると回る思考の渦に差し込むように思い出される、半日前の未来の記憶。力の限り抱き締められたあの瞬間の、瞬哉の強い鼓動。ゾーニングの危険すら厭わず未来を連れ去ろうとしたジル兄弟の行方を追った――彼の衝動の根底にあるもの。それらに想いを馳せていると、知らず知らずのうちに未来の視界はゆらゆらと揺らいでいた。
 未来の喉がひくりと震える。こみ上げてくる嗚咽を噛み殺した未来は、そっとベッドへと腰を下ろした。手に持った写真立てを胸元に寄せたまま、瞬哉の頬をそっと撫でる。

「……」

 浅はかな自分の勘違い、でもいい。未来は心の中で小さく言葉を落とす。こうして、少しだけでも夢を見させて貰えた。十分に幸せだ。そんな想いで、未来はゆっくりと――――瞬哉の乾いた唇に、自らの唇を押し付けた。
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