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I'm confusing like a child.
◇ 4 ◇
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「お前、スリだな」
瞬哉は斬りつけるようなドスの効いた声色で直球の言葉を投げつけ、すい、と捕らえた男との距離を詰める。瞬哉に腕を掴まれたままの男はどこにでもいそうな風貌の、いたって普通の男性。グレー地の小粋な浴衣を身に纏い、周辺の人たち同様にお祭りを楽しんでいるように見える。……しかし、瞬哉から向けられた言葉に明らかに狼狽えたような表情を浮かべていた。
「なに言ってやがる、そんなこと俺はやってねぇ!」
「センチネルの耳を誤魔化せると思うなよ。お前の袂から尋常じゃねぇ量の小銭の音がする。スッた財布をそこに入れてんだろ」
「おまっ……ノアの!? くっ、そ!」
放たれた言葉を理解し、一瞬にして青ざめた男に向かって瞬哉は不敵に笑みを浮かべた。センチネルである瞬哉は五感の全てが一般人よりも優れているのだ。小銭が擦れる僅かな音さえ聞き逃さない。いくらテキ屋で飲食をするための小銭が重宝される時節であったとて、通常の比ではない小銭と布地、そしてそこに混じる革地が擦れる音に瞬哉は違和感を抱かずにはいられなかった。
ギリギリと音がするほどに瞬哉は掴んだ男の腕を握り締めている。男が上げた怒声に周辺を行き交う人々が騒ぎに気付きはじめたのか、瞬哉と男の周りを取り囲むような人の山がそう時を経ることなく完成した。緊急事態にざぁっと顔色を変えた未来はその場からそろりと一歩下がり、瞬哉が捕らえている男に気が付かれぬよう胸元を押えマイクを起動させる。
「スリ確保中。Eブロック付近。援護願います」
すわ何事かと騒めく人ごみの中で未来が小声で発した要請に、彼女がつけた左耳のインカムからは担当警察官の応答が飛んだ。このインカムはノアのチームだけでなく、雑踏警備に当たっている警察官らとも繋がっている。ノアに託された任務は犯罪の芽を見つけ、逮捕権・捜査権を持つ警察組織への橋渡しをすることだ。
瞬哉は何気なく男の腕を掴んでいるようにみえるが、いつの間にやら相手の身体を引き込み男の体勢を崩し、手首の腱や靭帯を痛め脱臼を起こさせる『小手回し』の態勢を整えていた。ノアに所属する能力者たちは、能力を制御するための訓練時に、こうした一朝有事の際に活用できる体術等も問答無用で叩きこまれる。このため、今朝がたの千里は浴衣を着せられまいと逃げ惑う未来を捕獲出来たと言っても過言ではない。
男を捕らえている間に出来た野次馬の人だかり。りんごあめを買おうとしていた未来の後ろには、幼い子ども連れの家族が並んでいた。万が一この男が凶器を持っていて、瞬哉の制止を振り切りそれらを振り回したのならば周辺の人たちを危険に晒すこととなってしまう。そうならないよう今は自分が踏ん張らねばと未来はそっと背後の家族たちに視線を向ける。案の定、怯えたように母親に縋る子どもの姿を視界に捉え、彼らにも気付かれぬよう背中に庇った。浅くなりがちな呼吸を平常に戻すため深呼吸をひとつ落として、瞬哉が捕らえた男の挙動に注視し丹田に気を込める。
「クッソ、このやろ離せっ」
「ッ、大人しく捕まっとけっつんだ、バカ!」
関節の動きを封じられ、それでもなおも瞬哉の腕を振り払おうと暴れる男。顔を顰めた瞬哉は乱雑に足払いをかけ、男を引き倒した。足元に敷き詰められた砂利がざらりと激しい音を立て、技をかけた際に瞬哉の足先から飛んで行った下駄が重力に従いカランと乾いた音を響かせた。
「てめぇっ……往生際がわりぃっ、んだよっ……!」
瞬哉は地面に押し倒した男の背中に膝を当てのしかかる。そのまま男の腕を後ろ手に捻りあげた。体術を会得している人間とそうでない人間。その結果は言うまでもない。這いつくばらされた男の頬に砂利が刺さる。男は、上半身に感じる重みと砂利が刺さる鋭利な痛みに苦悶の表情を浮かべ「ぐっ」と短くうめき声を上げた。
「警察です、道を開けてください!」
喧噪の奥から凛とした声が響く。人の山を掻き分けてくる水色の開襟シャツの人物を認識し、瞬哉はほぅと息を吐いた。桜の代紋がテキ屋の照明を反射し、きらりと光を放つ。未来も、知らず知らずのうちに強張っていた身体を解きほぐすようにゆっくりと瞳を閉じた。
駆け付けた警察官によって身体検査をされた男は、なんと自分で縫い繕った『袂落とし』を首からひっさげて犯行に及んでいたらしい。袂落としとは、忘れ物防止やスリの被害から逃れるために外出の際に襦袢の中に仕込んでおくもの。袂に直接モノを入れると袖が膨らみ不自然な格好となるが、袂落としを使うことで手ぶらでスマートに行動できる。それを逆手に取った犯行だったようだ。見た目にはわかりづらい犯行、瞬哉のセンチネル能力がなければ見破れなかった可能性が高い。
瞬哉は今回の功績を労う警察官とぽつぽつと言葉を交わす。詳しい顛末は任務後の報告書にてと告げた瞬哉はそのまま後処理を警察に引継ぎ、引き続き任務を続行するためその場から離れる。その様子を一歩下がった場所から見つめていた未来は、乱闘の拍子に飛んでいった瞬哉の下駄をそっと拾い上げ、一仕事終えたと言わんばかりに首を鳴らす瞬哉へと差し出した。
「お疲れさまでした」
「……おう」
仏頂面のままそれを受け取った瞬哉は、未来から手渡された下駄を砂利の上に落として荒っぽく履いた。そして、行き場をなくした未来の手をぱしりと握り、強引にその場から歩き出す。急に引っ張られた未来は、つんのめるようにして瞬哉の背中を追った。
瞬哉は斬りつけるようなドスの効いた声色で直球の言葉を投げつけ、すい、と捕らえた男との距離を詰める。瞬哉に腕を掴まれたままの男はどこにでもいそうな風貌の、いたって普通の男性。グレー地の小粋な浴衣を身に纏い、周辺の人たち同様にお祭りを楽しんでいるように見える。……しかし、瞬哉から向けられた言葉に明らかに狼狽えたような表情を浮かべていた。
「なに言ってやがる、そんなこと俺はやってねぇ!」
「センチネルの耳を誤魔化せると思うなよ。お前の袂から尋常じゃねぇ量の小銭の音がする。スッた財布をそこに入れてんだろ」
「おまっ……ノアの!? くっ、そ!」
放たれた言葉を理解し、一瞬にして青ざめた男に向かって瞬哉は不敵に笑みを浮かべた。センチネルである瞬哉は五感の全てが一般人よりも優れているのだ。小銭が擦れる僅かな音さえ聞き逃さない。いくらテキ屋で飲食をするための小銭が重宝される時節であったとて、通常の比ではない小銭と布地、そしてそこに混じる革地が擦れる音に瞬哉は違和感を抱かずにはいられなかった。
ギリギリと音がするほどに瞬哉は掴んだ男の腕を握り締めている。男が上げた怒声に周辺を行き交う人々が騒ぎに気付きはじめたのか、瞬哉と男の周りを取り囲むような人の山がそう時を経ることなく完成した。緊急事態にざぁっと顔色を変えた未来はその場からそろりと一歩下がり、瞬哉が捕らえている男に気が付かれぬよう胸元を押えマイクを起動させる。
「スリ確保中。Eブロック付近。援護願います」
すわ何事かと騒めく人ごみの中で未来が小声で発した要請に、彼女がつけた左耳のインカムからは担当警察官の応答が飛んだ。このインカムはノアのチームだけでなく、雑踏警備に当たっている警察官らとも繋がっている。ノアに託された任務は犯罪の芽を見つけ、逮捕権・捜査権を持つ警察組織への橋渡しをすることだ。
瞬哉は何気なく男の腕を掴んでいるようにみえるが、いつの間にやら相手の身体を引き込み男の体勢を崩し、手首の腱や靭帯を痛め脱臼を起こさせる『小手回し』の態勢を整えていた。ノアに所属する能力者たちは、能力を制御するための訓練時に、こうした一朝有事の際に活用できる体術等も問答無用で叩きこまれる。このため、今朝がたの千里は浴衣を着せられまいと逃げ惑う未来を捕獲出来たと言っても過言ではない。
男を捕らえている間に出来た野次馬の人だかり。りんごあめを買おうとしていた未来の後ろには、幼い子ども連れの家族が並んでいた。万が一この男が凶器を持っていて、瞬哉の制止を振り切りそれらを振り回したのならば周辺の人たちを危険に晒すこととなってしまう。そうならないよう今は自分が踏ん張らねばと未来はそっと背後の家族たちに視線を向ける。案の定、怯えたように母親に縋る子どもの姿を視界に捉え、彼らにも気付かれぬよう背中に庇った。浅くなりがちな呼吸を平常に戻すため深呼吸をひとつ落として、瞬哉が捕らえた男の挙動に注視し丹田に気を込める。
「クッソ、このやろ離せっ」
「ッ、大人しく捕まっとけっつんだ、バカ!」
関節の動きを封じられ、それでもなおも瞬哉の腕を振り払おうと暴れる男。顔を顰めた瞬哉は乱雑に足払いをかけ、男を引き倒した。足元に敷き詰められた砂利がざらりと激しい音を立て、技をかけた際に瞬哉の足先から飛んで行った下駄が重力に従いカランと乾いた音を響かせた。
「てめぇっ……往生際がわりぃっ、んだよっ……!」
瞬哉は地面に押し倒した男の背中に膝を当てのしかかる。そのまま男の腕を後ろ手に捻りあげた。体術を会得している人間とそうでない人間。その結果は言うまでもない。這いつくばらされた男の頬に砂利が刺さる。男は、上半身に感じる重みと砂利が刺さる鋭利な痛みに苦悶の表情を浮かべ「ぐっ」と短くうめき声を上げた。
「警察です、道を開けてください!」
喧噪の奥から凛とした声が響く。人の山を掻き分けてくる水色の開襟シャツの人物を認識し、瞬哉はほぅと息を吐いた。桜の代紋がテキ屋の照明を反射し、きらりと光を放つ。未来も、知らず知らずのうちに強張っていた身体を解きほぐすようにゆっくりと瞳を閉じた。
駆け付けた警察官によって身体検査をされた男は、なんと自分で縫い繕った『袂落とし』を首からひっさげて犯行に及んでいたらしい。袂落としとは、忘れ物防止やスリの被害から逃れるために外出の際に襦袢の中に仕込んでおくもの。袂に直接モノを入れると袖が膨らみ不自然な格好となるが、袂落としを使うことで手ぶらでスマートに行動できる。それを逆手に取った犯行だったようだ。見た目にはわかりづらい犯行、瞬哉のセンチネル能力がなければ見破れなかった可能性が高い。
瞬哉は今回の功績を労う警察官とぽつぽつと言葉を交わす。詳しい顛末は任務後の報告書にてと告げた瞬哉はそのまま後処理を警察に引継ぎ、引き続き任務を続行するためその場から離れる。その様子を一歩下がった場所から見つめていた未来は、乱闘の拍子に飛んでいった瞬哉の下駄をそっと拾い上げ、一仕事終えたと言わんばかりに首を鳴らす瞬哉へと差し出した。
「お疲れさまでした」
「……おう」
仏頂面のままそれを受け取った瞬哉は、未来から手渡された下駄を砂利の上に落として荒っぽく履いた。そして、行き場をなくした未来の手をぱしりと握り、強引にその場から歩き出す。急に引っ張られた未来は、つんのめるようにして瞬哉の背中を追った。
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