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I'm confusing like a child.
◇ 1 ◇
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むせかえるような夏の空気がゆらゆらと立ち込める中、真っ青な空から降り注いでいた日差しは茜色を帯び、次第に地平線へと落ちて溶けていく。
「あちぃ」
「そりゃ夏ですもの」
うんざりするような声色で一言を吐き捨てた瞬哉に対し、未来は「なにを当たり前のことを」と呆れたように言葉を返す。
関東圏のあちこちで花火大会が催される季節となり、ふたりは本部の司令により会場の警備に就いていた。アルコールを添えてたこ焼きやお好み焼きなどを売りさばくテキ屋がここに並ぶということは、細々とした諍いやいざこざが発生することと同意義だ。
大勢の人並みでごった返すなか、ふたりは揃いの柄の浴衣を身にまとい、テキ屋を見回りながら普通のカップルを装って警備にあたる。コンビで動く以上、こちらの方が周囲の一般人に不信感を抱かれないからだ。
テキ屋の並びが途切れると、ふたりは大きな広場に出た。大勢の観覧客でざわめく目の前の広場を一瞥した瞬哉は目を輝かせ、隣を歩く未来の肩を軽く叩く。
「なぁ、ミク。向こうの広場でかき氷でも食って休憩しよーぜ。だりぃわ」
「自分に課せられた任務をお忘れですか?」
未来の冷ややかな視線に瞬哉は眉を顰め、苛立ったように大きく舌打ちをする。
彼らが所属する組織――通称「特務機関・ノア」は、視覚・聴覚・触覚・味覚・嗅覚といった五感が異常に特出した能力者と、能力者のチカラをコントロールする制御者を擁している。どちらも生物的に非常に発達した能力を宿し生まれてきているため、外交や国防等、あらゆる分野で目ざましい活躍をみせていた。
しかし、センチネル能力を持つ人間はそのチカラを使いすぎてしまい暴走させてしまうことが多い。それを防ぐにはガイド能力を持つ人間をそばに付けておく必要がある。特務機関・ノアは彼らの能力を活かし治安を守る手助けを行っていると同時に、センチネル/ガイドの能力訓練やマッチングを行う機関でもあるのだ。
瞬哉は高校1年の秋に、未来は高校へ進学するタイミングで覚醒した。センチネル・ガイドともに、プレゼニングした後は能力の使い方を指南し彼らの手助けをする機関であるノアへ所属することが一般的だ。ふたりもそれに違わず、青年期に生家を出てノアの訓練施設へと入所した。そしてセンチネルとガイドには相性があり、入所したばかりの未来の能力は、先んじてプレゼニングし入所していた2歳年上の瞬哉と相性が抜群と認定された。それゆえに、ふたりはコンビを組む運びとなった――の、だが。
「相変わらずてめぇは癪に障る言い方するなぁ、おい」
「当たり前の事実を当たり前にお伝えしているだけですが? 今は私もあなたも仕事中です」
「……くそが。あーあー、わーってるよ。仕事だろ、仕事」
瞬哉の隣を寄り添うように歩く未来は、その行動とは裏腹に彼の提案を受け付ける気は微塵も無いようだ。つんとした未来の言い草に瞬哉は投げやりに言葉を放ち、視線を広場へ戻した。
コンビを組んでから10年が過ぎたことや、瞬哉のチカラが暴走しかかるたびに未来がガイド能力を使い瞬哉の深層意識まで声をかけるガイディングを幾度も行ってきたことも相まって、互いに深い信頼関係を築いてはいる。
彼らの能力の相性は抜群でも、性格の相性はご覧の通り全くよろしくなかった。しかしながら、単に「よろしくなかった」という一言には語弊がある。なぜなら――――
(くっそ。どうやって俺を意識させたらいーんだよ……)
入所したばかりの未来と相性テストをした時、瞬哉は何も思わなかった。ノアに入所した直後の瞬哉は数名のガイドとコンビを組み、訓練を重ねていた。しかしながらどの人物とも相性が悪く、訓練後に昂った精神を落ち着かせるために施されるガイディングが苦痛でしかなかった。
能力者は世界人口の10%に満たない。その内訳はセンチネル6:ガイド4という割合。相性のよいガイドに巡り合える可能性は低く、ゆえに、未来のことも新たな仕事相手としか思っていなかった。
だからこそ瞬哉は驚いた。未来と初めて訓練をともにしたとき、瞬哉はこれまで組んだガイドたちと違う感触を得たことに。自分の精神に触れさせる瞬間のあたたかくやわらかな手触りは、どうせまた苦痛なガイディングなのだろうとささくれ立っていた瞬哉の心を解きほぐしていった。
料理を食べることや街を歩くこと。普通の人間であれば簡単なことだ。けれど五感の全てが異常発達したセンチネルである瞬哉にとっては、些細な日常生活を送ることさえひどく難しいことだった。コンビニやスーパーに売ってある食品は通常の味付けでも濃く感じてしまう。雑踏を歩けば大勢の人間の体臭と衣服についた洗剤の香りや香水の匂い、そして人々の話し声の全てが瞬哉に波となって押し寄せる。鋭敏な嗅覚や味覚に合った専用の食品や、高い聴力を補正する機器なども開発されているが、瞬哉のそばに未来が寄り添ってくれさえすれば、瞬哉はそれらに頼らずとも全ての感覚が自然と和らいだ。相性テストで弾き出された相性抜群という言葉は伊達ではない。
コンビを組んだセンチネルとガイドはその性質上、仕事もプライベートもそばで過ごす時間が増える。覚醒したセンチネルはガイドがそばにいない生活を送るということは、能力を暴走させてしまう危険性が高まることを意味するからだ。
瞬哉と未来は、訓練上ではなにかにつけ心地よいほど息が合った。それはこうして国民の安全を守る警視庁や自治体からの要請で任務を請け負う、ノアの正規所員となってからも同じだ。
瞬哉は長らく焦っていた。彼は未来が自分に向ける態度で、彼女は自分のことを異性として認識していないと考えていたためだ。ガイドがいなければ生きていけないセンチネル。対して、センチネルがいなくても生きていけるガイド。ビジネスライクな関係を望んでいるガイドは圧倒的に多い。
瞬哉が未来へ向ける感情の正体。それを瞬哉自身が朧気ながらに理解したのは、コンビを組んでしばらくが経ってからのこと――――未来が18歳を迎え、ノアの正規メンバーとして正式に任務に就くことが出来る年齢を迎えた、彼女の誕生日のことだった。
「あちぃ」
「そりゃ夏ですもの」
うんざりするような声色で一言を吐き捨てた瞬哉に対し、未来は「なにを当たり前のことを」と呆れたように言葉を返す。
関東圏のあちこちで花火大会が催される季節となり、ふたりは本部の司令により会場の警備に就いていた。アルコールを添えてたこ焼きやお好み焼きなどを売りさばくテキ屋がここに並ぶということは、細々とした諍いやいざこざが発生することと同意義だ。
大勢の人並みでごった返すなか、ふたりは揃いの柄の浴衣を身にまとい、テキ屋を見回りながら普通のカップルを装って警備にあたる。コンビで動く以上、こちらの方が周囲の一般人に不信感を抱かれないからだ。
テキ屋の並びが途切れると、ふたりは大きな広場に出た。大勢の観覧客でざわめく目の前の広場を一瞥した瞬哉は目を輝かせ、隣を歩く未来の肩を軽く叩く。
「なぁ、ミク。向こうの広場でかき氷でも食って休憩しよーぜ。だりぃわ」
「自分に課せられた任務をお忘れですか?」
未来の冷ややかな視線に瞬哉は眉を顰め、苛立ったように大きく舌打ちをする。
彼らが所属する組織――通称「特務機関・ノア」は、視覚・聴覚・触覚・味覚・嗅覚といった五感が異常に特出した能力者と、能力者のチカラをコントロールする制御者を擁している。どちらも生物的に非常に発達した能力を宿し生まれてきているため、外交や国防等、あらゆる分野で目ざましい活躍をみせていた。
しかし、センチネル能力を持つ人間はそのチカラを使いすぎてしまい暴走させてしまうことが多い。それを防ぐにはガイド能力を持つ人間をそばに付けておく必要がある。特務機関・ノアは彼らの能力を活かし治安を守る手助けを行っていると同時に、センチネル/ガイドの能力訓練やマッチングを行う機関でもあるのだ。
瞬哉は高校1年の秋に、未来は高校へ進学するタイミングで覚醒した。センチネル・ガイドともに、プレゼニングした後は能力の使い方を指南し彼らの手助けをする機関であるノアへ所属することが一般的だ。ふたりもそれに違わず、青年期に生家を出てノアの訓練施設へと入所した。そしてセンチネルとガイドには相性があり、入所したばかりの未来の能力は、先んじてプレゼニングし入所していた2歳年上の瞬哉と相性が抜群と認定された。それゆえに、ふたりはコンビを組む運びとなった――の、だが。
「相変わらずてめぇは癪に障る言い方するなぁ、おい」
「当たり前の事実を当たり前にお伝えしているだけですが? 今は私もあなたも仕事中です」
「……くそが。あーあー、わーってるよ。仕事だろ、仕事」
瞬哉の隣を寄り添うように歩く未来は、その行動とは裏腹に彼の提案を受け付ける気は微塵も無いようだ。つんとした未来の言い草に瞬哉は投げやりに言葉を放ち、視線を広場へ戻した。
コンビを組んでから10年が過ぎたことや、瞬哉のチカラが暴走しかかるたびに未来がガイド能力を使い瞬哉の深層意識まで声をかけるガイディングを幾度も行ってきたことも相まって、互いに深い信頼関係を築いてはいる。
彼らの能力の相性は抜群でも、性格の相性はご覧の通り全くよろしくなかった。しかしながら、単に「よろしくなかった」という一言には語弊がある。なぜなら――――
(くっそ。どうやって俺を意識させたらいーんだよ……)
入所したばかりの未来と相性テストをした時、瞬哉は何も思わなかった。ノアに入所した直後の瞬哉は数名のガイドとコンビを組み、訓練を重ねていた。しかしながらどの人物とも相性が悪く、訓練後に昂った精神を落ち着かせるために施されるガイディングが苦痛でしかなかった。
能力者は世界人口の10%に満たない。その内訳はセンチネル6:ガイド4という割合。相性のよいガイドに巡り合える可能性は低く、ゆえに、未来のことも新たな仕事相手としか思っていなかった。
だからこそ瞬哉は驚いた。未来と初めて訓練をともにしたとき、瞬哉はこれまで組んだガイドたちと違う感触を得たことに。自分の精神に触れさせる瞬間のあたたかくやわらかな手触りは、どうせまた苦痛なガイディングなのだろうとささくれ立っていた瞬哉の心を解きほぐしていった。
料理を食べることや街を歩くこと。普通の人間であれば簡単なことだ。けれど五感の全てが異常発達したセンチネルである瞬哉にとっては、些細な日常生活を送ることさえひどく難しいことだった。コンビニやスーパーに売ってある食品は通常の味付けでも濃く感じてしまう。雑踏を歩けば大勢の人間の体臭と衣服についた洗剤の香りや香水の匂い、そして人々の話し声の全てが瞬哉に波となって押し寄せる。鋭敏な嗅覚や味覚に合った専用の食品や、高い聴力を補正する機器なども開発されているが、瞬哉のそばに未来が寄り添ってくれさえすれば、瞬哉はそれらに頼らずとも全ての感覚が自然と和らいだ。相性テストで弾き出された相性抜群という言葉は伊達ではない。
コンビを組んだセンチネルとガイドはその性質上、仕事もプライベートもそばで過ごす時間が増える。覚醒したセンチネルはガイドがそばにいない生活を送るということは、能力を暴走させてしまう危険性が高まることを意味するからだ。
瞬哉と未来は、訓練上ではなにかにつけ心地よいほど息が合った。それはこうして国民の安全を守る警視庁や自治体からの要請で任務を請け負う、ノアの正規所員となってからも同じだ。
瞬哉は長らく焦っていた。彼は未来が自分に向ける態度で、彼女は自分のことを異性として認識していないと考えていたためだ。ガイドがいなければ生きていけないセンチネル。対して、センチネルがいなくても生きていけるガイド。ビジネスライクな関係を望んでいるガイドは圧倒的に多い。
瞬哉が未来へ向ける感情の正体。それを瞬哉自身が朧気ながらに理解したのは、コンビを組んでしばらくが経ってからのこと――――未来が18歳を迎え、ノアの正規メンバーとして正式に任務に就くことが出来る年齢を迎えた、彼女の誕生日のことだった。
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