腹黒御曹司の独占欲から逃げられません 極上の一夜は溺愛のはじまり

春宮ともみ

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1巻

1-3

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 バルコニーはプライベート感を味わうことができるテラス式になっているようで、全体がライトアップされ、テーブルとチェアセットの幻想的な陰影を浮かび上がらせていた。
 リビングルームとベッドルームに分かれた室内は、五十平米ほどのシックな内装が施されていて、ダブルベッドが置かれたセミスイートルームだ。翌日の出張に便利だからという理由でこのクラスの部屋を予約するなど、やはり彼は明日香の記憶の通り、どこかの大企業のご令息なのだろう。

「とりあえず座って。絆創膏、持ってる?」
「あ……うん、持ってるから大丈夫。お手洗い、借りていい?」

 明日香の申し出に、壁掛けテレビの横のミニバーにある冷蔵庫からシャンパンを取り出そうとしている彼が手を止めた。手に持ったシャンパンの瓶を置き、明日香の背後にあるドアを指差す。

「お手洗いじゃなくてそっちのベッドルームでいいよ。絆創膏貼るならそっちの方が絶対にいいから。ベッドも使っていいよ」
「えっ、あ……うん、ありがとう……」

 彼の気配りに明日香は小さく頭を下げた。お手洗いで脱ぎ着するよりは、ベッドルームを借りる方が衛生的だろう。泊まるわけでもないのに申し訳ないという感情を抱きながらも、明日香はクロークに預けていた普段使いのバックからポーチを取り出して、隣のベッドルームに向かう。
 ベッドに浅く腰掛けてストッキングを脱ぐと、靴擦れは見た目よりも軽いもので、今のところ水ぶくれはできていないことがわかった。ほっと胸を撫でおろした明日香は傷口を絆創膏で覆い、彼が待つリビングルームへと戻る。

「お帰り。ひとまずシャンパンを入れてるけど……明日香ちゃん、まだお酒いけそう?」

 リビングルームでは、ガラス天板のローテーブルにワイングラスが置かれていて、シャンパンの泡がゆらゆらと立ちのぼっていた。
 ルームサービス用のメニューもしっかりと広げられており、彼の手際の良さに明日香は感嘆のため息を落とす。

「うん、大丈夫。何から何までありがとう」

 彼に促されるままにソファに沈み込むと、彼も同じソファに腰を下ろした。
 グラスを持ち上げた彼が、それを明日香に差し出していく。チン、と軽やかな音をさせながら乾杯のシャンパンを口に含むと、爽やかな炭酸が口内を満たしていく。
 甘すぎず辛くない、絶妙なバランスのアルコール度数。我知らず「美味しい」と小さく呟いた声が思いのほか弾んでいて、明日香は自分が思った以上に緊張していたことに気が付いた。

「あの。今更こんなこと聞くのもあれだけど……せいじくんって、名前の漢字、どう書くの……?」

 おずおずとした明日香の問いかけに、彼は一瞬目を丸くして、それからくすりと笑みをこぼした。

「あぁ、そっか。ごめん。そういや、昔、教えてなかったな」

 グラスを置いた彼は、人差し指を立てて天井を指し示す。男性にしてはしなやかで長いその指先が、くるりと宙を描いていく。

「新選組の大旗に描かれてる誠。それから、司る、で……誠司。誠実であるように、って由来があるらしい」

 そう言ってやわらかく微笑んだ彼の表情はひどく穏やかだ。けれどどこか艶めいていて、明日香は心臓が大きく跳ね上がるのを感じた。見惚れてしまった自分を誤魔化すようにそっと視線を落とす。

「そっか。昔からいい名前だなって思ってたけど、由来を聞くとますますそう思っちゃう」

 誠司の顔を見ないまま息継ぎさえせず、一気に言葉を吐き出した。気恥ずかしさを覚えていたせいもあるが、それ以上に彼を直視できなかったのだ。
 心の奥にじわりと広がっていくなんとも言えない感情に視線を彷徨さまよわせると、テーブルに広げられたルームサービスのメニュー表が視界に飛び込んでくる。そこに記された『ローズマリーフィズ』というカクテルの名前に、明日香は思わず目を奪われてしまった。

「ローズマリーのお酒なんて、あるんだ」

 ぽつりとこぼれ落ちた独り言のような明日香の声に、誠司は「あぁ」と小さく声を落とす。

「昔、ローズマリーで明日香ちゃんに花冠作ったのを覚えてる。懐かしいな」
「えっ、覚えてくれていたの?」

 まさかそんな昔のことを、しかも十年以上前の小さな出来事を彼がここまで鮮明に記憶しているとは想像すらしておらず、明日香は驚きのあまりグラスを滑らせてしまいそうになり、慌てて指先に力を入れた。

「もちろん。だって、すごく綺麗だったからね」

 誠司は優しい声で言葉を紡ぎ、深くなった夜のような瞳をふっと細める。そのまなざしがあまりにもあでやかに思えて、明日香は鼓動がどくりと大きく脈打つのを自覚した。慌てて話題を切り替えようと、テーブルの上のメニューを手に取る。

「誠司くんは、今は何してるの?」

 メニュー表を膝の上に置いて、明日香は努めて平静を装い誠司へ問いを投げかけた。誠司は少しだけ考え込むような仕草を見せたあと、ゆっくりと唇を開く。

「端的に言えば、父さんの助手……かな。大学を卒業してから、自社のグループ企業を回ってる父さんの手伝いをしてるよ」
「へぇ、そうなんだ。すごいなぁ」

 彼は明日香の三つ年上だったと記憶している。社会人となってからずっと経営者の近くで仕事をしている彼は、創業一家の出身とはいえ優秀な人材なのだろうと察することができた。
 明日香の相槌に、誠司は困ったように眉尻を下げて笑う。

「別に、すごくはないかなぁ。確かに一社の常務って立場を任されてるけど、今はまだ経営に大きく携わってるわけじゃないから」

 彼が手に持っていたシャンパングラスの中身が、ちゃぷんと波紋を立てる。どこか寂しげな色を帯びた口調で紡がれる誠司の言葉は、謙遜なのか本音なのかわからない。それがなぜだか引っかかり、明日香は顔を上げて誠司を見つめた。
 彼の父親の仕事を手伝うということは、将来を約束されたも同然だろう。それでも、明日香には彼の表情が、まるで行き場を失った子どものように思えた。

「俺からも……明日香ちゃんの今の生活のこととか聞いていい?」

 こちらの反応を伺うように問いかけてきた誠司に、明日香ははっと我に返りこくりと首肯しゅこうする。

「叔父の事件があってからは母方の親戚のところで暮らしていたけど、大学卒業後はこっちで一人暮らししてるの。今は……ノレーブっていう人材派遣会社の事務をやってるよ」
「あぁ! この前、有名なストリートピアニストを起用してCM打ってたあの会社?」
「えっ、あ、……うん、そう」

 誠司が明日香の勤め先の企業を知っていることに驚きつつも、明日香は再度うなずいた。
 明日香が勤めている会社は、中堅の総合人材派遣会社で、明日香は登録者たちの社会保険やそのほかの手続きのフォローを行う総務系を担当している。法律と隣り合わせの業務ではあるけれど、仕事内容自体はそれほど難しいものではなく、上司や同僚にも恵まれていると感じていた。

「私はただの事務職だから、現場の仕事はよくわからないんだけど……それでも毎日忙しくって」
「そっか。大変そうだね」
「うん。でも、やりがいはあるし、職場の雰囲気も悪くないし……だから、今の暮らしに不満はないよ」

 両親が生きていたら、そして叔父が事件を起こさなければ。もっと違う未来が待っていたのかもしれない。
 そう思うことは、これまでにも何度もあった。けれど、過去は変えられない。
 だからこそ、明日香は今の自分を受け入れて、前向きに生きていくことに決めたのだ。
 明日香の言葉に、誠司は安堵の表情を浮かべたのち、少しだけ寂しそうに微笑んだ。

「そっか。私生活も……きっと、恋愛とか、そういう方面でも充実してるんだ」
「……へっ?」

 唐突な質問に明日香の口から間の抜けた疑問符がこぼれ落ちる。
 彼の言う通り、明日香はかつてないほどに充実した日々を送っている。それは事実だ。
 けれど、それが今の会話の流れに関係してくる理由にまったく理解が及ばない。明日香はただただ、パチパチと瞬きを繰り返す。
 戸惑う明日香の様子に誠司は小さく肩をすくめ、歯切れ悪く言葉を続けた。

「いや、ほら。あんなことがあって……たぶん、そういう風に吹っ切れるまでに……恋愛も含めて色んな経験をしたんだろうなって思ったから」
「えっ、あ……まあ……えぇと……うん……」

 明日香は混乱のあまり視線を彷徨さまよわせながら語尾を濁す。

「まぁ……充実してはいる……かな。ビジネス法務検定っていう資格も取らせてもらったし……いい人生経験をさせてもらっているとは思う、よ」

 仕事の面では充実している。けれど、プライベートはなんとも言えない。
 彼氏などいたことはないし、こうして男性と二人でお酒を飲んだこともない。そんな自分は彼の目にはどう映っているのだろう。

「だけど、あの、私。その……まだ、恋愛って……よくわからなくて」

 明日香は咄嗟に取り繕った理由を吐き出すと、膝の上でぎゅっと両手を握り締める。
 幼い頃、明日香が誠司に対して抱いていた感情が『恋』だったことは理解している。だからこそ、明日香はこれまで誰かに恋愛感情を抱くことを避けてきた。
 小学六年生のとき、明日香は同級生の男の子から手紙をもらった。内容は、明日香のことを好きだというものだったけれど、明日香はその気持ちに応えることができなかった。
 中学でも高校でも、大学でも、そして今も。結局は異性を遠ざけて過ごしている。
 けれど、それを初恋の相手である誠司へ、まっすぐに伝えることははばかられた。それに――明日香自身、自分の家庭環境に負い目を感じていて、誰かと恋仲となることに臆病になっていたことも、大きな要因の一つだった。

「……え?」

 誠司はひどく驚いた様子で目を丸くした。その反応を見る限り、彼は今までに何人かの女性と交際経験があるのだろうと察せられた。

「じゃあ、明日香ちゃんは今まで一度も恋人がいたことが……?」
「……ない、よ」

 明日香はうつむいたまま消え入りそうな声で言葉を返す。
 誠司が驚くのも無理はない。今年で二十五歳、同年代の女子たちと比べて恋愛経験値が格段に低い――いや、ゼロだということは、明日香自身が一番わかっている。

「本当に?」
「……本当だよ。こんなワケありの……叔父の件で没落したっていう家庭事情もあるから。ファーストキスだってまだだし……セックスだって……」

 そこまで口にした瞬間、自分が何を口走ってしまったのかを自覚して、思わず息を止めてしまう。
 ――わ、たし……今、なんで。なんで、こんなことを……彼に。
 心臓が激しく脈打ち、全身の血流が速くなっていく。頬だけでなく耳まで熱くなり、頭の中もぐるぐるとして思考回路がショートしてしまいそうだ。
 誠司の顔を見ていられなくなって再び視線を落とせば、グラスの中で氷がカランと音を立てた。
 自分が自分ではないように感じてしまうのは、きっと誠司が注いでくれたシャンパンのせいだ。お酒に酔ってしまったのだと、明日香は心の中で言い訳を並べていく。

「え、と……」

 誠司は一体今の言葉を聞いてどう感じたのだろうか。何かを言わなければならないのに、上手く言葉が出てこない。焦燥感ばかりが募っていく。
 自分の中に渦巻く感情の正体が何なのか、自分でもよくわからない。
 ただ一つわかるのは、これ以上誠司の前で無様な姿を見せたくないということだけだった。

「その、だから。私はまだ……その……全然ダメというか、誠司くんが思ってるような女じゃない、っていうか」

 絞り出した精一杯の虚勢を張って顔を上げ自嘲気味に肩をすくめてみせ、明日香は視線を膝の上のメニュー表に落とした。
 久しぶりに会った人物からこんなセンシティブな告白をされたところで、誠司は困るだけだろう。理性ではわかっていても、明日香はせきを切ったように言葉を続けてしまった。

「叔父のことがあるから、人と深く関わることが怖くて。お付き合いしたあとで、てのひらを返したように犯罪者の姪って後ろ指指されるのが怖いの。だから……その、この年齢まで恋をしたことがないせいで、自分に自信がないのよね、私」

 ぽつりと呟いた明日香の言葉が、しんとした室内に溶けていく。
 確かに異性を遠ざけて日々を過ごしてきたのは間違いない。犯罪者の身内という家庭事情もあり、それを引け目に感じてしまって、周囲に迷惑をかけないよう、目立たないようひっそりと生きることを自ら選んできた。
 顔立ちは、どちらかというとはっきりしているフェミニン系ではあると思う。会社に来社するプリンター修理の人や、登録者が派遣された会社の従業員から、個人的に連絡先を教えてほしいと声をかけられることもあったけれど、明日香はいつも曖昧に笑って誤魔化してきた。
 複雑な過去があるからこそ、誰とも深く関わらずに日々を過ごしていた。それでも、公にできない過去を持つ自分と、好き好んで隣を歩いてくれる男性がいるのだろうかと不安に思う気持ちがあることも、また確かな事実だった。

「じゃあ……提案。俺と恋の練習、してみる?」
「……え?」

 ふいに響いた誠司の声に、明日香は思わず視線を上げた。誠司の手が、膝の上の手に重ねられる。明日香はぴくりと身体を震わせた。
 彼の手はあたたかくて、骨ばっていて、大きかった。
 男性にしては長く、手入れの行き届いている爪の感触がなぜか妙になまめかしくてどきりとする。
 誠司の双眼がまっすぐに明日香を見つめていて、まるで金縛りにあっているかのようで目を逸らすことができない。

「あ……その……」

 明日香は小さく唇を開いたまま、固まってしまう。
 これは何だろう。この状況は一体、どういうことなのだろうか。
 明日香は混乱のあまりぐるぐると思考を巡らせる。誠司の言動の意図がつかめない。理解ができない。

「……冗談、だよね?」

 長らく呆然としていた明日香からようやく出てきた言葉に、誠司の瞳が一瞬揺らめいた。けれど次の瞬間、誠司は変わらずやわらかく微笑んで首を横に振る。

「ううん。俺は、最初から……いや。ずっと昔から、本気」

 ひどく落ち着いたその声音はとても優しいものだが、どこか悲しげな響きを帯びていた。
 明日香が言葉を返せない間にも、誠司は顔をゆっくりと近づけてくる。吐息が頬に触れ、明日香はびくりと肩を跳ねさせた。心臓の音が、ひどくうるさい。顔に熱が集まっていくのを感じる。

「あ、あの……誠司くん」
「何?」

 至近距離に迫った誠司の瞳の奥には、確かな熱が宿っているようだった。

「これって、その……どういう、ことなの? からかって、る……の?」

 明日香は緊張にかすれた声で途切れ途切れに言葉を紡ぐ。誠司は苦し気に眉を寄せ吐息を落としたのちに、ゆるりと首を振る。

「からかってなんかいないよ。だけど――やっぱりダメだ。どうしても諦めきれない。俺は、明日香ちゃんのために今日までずっと頑張ってきて……やっと胸を張って会えるようになったんだから」

 膝の上で重ねられた誠司の手が、明日香の指先に絡んでいく。『ずっと頑張ってきた』という言葉の意味を理解できず、明日香はただただ自分の鼓動が速くなっていくのを感じていた。

「明日香ちゃんはさっき言ったじゃないか。『恋愛がどんなものかわからない』って。それなら、今から始めればいい」

 少しだけ身を乗り出して、囁くような小さな声でそっと告げられたその言葉に、明日香は息を呑むことしかできない。誠司の視線はあまりにもまっすぐで、射抜かれてしまいそうで怖かった。
 この場から逃げ出そうと思えばいくらでも逃げることができるはずなのに、身動きが取れない。
 それはきっと――心の奥底で期待している自分がいるからだ。どんどん鼓動が激しくなる一方で、頭がくらくらと酩酊していくようだった。

「明日香ちゃんは……俺と『恋の練習』、するの……嫌?」

 誠司の指先がそっと明日香のおとがいを持ち上げる。視線が絡み合い、彼の端整な面差しがどんどん近づいてくる。

「……わ、からない」

 逃げ場のない状況に、明日香はそう答えるので精一杯だった。明日香はそんな自分の反応に驚きながら、一方でこの行為を受け入れる自分自身にも戸惑っていた。
 ――どう、して……?
 誠司が自分を欲してくれている。それだけで心が満たされていくような気がする。
 こんなことは生まれて初めての経験で、自分でもよくわからない感情に支配されていく恐怖を覚えた。それでも、明日香の心の中にはこの先に続く確かな期待が生まれていて、もう自分を誤魔化しきれるものでもない。
 そんな心情とは裏腹に、ふっと吐息を落とし小さく微笑んだ誠司が身体の重心を移動させる。
 ギシリとソファが鳴り、明日香が反射的にぎゅうと目を閉じると、唇にやわらかなものが触れた。
 ――あ……
 ほんの数秒、重なっただけの口づけは、それでも確かに彼の体温を伝えてきた。

「俺のこと、好きになって。明日の朝まで……いや、今だけでいいから」

 耳元で囁かれた、低く甘い言葉。どうしてこうなったのか、何が起こったのか。頭の中では理解していても、それを上手く処理することができず、明日香の脳内はただただ混迷を極めた。

「ねぇ、お願い。明日香ちゃん……」

 誠司は明日香の返事を待たず、再び唇を重ねてくる。先ほどよりも深く舌が差し込まれ、反射的に身体を強張こわばらせてしまう。

「んっ……ぅ」

 逃げようとした明日香を咎めるように、誠司は明日香を抱きすくめた。
 挟まれたてのひらでしなやかな胸板を押し抵抗するも、彼は離れてくれない。それどころか、ますます強く抱き締められ、呼吸すらままならなくなっていく。
 明日香は助けを求めるように誠司の真っ白なワイシャツをギュッと掴んだ。すると、誠司は明日香を落ち着けるように髪を撫で、角度を変えて何度も何度も唇をついばんでくる。

「っ、ん……はぁっ」

 酸素を求めて開いた唇の隙間を縫って、誠司の熱い吐息が注ぎ込まれる。頭の中がじんわりと痺れて、何も考えられなくなっていく。

「……ん……っ」

 誠司の両手が背中を滑り、フォーマルドレスのファスナーを下ろしていった。パチーン、と、ブラジャーのホックを外され、つぅ、と背筋を長い指でなぞられて明日香は思わず仰け反ってしまう。

「あっ、ぅんっ……!」

 その拍子にするりとドレスを下げられ、袖を抜かれていく。慌てて腕で胸元を隠そうとするも、それよりも早く誠司が明日香の手首を捕らえた。

「ベッド……行こっか」

 耳元で小さく、囁くように吹き込まれた言葉に、明日香は眩暈めまいを覚えた。誠司は明日香を軽々と横抱きにし、隣のベッドルームへと足を向ける。
 誠司の言動は相変わらず優しく、それでいて、有無を言わせない強さがあった。
 ベッドルームの照明は貝の形をしていて、ゆったりとくつろげる空間が広がっていた。明るい光の中、ダブルサイズの広いベッドの上に明日香の身体が横たえられる。
 スプリングのきしむ音が、妙に大きく聞こえた。

「っ……」

 覆いかぶさってきた誠司の重みに明日香は息を詰める。頬を撫でる誠司の指先からは、愛しむような、慈しむような、そんな感情が伝わってくる。

「大丈夫だよ」

 明日香の怯えを感じ取ったのだろう。誠司は安心させるように明日香の額に軽く唇を落としていく。

「……怖い?」

 訊ねられた問いに声を返すことができず、明日香は視線を逸らした。

「……少しだけ」

 震える声音で明日香は正直に答えると、ギュッと目を閉じた。すると、誠司は小さく笑みをこぼしていく。

「うん。初めてなんだから、怖くて当たり前だね」

 誠司はなだめるように明日香の頭をそっと撫でた。サイドテーブルに置いてあったリモコンに手を伸ばした誠司が部屋の電気を落としていく。

「あ……」

 オレンジ色のぼんやりとした明かりの中、明日香は思わず声を漏らす。急に恥ずかしさがこみ上げてきて、両手で顔を覆うと、誠司が小さく笑う気配がした。

「ごめん。明るい方がよかった?」
「……」

 明日香は無言でぶんぶんと首を横に振った。室内が明るければ羞恥心に駆られてしまうのは明白だった。けれど、こんな風に照明を落としたところで見えなくなるわけでもない。むしろ中途半端な明るさのせいで、これからいやらしいことをするのだという実感が湧き、興奮が高まってしまう気がした。
 誠司はクスリと笑って、明日香の手首をやんわりと握ると、シーツに優しく押し付ける。

「明日香ちゃんの顔、よく見せて」

 誠司の声音はどこまでも優しかった。けれど、明日香を見つめるまなざしはひどく熱っぽく、どこか妖しい光を帯びている。
 ゆっくりと近づいてきた誠司の唇が、ちゅっと音を立てて明日香の唇を塞いだ。触れるだけのキスを何度も繰り返され、次第に明日香の緊張がほぐれていく。

「あ……」

 誠司の舌先がちょんと明日香の唇に触れた。促されるまま口を開けば、舌を差し込まれ、歯列を割って深く深く口づけられていく。

「んっ……ふ、ぅ……んんっ」

 こらえきれない声があふれて止まらない。ざらついた舌が絡み合い、ぴちゃ、くちゅ、という淫靡な水音が鼓膜を震わせる。身体の奥に得体の知れない熱が生まれては蓄積されていった。
 気持ちがいい。キスなんてただ唇を触れ合わせるだけだと思っていたのに、誠司の舌遣いは想像以上に巧みで、身体中が甘く痺れて全身から力が抜けてしまう。

「……ん……っ」

 息継ぎのために唇が離れれば、二人の間を銀糸が伝う。誠司はそれを親指でぬぐって舐めとっていく。濡れた赤い舌先を見ているだけでどうしようもなく胸が高鳴ってしまい、明日香はぎゅっと両目をつむった。

「明日香ちゃん……」

 誠司は首筋に顔を埋め、耳の付け根から鎖骨にかけて首筋をねっとりと舐め下ろしていく。
 ざらついた熱い感触とぬるつく唾液の感覚が生々しく感じられ、明日香はふるりと身体を震わせた。

「ぁっ……ぅ……」

 耳の裏に口づけられ、かぷ、と耳朶じだを甘噛みされると、それだけで明日香の下腹部が切なくうずいた。
 誠司はそのまま首筋に舌を這わせながら、ソファで中途半端に脱がされたドレスのスカートをたくし上げていく。袖を抜かれたまま、ブラジャーは中途半端に外されてお腹の部分にくしゃりと布地が溜まっている。

「や……ぁっ……」

 誠司の髪が素肌に触れるたび、ぞくりとする感覚に襲われる。同時に下腹部のうずきが強くなり、明日香は戸惑いがちに膝をすり合わせてしまう。
 ――どうしよう……私……
 誠司に触れられると期待が高まってしまう自分がいることに気が付き、明日香は内心で狼狽してしまう。
 身体の奥に火を灯され、その勢いは留まるところを知らない。まるで、燃え盛る炎に全身を呑み込まれるようだった。
 誠司の唇が肌をかすめるたび、身体がびくりと跳ねては切なげな吐息をこぼしてしまう。

「……あ、ぁ……んっ」

 誠司の大きなてのひらがブラジャーを押し上げ、明日香のふっくらとした双丘を包み込む。
 熱を持ったその手つきはどこかいやらしくて、明日香は身体をよじって逃れようとするが、誠司はそれを許してはくれなかった。

「んっ……! あっ……あぁっ」

 揉みしだくようにやわやわと動かされると、たちまち甘い声がこぼれてしまう。指先で尖った先端を転がされたりつままれたりするうちに、そこはすぐに芯を持って硬くなっていく。
 それを愛しむように指の腹で優しく撫で上げられ、じんわりとした快楽が身体の奥深くへ染みこんでくる。
 恥ずかしさに顔をそむけると、誠司の唇が再び右の耳朶じだんでいく。

「可愛い……これ、好きだよね?」

 ツンと主張する頂を指の腹でこりこりと転がされたのち、爪で引っ掻かれ、弾かれる。

「んぁ! っ……ぁ、あ……んっ」

 左右の胸を同時にもてあそばれ、明日香はシーツをギュッと握り締めて背中を仰け反らせたまま身悶えることしかできない。

「ここも、すぐっちゃって……エッチだね」
「あぁっ……!」

 今度は左右の蕾を人差し指と中指できゅっと挟まれる。わずかな痛みと強い快感に襲われ、明日香は喉を反らした。

「ちょっと痛いのも感じるんだね。ほら、指でこすられるのも好きでしょ」
「んっ……んんっ……! あ、あっ……!」

 親指と中指で尖った芯を挟み込んだまま、人差し指でぐりぐりとね回され、その度に明日香の口からは甲高い声が漏れた。


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