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挿話

Let's have spring together in the future.

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 時系列としては外伝『I'll be with you in the spring.』最終話の後日譚です。お楽しみいただけますように。


◇◇◇


 満開の桜の甘い香りが吹き抜ける中、落ちて消えていった雫の感覚を拭うように眦を絡めた手と反対の親指で擦った。じわりと温もりが伝わってくるカナさんの薬指の付け根に宿った硬い感触を噛み締める。穏やかな陽射しを浴びた枝垂れ桜の枝が揺れて、少しずつ、はらはらと。花びらが踊るように舞い落ちていく。

 ふたりで隣り合って歩きながらゆっくりと歩みを進めた。途中、川に掛けられた石橋を渡っていくと、ふと、カナさんが足を止めて立ち止まった。先を行こうとした俺の腕がくんっと引っ張られる。

「……?」

 立ち止ったまま訝し気に首を傾げた。頬を綻ばせたカナさんが、そっと石橋の下を指さしている。

「マサ。ほら、あそこ」
「ん?」

 その言葉に、つぃ、と、石橋の真下の川に目を向けると、桜が咲き誇る川縁の石段の隙間から節立った木が数本生えていた。そこには純白のハナミズキが幾重にも重なって咲き誇っており、真冬に地面を覆う白い花びらが降り積もっているような光景は悠久の彼方まで歩いていけそうにも錯覚してしまう。四葉のクローバーを連想させるようなその重なりの形に小さく吐息を零した。

「ハナミズキ、だっけ」
「そう。花言葉、知ってる?」

 目尻を下げ嬉しそうに微笑んでいるカナさんの横顔から滲み出ているのは、果てのない幸せの感情。途方もない面映ゆさを感じながら、彼女の問いにううん、と首を横に振ると、春のゆるやかな風が桜の香りを運んで俺たちの間を吹き抜けていく。

「いくつかあるのだけど、『返礼』って花言葉が有名かしら」

 彼女の髪が風に乗って甘く揺れ動いた。カナさんから紡がれたその返答に目を瞬かせる。

 花言葉の正確な起源については不明、だけれども西洋の19世紀初頭の貴族社会の中で生まれたものが原型ではないかという説が強い。花々の性質を恋愛事に絡めたものが多く、貴族社会の中での恋愛の駆け引きのために使われた歴史があるのだ。『美しい』だったり、反対に『あなたが大嫌い』等だったりする花言葉が多い中、『返礼』という花言葉は一見風変わりにも思える。

「花言葉に『返礼』って。珍しいね」
「第一世界大戦前に日米友好を願って桜が日本からアメリカに贈られて、そのお礼としてアメリカからハナミズキが贈られたのよ。それが由来になっているのですって」
「へぇ。だから返礼、なんだねぇ……」

 爛漫に咲いた淡い花びらが水面に甘く散り落ちていく景色に紛れていくカナさんの声。弾んだ声色が耳朶を打つたび俺の心の中に波紋を落とし、ゆるやかに溶けていく。

 ふっと。不意に、彼女の赤い唇が弧を描いた。

「それから。『Am I ind私があなたifferent tに関心が無いo you?とでも?』って花言葉もあるのよ?」

 何かを含んだような声色。どくん、と心臓が跳ねる。緩やかに視線を下げれば、あの日と同じような――悪戯っぽい笑顔がこちらに向けられていた。

「あはは……それ、すごく強烈な花言葉だね…」

 思わず苦笑いを浮かべながら、そっと足を動かした。カナさんが口にした花言葉。あなたに関心がないとでも? という問いかけめいたそれは、本当に強烈な『愛の一言』。関心がないはずがないという言葉は、直球で投げかけられる『愛している』なんて言葉より、よっぽど愛が伝わる言葉のようだ。

「ふふ、そうでしょ。意外と情熱的なのよ、この言葉」

 繋いだ手から伝わるぬくもり。とくん、とくん、と、緩やかな鼓動が共鳴している。

「日本の四季って本当にいいものだわね。タンザニアのカラっとした暑さも好きだけど、春の澄み切った青い空は……風情があって」

 カナさんの言葉に空を見上げると、視界いっぱいに広がる青空に春霞のやわらかい雲が流れ込み始めていた。アイスブルーの中にゆっくりと流れていく白い雲が陽光を反射している。その眩さに、そっと目を細めた。

「……そうだね。うん、すごく綺麗だ」

 ぽかぽかとした心地よい空気の中、手を繋いで歩く道すがら。俺の心の中に、もう迷いはなかった。

 石橋を渡りきった先に、同じような石段の階段があった。小高い丘に続く階段を登り切ると、小さな広場に出る。くるりと振り返り登ってきた石の階段の下を見下ろすと、満開の桜が風に揺れ、川にゆらゆらと移り込む光景が視界に飛び込んでくる。

(……ここ、なら…)

 頭上に広がる澄んだ蒼い空に、壊れ物のようにそっと重ねた追憶。哀愁とも違う、ちょっとした淋しさと喩えようのない感情が胸中に広がっていく。


 この場所なら。きっと――あの子も。


 絡めていた彼女の手を緩やかに離し、そっと自分のジーンズの後ろポケットに指を差し入れた。指先に触れたブロンズのロケットペンダントを取り出した。

「本当にいいの?」
「うん。いいんだ」
「持ってても別に気にしないのに」

 真っ直ぐに見つめた琥珀色の瞳が、言いようの無い感情を湛えて小さく揺れ動いている。向けられた言葉に、カナさんのその姿に。心がふわふわとあたたかいもので満たされるような感覚に、思わずふっと笑みが零れた。

「……ううん。俺が……こうしたいから」

 その言葉と共に手の中のものごとを握りしめる。

「そっか」

 カナさんが小さく息を吐き出した。複雑そうな彼女を安心させるように小さく笑って、目の前の桜の木の根元に腰を下ろす。
 剥き出しの地面を少しだけ掘って窪みをつくる。そこに握り締めたロケットペンダントをそっと置いて、じっと眺めた。

(……ありがとう、Maisieメイジー

 あの子には、本当にたくさん助けられた。世界に色を失くし、蹲って動けなくなって。それでも俺がここまでこれたのは、彼女がこの世界に生まれてきてくれて俺と出会ってくれたからだ。少しの時間だったけれど、彼女とともに過ごした時間は決して色あせることのない大切な時間だった。

「……」

 これまでの想い出を噛みしめていると、胸の奥に湧き上がる数多の感情が綯い交ぜとなり、小さく息を落とす。
 掘り返して除けた土をロケットペンダントにそっとかぶせていく。最後に土をならして、ゆっくりと立ち上がった。

「マサ」

 するりと差し出されたカナさんの左手。淡く優しい白金の光が宿るその手をそっと握り締める。
 その感覚は、どこまでも優しくて。俺を包み込んでくれるような、俺を抱き締めかえしてくれるような。そんな感覚にひどく満足しながら―――鼻腔をくすぐる満開の桜倖せの香りに、ただただ酔いしれて。

 ふたりで静かに視線を交わし合いながら、ゆっくりと――未来への一歩を、踏み出した。
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みんなの感想(96件)

ぴよママ
2023.01.23 ぴよママ

ともみ様
以前に別サイトで読ませていただいてたのですが、また読みたくなって此方のサイトに来たのですか、書籍化されてたのですね。
おめでとうございます。
この作品は、絶対書籍化されるべきだと思っておりました。
すごく心理描写が素晴らしく、登場人物一人一人に引き込まれていきました。
私の願望ですが、智と知香が動いてるところが見たいのでドラマ化にならないかなぁと…。
むしろ映画化して欲しい位です!!

春宮ともみ
2023.01.26 春宮ともみ

ぴよママさま、こんばんは。お返事が大変遅くなり申し訳ありませんでした…!

別サイトからご覧くださっていて、こちらまで足をのばしてくださったとのこと…もしやエブリスタさんからでしょうか?(お名前に見覚えがあるような気がして…勘違いでしたら申し訳ありません)
本当にありがとうございます!お祝いのお言葉までいただき大変恐縮です(;_;)
そして過分なお言葉まで、恐悦至極です。たくさんお褒め下さり本当に嬉しいです。いただいたこちらの感想をこの数日中に何度も読み返して、噛み締めてさせていただきました。
自分の文章や作風を自分で客観視することは難しいものですが、読者さまにはそのように感じていただいているのだなと思うと、嬉しいやら恥ずかしいやらです。
なにせ初めて書いた小説だったので、いま読み返すと穴に入りたいほど恥ずかしく思うくらい稚拙だなぁと思う部分もあるのですが、その時の私にしか書けなかった物語かなと、少し誇りに感じることもあります。
ドラマ化等のご希望もいただけて本当にありがたく思っております。見本誌をいただいても、刊行から数ヶ月経ったいまも、まだふわふわしていて実感がわかない部分も多いのですけれど、今回、書籍化作業を経験させていただき、未熟だなと(というより基礎がなっていないなと…)感じる部分は多かったので、これからも地道に研鑽を積んでいけたらなと思っております。
本作よりもパワーアップした作品を生み出せるよう、これからも精進していきたいです。

本当に、私を見つけてくださって、私を支えてくださいまして、ありがとうございます。今後ともマイペースに頑張っていきたいと思いますので、あたたかく見守っていただけましたら嬉しいです✨

解除
かじなな
2021.10.06 かじなな

ともみさんお久しぶりです!
元気でお過ごしでしょうか?長い間見れていなかったので完結していただなんて信じれません(;_;)悲しい、、

この作品は出会った当初からずっと好きで、キャラクターの設定や内容ももちろん好きなのですが、やっぱりともみさんの文の構成、言葉の表現力がとても好きです。少し時間かかるかもしれないですが、
読み直させていただきますね♪
あ、あと
恋愛小説大賞奨励賞おめでとうございます!本当にともみさんの作る物語好きなのでこれからのご活躍も楽しみにして応援しています!
改めてお疲れ様でした╰(*´︶`*)╯♡

春宮ともみ
2021.10.06 春宮ともみ

かじなな様、大変ご無沙汰しております~!受験勉強をされている…とおっしゃっていたように記憶しているのですが、お変わりありませんか?(*´▽`*)お元気でいらっしゃるかなぁと時折切なくなっておりました、こうしてまたメッセージをいただけてとっても嬉しいです!
そしてとても嬉しいお言葉も…!本作は私の一次創作の処女作ですので、時折自分でも読み返す時に荒かった部分をこっそり訂正したくなったり、ここはもっとこうしたほうがよかったかなぁと思ったりもするのですが、この時の『私』にしかかけなかった文章や表現もあるのかもしれない、と、かじなな様のお言葉でそう思えました。
また、再読いただけるとのこと、本当に嬉しいです~、ありがとうございます🙏恋愛小説大賞にエントリーするため序盤~89話までは加筆修正を行っております(ストーリー展開には変更はありません✨)。最終的に本編だけで130万字超えしておりますので、どうかゆっくりとお楽しみいただけましたらと思います🌟
お祝いのお言葉までいただいて、本当にありがとうございます!かじなな様はじめたくさんの読者さまに支えられての奨励賞受賞だと思っています。今後も研鑽を積み、また新たな作品を書けたらいいなぁと思っています💐
朝晩は肌寒くなってきました。これから寒暖差が激しくなってくるでしょうから、かじなな様もどうぞご自愛くださいね。拙作がかじなな様の生活の彩りとなっておりましたら幸いです🌱

解除
りんねる
2021.06.29 りんねる

つい数日前この作品に出会って、即ハマって読み続けて今は180話目あたりを読んでいます!!
完結するまでを一緒に追いかけることができなくて悔しいです泣
こんなに登場人物ひとりひとりの心情の描写がリアルで細かくて、感情移入して何回もウルウルしてます。何度でも読み返したくなる作品です。(まだ読み終わってないんですけれども)

ちなみにですが、知香の出身地は、春宮先生の出身地なのでしょうか?
私も同じ県に住んでいて、温泉豆腐のあたりからもしかして、、と感じていましたけど、陶器市と聞いてビンゴでした笑知香のの故郷のお菓子についても、あれかな?とアタリをつけて楽しんでますし、よく日帰り温泉行ってます、、!
そんなところもこの作品とも縁を感じています笑
今後の作品にとっても期待してます❤︎

春宮ともみ
2021.06.30 春宮ともみ

りんねる様、ご感想をお寄せいただきありがとうございます✨

完結まで追いかけられなかったのが悔しいだなんて、そんな風に仰って頂けて…恐れ多いです。゚(゚´Д`゚)゚。けれども作家冥利に尽きるお誉めのお言葉、とても嬉しく思います!
初めは私も軽い気持ちで書き始めたのですが、書き進める毎に自分自身も感情移入して書いておりました。180話以降、ここからまた更にシリアス路線が加速していきますが(>_<;)、タグを裏切らず最後はハッピーエンドに着地しますので、お口に合いましたら最後までお付き合い頂けたら幸いです🍀✨

わわっ、ありがとうございます!私はその周辺の(正確には隣県の)出身です。まさかこんなご縁があるなんて……!!🤍190話前後で帰省編となっておりますので、りんねる様にも「あっ、ここ!」なんて思っていただける箇所もあるかなと思います♪

本編のみでも120万字超えの超長編となっておりますので、少しずつゆっくりとお楽しみいただけましたら幸いです。この度はとっても嬉しい感想をお寄せいただき本当にありがとうございました❁⃘*.゚

解除

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