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番外編/Honey Honey Moon.

3 *

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 押し寄せた想いを零さずにはいられなかったかのような声色で紡がれる私の名前。滾る感情がそのまま乗り移ったように激しい熱を持った唇で呼吸を遮られ、侵入してきた舌が私の思考を乱していく。逃げようとした舌はあっという間に囚われて、息つく暇さえ与えてはくれない。

「っ……ふ……、さと、し……仲、居さんとかっ、来ちゃう、から……」

 智の背後にある窓枠から差し込んでいる薄暑光。日は傾いてきたとはいえ、まだ室内も明るい。そしてこれから夕食なので、準備が出来たら仲居さんがまたこの客室に来るはずだ。
 それに、今日はあの美術館を歩き回って汗ばんだ身体のまま。このままなだれ込むのは本意ではない。うっすらと口を開き、涙ながらに智を見つめて言外の抗議をする。

「夕食まで二時間あるから、先に風呂にでもって……仲居さんが言ってたろ」
「だっ、だったらっ……先にお風呂っ……」

 わずかに離した唇の隙間に銀の橋が架かった。愉し気に瞳を細めた智から、揶揄うように言葉が紡がれていく。

「今日は俺の誕生日だから、これくらいのワガママくれぇ聞いてくれたっていーだろ? 俺は今、『知香の全部』が欲しい」
「う……」

 ずるい。ここで――誕生日の……『欲しいもの』の話題ことを出すなんて。

 動揺している間に捕らえられたままのおとがいをくいと持ち上げられる。甘く、それでいて攻撃的な獣の焔を宿した瞳に射すくめられる。身体の奥が疼いた気がして息を詰めた。
 思わず視線を逸らすと智はくつりと喉を鳴らし、今度は智が私が逸らした先に移動して私の視線を捕らえていく。

「ひゃっ……!」

 きりのない視線の攻防に私が気を取られている間に、全身が掬いあげられる。私を軽々と抱き抱えた智が目指す場所はもちろん寝室。キングサイズのベッドに横たえられ、額に口付けが落とされていく。

「知香」 

 力強さを感じさせる逞しい腕が私の腰を捕え、そっと引き寄せられた。焦がれたような熱と確かな感情を宿した眼差しは、私を心ごと捕らえて離してはくれない。

「まだ……お風呂も、いってない……から。あんまり……激しくしない、で」

 いつものように抱き潰す勢いで抱かれては困る。足腰立たなくなってベッドから抜け出せず夕食を食べられなくなるなんて、仲居さんがいる手前あまりにも恥ずかしい。
 それに、このお部屋の半露天風呂から見えるはずの絶景だってずっと楽しみにしていた。それらを初日の今日から堪能できなくなるのはさすがに願い下げだ。

「……わかった」

 わずかばかり不服そうに眉を顰めた智は、私を抱きしめる腕にぎゅっと力を入れた。
 再び口付けが落とされる。啄むようだったそれがどんどん深くなり、ぬるりと侵入する舌を受け入れ、今度は自ら舌を絡ませた。
 息継ぎの合間、智が私の名前を紡いでいく。何かを渇望するかのような切ない声音に、もどかしく感じるほどのじれったい感覚が沸き起こり、下腹の奥が切なく疼いた気がした。
 美術館に行くと決めていたから、今日はのあるシャツワンピースをチョイスしていたのだけれど、気がつけばいつの間にか前開きのボタンが外されている。はだけられたワンピースの隙間から智の悪戯な指先がするりと侵入していく。

「あっ……!」
「飯の前だから……全部は脱がさねぇから。それならいーだろ?」
「な、ふあっ……」

 節ばった指先でつぅとブラと肌の隙間が撫でられ、触れられた場所がぞくぞくと熱を持つ。
 私が主張した方向とはやや違う方向の返答に思わず抗議しようにも、熱い吐息が耳元に吹き込まれ、ガクンと全身から力が抜ける。
 背中に回された指先がブラジャーのホックを外した。独特の締め付け感から解放されると同時にブラジャーをずり上げられ、ふにふにと膨らみの形を変えられていく。

「ひ、ぁっ……」

 つんと尖った頂をくりくりと弄ばれ、甘い刺激に喘ぎながら首を仰け反らせた。首筋に舌を這わされ、昨晩も嫌と言うほど刻まれた所有痕を上書きされていく。
 空いた指先がくびれをなぞり、ゆっくりと降りていく。その指が次にどこへ向かうのかを想像し、ぎゅっと強く目を閉じた。
 身体の中心の奥深い場所が熱く疼いて、とろりとした液体が滲み出るのがわかった。こんなに日が高い時間からセックスになだれ込んでいることにひどく感じてしまっている。
 不意に、智の指先がショーツ越しに秘部をなぞり上げた。

「ああぁ……っ!」
「濡れすぎ」

 揶揄うように耳元で囁いた智は耳朶を唇で食んだ。脳髄が快感で痺れていく。ぞくぞくと背筋を這い上がる独特の感覚に大きく息を吐いた。
 指先がクロッチの隙間から差し込まれ、ぐじゅりと、卑猥な水音が大きく響く。はしたない音に互いの感情が高ぶって、吐息が熱く濡れて甘く激しく絡み合っていくのが目に見えるようで、くらくらと眩暈が起こった。
 くぷりと埋め込まれた指先が媚肉をかき分け、私が弱い浅い場所の粘膜を擦り立てる。その繊細で大胆な動きに、下腹の奥に凝った澱が蓄積されていくようだった。

「ああ、ッん、やぁぁ……っ!」

 弾けそうなほどに膨らんだ、たまらなく切ない感覚に全身が歓喜する。思わず目の前の智にしがみついた。
 あまりの気持ちよさに視界がチカチカと明滅している。

「こーやって上も下も一緒に摘まんでぐりぐりしたら……知香はどうなっちゃうんだろうな」
「や、やだぁッ……」

 智が落とす卑猥な言葉が、私の想像を駆り立てる。期待に打ち震えた媚肉がひくりと脈打つ感覚に、まるで強いお酒に酩酊するような感覚が全身を支配する。
 くつりと喉の奥を慣らした智が陶然と口の端を歪める。刹那、油断しきった肉蕾がぐっと押しつぶされた。と同時に胸元の頂が摘まみ上げられ、背中がビクンと弓なりに反り視界に星が弾けた。

「あっ、イっ、んああぁ!」

 内壁が智の指ごときつく狭窄する。それでも智は私の反応などお構いなしに智は浅瀬部分を強く押し込んだ。

「は、ぁあぁっ、むりっ、イッて、る、からぁっ!」
「ん、知ってる」
「あぅぅっ、だめっ、へんになる、やめっ、あ、んんんっ!!」

 智は素知らぬ顔でぐにぐにと神経の塊を刺激しながら内壁を責め立てる。それでも、うっそりと瞳を細めた智の手が小さな四角い袋に手を伸ばすのを視界に捉え、私は息も絶え絶えに言葉を絞り出した。

「ま……って、さ、としっ……!」
「待たねぇって」

 ことさら愉し気に口元をつり上げた智が口元でそれを開封する。蜜壺に差し込まれた智の指先が浅い内壁を執拗に押し上げていく。達した直後の敏感な身体に与えられ続ける刺激は甘く、私の思考を断続的に白く乱していった。

(やっ……!)

 それでも身体に残る力を振り絞って、目の前の智が手にしたそれを智の手のひらごと掴んだ。途端、智が目を瞠り、花襞に施されていた指先の愛撫が途絶える。

「わ……たし。ほしい、の、あ……る」
「……」

 動揺したように激しく揺れ動くダークブラウンの瞳をじっと見つめ、浅い呼吸を繰り返しながら小さく声を絞り出した。

「あかちゃん、……ほしい」

 泣きたくなるほどの激しい感情が胸の奥に湧き上がってくる。じわりと視界が滲み、それでも心の全てを智に明け渡すように、ただただ愛おしい彼をまっすぐに見つめ続けた。

「……いい、のか。仕事のことも……あんだろ?」

 躊躇うように言葉を選んだ智が苦し気に眉を歪める。私は首肯するように「だいじょうぶ」と小さく囁き返した。
 昨年の春、通関部に配属された加藤さんも南里くんも、めきめきと頭角を現している。事務処理全般を請け負っている三木ちゃんだって手腕を発揮して、通関二課の業績は毎月右肩上がりだ。忙しくもあるけれど――総合職の私が産休に入ったって、きっと彼らなら大丈夫なはずだから。
 私の言葉を聞き届けた智が切なそうな吐息をひとつ落とし、手に持った袋をシーツへと沈める。くぷんと水音を立て秘裂から指が引き抜かれ、ショーツが引き下ろされていく。
 外気に晒された秘部に熱く滾った生身の先端があてがわれ、私は思わず、ふ、と吐息を漏らした。

「知香」

 じっと私をみおろす智の唇から、焦がれるような声音で私の名前が囁かれる。蜜口がじんと疼いて、充血して綻んだ内部がいやらしくうねりを生んだ。

「あ……、は、ぁっ」

 ちゅぷ、という音とともに狭道がぐっと押し開かれていく。被膜を纏わない智のそれを受け入れるのははじめてのことで、全身が沸騰しそうなほどに興奮しているのが自分でもわかる。思わずぎゅうとシーツを握り締めた。
 智が私の腰をワンピースごと掴んで引き寄せる。こつんと音を立て最奥に口づけられると、胸を搔きむしりたくなるほどの甘く強い感情に支配された。

「ち……か」
「さ、と……し」

 額に小さく口づけが落とされる。腕の中に私をおさめた智はそのまま動かない。けれど、胎内に埋め込まれた智の重量と熱を強く感じ、思わず身じろぎしてしまう。内壁がきゅうと狭まる感覚にたまらなくなったのか、智は緩やかに腰を引いた。互いに服を着たまま行為に及んでいることが、淫靡な空気感に拍車をかけていく。

「んっ、んんっ、あぁっ!」
「すっげー、締まるっ……知香、力抜いてくれねぇと……!」
「そ、んなぁっ……あ、ひぁっ!」

 緩やかだった律動が次第に激しくなっていく。最奥を穿たれるたび、身体の芯がきゅんと疼き、余計に彼自身を締め付けてしまう。
 あまりにも激しすぎるから智の動きを制止したいけれど、中途半端に脱がされたワンピースが邪魔をして、シーツを強く握り締めることしかできない。

「ああっ、奥ぅっ、だめえっ! や、あんっ、んぅっ」
「知香……好きだ……愛、してる……っ」

 何かに取り憑かれたようなじっとりとした視線を向けられ、脳ごとを揺すられるような強いリズムが刻まれていく。つう、と、智の精悍な輪郭を汗が伝い落ちていった。
 じわじわと身体全体に広がっていく幸福感。押し寄せるような快感に支配され、私は息も絶え絶えに声を返す。

「わたしもっ……ぅ、ふぁんっ! あい、してる、あっ、んん――ッ!」

 想いを伝えた刹那、最奥めがけてひときわ強く突き上げられ、全身が硬直し、何もかもが真っ白に弾けた。腰から一気に駆け登って脳天を貫いた痺れは深く、強烈すぎるそれ、で。意識がどろどろに熔け落ちていく。
 そこから一拍おいて、智が歯を食いしばる音が聞こえた気がした。薄い唇の隙間からふっと重い吐息が吐き出された瞬間、最奥で熱いなにかが迸る感覚に心が震える。

「……ぁ……」

 ふわふわとした浮遊感の直後に襲う失墜感に包まれ、言葉を失くした私たちは身体を密着させたまま、永遠にも感じるような深い余韻を味わった。
 どくどくと鼓動が共鳴している。全身汗にまみれたまま抱き締め合い全身をくっつけていると、智が慈しむように私の髪を梳いていく。

「知香……」

 掠れた智の声が、まっしろな感覚に蕩けて陶然とする私の鼓膜を震わせる。

「な、まえ……」
「ん……?」

 小刻みに震える喉から言葉を絞り出すと、どこか気だるげに智が顔をあげた。

「もし……赤ちゃん、できたら……名前、どう、する……?」

 力の入らない腕を必死に動かしつつ、私も智の髪に指を差し込んだ。手のひらに感じるその感触を楽しんでいると、智はやわらかく瞳を細めていく。

「……そう、だなぁ。俺ら、苗字が難読だしな。すぐ読める簡単な漢字とか、女の子ならひらがなの名前とかもいーな……」
「ふふ……そう……だね、……読みやすい名前が、いい……かも、ね……」

 智の手のひらが私の頬を撫でた。熱いその手から、充分すぎるほどに智の愛が伝わってくる。
 こつんと額が合わせられ、智がふっと微笑んだ。未来を紡ぐ智の表情は、泣きそうなくらいにあたたかいもので、私も思わず口元が綻んでいく。

「あ~、マスターに名付け親になってもらうっつー手もあるなぁ……」
「ふふ……確かに……それもいいアイディア、かも」

 頬に当てられていた智の手のひらをそっと握り締める。
 確かな感情を伝えてくるあたたかな手に寄り添うように――――私はゆっくりと、瞳を閉じた。
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