俺様エリートは独占欲全開で愛と快楽に溺れさせる

春宮ともみ

文字の大きさ
上 下
260 / 273
挿話

Rainy Day.

しおりを挟む
 こちらのエピソードは時系列的に本編完結から少々遡り、本編終章252話付近のエピソード。「あの方々」のクリスマスに関するお話しです。お楽しみいただけましたら幸いです!





 - - - - - - - - -





 ふっと意識が浮上した。パチリと目を開くと、もう随分と見慣れてしまった……ソファから見るリビングの景色。浴室の方向から聞こえてくるドライヤーの音を聞きながら、込み上げてきた欠伸を噛み殺した。

(また……うたた寝、してしまった…)

 ここ最近眠れていないことがカナさんにバレてしまう。彼女がリビングに戻ってくる直前に目覚められたことは本当に僥倖と言えるだろう。そんな事を考えながらぼうっといつもの景色を見つめていると、不意に左の肩口がズキリと鈍く痛んだ。

「っ……」

 唐突に訪れた、鈍痛。右の手のひらで左の肩口に触れて視界を遮断した。奥歯をぐっと噛み締めて痛みを堪える。眉間に皺が寄るのを自覚しつつ、痛みを逃がすように長く長く息を吐き出していく。

(……明日も…雨、だっけ…)

 細く長く吐息を吐き出しつつ、薄目を開いて窓の外に視線を向けた。

 12月のタンザニアは小雨期で、ここ数日雨の日が続いている。雨の日は昔から嫌いだ。……傷が、痛むから。

(痛み、止め……飲むほどじゃぁ、ない…けどね~ぇ……)

 ゆっくりと痛みの位置を手のひらでさすりながら、心の中でため息をこぼす。昔から……いや、正確には成人して以降、雨の日は嫌いだった。軍隊や諜報機関に在籍していた時代から残る、全身の古傷が痛むから。今でこそ、この肩口以外は痛まないけれども。

 裂傷というものは見た目は完治したように見えても、皮下組織や筋肉組織は完全に回復していない。だからこそ血液の循環が悪くなったり筋肉の動きが制限されてしまうと、痛みが生じやすくなる。特に、こうして雨が降り気圧が変化することで体内の血液循環機能が妨げられ、水分で膨張した組織が神経に触れて痛みが出るという説が有力。他にも諸説あるらしいのだけれども。

 呼吸の間隔を意識して長くし痛みを逃しつつ、そっと目を開く。眼前に飛び込んできたのは、床に散らばったいくつもの書類。それを視認し、さっと血の気が引く。

(や、ば……)

 カナさんから、シャワーを浴びている間に確認しておいて、と手渡された……近隣の教会からの、聖歌隊ユニフォームの依頼書一式。この辺りはクリスマス前になると聖歌隊がお揃いのユニフォームを誂えるのだそうだ。今朝、智くんにかけた電話を切ったその足で、教会にユニフォームを納品に行った。その後にカナさんが作ってくれた請求書に間違いがないか、こうしてソファで照合しているうちに眠ってしまったのだろう。それらが俺の手から落ちて散らばってしまったのだ、と、そう理解した。

(……コレ…見られると、不味い…)

 カナさんには、隠していた全てが暴かれてしまう。それは日本にいた時から実証済みだ。この場面を見られてしまえば、俺が先週からあまり眠れていないこともカナさんには見抜かれてしまうだろう。それは勘弁願いたい。痛みを堪えるために唇を噛みながらソファから腰を浮かすと。

「やっぱり。マサ、肩が痛んで寝不足なんでしょう。しばらくそこで寝てなさい」

 咎めるような鋭い声色と共にふわりと石鹸の香りが漂った。ソファから腰を浮かして床に手を伸ばしたまま、ぎくりと身体が強張る。

 次の瞬間、ムニっと頬を引っ張られた。強制的に視線が絡み合った、琥珀色の瞳。中腰で俺を見つめている彼女のその瞳が、じとっとしたものに変わっていく。妙に居た堪れなくなり、そのじと目から思わず視線を外したくなった……けれど。

「……んん~。肩の所為じゃなくて、カナさんの仕事の振り方がおかしいからだと思うんだけど」

 随分と久しぶりに作るように感じる、へらっとした笑みを意識して顔に貼り付けた。

 タンザニアに移住して2ヶ月が過ぎようとしている。スワヒリ語の習得に加え、智くんからの依頼のタンザナイトの婚約指輪の手配、それが終わったと思ったら今度はこのユニフォームのデザイン案をいくつか出すように、と、仕事を振られた。これらは仕事の一環だから、不満はない。いつもそのタイミングが急すぎるだけで。

 けれど、2ヶ月一緒に過ごして感じたのは……正直、カナさんは働きすぎだと思う。もうすぐ年末にかかるのだし、カナさんも少しばかり仕事をセーブして欲しい。正面からそれを伝えたところでカナさんは受け入れないだろうから、チクッと針を刺すように、それでいて誤魔化すように言葉を紡いでいく。

 じとっとした目が不服そうに更に細まった。入浴を済ませたからか、いつもよりも血流が良く鮮やかにも思える赤い唇がゆっくりと開かれていく。
 
「嘘。だって目が充血してるもの。私の仕事の振り方が要因なら、夜は疲労からきちんと眠れているはずよ?」
「……」

 脳内で色々と考えているうちに、スパッと勢いよく俺の嘘を暴かれた。……まさか、目の赤さから嘘がバレるとは思ってもみなかった。鋭い指摘に、反論の言葉さえ見つからない。思わず視線がふよふよと泳いでいく。

請求書それ、本当は照合済んでるのよ。マサはすぐ無理するから」

 カナさんは俺の頬を摘んでいた指を離し、とすん、と俺の右横に沈み込んだ。不機嫌そうに紡がれた言葉を噛み砕いて、俺は結局、彼女の手のひらの上で転がされていたのだ、と。そう察した。


 気圧の変化からの鈍痛が要因で真夜中に度々起きてしまっていてこのところ睡眠が取れていないことがこんな形で露呈してしまうなんて。情なさと居心地の悪さからはぁっと大きくため息を吐き出し、右手でガシガシと頭を掻きながらソファに座り直す。

「……俺をってワケ…」
「あら、人聞き悪いわね? 別に嵌めたつもりはないわよ?」

 思ったよりも不機嫌な声が自分の喉から転がり落ちていったけれど、カナさんは俺の声色を意にも介さず、くすくす、と。悪戯っぽく笑みを浮かべた。そうして、俺の右腕を思いっきり引っ張っていく。

「!?」

 頭を掻いていたこともあり、思いっきり腕を引かれたことで上半身のバランスを失った。そのまま、ぽすん、と彼女の膝の上に頭が乗る。視界に映り込む天井と、眩い照明。突拍子もない展開に自分の身に起きたことがさっぱり把握出来ず、パチパチと目を瞬かせた。

「こういう時はね、に素直に甘えておくものよ?」

 見上げた先には、カナさんの至極柔らかい微笑み。『お姉さん』、という言葉に……心の中に僅かに黒い靄が浮かぶ。


 彼女は俺の事を。マスターと同じように、弟、と……そう思っている。同じ屋根の下で暮らしているけれど、というような……彼女が俺に向けている視線の中には、そんな空気が確かに存在しているのだ。


(この、感情だけは…)

 温かい光を宿した琥珀色の瞳を見つめながら心の中で小さく独りごちた。この感情だけは、カナさんに察して欲しくない。だから。

「わかった。ちょっとだけ」

 だから……素直に彼女の意思に従うことにした。琥珀色の瞳を真っ直ぐに見据えて苦笑したように声を上げて、そのままゆっくりと瞳を閉じる。

 ふっと。カナさんが穏やかに笑った声が、聞こえたような気がした。

「今日はクリスマスだし。マサも少し休みましょ」
「……ん…」

 頭上から降ってくる、暖かくて心地良い声。カナさんが俺の左肩に手のひらを当ててくれている。入浴後だからか、その手のひらがとても暖かくて。ズキズキとした鈍痛が和らいでいくような気がした。

「日本語で『手当て』って言うでしょ? 語源はこうして手を当てるから、なんですって」
「へぇ……」

 窓の外から、優しい雨音が耳に届く。静かで、穏やかで。やわらかな……久しぶりの、ゆっくりしたクリスマスの時間が過ぎていく。キリスト教では、愛と平和を持続していくための……そんな、日。


 ……雨の日は、やっぱり嫌いだ。けれどこうして……あたたかな時間が過ごせるなら。


(悪くは、ないの…かも……)

 左肩をさすってくれているカナさんが、痛みを吸い取ってくれているような。そんな心地よい感覚に、意識が真っ白で……穏やかな空間に。




 ふわふわした眠りに、落ちていった。
しおりを挟む
感想 96

あなたにおすすめの小説

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

【R18】深層のご令嬢は、婚約破棄して愛しのお兄様に花弁を散らされる

奏音 美都
恋愛
バトワール財閥の令嬢であるクリスティーナは血の繋がらない兄、ウィンストンを密かに慕っていた。だが、貴族院議員であり、ノルウェールズ侯爵家の三男であるコンラッドとの婚姻話が持ち上がり、バトワール財閥、ひいては会社の経営に携わる兄のために、お見合いを受ける覚悟をする。 だが、今目の前では兄のウィンストンに迫られていた。 「ノルウェールズ侯爵の御曹司とのお見合いが決まったって聞いたんだが、本当なのか?」」  どう尋ねる兄の真意は……

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

ネカフェ難民してたら鬼上司に拾われました

瀬崎由美
恋愛
穂香は、付き合って一年半の彼氏である栄悟と同棲中。でも、一緒に住んでいたマンションへと帰宅すると、家の中はほぼもぬけの殻。家具や家電と共に姿を消した栄悟とは連絡が取れない。彼が持っているはずの合鍵の行方も分からないから怖いと、ビジネスホテルやネットカフェを転々とする日々。そんな穂香の事情を知ったオーナーが自宅マンションの空いている部屋に居候することを提案してくる。一緒に住むうち、怖くて仕事に厳しい完璧イケメンで近寄りがたいと思っていたオーナーがド天然なのことを知った穂香。居候しながら彼のフォローをしていくうちに、その意外性に惹かれていく。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

身分差婚~あなたの妻になれないはずだった~

椿蛍
恋愛
「息子と別れていただけないかしら?」 私を脅して、別れを決断させた彼の両親。 彼は高級住宅地『都久山』で王子様と呼ばれる存在。 私とは住む世界が違った…… 別れを命じられ、私の恋が終わった。 叶わない身分差の恋だったはずが―― ※R-15くらいなので※マークはありません。 ※視点切り替えあり。 ※2日間は1日3回更新、3日目から1日2回更新となります。

一夜の過ちで懐妊したら、溺愛が始まりました。

青花美来
恋愛
あの日、バーで出会ったのは勤務先の会社の副社長だった。 その肩書きに恐れをなして逃げた朝。 もう関わらない。そう決めたのに。 それから一ヶ月後。 「鮎原さん、ですよね?」 「……鮎原さん。お腹の赤ちゃん、産んでくれませんか」 「僕と、結婚してくれませんか」 あの一夜から、溺愛が始まりました。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にエタニティの小説・漫画・アニメを1話以上レンタルしている と、エタニティのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。