247 / 273
番外編/SS
In your arms.
しおりを挟む
このエピソードは前話「You kissed me, whispering words of love. *」の翌朝のエピソードとなります。お楽しみいただけましたら幸いです!
- - - - - - - - -
ふっと意識が浮上した。すぅ、すぅ、と、背後から聞こえてくる規則的な寝息。いつものように後ろから抱き締められているから、身動きが取れない。
目だけを動かしてベッドサイドの時計に視線を向けると、もう6時を指していた。
(……いつ、寝たんだろ…)
覚醒したばかりの思考回路を回転させ、記憶の海を泳いで手繰り寄せても全く覚えがない。肌に直接シーツが当たる感覚に思わず眉間に皺を寄せ、むぅ、と口の先を尖らせた。
あのプロポーズに承諾の返答をし、迎えた年末年始。私の実家へ帰省している間に年を越して、こちらに帰ってきた足で智の実家に立ち寄って結婚の報告を済ませ……私たちの自宅へと帰ってきた。お互いに疲れているだろう、荷解き前に仮眠を取ろう、と……そう話して布団に潜り込み意識が溶けて―――智のいいように翻弄された。
終始愉しそうに笑みを浮かべ、悪びれた素振りも見せずに……お風呂場でも、その後も。帰省していて出来なかった分、何度も求められた。いつ眠りに落ちたのかも記憶にない。
(……とりあえず、今日まで休みでよかった)
眉間に寄った皺を緩ませながら小さく安堵の吐息を零す。飛行機のチケットを予約する際、年末年始休暇の最終日に私の地元から戻るか、それとも余裕を持って一日前に戻ってくるかを随分と悩んだ。まさかこうなるとは予想もしていなかったけれども、後者を選択しておいて正解だったと言えよう。……とはいえ。
(まさか寝てるところを襲われるとは思ってなかった……)
ふたりで上り詰めた後、お姫様抱っこでお風呂に連れて行ってもらっている最中に「寝ている時に襲うのは反則だ」と抗議をしたものの、素知らぬ顔で右から左に流されていったあの瞬間を思い出しふたたび眉間に皺が寄った。
今日は昨日手を付けられなかった荷解きを進めなければ。お昼前には式場見学に行く予定になっている。幸運にも早めに起きられたのだから早めに行動しよう、と……脳内で予定を組み立てていると、嫌な想像が唐突に頭に浮かんだ。
(……や、でも…智も今日まで休みってわかってたからこうしたんじゃ…)
眉間に寄った皺がさらに深くなっていく。あのプロポーズの日だって私の後輩たちに手回しをしていた智のことだから、有り得る。今日まで休みだとわかっていたからこその昨晩の行動だったのでは。
今度の帰省はゴールデンウィーク前の予定。次の帰省の時には同じ轍は踏まない、と心に決めて、一度寄せた眉間の皺を緩ませて気怠さの抜けない身体を捩った。胸の前に回された智の腕を解こうと手を伸ばしていく。
「ん…………」
直後、背後から智の掠れたような声が聞こえてくる。起こしてしまっただろうか、と、思わず身体が少しばかり強張った。くい、と首だけを動かしてゆっくりと後ろを振り返る。
(……? 寝てる…?)
視界に映る智は変わらず深く寝入っている。先ほどの声は寝言だったのだろう。ほぅ、と小さく胸を撫で下ろした。智の腕の中でゆっくりと身体を反転させ、そっと智の頬に手のひらを当てた。
(寝入ってるなぁ……もう少し、寝かせておこうかな…)
智は去年の初夏に昇進して以降、ずっと激務が続いている。休みの日くらいは少しばかりゆっくりしていて欲しいと願うのは贅沢だろうか。
(……まつげ、長い……)
頬に当てた手から指だけを動かして、目元をそっとなぞる。相変わらずまつげが長くて羨ましい。
今日も式場見学に行くにあたって運転してもらうのだ。荷解きは私だけでぼちぼち進めても大丈夫だろうから、と、思考を巡らせていく。
自分の身体を掛け布団の中にずるずると引き込んで、智の腕の中から抜け出した。もぞもぞと周囲に手を伸ばし、布団の中に散らばった下着や寝間着を探し出してそっと身に着ける。上半身を起こそうと手をベッドにつくと、スプリングが軋む音が響いていく。
「、ひゃ……っ!」
不意に、ベッドに付いた手首に熱い手のひらが当てられて裏返った悲鳴が零れた。咄嗟に反対の手で口元を覆う。
突然のことに踏ん張れもせず、その間にも伸びてきた手が私の腰を捕らえた。全身のバランスが崩れたところで手首に当てられた手のひらが私の胸の前に回り、脱出したばかりの掛け布団の中にずるずると引き摺りこまれていく。
気が付けば。あっという間に先ほどと全く同じ体勢になっていた。違うのは、一糸纏わぬ状態だった私が衣類を身に着けていることだけ。
状況把握が出来ずに混乱していると、トン、と。太ももに重みを感じた。腕を動かし掛け布団を少しばかり持ち上げて足元に視線を向けると、私の太ももの上に智の足が乗っている。乗っている……というより、これは絡められている、と言った方が正しいだろうか。その動作はまるで私をベッドから抜け出せさせないためのよう、だった。
「……起きてる?」
もしかしなくても、智は起きているのだろうか。小さく問いかけながら背後を見遣ろうとするけれど、がっちりと抱き締められて身動きが取れない。懸命に首だけを動かして視界の端で智の表情を確認する。
「……ぇえ…」
そこには智の穏やかで、それでいて―――至極満足そうな寝顔があるだけ。私が覚醒した時から聞こえてきていた規則的で深い寝息もそのままだ。困惑しきった声が自分の喉から零れ落ちていく。
ぴとりとくっついた背中から、智の力強い鼓動が伝わってくる。とくん、とくん、と……心地よいとも言えるリズム。
(……)
寝惚けている、のだろうか。それにしてはあまりにも的確なタイミングだったように思える。先ほどの私を引き寄せるような行動といい、今の行動といい……無意識下の智がどれほど私の存在を求めているのかを突き付けられるような気がした。私を抱き締めたまま満足気な表情を浮かべているその様子に、なんだか……胸の奥が、くすぐったい。
(……あと、ちょっとだけ…)
ゆっくりと登ってきた太陽の光が、寝室のカーテンの隙間から差し込んで踊るのを横目に。私は口元を緩ませ、智の腕の中にそっと―――身体をうずめた。
- - - - - - - - -
ふっと意識が浮上した。すぅ、すぅ、と、背後から聞こえてくる規則的な寝息。いつものように後ろから抱き締められているから、身動きが取れない。
目だけを動かしてベッドサイドの時計に視線を向けると、もう6時を指していた。
(……いつ、寝たんだろ…)
覚醒したばかりの思考回路を回転させ、記憶の海を泳いで手繰り寄せても全く覚えがない。肌に直接シーツが当たる感覚に思わず眉間に皺を寄せ、むぅ、と口の先を尖らせた。
あのプロポーズに承諾の返答をし、迎えた年末年始。私の実家へ帰省している間に年を越して、こちらに帰ってきた足で智の実家に立ち寄って結婚の報告を済ませ……私たちの自宅へと帰ってきた。お互いに疲れているだろう、荷解き前に仮眠を取ろう、と……そう話して布団に潜り込み意識が溶けて―――智のいいように翻弄された。
終始愉しそうに笑みを浮かべ、悪びれた素振りも見せずに……お風呂場でも、その後も。帰省していて出来なかった分、何度も求められた。いつ眠りに落ちたのかも記憶にない。
(……とりあえず、今日まで休みでよかった)
眉間に寄った皺を緩ませながら小さく安堵の吐息を零す。飛行機のチケットを予約する際、年末年始休暇の最終日に私の地元から戻るか、それとも余裕を持って一日前に戻ってくるかを随分と悩んだ。まさかこうなるとは予想もしていなかったけれども、後者を選択しておいて正解だったと言えよう。……とはいえ。
(まさか寝てるところを襲われるとは思ってなかった……)
ふたりで上り詰めた後、お姫様抱っこでお風呂に連れて行ってもらっている最中に「寝ている時に襲うのは反則だ」と抗議をしたものの、素知らぬ顔で右から左に流されていったあの瞬間を思い出しふたたび眉間に皺が寄った。
今日は昨日手を付けられなかった荷解きを進めなければ。お昼前には式場見学に行く予定になっている。幸運にも早めに起きられたのだから早めに行動しよう、と……脳内で予定を組み立てていると、嫌な想像が唐突に頭に浮かんだ。
(……や、でも…智も今日まで休みってわかってたからこうしたんじゃ…)
眉間に寄った皺がさらに深くなっていく。あのプロポーズの日だって私の後輩たちに手回しをしていた智のことだから、有り得る。今日まで休みだとわかっていたからこその昨晩の行動だったのでは。
今度の帰省はゴールデンウィーク前の予定。次の帰省の時には同じ轍は踏まない、と心に決めて、一度寄せた眉間の皺を緩ませて気怠さの抜けない身体を捩った。胸の前に回された智の腕を解こうと手を伸ばしていく。
「ん…………」
直後、背後から智の掠れたような声が聞こえてくる。起こしてしまっただろうか、と、思わず身体が少しばかり強張った。くい、と首だけを動かしてゆっくりと後ろを振り返る。
(……? 寝てる…?)
視界に映る智は変わらず深く寝入っている。先ほどの声は寝言だったのだろう。ほぅ、と小さく胸を撫で下ろした。智の腕の中でゆっくりと身体を反転させ、そっと智の頬に手のひらを当てた。
(寝入ってるなぁ……もう少し、寝かせておこうかな…)
智は去年の初夏に昇進して以降、ずっと激務が続いている。休みの日くらいは少しばかりゆっくりしていて欲しいと願うのは贅沢だろうか。
(……まつげ、長い……)
頬に当てた手から指だけを動かして、目元をそっとなぞる。相変わらずまつげが長くて羨ましい。
今日も式場見学に行くにあたって運転してもらうのだ。荷解きは私だけでぼちぼち進めても大丈夫だろうから、と、思考を巡らせていく。
自分の身体を掛け布団の中にずるずると引き込んで、智の腕の中から抜け出した。もぞもぞと周囲に手を伸ばし、布団の中に散らばった下着や寝間着を探し出してそっと身に着ける。上半身を起こそうと手をベッドにつくと、スプリングが軋む音が響いていく。
「、ひゃ……っ!」
不意に、ベッドに付いた手首に熱い手のひらが当てられて裏返った悲鳴が零れた。咄嗟に反対の手で口元を覆う。
突然のことに踏ん張れもせず、その間にも伸びてきた手が私の腰を捕らえた。全身のバランスが崩れたところで手首に当てられた手のひらが私の胸の前に回り、脱出したばかりの掛け布団の中にずるずると引き摺りこまれていく。
気が付けば。あっという間に先ほどと全く同じ体勢になっていた。違うのは、一糸纏わぬ状態だった私が衣類を身に着けていることだけ。
状況把握が出来ずに混乱していると、トン、と。太ももに重みを感じた。腕を動かし掛け布団を少しばかり持ち上げて足元に視線を向けると、私の太ももの上に智の足が乗っている。乗っている……というより、これは絡められている、と言った方が正しいだろうか。その動作はまるで私をベッドから抜け出せさせないためのよう、だった。
「……起きてる?」
もしかしなくても、智は起きているのだろうか。小さく問いかけながら背後を見遣ろうとするけれど、がっちりと抱き締められて身動きが取れない。懸命に首だけを動かして視界の端で智の表情を確認する。
「……ぇえ…」
そこには智の穏やかで、それでいて―――至極満足そうな寝顔があるだけ。私が覚醒した時から聞こえてきていた規則的で深い寝息もそのままだ。困惑しきった声が自分の喉から零れ落ちていく。
ぴとりとくっついた背中から、智の力強い鼓動が伝わってくる。とくん、とくん、と……心地よいとも言えるリズム。
(……)
寝惚けている、のだろうか。それにしてはあまりにも的確なタイミングだったように思える。先ほどの私を引き寄せるような行動といい、今の行動といい……無意識下の智がどれほど私の存在を求めているのかを突き付けられるような気がした。私を抱き締めたまま満足気な表情を浮かべているその様子に、なんだか……胸の奥が、くすぐったい。
(……あと、ちょっとだけ…)
ゆっくりと登ってきた太陽の光が、寝室のカーテンの隙間から差し込んで踊るのを横目に。私は口元を緩ませ、智の腕の中にそっと―――身体をうずめた。
0
お気に入りに追加
1,544
あなたにおすすめの小説
【完結】エリート産業医はウブな彼女を溺愛する。
花澤凛
恋愛
第17回 恋愛小説大賞 奨励賞受賞
皆さまのおかげで賞をいただくことになりました。
ありがとうございます。
今好きな人がいます。
相手は殿上人の千秋柾哉先生。
仕事上の関係で気まずくなるぐらいなら眺めているままでよかった。
それなのに千秋先生からまさかの告白…?!
「俺と付き合ってくれませんか」
どうしよう。うそ。え?本当に?
「結構はじめから可愛いなあって思ってた」
「なんとか自分のものにできないかなって」
「果穂。名前で呼んで」
「今日から俺のもの、ね?」
福原果穂26歳:OL:人事労務部
×
千秋柾哉33歳:産業医(名門外科医家系御曹司出身)
冷徹上司の、甘い秘密。
青花美来
恋愛
うちの冷徹上司は、何故か私にだけ甘い。
「頼む。……この事は誰にも言わないでくれ」
「別に誰も気にしませんよ?」
「いや俺が気にする」
ひょんなことから、課長の秘密を知ってしまいました。
※同作品の全年齢対象のものを他サイト様にて公開、完結しております。
お知らせ有り※※束縛上司!~溺愛体質の上司の深すぎる愛情~
ひなの琴莉
恋愛
イケメンで完璧な上司は自分にだけなぜかとても過保護でしつこい。そんな店長に秘密を握られた。秘密をすることに交換条件として色々求められてしまう。 溺愛体質のヒーロー☓地味子。ドタバタラブコメディ。
2021/3/10
しおりを挟んでくださっている皆様へ。
こちらの作品はすごく昔に書いたのをリメイクして連載していたものです。
しかし、古い作品なので……時代背景と言うか……いろいろ突っ込みどころ満載で、修正しながら書いていたのですが、やはり難しかったです(汗)
楽しい作品に仕上げるのが厳しいと判断し、連載を中止させていただくことにしました。
申しわけありません。
新作を書いて更新していきたいと思っていますので、よろしくお願いします。
お詫びに過去に書いた原文のママ載せておきます。
修正していないのと、若かりし頃の作品のため、
甘めに見てくださいm(__)m
隠れドS上司の過剰な溺愛には逆らえません
如月 そら
恋愛
旧題:隠れドS上司はTL作家を所望する!
【書籍化】
2023/5/17 『隠れドS上司の過剰な溺愛には逆らえません』としてエタニティブックス様より書籍化❤️
たくさんの応援のお陰です❣️✨感謝です(⁎ᴗ͈ˬᴗ͈⁎)
🍀WEB小説作家の小島陽菜乃はいわゆるTL作家だ。
けれど、最近はある理由から評価が低迷していた。それは未経験ゆえのリアリティのなさ。
さまざまな資料を駆使し執筆してきたものの、評価が辛いのは否定できない。
そんな時、陽菜乃は会社の倉庫で上司が同僚といたしているのを見てしまう。
「隠れて覗き見なんてしてたら、興奮しないか?」
真面目そうな上司だと思っていたのに︎!!
……でもちょっと待って。 こんなに慣れているのなら教えてもらえばいいんじゃないの!?
けれど上司の森野英は慣れているなんてもんじゃなくて……!?
※普段より、ややえちえち多めです。苦手な方は避けてくださいね。(えちえち多めなんですけど、可愛くてきゅんなえちを目指しました✨)
※くれぐれも!くれぐれもフィクションです‼️( •̀ω•́ )✧
※感想欄がネタバレありとなっておりますので注意⚠️です。感想は大歓迎です❣️ありがとうございます(*ᴗˬᴗ)💕
地味女で喪女でもよく濡れる。~俺様海運王に開発されました~
あこや(亜胡夜カイ)
恋愛
新米学芸員の工藤貴奈(くどうあてな)は、自他ともに認める地味女で喪女だが、素敵な思い出がある。卒業旅行で訪れたギリシャで出会った美麗な男とのワンナイトラブだ。文字通り「ワンナイト」のつもりだったのに、なぜか貴奈に執着した男は日本へやってきた。貴奈が所属する博物館を含むグループ企業を丸ごと買収、CEOとして乗り込んできたのだ。「お前は俺が開発する」と宣言して、貴奈を学芸員兼秘書として側に置くという。彼氏いない歴=年齢、好きな相手は壁画の住人、「だったはず」の貴奈は、昼も夜も彼の執着に翻弄され、やがて体が応えるように……
過去1ヶ月以内にエタニティの小説・漫画・アニメを1話以上レンタルしている
と、エタニティのすべての番外編を読むことができます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にエタニティの小説・漫画・アニメを1話以上レンタルしている
と、エタニティのすべての番外編を読むことができます。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。