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挿話

I swear by you.

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 コツコツと、私のヒールの音が響く。いつもの交差点に辿り着いて周辺を見回すも、達樹の姿はなくて。結局、いつもの場所に凭れかかって待つことにした。

 肩にかけた引き出物の紙袋を足元に置いて、ほぅ、とため息をついた。そのまま梅雨の晴れ間の空を夕焼けを見上げる。

「……晴れてよかった…」

 今日は先輩と邨上さんの結婚式、だった。ちょうど一年前は響介の結婚式で、雨、で。あの時……邨上さんを迎えに来た先輩と鉢合わせて、雨だからとホテルの中まで迎えに来た達樹とも鉢合わせて……私たちのことがバレてしまって。それでも先輩は誰にも言わずにいてくれているから、1年経っても私たちの関係は会社内には全くバレていない。

 だから同じ結婚式に出席していても、別々のタイミングで披露宴会場を出た。そしてこうやっていつもの交差点で待ち合わせて……これから達樹の家に帰ることにしている。

(……遅いわね…)

 私よりも早く披露宴会場を出た達樹。だから、達樹が先にここで待っていると思ってたのに。どうしてこんなに遅いのだろう。

 つい、と、足元の引き出物の紙袋の視線を落とす。視界に飛び込んでくるのは、披露宴のブーケプルズで引き当てたラナンキュラスのブーケ。茎は水を含ませたコットンで保護してある、とスタッフさんに言われたものの、綺麗なうちに花瓶に活けてあげたいから早く帰ってしまいたいのに。

(…………本当に……お姫様みたいだった…)

 ウェディングドレス姿の先輩は、本当に幸せそうで。先輩と邨上さんには紆余曲折あったことを知っているからこそ、なんというか、とても感慨深く思えた。

 そんなことを考えていると、トン、トン、と。軽快な革靴の音がした。多分、この足音は達樹。達樹は所作が綺麗だから歩き方も綺麗で、足音も綺麗な音がするのだ。

 偽りの関係に終止符を打って、1年と3ヶ月が過ぎた。お互いに会社では直接的な接触を過剰なほど避けているから、視界の端で相手の姿を捉えたりだとかいう変な技術が磨かれて。こうして足音さえも聞き分けられるようになった。

 そっと足元の紙袋を手にとって、凭れかかっていた電柱から背中を起こした。

「遅かった、わ……ね………」

 目の前に現れた達樹の姿に驚いて、声が途中で出なくなった。だって。



 目の前には。赤い薔薇の花束を持った、達樹の姿があって。驚きのあまり、呼吸が止まった。



「……40本の、薔薇。意味は、『真実の愛を誓います』、です」

 達樹が緩やかな動作で、私の腕をゆっくりと持ち上げて。ぽすん、と。達樹の腕の中にあった花束が、私の腕の中に移されて行く。芳醇で濃厚な薔薇の香りが、ふわり、と、私の鼻腔をくすぐった。


 何が起きているのか。何を言われたのか。
 達樹が何を言ったのか。
 理解するのに、ひどく時間がかかった。


 思考回路が思いっきり停止しているにも関わらず、視線は達樹のひとつひとつの動作をただただ追尾カメラのように追っていく。

 そうして、達樹が。スーツの背広のポケットから、小さな濃紺のベルベットの箱を取り出して。ゆっくりと、開いていく。


 キラキラと。夕陽を浴びて、虹色の反射を生み出す……小さな、指輪。


「社会人3年目の俺の給料じゃ、これくらいが精一杯で。それでも……今、真梨さんが25歳だから、0.25カラットのものを探しました」

 目の前の、ベルベットの箱に落とされていた達樹の視線。その視線が、ゆっくりと、上げられて―――黒曜石のような黒い瞳に、真っ直ぐ貫かれていく。

「真梨さんは俺の人生にはなくてはならない人です。真梨さんは、俺に光を与えてくれる存在です。俺は、いつかは極東商社を辞めて、叔父の……九十銀行の後を継ぐことになります。多分、これから先、とてつもなく苦労かけると思います。ですが、これから先、悲しいことも嬉しいことも、真梨さんと一緒に乗り越えていきたいです」

 普段、寡黙で口下手なはずの達樹が。あの時も―――偽りの関係に終止符を打つ時も。消え入りそうな声で、そうして時折言い淀んで、涙ぐんでいたような、達樹が。

 確かな、強い意志を宿して。
 私だけを、真っ直ぐに見つめて。

 ゆっくりと……幸せの声が響いていく。

「だから………幸せに、する、とは…絶対的には誓えませんが……その代わり」


 達樹の目が。私を捉えて離さない。目の前の黒い瞳は、一瞬の瞬きさえ許させてくれないような強さを孕んでいて。


「俺の全てをかけて、真実の愛を誓います」


 そうして、達樹が。
 ふわり、と。愛おしそうに目を細めて。
 私を、ただただ、優しく見つめている。


 ゆっくりと。些細な幸せを、噛み締めるように。
 ありあまる光の美しさを、掴み取るように。


 達樹の薄い唇から、幸福の言葉が紡がれていった。



「……俺と、結婚して下さいませんか」



 答えなんて。
 もう、ずっと前から、決まっていて。



「……はい」



 消え入りそうな声を上げたのは、あの時と違って―――私、だった。
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