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本編・第三部

【幕間】このままずっと、優しい日々が。(下) *

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 お互いの身体の前で手を絡めて、身体をベッドに横たえたまま。啄むような、小さなリップ音が響く。

 次第にそれが深くなっていく。舌を絡め取られて、吸い上げられて。私の全てを奪われるような深い口付けに、呼吸すらままならなくて。段々と意識が霞んでいく。

 するり、と。シーツの衣擦れの音がして。繋がれた手が、私の顔の真横にある。ベッドに組み敷かれたことを認識した途端、ぼうっとした意識が覚醒した。思わず全身が緊張し強張っていく。

「……んっ……、」

 甘ったるい声が自分の喉からこぼれ落ちていく。角度を変えて何度も絡め取られて、吸い取られる。飢えた欲を貪るように。深く、きつく。

「んっ……ふっ……んんんっ……」

 飽きもせず続けられる口付けの甘さと激しさ。ふたたび思考が霞んでいくタイミングで、濡れた音をさせて唇が離れた。銀色に輝く糸が、私たちを繋いでいるのをぼうっと眺める。

「……真梨、さん」

 達樹が掠れた声で私の名前を呼んだ。真っ直ぐ貫く黒い瞳に、深い劣情が滲む。思わず、呼吸が止まった。

「本当に。俺、これ以上は、我慢なんか出来ないですよ。……本当に、いいんですか?」

 確認するように。私の覚悟を、推し量るように。真剣な声色で、ゆっくりと紡がれていく言葉たち。同意を求められている、ということにひどく羞恥心が沸き起こる。

 かっと耳まで赤くなっていく感覚に気が付かない振りをしながら目の前の達樹から顔を背け、こくこくと小さく首を縦に振る。

 私がそう頷いた瞬間に。鎖骨の辺りに噛み付くようにきつく吸い付かれた。チリッと痛みが走っていく。

「んっ……つっ……」

 思わずまた身体に緊張が走る。ぎゅっと目を強く瞑った。

 達樹は次々に胸元にキスを繰り返し、胸元に紅い華をたくさん咲かせていく。

「っ……、っん、……」

 自身から出る甘ったるい声に耐えられなくなる。口を塞ぎたいのに、私の手は達樹の手に絡められてシーツに縫い付けられているから、そんなことも出来なくて。ぐっと唇を噛み締めながら、背筋を這い上がってくるような何かを堪える。

 達樹は私が必死に堪えているのを知ってか知らずか、胸元からそろりと顔を上げて耳たぶを噛んだ。

「あ、うっ…っ、」

 そのまま耳の中に舌を這わされる。ざらりとした舌が蠢いている、と言えるような独特の感覚に、びくり、と全身が跳ねた。

 私の反応に達樹が甘く吐息を漏らして笑う声が耳元で小さく聞こえる。

「……耳、弱かったんですね」

「ん、っ……、んぅ……っ」

 そんなこと、知らないのに。楽しそうに笑われて、恥ずかしくて堪らない。絡められた手をぎゅっと握りしめて、はぁっと大きく息を吐き出しながらわけのわからない感覚を逃がしていくけれど、達樹は執拗といえるほどに耳たぶに口付け、甘噛みしていく。

「っ、やっ、やめ……っ」

 とうとう耐えられなくなって、息も絶え絶えに懇願するけれど。

「だめです。やめません。……俺、言いましたよね?」

 達樹は即座にそう口にして、また唇を深く奪われていく。

「ふ、……んんっ……」

 ぴちゃぴちゃと淫らな音がする。達樹の熱い舌が、私の前歯をなぞり、這わせ、私の腔内を犯していく。

「もう、止まれませんから」

 唇が解放された瞬間に、低く、小さく呟かれる。するり、と、絡められた手が離された。同時に、達樹は首筋に舌を這わせながら、右手だけで器用に寝間着の前ボタンを外していく。ひやり、と、室内の冷房の冷たさが肌の表面をさらっていく。

 身体を正面から見られるのは、初めてに近い。だって、偽りの関係でいた時は、絶対に後ろからしか抱かせなかったから。込み上げてくる強烈な恥ずかしさに、開放された両腕で身体を抱き達樹の視線から隠すも、手首を掴まれ、シーツに縫い付けられる。隠せない、と理解して、顔だけでもと首を背けた。

「……綺麗、ですね」

 ぽつ、と。達樹が小さく呟いた。その事実にも羞恥心が込み上げる。全身が真っ赤になっているような、そんな気がする。

 手首を掴まれていた手が離れて、ふたつのふくらみが包み込まれる。やわやわと優しく揉みしだかれ、身体がビクリと跳ねた。

 不意に。その片方のふくらみの桜色の頂にきつく吸い付かれる。

「っ!……んんんっ」

 稲妻に打たれたような激しく甘い衝撃が走り、思わず手のひらで口を覆う。

 ざらついた舌の腹で、ゆっくりと転がされていく。執拗に往復する舌に、身体の奥が熱くなる。

「っ、ふ、ぁ……っ」

 自分でも信じられないほど、恥ずかしい声が漏れ出ていく。

 偽りの関係でいた時、先輩を重ねていた達樹を現実に引き戻したくなくて。漏れ出る声を必死に堪えていたのが癖づいていて。声なんて、我慢できる、と。そう思っていたのに。


 堪えようとすればするほど―――甘い声が、堪えられなくなっていく。


 動揺している間にも、達樹はふくらみを揉みしだき、固くなった蕾を攻めたてていく。

 するり、と。ふくらみを包んでいた達樹の右手がくびれをつぅっとなぞり、下腹を撫で、寝間着のズボンの中に入り込み下着の奥へと手を伸ばした。ショーツの上から、ゆっくりと……優しくなぞられて。ふたたび身体が大きく跳ねた。

 達樹がふっと笑みを浮かべる。ショーツのクロッチのわきから長い指が侵入し、くちゅり、と、淫らな水音をさせていく。

 恥ずかしさで死んでしまいそうだ。ぐっと唇を噛むと、視界がじわりと滲んでいく。

 私から溢れ出た蜜を指に絡めた達樹の指が、ぷっくりと膨れ上がった秘芽に触れた瞬間、あまりの強烈な感覚に、自分でも驚くほどの大きな嬌声が響いた。

「ひゃぁんっ!……っ、……や、あっ」

 ぐっと唇を噛んで、手の甲を当てて必死に声を抑える。

 私のその様子に、達樹はくすりとふたたび吐息を漏らした。

「可愛い声。やっと聞けました。……あの時からずっと、枕を噛んで我慢してたんですね」

 達樹はそう口にしながらも、執拗に秘芽を嫐っていく。ぬめった私の秘部と、秘芽を、達樹の指が行き来する。

 ぬるぬると、時に、指の腹で弾くように。それだけで、視界がぼやけ、思考が鈍る。

「そ、そうっ……ああっ…くぅっ……んっ、」

 手で口を塞いでいるのに、甘ったるい声が漏れ出ていく。額から、首筋から、じっとりと汗が噴き出す。達樹の空いた指が、つぷん、と、私のナカに埋め込まれた。押し開かれるような感覚に大きく息を吐き出しながら身悶えしていると、さらっと。

 耳を疑うような、とんでもないことを達樹が口にした。

「…………なら、啼かずにはいられないほど、よがらせれば良かった、ですかね…… 」

「え……ええっ?……ああっ!だめっあ、ああ、あ、んっ」

 紡がれた言葉の意味を噛み砕く時間すら与えて貰えない。達樹の長い指が、秘芽をスリスリと擦る。

 埋め込まれた指が、大きな水音をさせながら私のナカを撹拌していく。ゆっくりと襲ってくる大きななにかに抗うこともできず。

「あっ、ぅう、―――――っ!!!」

 達樹から施される緩やかで激しい愛撫にどんどん高まって行き、腰から頭にかけて、肌の表面をなにかが一気に這い上がった。真っ白な感覚に身体も意識も登りつめ、身体が一気に弛緩していく。

「はっ…はぁ……はぁっ…」

 シーツを強く握り締めたまま荒く乱れた呼吸をしていると、もう意味をなしていないショーツが取り払われ、達樹が自分の寝間着を脱ぎ捨てた。つい、と、頭上に視線を向けると、胸元に真っ直ぐに走る大きなケロイド。力の入らない腕を懸命に伸ばして、その傷痕をゆっくりと……慈しむようになぞる。


 達樹が、生きようとした証。達樹が、生きている、証。


 私のその動作に、達樹がはにかむように笑って、啄むようなキスをくれた。

「んっ、は……っ」

 達樹にしがみつきながら、啄ばむような口付けに必死で応える。そんな私の様子に、達樹は私の髪を愛おしそうに何度も撫でていく。

 大きなリップ音を立てて名残惜しそうに唇が離れていった。目を開くと、眼前に浮かぶ黒曜石のような黒い瞳が、真っ直ぐに私を貫いていた。

「力。抜いて、くださいね……」

 達樹はそれだけを呟いて、ゆっくりと、慎重に。腰を押し進めていく。久しぶりに受け入れる、熱い、灼熱の昂ぶり。内側から押し広げられるような独特の感覚に、思わず息が止まる。

「痛い、ですか?……ゆっくり、息、吐いて……」

「……は、ぁっ、」

 達樹のその言葉に、ふるふると頭を振る。痛みはない。けれど、圧倒的な質量が、苦しい。登りつめたばかりのソコはひどく波打っているのが自分でもわかる。それが苦しさに拍車をかけているように思えた。

 押し進められるたび、息苦しさに身体が強張っていく。ぎゅう、と、シーツを握りしめる。そのたびに、耳たぶを甘噛みしされながら小さく囁かれていく。

「ゆっくり、呼吸して……そう、です」

 もうなにもわからない。囁かれていく達樹の言葉に訳もわからず従い、引き攣れる喉を必死に動かして息を大きく吸って、ゆっくりと吐き出す。

 肺に残った最後の空気を吐き出したその瞬間、熱い楔が最奥までゆっくりと埋め込まれて。甘い衝撃に上ずった声が漏れると、達樹が不安気に小さく声をこぼした。


 痛みとか、苦しさとか。そんなことよりも、達樹がやたらと私のことを気遣ってくれていることのほうが何十倍も嬉しかった。ぽろぽろと涙がこぼれる。


 流れ落ちる涙を痛みのせいだと達樹は勘違いしたのか、達樹は流れ落ちる涙を、ざらりとした舌でそっと掬い取っていく。

「……すみません」

 強張ったような声色が耳元で響く。その言葉にぎゅっと閉じた瞼を開いて、整わない呼吸のまま達樹に言葉を投げかけた。

「…ど、して……達樹が、謝るのよ…」

 私の問いかけに、達樹は身体を繋げたまま、ゆっくりと上半身を起こして腕を私の顔の両側に置いた。ギシリ、と、スプリングが軋む音がやけに耳についた。

 肘だけで身体を支えつつ、汗ばんだ私の額に触れて、私の前髪をそっと掻き上げていく。……その手が、少しだけ。ほんの少しだけ、震えているように思えて。思わず目を瞬かせる。


「………あの時。初めて、でしたよね。真梨さん」


 投げかけられた言葉に、小さく息を飲んだ。ゆっくり視線をあげると、眼前に映し出される達樹の表情は……まるで自分が傷付けられたかのような、鋭い痛みを抱えた表情をしていて。


 あの時のことを、ひどく後悔してる、というのが。ひしひしと伝わってくる。

 滅多に感情を表に出さないはずの達樹が。その整った顔を苦痛に歪めているのが、ひどく痛々しかった。苦しそうな、辛そうなその表情に、胸の奥にザクリと何かを突き立てられるような感覚があった。


 達樹が紡いだ言葉。それを否定するように小さく首を振って、達樹が人知れず抱え込んできたであろう罪悪感を取り払うための言霊を、ゆっくりと紡いでいく。


「………謝るのは、私の方。騙し討ち…だった、から」


 達樹が謝るのは筋違いだ。私があの時達樹を騙したのだから。私が無理矢理に、抱かせたから。達樹に生きていて欲しい、なんていう、私の浅ましい願いで。達樹を偽りの関係に引き摺り込んで、苦しませたから。セカンドバージンと言い張って、罪悪感を抱かせないように誘導したから。


 今、結果的に騙されてはくれなかったということを知るけれど。達樹は、いつ……気付いたのだろう。

 握り締めたシーツからそっと手を離して、達樹の頬に優しく触れた。

「……ずっと、好きだったから。……嘘でも嬉しかった。本当よ?」

 達樹の泣き出しそうな表情に、私も泣きそうになったけれど。ぐっと堪えて、ふわりと笑って見せた。涙を見せたら、達樹はまた要らぬ罪悪感を感じてしまうだろうから。

「だから、責任なんて、考えなくていい。達樹が私に飽きたら言ってくれたらいい。それまでは、」

「飽きるなんて絶対にないです」

 私の言葉に被せるように、達樹の真っ直ぐな声が響いた。……飽きるまでは、そばにいさせて、と……伝えたかったのに。


 真っ直ぐに私を貫く、澄んだ瞳。その瞳に灯る、確かな愛情。

 心が、
 身体が、
 魂が、震えて。

 もう、何も言葉に出来なかった。


 達樹は真剣な表情をふっと和らげて。黒い瞳を、優しげに細めて、言葉を続けた。

「というより。こんなに素直じゃなくて、とんでもなく鈍い真梨さんの彼氏なんて、世界中探しても俺以外務まらないと思いますけどね」

 そうして、口元を幸せそうに綻ばせて。ゆっくりと、私の唇にキスを落とした。

 達樹の瞳には、もう罪悪感も、一点の曇りも見られなかった。あるとすれば、真剣さと、―――滾るような、情熱。

 その熱さにあてられて、私も顔が綻んでいく。

「……そう、かも…しれない、わね…」

 確かに。私の彼氏は……世界中を探しても、達樹以外しっくりくる人はいないだろう。

 自然と視線が絡まって。くすり、と。小さく笑い合った。小さなキスが額に落とされる。愛おしむように、私の両頬に達樹の熱い手のひらが添えられる。そうして、私に言い聞かせるように、ゆっくりと。達樹が唇を開いた。

「真梨さんは、もう俺のですから。誰にも、渡しません」


 人の心は、変わる。達樹の好きな人が、先輩から私に変わっていったように。いつか裏切られる時が来るかもしれないけれど、今は、今だけは。


 その言葉を―――信じたい。


 感情のままにこぼれ落ちていく雫が、達樹の指先を濡らしていく。頬に添えられた手のひらを、自分の手のひらで包んだ。

「……うん……離さないで、ちょうだいね……」

 私の言葉に達樹が嬉しそうに笑って。その笑顔がとても眩しくて、お腹の奥がぎゅっと切なくなった。その瞬間、達樹の表情が変わって、切なそうに眉を顰めて小さく吐息を吐き出していく。

「……すみません。もう、色々限界で。動いて、いい、ですか?」

 その一言に。繋がったままの、私の身体に、達樹の身体に。それぞれに何が起こったかを悟って顔が火照るけれど。

「………ん…」

 もう、達樹に我慢なんてして欲しくなかったから。顔を逸らさずに、達樹を真っ直ぐに見つめたまま、小さく頷いた。




 それからの事は、あまり記憶にない。ただただ、優しく、ただただゆっくりと揺らされ、突き上げられて。

 緩やかに、穏やかに。時折、余裕が無さそうに。掠れた声で私の名前を呼ぶ達樹が、すごく大切で、愛しくて。

 嬉しくて、際限なく涙が溢れていく。




(このまま、ずっと……)

 ずっと。優しい日々が。これから先もずっと、続いていくと―――信じられる、気がする。




「あ、あっ……た、つきっ…」

「っ……ま、り、さ……」




 もう、お互いの事しか考えられない。お互いの身体をぎゅっと抱き寄せて。お互いに愛の言葉を囁きながら、何もない真っ白な空間へ、手を取り合って登りつめていった。






 気怠く、甘い情事の後。達樹が手早く避妊具を片付け、激しい余韻から抜けきれない私の真横に、ぽすん、と横になって。躊躇いがちに小さく問いかけてきた。

「その。再来週。おひとりで行きたいかなと思って、チケットはひとり分準備してました。………でも、俺も一緒に行って……いい、ですか……?」

 こてん、と。達樹が小さく首を傾げながら、私の手をぎゅっと握った。


 達樹は、途方もなく口下手だけれど。私に対しては、遠慮したり、我慢したりすることを、もう止める、と。言外に伝えてくれているのだと思う。

 だから、私も。達樹に対して、遠慮したり、我慢したり、……達樹の気持ちを疑ったり。そんなことをするのは、もう、おしまいにしよう。


「……ん。一緒に、行きましょ。約束よ?」


 私の言葉に、達樹が嬉しそうに顔を綻ばせた。そうして、ふたりでお互いに誓い合うように―――小さく、キスをした。
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