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本編・第三部

【小噺】In a world that has lost colour.

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 エブリスタ限定で公開していた【小噺】を、第3章終幕記念に掲載いたします。

 こちらの【小噺】はエブリスタでは2020/9/20に公開したエピソードです。





- - - - - - - - -





 大人になって、いろんなことに動じなくなって。




 それを『強くなった』と思い込んでいただけ……と、気がついた時には。




 もう、全てが終わってしまった後だった。













(似てるわねぇ……邨上あの子に)


 ヘーゼル色の瞳を一目見た瞬間に。

 全ての色を失った世界で、時が止まった世界で。
 永い間、ひとり孤独に藻掻いているのだと。直感でそう思った。


「人生には何一つ無駄な出来事はないわ。あなたが今苦しんでいることは、あなたに生きる尊さを教えるためのもの」


 人間はどんな状況にも適応していく。
 そうして、やがて哀しみにも慣れる。

 どんなにつらいことが起こっても。人間にはそれに適応する能力がある。動物たちが長い年月をかけて進化を遂げていくように。 


 環境に完全に適応している生物はほとんど進化しない。厳しい環境にさらされた集団は急速に環境に適応するよう変化していく。ヒトも同じ。



 人間は、慣れることができる。



 それ故に。終わりのない苦しみに満ちていると感じても、やがてその状況に慣れていく。


 そうして―――その苦しみはだんだんと意識から消え去っていく。




(どんなに悲しくても、それが嫌でも、あなたはその人のことを忘れてしまうわ)




 忘れたくないと足掻いても、ヒトは生きているから。だから、忘れてしまうのだ。


 この世に永遠なんてものはない。エジプトを象徴するピラミッドだって、幾千年の時を経て雨風に打たれてゆっくりと欠けているのだから。


 ヒトも同じ。どんなに忘れたくないと叫んでも、声も形も手触りも、すべてが記憶の中から消えてしまうのだ。


 ヒトは過去を忘れた先に、新たな光を見出して、それを愛することができる。ヒトはそれを幾度も繰り返して生を終える。

 

「悲しみから逃れたいと思ったら、を考えるの。を、じゃないわ。………を、考えるの」


「………」


 ヘーゼル色の瞳が、大きく見開かれて。酷く動揺しているように、揺れ動いている。



(やっぱり、似てるわねぇ……)



 大事なモノを、己の根幹を失い、モノクロになって時が止まった世界から抜け出せずにいるのだ、この子は。



(でも、大丈夫よ)



 暗闇は静かに。いつの間にか、曙色に変わるのだ。
 冷たい霧が晴れて、太陽の光が射し込んで。


 モノクロだった世界が、止まっていた時が、動く瞬間は必ず訪れる。




 そう。愛されること、ではなく。



(愛すること、を、思い出せれば)




 ―――止まっていた時は、動き出すのだから。




(……私のように、ね…)


 誰かを愛することを、思い出せた。
 愛されること、ではなく。愛することを、思い出せた。

 だから私は、和彦さんと別れたあと、動き出すことができた。


 その愛する人たちのために、面白いことを成し遂げるために。私はタンザニアに行くと決めたのだから。


(だから、あなたも大丈夫よ)



 東の空に浮かぶ曙色を、そのヘーゼル色の瞳に映せる時が、必ず、来るから。





 チリチリと軽い音がして、扉が閉まった。


「……加奈子。お前はやっぱりペガサスにはなれねぇよ。“人間”ニンゲンに肩入れしすぎだ」


 ふっと。兄がその琥珀色の瞳に愛情の光を灯し柔らかに笑いながら、白髪混じりの髭をゆっくり撫でた。


「………どうも、そうみたいね?」



 まぁ、やっぱり。
 兄さんも、それは同じだと思うのだけれど。



 心のなかで小さく呟いて、ゆっくりと瞼を閉じて。

 あのヘーゼル色の瞳に、ダークブラウンの瞳を。脳裏に思い浮かべた。
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