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本編・第三部
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ふっと。目が覚めた。
「……あれ…?」
数度瞬きをする。見慣れた寝室の天井。嗅ぎなれた自宅の香り。
普段、夜眠っているときは、意識が浮上するかのように目が覚めるのに。まるで、ふつりと遮断された意識が、急に戻ったような。
その直後、自分の身に起こったことを思い出し勢いよく身体を起こすと、するり、と、掛け布団が私の身体からずれ落ちていく。
「……えっと」
黒川さんに拐されそうになって、片桐さんが現れて助けてくれたことは覚えている。私の事を「俺の女だ」と言って黒川さんを退かせたことも。そして、黒川さんが『勘違いさせやがって』という表情をして去っていたことも。
「私……黒川さんに」
苦かった梅酒。混入されていた何か。あの時に感じていたふらつくような感覚は、今は全くない。あれは副作用がない何かだったのだろう。
「……」
胸元に視線を落とすと、スーツのジャケットの下に着ていたビジネス用のオフホワイトのトップスのまま。ジャケットは脱がされている。
腕を動かしてみる。けれど痺れなどの違和感もなく、後遺症も何もないことが窺えた。まるで……体力を使い切って、深い睡眠を取ったという感覚。思考はすっきりと冴えている。
目覚めた場所が自宅。身体に妙な違和感もない、ということは。智が―――私を助けに来てくれた、ということを意味している。
帰ってきている。助けに来てくれた。私が警戒を怠ったから、あの夜のような事態を招いた。いろいろな感情が綯い交ぜになったまま勢いよくベッドから飛び降りる。
ガラリとリビングに繋がるドアを開く。いつものソファに腰かけているさらりとした黒髪が揺れ、ダークブラウンの瞳と、視線が交差した。
「……ごめっ…」
また、あの夜のように。私の不注意で。
心配をかけて、ごめん、と。謝りたいのに。瞬時に世界が歪んだ。零れ落ちていく涙もそのままに、目の前にいる愛おしいひとに抱き着いた。あらん限りの力で智の身体をぎゅうと抱き締める。
「…ただいま、知香……」
「お、かえりっ……」
幻覚じゃない。気のせいでも人違いでもない。暗示で、片桐さんを智だと思い込まされているわけでもない。
鍛えられた、いつもの胸板。私の全てを支配する、低く甘い…智の声。嗅ぎ慣れた智自身の、匂い。
しゃくりをあげながら涙する私の背中を、温かくて大きな手が、いつものようにゆっくりと―――ただただ、優しく。撫でてくれていた。
「片桐が……知香に起きたことを全部。教えてくれた」
私の呼吸が収まるのを見計ったかのように。一週間恋焦がれた、智の低く甘い声が頭上から降ってきた。その声色は少しだけ震えている。
片桐さんが、智に。教えてくれた。
考えてもいなかったその言葉に、ワイシャツにしがみついたまま、大きく息を飲んだ。生まれては溢れていく涙が、瞬時に止まった。
ぎゅう、と。私を抱き締める智の腕の力が強くなる。
「片桐は。あの夜の小林と同じように。俺に……全てを、託した」
あの、片桐さんが。今日の午前中だって、俺のことを好きになって、と、私を酷く揺さぶってきた、片桐さんが。
催眠暗示という手段を使ってまで、私を手に入れたいと渇望していた、片桐さんが。
「…………ど、うして…」
意味が、わからなかった。
混乱のまま、呆然と顔を上げる。真上にあるダークブラウンの瞳が、小さく揺れ動いている。
そうして、つぅ、と。智の視線が、硝子天板のローテーブルに向けられた。そこには、極東商社が使用している売上入力システムのスクリーンショットが印字された紙や、入力システムから出力された売上履歴の帳票。それに加え、私が日常的に見ているはずの貨物送り状や特恵原産地証明書等の資料が散らばっていた。思わず、ひゅっと息を飲む。
「な、んで、極東商社のシステムの資料が……」
掠れたように、自分の喉から発せられた言葉。
極東商社が使っている売上入力システム。これはシステム部が自社開発した独自システムで、他にこのシステムを使っている会社はないはず。私はこんな資料を印刷して持って帰ってきた覚えはない。なのに、なぜ―――自宅に、こんな資料があるのか。
何が起きているのか、全く把握できない。ただただ、頭が混乱している。
「片桐は……黒川と商談をしていただろう?そこで、黒川の不正な取引の……循環取引の証拠を掴んでいた。……その証拠が、この資料だ」
智は、じっと。散らばった資料を、睨みつけるように見据えている。その様子を、ただただ。呆然と眺めるしか出来ない。
「……香典返しでマカロンを貰ったろう。マカロンは、ぐるぐる、と…絞り袋を絞って作られる。循環取引は………『ぐるぐる取引』とも呼ばれる」
腹の底から絞り出されたような、その言葉の意味を、噛み砕くのに。しばらくの時間を要した。
「片桐、さんは……ずっと前から、ヒントをくれてて…この資料を、智に、渡したの……?」
にわかには信じられない。現実世界の私は、黒川さんに盛られた薬で、まだ、夢の中にいるのではないか。そう思えるほどには……目の前に起こっていることが、信じられなかった。
「黒川に飲まされたのは、睡眠薬。ベンゾジアゼピン系ではと、片桐は言っていた。調べたら、それは筋弛緩作用を伴って……脳を強制的にシャットダウンさせるような薬効があるらしい」
「あ……」
心当たりしかない。ふらつく身体、ふつりと途切れた意識。まさに、私の全てが強制的にシャットダウンした。その通り、だ。
片桐さんが、黒川さんの不正の証拠を掴んで。
片桐さんが、黒川さんから、守ってくれた。
彼は。私を見ているのに、私を見ていない、はずだった。
でも。あの日から。香典返しを受け取った日から。
彼は。私を見ていた。
これまでのように、マーガレットさんの代わりではなく。
だからこそ。今回……私を、智に託す、という選択をした。
それは、きっと。
(私の、ため、に……?)
その事実に。この、現実に。片桐さんの、覚悟に。表現しようのない感情が込み上げてくる。
止まっていた涙が、次々と溢れ出て行く。思わず、また智のワイシャツに顔をうずめた。
「……黒川が知香を連れ去ろうとして。片桐が、割って入ってくれたんだろう?」
私は智のワイシャツに顔をうずめたまま、うん、と小さく答え、少しだけワイシャツから顔を外す。
「知香。俺のせいで、知香を危険な目に合わせた。知香がもう俺から離れたいというのなら、」
「嫌。絶対に嫌」
智が私の耳元で小さく囁いた。言いたいことを察して、最後までその言葉を言わせまいと言葉を被せながらふたたび智のワイシャツに顔を深くうずめる。
間違いなく。智は、自分が社内で上手く立ち回らなれなかったが故に黒川さんの恨みを買い、黒川さんに私を脅かすような行動に出られてしまった、と。そう考えているはずだ。
だから、智は。また、あの時と同じように。私を手放す、という選択を……選び取ろうとしている。
「……小林くんの気持ちを。片桐さんの覚悟を。全部全部、私たちは受け止めなきゃ。だから、絶対に……何があっても。私は、智の隣に、いる」
黒川さんと相対した時。本当に、怖かった。冗談でも何でもなく、生命の危険を、感じた。
片桐さんが助けてくれなければ。私は生命を落としていたかもしれない。だからこそ。
「私は……智の隣に、いる。私を、手放さないで」
ぎゅう、と。私の涙で濡れそぼったワイシャツに、顔を強くうずめる。
ふっと。智が、小さく。笑う声が降ってくる。
「……ん。離さねぇ。一生」
ぎゅう、と。私を抱きしめる腕の力が、強まった。
「知香が眠っている間。池野課長に連絡した。証拠が揃った、ってな。連休明けの朝一番には……通関依頼の差し止めの連絡を、俺から水野さんにすることになる」
智のその言葉に、はっと我に返る。
「っ、私、水野課長に連絡しないと」
打ち合わせルームで水野課長にこの件を相談した時。深夜でも休日でも構わないから、進展があれば報告しろ、と言われていたのだった。慌てて智の腕の中から抜け出して、自分のスマホを探す。
リビングのいつもの場所に、私のスーツのジャケットがハンガーにかかっていた。そのポケットをまさぐって、スマホを手に取る。いつものようにロックを解除しようと、電源ボタンを押して画面を明るくすると。
「……あ…」
ロック画面には、水野課長からのショートメールが表示されていた。その内容に、心当たりは―――ひとつしか、ない。
するり、と。指を滑らせて、ロックを解除する。
『例の件。池野さんから証拠が揃ったと聞いた。また、連休明けな』
眼前に表示されているのは、ただの文字の羅列なのに。まるで、水野課長が下がった銀縁メガネをずり上げつつ、目の前で話しているような。そんな、鮮明な言葉。
「……知香?どうした?」
スマホを持ったまま固まっていた私に、訝しむような智の声が後ろから投げかけられた。その声に、ゆっくりと振り向く。
「池野さんから、水野課長に連絡があったみたい」
私の言葉に、智が苦笑したようにダークブラウンの瞳を細めて、長い指で頬を掻きながら言葉を紡いだ。
「はぇーよ、池野課長」
智の苦笑いを見つめていると。ずっと……心にあった重しが、すっと消えていくような気がして。くすり、と、思わず笑みが漏れた。
「……明日から知香の実家に帰省するし。池野課長に、お土産買わねぇとな」
智がそう呟いて、静かにソファに沈み込む。私もスマホを持ったまま、智の隣に沈み込んで、ほう、と息を吐いた。
「………そうだね。水野課長にも、だし…あと……片桐さん、にも」
紡いだ言葉は、最後の方は口の中で小さく消えていった。
智から、私を…奪い取ろうとしていた、片桐さん。智の気持ちを慮ると気が引けるけれど、今回……間一髪で助けてくれたのは、片桐さんだ。
……そして、不正に関わる情報提供者も、片桐さん。
きっと智は、私の提案に渋い顔をするだろうな、と予想しながら……智の横顔を眺めようと視線を右側に向ける。
「……ん。そう、だな…」
薄い唇が、小さく、動いて。
ダークブラウンの瞳が。やわらかく、細められた。
「……あれ…?」
数度瞬きをする。見慣れた寝室の天井。嗅ぎなれた自宅の香り。
普段、夜眠っているときは、意識が浮上するかのように目が覚めるのに。まるで、ふつりと遮断された意識が、急に戻ったような。
その直後、自分の身に起こったことを思い出し勢いよく身体を起こすと、するり、と、掛け布団が私の身体からずれ落ちていく。
「……えっと」
黒川さんに拐されそうになって、片桐さんが現れて助けてくれたことは覚えている。私の事を「俺の女だ」と言って黒川さんを退かせたことも。そして、黒川さんが『勘違いさせやがって』という表情をして去っていたことも。
「私……黒川さんに」
苦かった梅酒。混入されていた何か。あの時に感じていたふらつくような感覚は、今は全くない。あれは副作用がない何かだったのだろう。
「……」
胸元に視線を落とすと、スーツのジャケットの下に着ていたビジネス用のオフホワイトのトップスのまま。ジャケットは脱がされている。
腕を動かしてみる。けれど痺れなどの違和感もなく、後遺症も何もないことが窺えた。まるで……体力を使い切って、深い睡眠を取ったという感覚。思考はすっきりと冴えている。
目覚めた場所が自宅。身体に妙な違和感もない、ということは。智が―――私を助けに来てくれた、ということを意味している。
帰ってきている。助けに来てくれた。私が警戒を怠ったから、あの夜のような事態を招いた。いろいろな感情が綯い交ぜになったまま勢いよくベッドから飛び降りる。
ガラリとリビングに繋がるドアを開く。いつものソファに腰かけているさらりとした黒髪が揺れ、ダークブラウンの瞳と、視線が交差した。
「……ごめっ…」
また、あの夜のように。私の不注意で。
心配をかけて、ごめん、と。謝りたいのに。瞬時に世界が歪んだ。零れ落ちていく涙もそのままに、目の前にいる愛おしいひとに抱き着いた。あらん限りの力で智の身体をぎゅうと抱き締める。
「…ただいま、知香……」
「お、かえりっ……」
幻覚じゃない。気のせいでも人違いでもない。暗示で、片桐さんを智だと思い込まされているわけでもない。
鍛えられた、いつもの胸板。私の全てを支配する、低く甘い…智の声。嗅ぎ慣れた智自身の、匂い。
しゃくりをあげながら涙する私の背中を、温かくて大きな手が、いつものようにゆっくりと―――ただただ、優しく。撫でてくれていた。
「片桐が……知香に起きたことを全部。教えてくれた」
私の呼吸が収まるのを見計ったかのように。一週間恋焦がれた、智の低く甘い声が頭上から降ってきた。その声色は少しだけ震えている。
片桐さんが、智に。教えてくれた。
考えてもいなかったその言葉に、ワイシャツにしがみついたまま、大きく息を飲んだ。生まれては溢れていく涙が、瞬時に止まった。
ぎゅう、と。私を抱き締める智の腕の力が強くなる。
「片桐は。あの夜の小林と同じように。俺に……全てを、託した」
あの、片桐さんが。今日の午前中だって、俺のことを好きになって、と、私を酷く揺さぶってきた、片桐さんが。
催眠暗示という手段を使ってまで、私を手に入れたいと渇望していた、片桐さんが。
「…………ど、うして…」
意味が、わからなかった。
混乱のまま、呆然と顔を上げる。真上にあるダークブラウンの瞳が、小さく揺れ動いている。
そうして、つぅ、と。智の視線が、硝子天板のローテーブルに向けられた。そこには、極東商社が使用している売上入力システムのスクリーンショットが印字された紙や、入力システムから出力された売上履歴の帳票。それに加え、私が日常的に見ているはずの貨物送り状や特恵原産地証明書等の資料が散らばっていた。思わず、ひゅっと息を飲む。
「な、んで、極東商社のシステムの資料が……」
掠れたように、自分の喉から発せられた言葉。
極東商社が使っている売上入力システム。これはシステム部が自社開発した独自システムで、他にこのシステムを使っている会社はないはず。私はこんな資料を印刷して持って帰ってきた覚えはない。なのに、なぜ―――自宅に、こんな資料があるのか。
何が起きているのか、全く把握できない。ただただ、頭が混乱している。
「片桐は……黒川と商談をしていただろう?そこで、黒川の不正な取引の……循環取引の証拠を掴んでいた。……その証拠が、この資料だ」
智は、じっと。散らばった資料を、睨みつけるように見据えている。その様子を、ただただ。呆然と眺めるしか出来ない。
「……香典返しでマカロンを貰ったろう。マカロンは、ぐるぐる、と…絞り袋を絞って作られる。循環取引は………『ぐるぐる取引』とも呼ばれる」
腹の底から絞り出されたような、その言葉の意味を、噛み砕くのに。しばらくの時間を要した。
「片桐、さんは……ずっと前から、ヒントをくれてて…この資料を、智に、渡したの……?」
にわかには信じられない。現実世界の私は、黒川さんに盛られた薬で、まだ、夢の中にいるのではないか。そう思えるほどには……目の前に起こっていることが、信じられなかった。
「黒川に飲まされたのは、睡眠薬。ベンゾジアゼピン系ではと、片桐は言っていた。調べたら、それは筋弛緩作用を伴って……脳を強制的にシャットダウンさせるような薬効があるらしい」
「あ……」
心当たりしかない。ふらつく身体、ふつりと途切れた意識。まさに、私の全てが強制的にシャットダウンした。その通り、だ。
片桐さんが、黒川さんの不正の証拠を掴んで。
片桐さんが、黒川さんから、守ってくれた。
彼は。私を見ているのに、私を見ていない、はずだった。
でも。あの日から。香典返しを受け取った日から。
彼は。私を見ていた。
これまでのように、マーガレットさんの代わりではなく。
だからこそ。今回……私を、智に託す、という選択をした。
それは、きっと。
(私の、ため、に……?)
その事実に。この、現実に。片桐さんの、覚悟に。表現しようのない感情が込み上げてくる。
止まっていた涙が、次々と溢れ出て行く。思わず、また智のワイシャツに顔をうずめた。
「……黒川が知香を連れ去ろうとして。片桐が、割って入ってくれたんだろう?」
私は智のワイシャツに顔をうずめたまま、うん、と小さく答え、少しだけワイシャツから顔を外す。
「知香。俺のせいで、知香を危険な目に合わせた。知香がもう俺から離れたいというのなら、」
「嫌。絶対に嫌」
智が私の耳元で小さく囁いた。言いたいことを察して、最後までその言葉を言わせまいと言葉を被せながらふたたび智のワイシャツに顔を深くうずめる。
間違いなく。智は、自分が社内で上手く立ち回らなれなかったが故に黒川さんの恨みを買い、黒川さんに私を脅かすような行動に出られてしまった、と。そう考えているはずだ。
だから、智は。また、あの時と同じように。私を手放す、という選択を……選び取ろうとしている。
「……小林くんの気持ちを。片桐さんの覚悟を。全部全部、私たちは受け止めなきゃ。だから、絶対に……何があっても。私は、智の隣に、いる」
黒川さんと相対した時。本当に、怖かった。冗談でも何でもなく、生命の危険を、感じた。
片桐さんが助けてくれなければ。私は生命を落としていたかもしれない。だからこそ。
「私は……智の隣に、いる。私を、手放さないで」
ぎゅう、と。私の涙で濡れそぼったワイシャツに、顔を強くうずめる。
ふっと。智が、小さく。笑う声が降ってくる。
「……ん。離さねぇ。一生」
ぎゅう、と。私を抱きしめる腕の力が、強まった。
「知香が眠っている間。池野課長に連絡した。証拠が揃った、ってな。連休明けの朝一番には……通関依頼の差し止めの連絡を、俺から水野さんにすることになる」
智のその言葉に、はっと我に返る。
「っ、私、水野課長に連絡しないと」
打ち合わせルームで水野課長にこの件を相談した時。深夜でも休日でも構わないから、進展があれば報告しろ、と言われていたのだった。慌てて智の腕の中から抜け出して、自分のスマホを探す。
リビングのいつもの場所に、私のスーツのジャケットがハンガーにかかっていた。そのポケットをまさぐって、スマホを手に取る。いつものようにロックを解除しようと、電源ボタンを押して画面を明るくすると。
「……あ…」
ロック画面には、水野課長からのショートメールが表示されていた。その内容に、心当たりは―――ひとつしか、ない。
するり、と。指を滑らせて、ロックを解除する。
『例の件。池野さんから証拠が揃ったと聞いた。また、連休明けな』
眼前に表示されているのは、ただの文字の羅列なのに。まるで、水野課長が下がった銀縁メガネをずり上げつつ、目の前で話しているような。そんな、鮮明な言葉。
「……知香?どうした?」
スマホを持ったまま固まっていた私に、訝しむような智の声が後ろから投げかけられた。その声に、ゆっくりと振り向く。
「池野さんから、水野課長に連絡があったみたい」
私の言葉に、智が苦笑したようにダークブラウンの瞳を細めて、長い指で頬を掻きながら言葉を紡いだ。
「はぇーよ、池野課長」
智の苦笑いを見つめていると。ずっと……心にあった重しが、すっと消えていくような気がして。くすり、と、思わず笑みが漏れた。
「……明日から知香の実家に帰省するし。池野課長に、お土産買わねぇとな」
智がそう呟いて、静かにソファに沈み込む。私もスマホを持ったまま、智の隣に沈み込んで、ほう、と息を吐いた。
「………そうだね。水野課長にも、だし…あと……片桐さん、にも」
紡いだ言葉は、最後の方は口の中で小さく消えていった。
智から、私を…奪い取ろうとしていた、片桐さん。智の気持ちを慮ると気が引けるけれど、今回……間一髪で助けてくれたのは、片桐さんだ。
……そして、不正に関わる情報提供者も、片桐さん。
きっと智は、私の提案に渋い顔をするだろうな、と予想しながら……智の横顔を眺めようと視線を右側に向ける。
「……ん。そう、だな…」
薄い唇が、小さく、動いて。
ダークブラウンの瞳が。やわらかく、細められた。
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