俺様エリートは独占欲全開で愛と快楽に溺れさせる

春宮ともみ

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本編・第三部

【小噺】The days are like a dream.

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「やっぱり。りぃちゃんここに居た」

「んぇ?」

 声がしたほうをふりむくと、マーくんの青いお目々が、そこにあって。マーくんの髪の毛がふぁあって、風に吹かれてる。

「りぃちゃん、本当に屋上好きだねぇ」

 マーくんがわたしの前まで歩いて、すとんって座り込んで。マーくんが、私のからだをひょいって持ちあげた。そうして、よいしょって、膝の上にわたしを乗っけてくれる。青いお目々が、ちょっとだけ困ったみたいにぎゅって小さくなる。

「りぃちゃん、看護師さん達も言ってたでしょ?屋上は高くて落ちちゃったら危ないから来ちゃダメって」

 マーくんにおこられてるってことはわかった。わたしをお世話してくれてるおねーさんたちにも、おんなじこと言われた。だけど。

「だって、お部屋、真っ白ばっかりで、つまんない」

 わたしが見てるのは、真っ白な世界ばっかりで。気がついたら、わたしのからだ、いっぱい線がくっついてるのがあたりまえだった。からだも痛いところばっかりで、痛いのがなくなるよ、っていわれて、いっぱいいっぱいおくすり飲んだし、おかーさんともおとーさんとも、透明なのの向こうがわでしか会えないときもあって。

 このまえ、やっとその透明なお部屋から出られたけど。真っ白な世界からは出られなかった。お友だちもできたけど、みんな、急にいなくなったりして。

 マーくんが、わたしのお部屋に来るようになって。真っ白な世界ばっかりのわたしに、青い世界があるっておしえてくれた。

「マーくんのお目々みたいなお空をみてたら、痛いのもどっかいっちゃうの」

 でも、そんなマーくんにはたまにしか会えないから、さびしくなってマーくんの青いお目々をみたくなって。こうして、たか~いところにきちゃう。お空を見てたら、痛いのもどっかにいっちゃうから。

「お空を見ると、痛いのなくなるんだね」

 マーくんが、やっぱり困ったみたいに、わたしのからだをぎゅってした。マーくんは、わたしがお天道様が出てるときはいつもここに来てるって知ってるから、わたしを迎えに来てくれる。お目々も青いから、なんだか、おうじさま、みたい。

「ねぇ、りぃちゃん。痛いのなくなる英語、りぃちゃんに教えてあげよっか」

 マーくんが、なんだか楽しそうにわらった。

「明けない夜はないんだよ、りぃちゃん」

「あけない?よる?」

「そう。The night is long that never finds the day.」

 マーくんのエーゴは、と~ってもりゅうちょう?なんだって。わたしをお世話してくれるおねーさんたちが、マーくんは、はーふのひとだから特別、だって言ってた。

「ないと?ねばー?」

「Through every dark night, there's a bright day.……暗い夜を抜ければ、いつだって明るい朝が来る。だから、りぃちゃんの痛いのも、絶対なくなるよ」

 そう言って、マーくんが、私の生えかけの髪を、優しくふわふわと触る。わたしはオンナノコのはずなのに、マーくんより髪がみじかいから、それがイヤで。さわらないで、って、頭をふった。

「りぃちゃんの髪、黒くて綺麗なのに。俺は好きだよ」

「ほんとに?」

 マーくんが、また青いお目々をぎゅってする。

「うん、本当。俺はりぃちゃんの髪、好き。Likeじゃなくて、Love」

 そうして、ぽんぽん、って。マーくんが、おっきくてあったかい手で、私の頭を撫でてくれる。マーくんが、キレイ、Loveスキ、って言ってくれるから、わたしは、わたしをキライになっちゃだめだって、おもった。

「りぃちゃん、俺ね、次、ここに来るの、いつになるかわからないんだ」

「あれ?マーくん、おかーさんは?」

 マーくんのおかーさんが、わたしのお部屋の近くにいるんだって。マーくんがお部屋をまちがったときに、わたしははじめてマーくんと会った。あれから、たまに遊びにきて、エーゴを教えてくれてた。

「俺のおかーさん、退院するんだ。だから、イギリスに帰る」

 たいいん、っていうのは、この真っ白な世界から出られること、って、おとーさんが言ってた。そうなれるようにがんばろうねって。

 なんだか、マーくん、うれしそうなのに、さみしそう。マーくんのおかーさんが、この真っ白な世界から出られるのは、わたしもうれしい。なのに、マーくんは、どうしてさみしそうなんだろう?

 マーくんが、わたしのからだを、たかいたかいしてくれる。青いお目々が、お天道様に照らされて、すっごくキレイ。

「りぃちゃん。いつかまた会いに来るよ。その頃には、きっとりぃちゃんもこの真っ白な世界から出られてる。だからね、会いに来た時の目印に、俺の名前をちゃんと覚えて。俺の名前は、――――」

「……?」

 マーくんが、いつものマーくんじゃない気がする。なんだか、まっすぐで、つよくて。

「りぃちゃん。空は繋がってるから。りぃちゃんがこの青い世界に来てくれるって、俺は信じてるよ」

 たかいたかいしてたわたしのからだを、マーくんが、そっと下ろしてくれる。

「だからね、りぃちゃん。もう、屋上、来たらダメだよ?危ないから」

 かえろ、って、マーくんが手を伸ばしてくれた。その手を、思いっきり背伸びして握った。

「わかった!もう、こない」

「うん、偉いね、りぃちゃん」

 マーくんは、わたしが悪いことをしたら、ちゃんとおこってくれる。だから、スキ。

 一歩ずつかいだんを降りてくのを、マーくんが待ってくれてる。そういうところも、おうじさま、みたい。

「マーくん、ちゃんとおこってくれて、ありがと。だから、マーくんが悪いことしたら、わたしがおこってあげる!」

「あはは、そっかぁ。りぃちゃんに怒ってもらえるのか、俺」

 マーくんが、楽しそうにわらって。わたしも、楽しくなった。

「うん!マーくんに、メッって、言ってあげる!」

 かいだんのさいごを、ぴょんって飛びおりて。マーくんの、青いお目々を、見上げた。

「わたし、痛いのもがんばる。いまね、すいよーびに、エーゴ教えてくれるおにーさんたちがいるの。だから、がんばって、エーゴ、覚える!」

 きょーかい?のひとたちが教えてくれているエーゴを覚えたら、青い世界、もっとたのしくなりそう。そうしたら、きっと、マーくんが喋ってる、りゅうちょうなエーゴも、わかるようになると思うから。

「うん。りぃちゃん、真っ白な世界に負けないで」

 ぽんぽん、って。マーくんが、また、わたしの髪を撫でてくれた。それがと~っても、気持ちよかった。












 ぱちり、と目を開く。ベッドサイドの時計を見遣ると、4時を指している。
 変な時間に……目が、覚めてしまった。ぼうっと、夢のことを思い出す。

「……」

 身体を寝そべらせたまま、ベッドから見える空に向かって手を伸ばした。

「………」

 マーくんの夢を見たのは、何年ぶりだろう。もう、顔も形も、大きな手も、あんなに大好きだった声も、忘れてしまったのに。

 忘れたくない、忘れるもんか、って、あんなに思っていたのに。もう、あの空みたいな真っ青な瞳だけしか、思い出せない。

「……違う…」

 そう。違う。マーくんは、西浦係長じゃない。だって。

「あの時聞いた名前……マルチェリノ、でも、あつし、でも、なかった」

 三木さんは昨日、西浦係長の下のお名前は、あつしさんだと言っていた。

 マーくんは、4文字の、名前。

「…………」

 明けない夜はない。確かに、そうだった。私は癌に打ち勝って。真っ白な世界から、真っ青な世界に飛び出せた。

 でも。

「明けない夜、だよ……あの夢のような日から、ずっと」

 四角く切り取られた東の空を見上げながら。


 小さく、呟いた。




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