俺様エリートは独占欲全開で愛と快楽に溺れさせる

春宮ともみ

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本編・第二部

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 夕食を食べ終えて、智さんが食後のコーヒーを手淹れしてくれている。私は、目の前に置かれた高級百貨店の包装紙を前に緊張していた。

 だって。この高級百貨店、本当に……しか置いていない百貨店だから。

 智さんがコーヒーサーバーをコトリと置いて、マグカップにコーヒーを注いで。キッチンからリビングに長い脚を向けて、ソファに座り込む私にマグカップを手渡してくれる。

「……開けねぇの?」
「や、だって…この百貨店……」

 おずおずと智さんを見つめて、「高かったよね?」と視線だけで訊ねる。私のその表情に、困ったように智さんが笑ってソファに深く沈みこんだ。

「いーの。ここのが一番評判が良かったし、自分で買って食っても美味かったからさ」
「ここの……? 評判? 食べた?」

 ということは、随分と前から私に気が付かれないように、いくつかのお店を回ってどれにするか検討してくれていたのだろう。手間暇をかけて……選んでくれた、大切な贈り物。そう考えると、言葉に出来ないほどの感情が湧き上がってくる。

 開けてみて、と、ダークブラウンの瞳から視線だけで促される。緊張しながらゆっくりと包みを解いていく。淡いレモン色の箱の上蓋をもちあげると、そこには。

「マ、カロン……!!」

 チョコレート色の、ふわりとしたマカロンが現れた。

「マカロンってな? 『特別に大切な存在』にプレゼントするものらしーんだ」
「えっ……」

 特別に、大切な、存在。ふわり、と。智さんが私を見つめて、穏やかに笑っている。その言葉の意味をゆっくり噛み砕いて……ふたたび、顔が赤く染っていくのを自覚した。

「コーヒーとマカロンのマリアージュを考えて、今日のコーヒーはエチオピアのイルガチェフェ」

 智さんが淹れてくれたコーヒーに口をつけると、華やかな香りと、フルーツのような豊かな酸味が広がっていく。ゆっくりとマカロンに手を伸ばして、そっと一口…齧ると。

「……合う!」

 マカロンには紅茶だと思っていたけれど、このイルガチェフェは、喉を滑り落ちたあとから森や木や葉を連想させるような風味がする。それが、より紅茶に近い感覚の味わいを生んでいるのだろう、と感じた。

 こんなに美味しいマカロンは初めて食べた。さすが……食に精通する智さんが、美味しかった、というお店のマカロン。

「美味しい……ありがとう、智さん」
「……喜んでくれてよかった」

 智さんがほっとしたように笑った。穏やかな時間が、私たちの間に流れていく。

「……あと。3回朝を迎えたら。知香を…しばらくひとりにさせるから」
「……うん…」

 智さんの言葉に、忘れかけていた現実を突きつけられる。しばらく……ひとりで、夜と朝を迎えることになる。そう考えると、無性に……寂しく、なる。

「毎日。ラナンキュラスの世話してくれたら、俺の世話をしてる気持ちになってくれねぇかなって思ってさ」
「智さんのお世話って」

 大の大人に向けた言葉とは思えない単語に、思わずくすりと笑みが漏れる。

「そうだろ? 世話って、その人に尽力するって意味だからな。だからお互い家事をしてるのって、お互いにお互いの足りないところを補って、お互いの世話を焼いてる、って認識だ、俺は」

 お互いに、世話を焼いている。そう考えると……仕事から帰ってきて義務的に行う家事も、智さんの為に、と思えて。なんだか、凄く楽しくこなせそうな気がする。

 智さんに出会ってから。私には考えつかなかった、全く新しい考え方を学んでいる気がする。 

 足りないところを補う、という話しも然り、機能価値と存在価値の話しも然り、さっきの、知識の話しも……今の、お世話の話しも然り。

 智さんに出会ったからこそ……学べた、私が私の幸せを掴むために、大事なことばかりだ。

「だから……な? 寂しくなったら……ラナンキュラスを見て。俺を…思い出して」

 ふわり、と。智さんが、カウンターキッチンに生けられた色鮮やかなラナンキュラスの花束に視線を向けた。

「うん……ありがとう」

 智さんが私に向ける愛情の深さに、あたたかい心配りに。途方もない―――幸せを、感じた。

「ゆっくり食べな? 俺は荷造り始めるから」

 智さんが、コトリ、と。マグカップをテーブルに置いて、ソファから立ち上がる。

 荷造り。その言葉の寂しさに、胸の奥がぎゅうと締め付けられる感覚があった。心の中で頭を振って、立ち上がった智さんに声をかける。

「なにか手伝えることあったら言ってね?」
「ん。ありがと」

 ぽん、と。頭に手を置かれて、智さんがリビングの扉を開いて、玄関横の物置から黒の大きなスーツケースを取り出してきた。

 コーヒーを口に含みながら、横目でそのスーツケースを観察する。

 ……掃除する時にも何度か見ていたけれど。やっぱり。

「……智さんの出張の歴史を感じるねぇ」

 スーツケースのチャックの部分に、チェックイン時に貼られるバーコードのシールが貼られたままになっている。これまでお仕事で何度も出張に行っている、その歴史を感じた。

「しばらく出張行ってなかったから手入れもしてねぇんだよな……まずはこのバーコード剥がさねぇと」
「え? バーコード剥がすの?」

 智さんが口にした言葉に驚いて思わず目を見開いた。パスポートの印鑑と同じく、行った場所の記念になるから剥がさないもの……だと思っていたのだけれど。私の言葉に、智さんが苦笑しながら口を開いた。

「昔のバーコードが貼ってあると、ロストバゲッジ……荷物が他の飛行機に載せられちまう可能性が高まるらしいんだ。今は空港の預かり機の読み取り性能も上がってるから、そういう事はあまりないらしいけどな? ……ウチに入社する前に世界を飛び回ってた池野課長の受け売り」
「へぇ……」

 私だったらバーコードはペタペタと貼ったままにして、いざと言う時に思いっきりロストバゲッジに遭いそうだ。

 マカロンに手を伸ばして、それを齧る。チョコレートの香りが口の中いっぱいに広がっていく感覚に酔いしれながら、ぼんやりと言葉を紡いだ。

「……こういう時に、知っているか否かの違いが出るんだね…」

 しみじみと感じた。知識を持つ、ということは、本当に大事なことなんだ。

「ん、そうだなぁ。知ってる、っつうのは、最大の武器だ」

 智さんがゆっくりとバーコードを剥がして手で丸め、丸めた塊をゴミ箱の中に放り込んだ。

「うん……確かに。智さんが出張してる間、本棚の本全部読み倒す勢いで読んじゃおうかな」

 最後のひと欠片になったマカロンを口に入れて、マグカップに口付けた。ほぅ、と、吐息を吐くと、コーヒーの酸味とマカロンの甘さが絶妙に絡み合って、まろやかな風味が口の中に広がる。

「通関士の勉強もあんだろ? 無理すんなよ?」

 智さんが苦笑しながら私に視線を合わせてくれる。いつだって……智さんは、私を甘やかしてくれる。

「大丈夫。息抜きしながら読むから」

 マグカップに残ったコーヒーを飲み干して、ソファから立ち上がる。スーツケースを広げた智さんに視線を向けて。

「美味しかった。ごちそうさまでした! お風呂入れてくるね?」
「ん、よろしく」

 リビングの扉を開いて、脱衣所に身体を滑り込ませた。洗面台に置いた三木ちゃんからのプレゼントを手に取る。

「……ん~、とりあえず、赤い薔薇から使おう」

 箱を開けると、ふわり、と。薔薇の淡い香りが漂った。本当に…細部まで凝って作ってある入浴剤だなぁと感じる。

 三木ちゃんに説明されたように、花びらを1枚1枚剥がしながら湯船の底に置いて。ゆっくりと、カランの蛇口を捻る。

「……わ! ほんとに泡立ってきた!」

 お湯が湯船に注がれていく勢いで、表面がゆっくりと泡立っていく。泡立っていくお湯を確認して、脱衣所に足を運んだ。

(えっと……シャンプーとか、リンスとか。向こうで泊まるホテルに置いてあるだろうけど)

 海外のホテルに備え付けのアメニティは、日本人の髪質には合わない場合が多い、と聞いたことがある。備え付けのアメニティが智さんの肌に合わなかったら?と考えると、シャンプーやリンスは持っていってもらった方が……私としても安心できる気がする。

 そう考えて、私が会社の慰安旅行に行く時に使っていた持ち運び容器にシャンプーとリンスを詰め替えて、トラベルケースに収納する。

 再び湯船を覗くと、もうそろそろちょうどいいくらいに溜まっている。表面にしっかり泡が立っていて、口元が綻んだ。キュッと軽い音をさせてカランの蛇口を締める。

 パタパタとリビングに戻り、スーツケースにワイシャツやネクタイを収納している智さんに声をかけた。

「智さん、お風呂入ったよ」

 私の声に智さんが首だけをひねって私の方を向いた。

「ん、りょーかい」
「はい、これ。シャンプーとリンス」

 先ほど詰め替えた容器が入ったトラベルケースを手渡した。目の前に差し出されたトラベルケースを見て、智さんがやわらかく微笑んだ。

「さすが知香。助かった、ありがとう」

 この笑顔を…8日間、見られないから。この目に焼き付けておきたい。そう考えて、智さんから目を逸らさずに言葉を紡いだ。

「先にお風呂入ってきて?」

 その言葉に、智さんが、わかった、と頷いて立ち上がる。パタリと脱衣所の扉が閉まる音を聞いて、私はそのままリビングのソファに沈みこんだ。

 家事もほとんど終えてしまった。手持ち無沙汰になり、ぼんやりと……硝子の花瓶に生けられたラナンキュラスに視線を向ける。

「……綺麗」

 エプロンのポケットからスマホを取り出しながら、ソファから立ち上がる。カメラを起動して、生けられたラナンキュラスを写真に収めた。その写真を……スマホのロック画面の背景に設定する。

「……ふふっ」

 お花を撮って、ロック画面にしただけなのに。智さんがそばに居てくれるような。仕事中も、一緒にいてくれるような……そんな気がして。

「これで……きっと、寂しくない」

 ぽつり、と、呟いた。








 智さんがお風呂から上がって、泡風呂の感想を聞くと。

「……入って確かめといで?」

 と、屈託のない笑顔を向けられた。期待に胸を膨らませながら、私はお風呂に足を向ける。

 ゆっくりとお風呂のドアを開くと、真っ白な湯気が充満していた。湯船に浸かる前に、ざばり、と身体を流して。ゆっくりと湯船に足を入れた。

「ひゃ~。ほんとにしゅわしゅわする!」

 湯船に浸かると、泡が肌に触れる独特の感覚と、ほのかな薔薇の香りを感じた。

 泡風呂なんて……なんだか、セレブになった気分。テレビで見るように、泡風呂から足だけを持ち上げる。

「……なんか様になってて…笑えちゃう」

 そんなことを考えながらゆっくりと浸かったあとは、鼻歌を歌いながら身体を洗い、もうしっかりと日課になったシャワーお灸をして、洗面台の前に立った。

 ふと鏡を見遣ると、デコルテに散らばった所有痕に目を奪われる。バスタオルを身体に巻きながらくるりと身体を反転させ、背中も鏡に映し出す。

「……1週間もしたら、全部消えちゃうかなぁ」

 セックスの度に増える、智さんの所有痕。最後にシたのは……3日前の、土曜日の夜。ところどころ……所有痕が薄くなっている。

 恥ずかしいからつけないでと懇願してしまうけれど。いざ……消えてしまうかもしれない、と思うと、言いようのない寂しさが込み上げる。

「……いやいや、そんなこと言っちゃったら嬉々としてこれでもかってほどつけられちゃう!」

 寂しいから…つけて、なんて。口が裂けても言えない。かぁっと顔を赤くしながらぶんぶんと頭を振ってその思考を頭から追い出す。

 スキンケアをしてドライヤーをかけていると、唐突に脱衣所の扉がノックされた。

『知香。そこに置いてるシェーバーの予備バッテリーを取りたいんだ。入っていいか?』

 扉越しに智さんの声が聞こえる。シャワーお灸の効果なのか、サラサラの汗が引くのを待ってから下着を身につけるようにしているから、今の私は…バスタオル一枚を身体に巻き付けただけ。

(………ま、いっか。素っ裸じゃないし)

 少し躊躇ったけれど、全裸というわけでもないから。洗面台の下の収納棚を開けながら、いいよ、と声を上げた。キィ、と、蝶番が音を立てる。

「……えっと、これ?」

 予備バッテリーを手にしながら立ち上がって、智さんに手渡す。

「ん、サンキュ」
「どういたしまして」

 私は笑いながらそう口にして、智さんが脱衣所から出たら横長の天板に置いた下着や寝間着を身につけようと洗面台に向き直る。

 けれど……一向に、智さんが、その場から動こうとしない。

「……智さん? どうしたの?」

 きょとん、と。背の高い智さんを見上げると。

「……や。帰ってきたら消えちまってるかなって」

 智さんのダークブラウンの瞳が、私のデコルテを見つめて…角張った長い指が、私の鎖骨ににすっと這わされていく。

「っ、」

 その指の感覚に、びくりと身体が大きく跳ねた。すると、智さんがふっと笑って。その大きな手が、私の肩に触れて、私を後ろから抱き締めた。




「……シよ?」




 洗面台の鏡に映り込む智さんが、私の左の耳元で、低く、甘く―――囁いた。
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