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本編・第二部
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手を引かれて向かったリビングの窓からは眩しいほどの太陽の光が差し込んでいる。
「……ほんとに、お昼だ」
差し込む光を見つめながら、ぽつり、と小さく呟く。先ほど視界に映った時計の針の位置を疑っていたわけではないけれど、現実を突きつけられたようで内心頭を抱えた。
「疑ってた?」
ニヤニヤ、と表現するのが正しいような、そんな顔をして、智さんが私を見つめている。を真っ赤にして、私はその視線から逃れるように硝子天板のテーブルに目を向けた。
ふっくら炊けたご飯と、湯気が出ているお味噌汁。サバのみりん漬けを焼いた焼き魚。
さっとお椀の中をみると、アサリが開いて、おいしそうな香りが鼻腔をくすぐった。
「簡単なもんだけだけど」
「……アサリのお味噌汁が簡単って言えないですよ、普通の人は」
アサリは下準備で砂抜きもしないといけないし。随分と、手の込んだ食事のように感じる。
「……そっこーで寝落ちてたから、体力が回復するようにと思って……」
明後日の方向を向いてバツが悪そうに呟く智さんのその様子に、恥ずかしいような、嬉しいような。数多の感情が胸に湧き上がってきて、私はソファにゆっくりと沈み込んだ。
「そういえば。智さんって、嫌いな物とか、食べられない物ってありますか?」
お味噌汁を啜りながらなんとなしに尋ねてみる。その途端、智さんが嫌な顔をして口を開いた。
「トマトが嫌い。あの酸味が苦手」
「ええ!! あの酸味がいいのに。酸味ってことは、ピクルスとかも?」
「正解」
智さんは余程お腹が空いていたのか、ぺろっと平らげていく。大盛りに盛り付けられたほわほわの白米が智さんの口の中にあっという間に消えていった。その速さに唖然としていた私に気が付いたのか、私の方を向いて困ったように眉を下げた。
「あぁ、俺割と早喰いなタイプだから。ゆっくりいいよ」
その言葉に面を食らった。今までは私に合わせてくれていたのか。けれど……早喰いは消化に悪いし、生活習慣病のモト、と聞いたことがある。
「……早喰い、身体に悪いんですよ?」
「知ってる。でも、職業病でな?」
困ったように肩を竦めた智さんが手早く器を流し台に持っていき、コーヒーを淹れる準備をしていた。
職業病。営業さんだから、分刻みで一日が動いていくのだろう。商談が次々に入っているから、昼食を取る時間があまり取れていない、と……そういうことなんだろうか。
(……心配、だなぁ…)
智さんの手料理の最後の一口を頬張りながら、流しに立つ智さんを盗み見た。
コーヒーミルが回る音がして、ケトルが甲高い音で沸いたことを知らせた。手慣れた様子で細いドリップポットにケトルからお湯を移し替えていく。
「ごちそうさまでした」
「いえいえ。コーヒー飲む?」
「あ、はい。お願いします」
私も食べ終えた器を重ねて、ゆっくり流しに持っていく。「洗っていいですか?」と視線で訊ね、智さんがこくんと小さく頷いた。
流しにふたりで横並びになる。それだけで……私たちが『夫婦』のように思えて。鼓動が早くなるのを自覚した。
「……ずっと思ってたんだけど」
「?」
ざぁっと泡を流しながら、唐突に言葉を発した隣の智さんに視線を向けた。
「……知香ん家。引き払わね?」
その言葉の真意が掴めず動揺した。ぴくりとお皿を洗っている腕が震える。
引き払う。そして、私は……ここに、引っ越してきたらどうか、と。そう言いたいのだろうか。数秒遅れて理解するものの、私は半信半疑で。
「……そ、れは、同棲、しようって、ことですか」
「ん」
ドリッパーから目を離さずに智さんが短く返答した。
「知香ん家、オートロックじゃないだろ。確かに、管理人が常駐していて警備はしっかりしてるみてぇだけど」
「……」
大学入学の時に両親が見つけてくれたアパート。それも、もう7年も前のこと。管理人さんが常駐だから警備がしっかりしているけれど。
不意に……年末に。二年詣りの時に待ち伏せしていた凌牙が、「玄関前のインターホン押しても反応がなかった」、と……そう口にしていたことが脳裏に蘇った。管理人さんが居ない時間帯ももちろんある。その時は監視カメラが作動しているけれどその時間帯を狙ってくる人物がいない訳でもない。
対して、ここはオートロック。そういうことは、ほぼ発生しないと考えていいだろう。
けれど……現実的に、同棲は両親が反対しそうな気がする。両親は、何時だって。知香が決めたことなら大丈夫よね、と言ってくれる。
けれど、挨拶に行くからと報告して、結局行けなかった前例があって。ずいぶんと心配をかけた。それが一転して、彼氏ができたから同棲する、と両親に伝えたとしたら……今回ばかりは、死に物狂いで反対されそうだ。
特に母親は、心臓に持病がある。あまりに衝撃的なことを伝えると……卒倒しそうな気がする。
「……両親が、反対、しそうなので……」
罪悪感で押し潰されそう。思わず消え入りそうな声で返答してしまう。
「……ほんとに、お昼だ」
差し込む光を見つめながら、ぽつり、と小さく呟く。先ほど視界に映った時計の針の位置を疑っていたわけではないけれど、現実を突きつけられたようで内心頭を抱えた。
「疑ってた?」
ニヤニヤ、と表現するのが正しいような、そんな顔をして、智さんが私を見つめている。を真っ赤にして、私はその視線から逃れるように硝子天板のテーブルに目を向けた。
ふっくら炊けたご飯と、湯気が出ているお味噌汁。サバのみりん漬けを焼いた焼き魚。
さっとお椀の中をみると、アサリが開いて、おいしそうな香りが鼻腔をくすぐった。
「簡単なもんだけだけど」
「……アサリのお味噌汁が簡単って言えないですよ、普通の人は」
アサリは下準備で砂抜きもしないといけないし。随分と、手の込んだ食事のように感じる。
「……そっこーで寝落ちてたから、体力が回復するようにと思って……」
明後日の方向を向いてバツが悪そうに呟く智さんのその様子に、恥ずかしいような、嬉しいような。数多の感情が胸に湧き上がってきて、私はソファにゆっくりと沈み込んだ。
「そういえば。智さんって、嫌いな物とか、食べられない物ってありますか?」
お味噌汁を啜りながらなんとなしに尋ねてみる。その途端、智さんが嫌な顔をして口を開いた。
「トマトが嫌い。あの酸味が苦手」
「ええ!! あの酸味がいいのに。酸味ってことは、ピクルスとかも?」
「正解」
智さんは余程お腹が空いていたのか、ぺろっと平らげていく。大盛りに盛り付けられたほわほわの白米が智さんの口の中にあっという間に消えていった。その速さに唖然としていた私に気が付いたのか、私の方を向いて困ったように眉を下げた。
「あぁ、俺割と早喰いなタイプだから。ゆっくりいいよ」
その言葉に面を食らった。今までは私に合わせてくれていたのか。けれど……早喰いは消化に悪いし、生活習慣病のモト、と聞いたことがある。
「……早喰い、身体に悪いんですよ?」
「知ってる。でも、職業病でな?」
困ったように肩を竦めた智さんが手早く器を流し台に持っていき、コーヒーを淹れる準備をしていた。
職業病。営業さんだから、分刻みで一日が動いていくのだろう。商談が次々に入っているから、昼食を取る時間があまり取れていない、と……そういうことなんだろうか。
(……心配、だなぁ…)
智さんの手料理の最後の一口を頬張りながら、流しに立つ智さんを盗み見た。
コーヒーミルが回る音がして、ケトルが甲高い音で沸いたことを知らせた。手慣れた様子で細いドリップポットにケトルからお湯を移し替えていく。
「ごちそうさまでした」
「いえいえ。コーヒー飲む?」
「あ、はい。お願いします」
私も食べ終えた器を重ねて、ゆっくり流しに持っていく。「洗っていいですか?」と視線で訊ね、智さんがこくんと小さく頷いた。
流しにふたりで横並びになる。それだけで……私たちが『夫婦』のように思えて。鼓動が早くなるのを自覚した。
「……ずっと思ってたんだけど」
「?」
ざぁっと泡を流しながら、唐突に言葉を発した隣の智さんに視線を向けた。
「……知香ん家。引き払わね?」
その言葉の真意が掴めず動揺した。ぴくりとお皿を洗っている腕が震える。
引き払う。そして、私は……ここに、引っ越してきたらどうか、と。そう言いたいのだろうか。数秒遅れて理解するものの、私は半信半疑で。
「……そ、れは、同棲、しようって、ことですか」
「ん」
ドリッパーから目を離さずに智さんが短く返答した。
「知香ん家、オートロックじゃないだろ。確かに、管理人が常駐していて警備はしっかりしてるみてぇだけど」
「……」
大学入学の時に両親が見つけてくれたアパート。それも、もう7年も前のこと。管理人さんが常駐だから警備がしっかりしているけれど。
不意に……年末に。二年詣りの時に待ち伏せしていた凌牙が、「玄関前のインターホン押しても反応がなかった」、と……そう口にしていたことが脳裏に蘇った。管理人さんが居ない時間帯ももちろんある。その時は監視カメラが作動しているけれどその時間帯を狙ってくる人物がいない訳でもない。
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けれど……現実的に、同棲は両親が反対しそうな気がする。両親は、何時だって。知香が決めたことなら大丈夫よね、と言ってくれる。
けれど、挨拶に行くからと報告して、結局行けなかった前例があって。ずいぶんと心配をかけた。それが一転して、彼氏ができたから同棲する、と両親に伝えたとしたら……今回ばかりは、死に物狂いで反対されそうだ。
特に母親は、心臓に持病がある。あまりに衝撃的なことを伝えると……卒倒しそうな気がする。
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