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おちた椿。 中
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黒の紋付袴を身に纏っていた瑞貴は、黄緑にかすかに灰色を含んだ柳染色の着流しに着替えていた。そういえば、と。あやめは脳裏を流れる追憶をなぞっていく。
幼いころの自分は、瑞貴に対して緑色が好きだとよく口にしていた。それに対して、瑞貴は普段の稽古着でも緑系統の着流しを着ていることが多い。数週間前のあの日も――柚葉色の着流しと羽織を、選んでいた。
「お、つかれ……さま、でした」
「……うん。ありがとう。あやめが来てくれたからそんなに緊張せずにやれたよ」
「そ、っ……そっ、か」
あやめがぎこちなく言葉を返すと、ジャリ、と。瑞貴の草履が砂利を踏む。縁側に腰掛けたあやめに近づいた瑞貴は、そっと彼女の隣に腰を落ち着けた。
「…………瑞、貴」
「ん? なぁに?」
震える声であやめは瑞貴の名前を呼んだ。ひと目でわかるようなあやめの緊張を解すためだろうか、瑞貴はことさらにやわらかい声色で言葉を紡いだ。さぁっと、ゆるやかな風がふたりの間を駆け抜けていく。
「…………わたし、も、瑞貴が。好き、です……」
あやめは今にも消え入りそうな声で。自分でもきちんと理解した、確かな想いを紡ぐ。その瞬間、あやめは瑞貴が息を止めたように感じた。
「この先もずっとずっと、瑞貴と時間を過ごしていきたい。かっこいい瑞貴の横顔を眺めていたい。これから家元になるにあたって……大変なことも多いと思う。嫌なことも、もちろんたくさんあると思う」
嫌なことも苦しいことも。半分にして溶かしてあげたい。瑞貴のそばにずっといた、あやめがたどり着いた答え。
「今日の茶事みたいに……緊張したり、苦しかったりする時もあると思うの。でも、そのたびに私が今日みたいに溶かしてあげたい。全部全部、私たちで半分こしよう。だっ……だから――ッ!?」
くるり、と。あやめの視界が反転する。背中――というより、肩甲骨のあたりに衝撃があって、息が詰まる。ふくら雀の帯結びがあやめの意図に反して彼女の背中を弓なりに逸らせた。
「……本当に。反則だって……あやめ」
ぞくりとするような、艶のあるバリトンがあやめの耳元で響いた。
「日頃から思ってたけど。あやめは和服が似合いすぎるから」
「えっ……え、み、ずき……?」
上半身を縁側に倒されたまま、あやめの耳元に秘めやかに注がれた瑞貴の声はどこか暗い揺らぎを帯びていた。あやめは得も言われぬ感覚を抱く。
「なのに、今日はこんな艶やかな振袖、で。誘っているのかと思ったし、もしかして焦らしているのか、とも……思った」
「っ、あっ、んっ……っ、え……?」
耳元に唇を寄せた瑞貴は啄むようにあやめの耳たぶを食む。その感覚に身体の芯からかっと熱がこみあげてきて、肌が燃えるように熱くなった。
「あやめ。私だけの……あやめ。ずっと前から好きだった」
瑞貴はその言葉を落とし、帯で反り返ったあやめの背中に腕を差し入れた。その拍子に柳染色の袖がまくられ、露わになった逞しい腕があやめの身体をひょいと抱え上げる。あやめは急激な視界の動きに小さな悲鳴を上げた。瑞貴は縁側から続く和室へあやめの身体をおろし、いささか乱暴に障子を閉じていく。
「っ、ちょ……?」
「ごめん、あやめ。ごめんね。もう逃がしてなんかやれない。逃がさない」
なにがなんだかさっぱりわからず、腰が抜けたように畳の上で座り込むあやめは瑞貴が至近距離で膝をついてただただごめんと言葉を紡ぐ様子を呆然と眺めるしかできない。瑞貴の指先がゆっくりと、それでも迷いなくあやめの頬の輪郭をなぞっていく。
「大丈夫。人払いはしてあるし、ちゃんと用意もしてあるから。だから大丈夫」
「え、ちょ……瑞、貴?」
「私も初めてだけど、痛くないように勉強したし。あやめに負担がないように……早めに終わらせるから」
瑞貴はそう呟き、するりとあやめの頤を捕らえた。逃げられない、と、あやめは直感的に悟った。あやめの唇がやわらかなもので塞がれる。唇を割り、瑞貴の熱い舌があやめの咥内に滑り込んできた。
「っ、んんっ……!」
獰猛に、貪欲に。深く深く味わわれるような、生々しく官能的な口づけ。あやめの思考は次第にどろりと濁っていく。燃えるような熱が身体の奥に灯される。酸欠から次第に肌が敏感になり、汗を含んだ肌襦袢のしっとりとした感触にさえあやめは身悶えしてしまう。奥に縮こまる舌を瑞貴の舌に絡めとられ、あやめは段々と呼吸を忘れていった。飲み下せない唾液が首筋を伝い落ち、ぽってりした赤い花が刺繍された半襟に吸い込まれていく。
「あやめ。息、して……」
「ふ、ぁっ、……む、りぃ」
縋るようなあやめの声に瑞貴はゼロ距離のまま「かわいい」と小さく囁いた。あやめは酸欠になった脳内で必死に思考を巡らせる。瑞貴が言っていることはよくわからないが、彼が自分を欲しているのだということだけは理解した。羞恥と未知への恐怖で腕が震えるのを堪え、あやめは必死に声を絞り出す。
「きょ、おはっ……振袖、だからっ……自分で着付けなんて、できない、からっ……」
あやめは瑞貴の着流しの合わせ部分に手のひらを当て、懸命にその胸を押し返す。幼少期ぶりに触れたその胸板は意外としっかりとしていて、目の前の瑞貴が『男性』であることを改めてあやめに教え込むかのようだった。
あやめの抵抗を意に介さず瑞貴は妖艶と微笑んだ。
「大丈夫。私、振袖の着付けもできるから」
「へっ? ……ひゃぁ!?」
瑞貴の手が帯締めにかかり、一瞬でそれをほどいて帯揚げを外す。しゅるしゅると乾いた衣擦れの音が響き、あっという間に帯が取り払われた。その手際のよさは圧巻で、瑞貴があやめに宣言した通り彼が振袖の着付け方を熟知しているからこそのもの。
「ごめんね、布団も敷いてあげられる余裕がなくて」
「えっ、あっ、瑞貴っ……!?」
瑞貴は何度もごめんと言いながら手際よく伊達締めをほどいていく。お端折りを固定していた腰紐が抜かれ、その部分に感じていた窮屈な感覚が取り払われた。謝るくらいならこんなことやめて欲しい。あやめはその一心で瑞貴の手を止めようと手を伸ばすが、瑞貴は片手で器用にあやめの両手首をがっしりと掴んだ。
「逃がさないって……言ったでしょう?」
あやめを真っ直ぐ貫く瑞貴の瞳に劣情が滲む。下腹に響くような甘く深い低音が、濁ったあやめの思考回路にゆっくりと注がれる。
「怖い? ごめんね。もう止めてあげられない。でもね、あやめが悪いんだから」
「へっ……あ、ぁッ!?」
不意に瑞貴の空いた手が、あやめのくびれた腰を振袖越しにそっと撫でた。びくりと全身が震える。あやめの意識が逸れたタイミングで瑞貴があやめの上にのしかかり、あやめの背中が畳についた。瑞貴の指先が正絹の振袖の襟にかかり、襦袢ごと一気に左右に開かれる。
「み、ずきっ……」
あやめの視界が涙でにじむ。自宅の甘味処の手伝いをしてきた自分に、ろくな男性経験がないことを瑞貴は知っているのだろうか。あやめはこうした時の作法も知識も、何も持ち合わせていない。不安と混乱が渦巻く中であやめは小さく瑞貴の名前を呼んだ。
「……あやめ。好き。愛してる」
あやめを組み敷いたままの瑞貴の唇から落とされたのは、死に別れた恋人の名前を呼ぶかのような、切実な声色だった。抗い難いほどの魅惑的なその音色に、あやめは息を詰める。
射抜くようにあやめをまっすぐに見おろしている瑞貴は視線を逸らせずに囚われ続けるあやめの表情を見遣り、小さく口角をあげた。
「愛してる。ずっとずっと。だから……そのまま私だけ――見て」
それは、白木院家での正式な点前の直前に焚かれる坐雲の香りにも似た、甘いなにかだった。瑞貴の唇から紡がれた音があやめの耳朶を震わせ、脳髄に侵入する。毒のようなそれが全身に染みわたり、どろどろに蕩けてしまいそうだ。
瑞貴の手があやめの胸元に伸ばされる。熱が宿った瑞貴の指先が和装ブラと肌の隙間をくすぐり、あやめは猛烈な羞恥心から視線を逸らしてしまう。
「だめ、あやめ……私を見て」
「ぅ……」
瑞貴の言葉にあやめはぎゅっと唇を噛んだ。無理、そんなの無理に決まっている。心の中でそう叫べば、瑞貴の手があやめの胸のふくらみをそっと包みこんだ。先ほど交わした口づけであやめの思考が蕩けているのを瑞貴はわかっているのか否か、彼の手の動きは次第に大胆になっていく。
「あ……ぁ、あっ」
やわやわと揉みしだかれるだけであやめの背中がぞくりと震える。布越しに時折捏ねられる乳嘴の鋭い感覚に、あやめは無意識のうちに太ももを擦り合わせ、腰を揺らした。
「気持ちいい?」
「わっ、……か、なっ、……」
あやめの呂律が怪しくなっていく。膨らみの形を変えられていくごとに、一呼吸するごとに、全身がどんどん熱くなる。
「あンッ! ……ぁ、はぁっ、や、それぇ……」
瑞貴がするりと和装ブラを押し上げ、露わになった頂を口に含んだ。ざらりとした瑞貴の舌がコロコロと突起を転がしていく。自分でも信じられないほどの淫らな声がこぼれ、「私を見て」という瑞貴の言葉も忘れてぎゅうと視界を遮断する。
「み、ずきっ……瑞貴、なんかっ、熱い、のっ……」
熱い。とにかく、全身が熱い。頭が、手が、足先が、下腹の奥が痺れている。あやめは息も絶え絶えに訴えた。
「あやめはこうされるのが好きなのかな?」
口に蕾を咥えたまま問いかけられても、あやめはその答えを持っていない。瑞貴から与えられる愛撫に戸惑い、身悶えするしかなかった。たまらず縋るように瑞貴の着流しの袖を握りしめる。
不意に、瑞貴の右ひざがあやめの太ももを割る。閉じようとしても物理的に閉じることを許されない体勢に、あやめの頬がさらに熱を持った。開かれた太ももの間に滑り込む瑞貴の手。内ももを緩やかに撫で上げられ、あやめは湿った吐息を零す。
「あっ、……み、ずきぃっ……」
「その声、本当にたまんない」
瑞貴の荒く不規則な吐息があやめの臍にかかる。ちろりと瑞貴の舌があやめの腹部を舐め上げ、内ももを撫で上げていた指先がショーツのクロッチをなぞり上げた。
「ンッ、あ……っ!」
ショーツ越しの強烈な感覚にあやめの身体がびくんと跳ねた。反射的に捩ってしまった腰を瑞貴がすかさず押さえつける。
「逃がさないよ、あやめ」
あやめの腰を押さえつけていた瑞貴の手がショーツにかかる。瑞貴の手がそれを器用に下げ、手のひら全体で秘部に触れた。
「っ、は……っ、」
これまで誰にも触らせたことのない場所に、瑞貴の手がある。そう考えるだけであやめの思考回路は沸騰しそうだった。身体を起こした瑞貴はいつの間にかあやめの表情を見つめており、とめどなくあふれる羞恥心にあやめは脱がされて畳の上に広がった襦袢を握り締める。
「濡れて、る。よかった」
「ッ、そん、なっ…ことっ……」
ほぅとため息をついた瑞貴から安堵するような声色が落ちてくる。紡がれた言葉の意味を朧げながらに理解したあやめは、自らの身体の反応に激しく狼狽えた。
瑞貴の指先が茂みを割り、泥濘に到達する。湿った水音が響き、蜜を絡めた指先が期待に膨れた引っかかりをわずかに刺激した。
「あぅっ!? や、そ、こっ……」
瑞貴の指が前後するたびにいやらしい水音が大きく響いた。ゆるやかな刺激を受け続けたあやめの下腹の奥がじわりじわりと疼いていく。
「怖いよね。ごめんね、でも大丈夫だから。すぐに悦くなる、から」
未知の感覚に怯え頭を振るあやめを宥めるように、瑞貴はあやめの額にちいさくキスを落とす。泉からたっぷりとこぼした蜜を絡めた瑞貴の指がゆっくりと泥濘に埋められ、あやめは内臓を押し開かれる違和感にぎゅうと強く眉根を寄せた。
「狭……」
瑞貴がひとりごとのように小さく言葉を落とす。初めて異物を受け入れた媚肉は戸惑うように震え、痛みを緩和させようと伸縮を繰り返しその動きがあやめにとっての快感を少しずつ少しずつ引き寄せていく。
「痛かったら言ってね。あやめを私のものにするのは止めてあげられないけど、できるだけ痛みが無いようにしてあげたいから」
「えっ……ふ、ぁあっ!?」
その言葉が合図だった。瑞貴の指があやめの隘路を緩やかに刺激する。入り口に近い浅瀬の部分を指の腹で強弱をつけながら擦られていく。ぞわぞわするのに、気持ちいい。極めつけと言わんばかりに、瑞貴の親指が膨れた突起を捏ねる。執拗なほどに同じ動きをする指先に、最奥に熱が篭っていくようだった。もっと欲しい。もっとちょうだい。もっと、もっと。あやめは瑞貴から施される甘やかな悦楽に囚われ、自分がなにを求めているのか理解できないままに頭を振る。
幼いころの自分は、瑞貴に対して緑色が好きだとよく口にしていた。それに対して、瑞貴は普段の稽古着でも緑系統の着流しを着ていることが多い。数週間前のあの日も――柚葉色の着流しと羽織を、選んでいた。
「お、つかれ……さま、でした」
「……うん。ありがとう。あやめが来てくれたからそんなに緊張せずにやれたよ」
「そ、っ……そっ、か」
あやめがぎこちなく言葉を返すと、ジャリ、と。瑞貴の草履が砂利を踏む。縁側に腰掛けたあやめに近づいた瑞貴は、そっと彼女の隣に腰を落ち着けた。
「…………瑞、貴」
「ん? なぁに?」
震える声であやめは瑞貴の名前を呼んだ。ひと目でわかるようなあやめの緊張を解すためだろうか、瑞貴はことさらにやわらかい声色で言葉を紡いだ。さぁっと、ゆるやかな風がふたりの間を駆け抜けていく。
「…………わたし、も、瑞貴が。好き、です……」
あやめは今にも消え入りそうな声で。自分でもきちんと理解した、確かな想いを紡ぐ。その瞬間、あやめは瑞貴が息を止めたように感じた。
「この先もずっとずっと、瑞貴と時間を過ごしていきたい。かっこいい瑞貴の横顔を眺めていたい。これから家元になるにあたって……大変なことも多いと思う。嫌なことも、もちろんたくさんあると思う」
嫌なことも苦しいことも。半分にして溶かしてあげたい。瑞貴のそばにずっといた、あやめがたどり着いた答え。
「今日の茶事みたいに……緊張したり、苦しかったりする時もあると思うの。でも、そのたびに私が今日みたいに溶かしてあげたい。全部全部、私たちで半分こしよう。だっ……だから――ッ!?」
くるり、と。あやめの視界が反転する。背中――というより、肩甲骨のあたりに衝撃があって、息が詰まる。ふくら雀の帯結びがあやめの意図に反して彼女の背中を弓なりに逸らせた。
「……本当に。反則だって……あやめ」
ぞくりとするような、艶のあるバリトンがあやめの耳元で響いた。
「日頃から思ってたけど。あやめは和服が似合いすぎるから」
「えっ……え、み、ずき……?」
上半身を縁側に倒されたまま、あやめの耳元に秘めやかに注がれた瑞貴の声はどこか暗い揺らぎを帯びていた。あやめは得も言われぬ感覚を抱く。
「なのに、今日はこんな艶やかな振袖、で。誘っているのかと思ったし、もしかして焦らしているのか、とも……思った」
「っ、あっ、んっ……っ、え……?」
耳元に唇を寄せた瑞貴は啄むようにあやめの耳たぶを食む。その感覚に身体の芯からかっと熱がこみあげてきて、肌が燃えるように熱くなった。
「あやめ。私だけの……あやめ。ずっと前から好きだった」
瑞貴はその言葉を落とし、帯で反り返ったあやめの背中に腕を差し入れた。その拍子に柳染色の袖がまくられ、露わになった逞しい腕があやめの身体をひょいと抱え上げる。あやめは急激な視界の動きに小さな悲鳴を上げた。瑞貴は縁側から続く和室へあやめの身体をおろし、いささか乱暴に障子を閉じていく。
「っ、ちょ……?」
「ごめん、あやめ。ごめんね。もう逃がしてなんかやれない。逃がさない」
なにがなんだかさっぱりわからず、腰が抜けたように畳の上で座り込むあやめは瑞貴が至近距離で膝をついてただただごめんと言葉を紡ぐ様子を呆然と眺めるしかできない。瑞貴の指先がゆっくりと、それでも迷いなくあやめの頬の輪郭をなぞっていく。
「大丈夫。人払いはしてあるし、ちゃんと用意もしてあるから。だから大丈夫」
「え、ちょ……瑞、貴?」
「私も初めてだけど、痛くないように勉強したし。あやめに負担がないように……早めに終わらせるから」
瑞貴はそう呟き、するりとあやめの頤を捕らえた。逃げられない、と、あやめは直感的に悟った。あやめの唇がやわらかなもので塞がれる。唇を割り、瑞貴の熱い舌があやめの咥内に滑り込んできた。
「っ、んんっ……!」
獰猛に、貪欲に。深く深く味わわれるような、生々しく官能的な口づけ。あやめの思考は次第にどろりと濁っていく。燃えるような熱が身体の奥に灯される。酸欠から次第に肌が敏感になり、汗を含んだ肌襦袢のしっとりとした感触にさえあやめは身悶えしてしまう。奥に縮こまる舌を瑞貴の舌に絡めとられ、あやめは段々と呼吸を忘れていった。飲み下せない唾液が首筋を伝い落ち、ぽってりした赤い花が刺繍された半襟に吸い込まれていく。
「あやめ。息、して……」
「ふ、ぁっ、……む、りぃ」
縋るようなあやめの声に瑞貴はゼロ距離のまま「かわいい」と小さく囁いた。あやめは酸欠になった脳内で必死に思考を巡らせる。瑞貴が言っていることはよくわからないが、彼が自分を欲しているのだということだけは理解した。羞恥と未知への恐怖で腕が震えるのを堪え、あやめは必死に声を絞り出す。
「きょ、おはっ……振袖、だからっ……自分で着付けなんて、できない、からっ……」
あやめは瑞貴の着流しの合わせ部分に手のひらを当て、懸命にその胸を押し返す。幼少期ぶりに触れたその胸板は意外としっかりとしていて、目の前の瑞貴が『男性』であることを改めてあやめに教え込むかのようだった。
あやめの抵抗を意に介さず瑞貴は妖艶と微笑んだ。
「大丈夫。私、振袖の着付けもできるから」
「へっ? ……ひゃぁ!?」
瑞貴の手が帯締めにかかり、一瞬でそれをほどいて帯揚げを外す。しゅるしゅると乾いた衣擦れの音が響き、あっという間に帯が取り払われた。その手際のよさは圧巻で、瑞貴があやめに宣言した通り彼が振袖の着付け方を熟知しているからこそのもの。
「ごめんね、布団も敷いてあげられる余裕がなくて」
「えっ、あっ、瑞貴っ……!?」
瑞貴は何度もごめんと言いながら手際よく伊達締めをほどいていく。お端折りを固定していた腰紐が抜かれ、その部分に感じていた窮屈な感覚が取り払われた。謝るくらいならこんなことやめて欲しい。あやめはその一心で瑞貴の手を止めようと手を伸ばすが、瑞貴は片手で器用にあやめの両手首をがっしりと掴んだ。
「逃がさないって……言ったでしょう?」
あやめを真っ直ぐ貫く瑞貴の瞳に劣情が滲む。下腹に響くような甘く深い低音が、濁ったあやめの思考回路にゆっくりと注がれる。
「怖い? ごめんね。もう止めてあげられない。でもね、あやめが悪いんだから」
「へっ……あ、ぁッ!?」
不意に瑞貴の空いた手が、あやめのくびれた腰を振袖越しにそっと撫でた。びくりと全身が震える。あやめの意識が逸れたタイミングで瑞貴があやめの上にのしかかり、あやめの背中が畳についた。瑞貴の指先が正絹の振袖の襟にかかり、襦袢ごと一気に左右に開かれる。
「み、ずきっ……」
あやめの視界が涙でにじむ。自宅の甘味処の手伝いをしてきた自分に、ろくな男性経験がないことを瑞貴は知っているのだろうか。あやめはこうした時の作法も知識も、何も持ち合わせていない。不安と混乱が渦巻く中であやめは小さく瑞貴の名前を呼んだ。
「……あやめ。好き。愛してる」
あやめを組み敷いたままの瑞貴の唇から落とされたのは、死に別れた恋人の名前を呼ぶかのような、切実な声色だった。抗い難いほどの魅惑的なその音色に、あやめは息を詰める。
射抜くようにあやめをまっすぐに見おろしている瑞貴は視線を逸らせずに囚われ続けるあやめの表情を見遣り、小さく口角をあげた。
「愛してる。ずっとずっと。だから……そのまま私だけ――見て」
それは、白木院家での正式な点前の直前に焚かれる坐雲の香りにも似た、甘いなにかだった。瑞貴の唇から紡がれた音があやめの耳朶を震わせ、脳髄に侵入する。毒のようなそれが全身に染みわたり、どろどろに蕩けてしまいそうだ。
瑞貴の手があやめの胸元に伸ばされる。熱が宿った瑞貴の指先が和装ブラと肌の隙間をくすぐり、あやめは猛烈な羞恥心から視線を逸らしてしまう。
「だめ、あやめ……私を見て」
「ぅ……」
瑞貴の言葉にあやめはぎゅっと唇を噛んだ。無理、そんなの無理に決まっている。心の中でそう叫べば、瑞貴の手があやめの胸のふくらみをそっと包みこんだ。先ほど交わした口づけであやめの思考が蕩けているのを瑞貴はわかっているのか否か、彼の手の動きは次第に大胆になっていく。
「あ……ぁ、あっ」
やわやわと揉みしだかれるだけであやめの背中がぞくりと震える。布越しに時折捏ねられる乳嘴の鋭い感覚に、あやめは無意識のうちに太ももを擦り合わせ、腰を揺らした。
「気持ちいい?」
「わっ、……か、なっ、……」
あやめの呂律が怪しくなっていく。膨らみの形を変えられていくごとに、一呼吸するごとに、全身がどんどん熱くなる。
「あンッ! ……ぁ、はぁっ、や、それぇ……」
瑞貴がするりと和装ブラを押し上げ、露わになった頂を口に含んだ。ざらりとした瑞貴の舌がコロコロと突起を転がしていく。自分でも信じられないほどの淫らな声がこぼれ、「私を見て」という瑞貴の言葉も忘れてぎゅうと視界を遮断する。
「み、ずきっ……瑞貴、なんかっ、熱い、のっ……」
熱い。とにかく、全身が熱い。頭が、手が、足先が、下腹の奥が痺れている。あやめは息も絶え絶えに訴えた。
「あやめはこうされるのが好きなのかな?」
口に蕾を咥えたまま問いかけられても、あやめはその答えを持っていない。瑞貴から与えられる愛撫に戸惑い、身悶えするしかなかった。たまらず縋るように瑞貴の着流しの袖を握りしめる。
不意に、瑞貴の右ひざがあやめの太ももを割る。閉じようとしても物理的に閉じることを許されない体勢に、あやめの頬がさらに熱を持った。開かれた太ももの間に滑り込む瑞貴の手。内ももを緩やかに撫で上げられ、あやめは湿った吐息を零す。
「あっ、……み、ずきぃっ……」
「その声、本当にたまんない」
瑞貴の荒く不規則な吐息があやめの臍にかかる。ちろりと瑞貴の舌があやめの腹部を舐め上げ、内ももを撫で上げていた指先がショーツのクロッチをなぞり上げた。
「ンッ、あ……っ!」
ショーツ越しの強烈な感覚にあやめの身体がびくんと跳ねた。反射的に捩ってしまった腰を瑞貴がすかさず押さえつける。
「逃がさないよ、あやめ」
あやめの腰を押さえつけていた瑞貴の手がショーツにかかる。瑞貴の手がそれを器用に下げ、手のひら全体で秘部に触れた。
「っ、は……っ、」
これまで誰にも触らせたことのない場所に、瑞貴の手がある。そう考えるだけであやめの思考回路は沸騰しそうだった。身体を起こした瑞貴はいつの間にかあやめの表情を見つめており、とめどなくあふれる羞恥心にあやめは脱がされて畳の上に広がった襦袢を握り締める。
「濡れて、る。よかった」
「ッ、そん、なっ…ことっ……」
ほぅとため息をついた瑞貴から安堵するような声色が落ちてくる。紡がれた言葉の意味を朧げながらに理解したあやめは、自らの身体の反応に激しく狼狽えた。
瑞貴の指先が茂みを割り、泥濘に到達する。湿った水音が響き、蜜を絡めた指先が期待に膨れた引っかかりをわずかに刺激した。
「あぅっ!? や、そ、こっ……」
瑞貴の指が前後するたびにいやらしい水音が大きく響いた。ゆるやかな刺激を受け続けたあやめの下腹の奥がじわりじわりと疼いていく。
「怖いよね。ごめんね、でも大丈夫だから。すぐに悦くなる、から」
未知の感覚に怯え頭を振るあやめを宥めるように、瑞貴はあやめの額にちいさくキスを落とす。泉からたっぷりとこぼした蜜を絡めた瑞貴の指がゆっくりと泥濘に埋められ、あやめは内臓を押し開かれる違和感にぎゅうと強く眉根を寄せた。
「狭……」
瑞貴がひとりごとのように小さく言葉を落とす。初めて異物を受け入れた媚肉は戸惑うように震え、痛みを緩和させようと伸縮を繰り返しその動きがあやめにとっての快感を少しずつ少しずつ引き寄せていく。
「痛かったら言ってね。あやめを私のものにするのは止めてあげられないけど、できるだけ痛みが無いようにしてあげたいから」
「えっ……ふ、ぁあっ!?」
その言葉が合図だった。瑞貴の指があやめの隘路を緩やかに刺激する。入り口に近い浅瀬の部分を指の腹で強弱をつけながら擦られていく。ぞわぞわするのに、気持ちいい。極めつけと言わんばかりに、瑞貴の親指が膨れた突起を捏ねる。執拗なほどに同じ動きをする指先に、最奥に熱が篭っていくようだった。もっと欲しい。もっとちょうだい。もっと、もっと。あやめは瑞貴から施される甘やかな悦楽に囚われ、自分がなにを求めているのか理解できないままに頭を振る。
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家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。

眠りにつくまで…◆眠るまでそばにいて◆甘い支配の始まり:三鷹聖の物語【完結】
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