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22.狼の番(つがい)とは
狼の番(つがい)とは③
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祖父が口を開いたので、美冬と槙野は黙る。
「何か取引でもしているのかと思ったが、そうでもなかったらしいな?」
美冬はぎくん、とする。
確かに最初はそんなこともあった。けれど今は違う。
すると、槙野が机の下で美冬の手をぎゅっと握ったのだ。
(な……なにしてるのよ!?)
「甘やかされたお嬢様かと想えば、頑張り屋で、会社の皆にも好かれていて、尊敬されていて、俺にはもったいないくらいの人だと思います」
槙野が祖父に向かってそんな風に言うから、美冬も思っていることを言う。
「悔しいけど、私も尊敬してるわ」
「さっきの追加します。意地っ張りなようでいて、素直なところも可愛い」
「そうか……」
そうなのだ。
最初に祖父からのあれほどの突飛な話がなかったら、今、こうして槙野とここにはいなかっただろう。
こうして繋がれている手も、美冬は嫌じゃない。
堂々と祖父の前で言ってくれていることは、嬉しくて、照れてしまう。
祖父はふふっと笑った。
「うん。美冬、知っているか? 狼というのは一生に一匹しか番わないんだ」
唐突に祖父が言い出したことには驚いたけれど、槙野が黒狼と呼ばれている、と教えてくれたのは祖父なのだった。
「一生に、一匹?」
「とても愛情深い生き物でな。番が死ぬともう片方も死んでしまうようなこともあるらしい。一生にたった一人。黒狼なんて呼ばれるのは伊達ではなかったな」
それを聞いた槙野は軽く息を吐いて、美冬の手をぎゅっと繋ぎ直す。
そして、祖父を真っ直ぐに見つめた。
「今まで、その名前を俺も好きじゃありませんでした。目付きが悪いことやすぐに噛み付くと思われているのかと気分は良くなかった。けど、明日からはその名前も悪くない、と思えるような気がします。確かに俺は俺の一生をかけて、美冬が好きだ」
「群れを率いて番を愛する。君は黒狼の名に相応しいのでは?」
「ではその名を誇りに思えるよう、今後も尽力します」
「そうしなさい」
祖父はとてもとても満足そうだった。
改めて、こんな二人の姿を確認したかったのだろうか。
美冬は祖父と槙野の言葉を思い返す。
『一生に一匹しか番わない狼』
それに対して槙野は
『俺は俺の一生をかけて美冬が好きだ』
と言ってくれたのだ。
槙野がとても好きだ、と美冬も改めて思う。
美冬がちらりと槙野を見ると、槙野はその鋭い目を柔らかく微笑ませて美冬を見ていたのだ。
結局、飲んでいたので、槙野の車は代行を頼んで、二人はタクシーで帰った。
その間も、槙野はずっと美冬の手を離さない。
「なんか……」
「なんだ?」
「すごく、ドキドキしてきたんだけど」
タクシーの中でそう言うと、槙野は婉然と笑った。
「それは正しいな。これで済む訳はないからな」
──ん?済む訳ない?済む訳ないって……。
「何か取引でもしているのかと思ったが、そうでもなかったらしいな?」
美冬はぎくん、とする。
確かに最初はそんなこともあった。けれど今は違う。
すると、槙野が机の下で美冬の手をぎゅっと握ったのだ。
(な……なにしてるのよ!?)
「甘やかされたお嬢様かと想えば、頑張り屋で、会社の皆にも好かれていて、尊敬されていて、俺にはもったいないくらいの人だと思います」
槙野が祖父に向かってそんな風に言うから、美冬も思っていることを言う。
「悔しいけど、私も尊敬してるわ」
「さっきの追加します。意地っ張りなようでいて、素直なところも可愛い」
「そうか……」
そうなのだ。
最初に祖父からのあれほどの突飛な話がなかったら、今、こうして槙野とここにはいなかっただろう。
こうして繋がれている手も、美冬は嫌じゃない。
堂々と祖父の前で言ってくれていることは、嬉しくて、照れてしまう。
祖父はふふっと笑った。
「うん。美冬、知っているか? 狼というのは一生に一匹しか番わないんだ」
唐突に祖父が言い出したことには驚いたけれど、槙野が黒狼と呼ばれている、と教えてくれたのは祖父なのだった。
「一生に、一匹?」
「とても愛情深い生き物でな。番が死ぬともう片方も死んでしまうようなこともあるらしい。一生にたった一人。黒狼なんて呼ばれるのは伊達ではなかったな」
それを聞いた槙野は軽く息を吐いて、美冬の手をぎゅっと繋ぎ直す。
そして、祖父を真っ直ぐに見つめた。
「今まで、その名前を俺も好きじゃありませんでした。目付きが悪いことやすぐに噛み付くと思われているのかと気分は良くなかった。けど、明日からはその名前も悪くない、と思えるような気がします。確かに俺は俺の一生をかけて、美冬が好きだ」
「群れを率いて番を愛する。君は黒狼の名に相応しいのでは?」
「ではその名を誇りに思えるよう、今後も尽力します」
「そうしなさい」
祖父はとてもとても満足そうだった。
改めて、こんな二人の姿を確認したかったのだろうか。
美冬は祖父と槙野の言葉を思い返す。
『一生に一匹しか番わない狼』
それに対して槙野は
『俺は俺の一生をかけて美冬が好きだ』
と言ってくれたのだ。
槙野がとても好きだ、と美冬も改めて思う。
美冬がちらりと槙野を見ると、槙野はその鋭い目を柔らかく微笑ませて美冬を見ていたのだ。
結局、飲んでいたので、槙野の車は代行を頼んで、二人はタクシーで帰った。
その間も、槙野はずっと美冬の手を離さない。
「なんか……」
「なんだ?」
「すごく、ドキドキしてきたんだけど」
タクシーの中でそう言うと、槙野は婉然と笑った。
「それは正しいな。これで済む訳はないからな」
──ん?済む訳ない?済む訳ないって……。
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