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14.熊に負けた狼
熊に負けた狼①
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ニュースリリースが終わったり、お互いの家への挨拶が終わったので、ついに槙野のマンションに引っ越しをしてきた美冬である。
朝から美冬の自宅の荷物を槙野のマンションに入れる作業に二人は部屋の中を行ったり来たりしていた。
「祐輔! ドレッサー、寝室に置いてもいい?」
「いいぞ。ベッドも入れ替えがあるから午後に業者が来る。好きなところに置いたらいいからな。シャンプー類はストックに入れておいていいか?」
「うん。後で確認するからいいよ。ありがとう。助かる!」
「奥さん、すいませーん!」
美冬は、ん?奥さん?と一瞬考えてしまう。
(わ、私か! それはそうだよね)
「はーいっ!」
引越しの作業員が美冬に衣類を掲げた。
「ここのクローゼットには入りきらないと思うんで、ラックを立てますけどどこにしますか?」
「じゃあ、こっちで」
クローゼットの横の空いているスペースを指差す。
「はい。では立ててかけておきます」
引越しについては確か梱包もしてくれるフルサービスで頼んだはずなのだが、意外とやることが多くてばたばたするんだなとふう、と美冬は廊下で息をつく。
すると通りかかった槙野にポンと頭を撫でられた。
「張り切り過ぎて倒れんなよ」
ラフなパーカーを着ている槙野はそれを肘までまくって先ほどから引っ越しの手伝いをしてくれている。いつもはぴっちりとまとめている髪も今日はそのまま自然におろしていて、いつもと全然違う姿にどきんとしてしまうのだ。
まくっている袖から見える腕とか手首とか、引き締まってて逞しいのは結構きゅんとする。
「どうした?」
「手伝ってくれてありがと」
「当然だろ」
──っか、可愛いっ。
美冬は身軽さを重視してか、今日はパステルカラーのパーカーと、サブリナパンツ姿でしかも髪をポニーテールに括っている。
時折屈んだ時にさらりと髪が落ちてその華奢なうなじが見えたりするのに、いい……と槙野は釘付けになりそうなところだ。耳とか、すっきりした首筋とかキリッと見えているのは結構きゅんとする。
夕方になって引越し業者も帰り、二人はぐったりとリビングのソファに座っていた。
「ホント、ありがとう。指示の出し方とか気の遣い方がさすがだったわ」
「いや、美冬も頑張ったな。しかし、飯もなんか作る気はしねーな。かと言って出かけるのも億劫じゃないか?」
「もう無理~」
ふにゃーと力が抜けてソファにもたれている美冬だ。その腕の間に抱えられているのは、美冬が抱きかかえるのにちょうどぴったりの大きさのクマのぬいぐるみだ。
ふわふわとした毛並みのそれはひどく抱き心地が良さそうではある。
「可愛いクマだな」
美冬の隣に座った槙野がつん、とそのクマをつつく。美冬は槙野の肩に頭をもたれさせた。
「子供の頃におじいちゃんがくれたの。普段はソファに置いておくだけなんだけど、時折ぎゅってしたくなるのよね。今日はなんかそんな気分」
環境が変わることへの不安のせいだろうと槙野は思うが、それを口にすることはなかった。
朝から美冬の自宅の荷物を槙野のマンションに入れる作業に二人は部屋の中を行ったり来たりしていた。
「祐輔! ドレッサー、寝室に置いてもいい?」
「いいぞ。ベッドも入れ替えがあるから午後に業者が来る。好きなところに置いたらいいからな。シャンプー類はストックに入れておいていいか?」
「うん。後で確認するからいいよ。ありがとう。助かる!」
「奥さん、すいませーん!」
美冬は、ん?奥さん?と一瞬考えてしまう。
(わ、私か! それはそうだよね)
「はーいっ!」
引越しの作業員が美冬に衣類を掲げた。
「ここのクローゼットには入りきらないと思うんで、ラックを立てますけどどこにしますか?」
「じゃあ、こっちで」
クローゼットの横の空いているスペースを指差す。
「はい。では立ててかけておきます」
引越しについては確か梱包もしてくれるフルサービスで頼んだはずなのだが、意外とやることが多くてばたばたするんだなとふう、と美冬は廊下で息をつく。
すると通りかかった槙野にポンと頭を撫でられた。
「張り切り過ぎて倒れんなよ」
ラフなパーカーを着ている槙野はそれを肘までまくって先ほどから引っ越しの手伝いをしてくれている。いつもはぴっちりとまとめている髪も今日はそのまま自然におろしていて、いつもと全然違う姿にどきんとしてしまうのだ。
まくっている袖から見える腕とか手首とか、引き締まってて逞しいのは結構きゅんとする。
「どうした?」
「手伝ってくれてありがと」
「当然だろ」
──っか、可愛いっ。
美冬は身軽さを重視してか、今日はパステルカラーのパーカーと、サブリナパンツ姿でしかも髪をポニーテールに括っている。
時折屈んだ時にさらりと髪が落ちてその華奢なうなじが見えたりするのに、いい……と槙野は釘付けになりそうなところだ。耳とか、すっきりした首筋とかキリッと見えているのは結構きゅんとする。
夕方になって引越し業者も帰り、二人はぐったりとリビングのソファに座っていた。
「ホント、ありがとう。指示の出し方とか気の遣い方がさすがだったわ」
「いや、美冬も頑張ったな。しかし、飯もなんか作る気はしねーな。かと言って出かけるのも億劫じゃないか?」
「もう無理~」
ふにゃーと力が抜けてソファにもたれている美冬だ。その腕の間に抱えられているのは、美冬が抱きかかえるのにちょうどぴったりの大きさのクマのぬいぐるみだ。
ふわふわとした毛並みのそれはひどく抱き心地が良さそうではある。
「可愛いクマだな」
美冬の隣に座った槙野がつん、とそのクマをつつく。美冬は槙野の肩に頭をもたれさせた。
「子供の頃におじいちゃんがくれたの。普段はソファに置いておくだけなんだけど、時折ぎゅってしたくなるのよね。今日はなんかそんな気分」
環境が変わることへの不安のせいだろうと槙野は思うが、それを口にすることはなかった。
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